鳥籠ついばむアリアさん2 ~野外露出でタイムリープ~

フランスの緑茶

導入

顎で使われる救世主



 騎士――その言葉が何を意味するかは、場所や時代によって様々だ。


 馬上での戦闘を主とする者。爵位を持つ戦士。鎧に身を包み、言動が紳士的でやる事がいちいち堅苦しい者……等々。



 だが、この国においては騎士と呼ばれる者の条件は至極単純である。


 騎士団に所属している――それさえ満たしていれば誰でも騎士だ。英雄的な戦歴を持つ者も、下劣な言動をする者も、窃盗を生業とする者も。



「アリアぁ……お使いしてくれないかしらぁ~……」



 ……引退後の部下をあごで使うような人格者でもだ。


 何で私が? 当然とも言える私の質問に、ペンを走らせている書類から目を放さずにその人格者、騎士団C隊隊長セシリアは答えた。



「宛先が愚直家だから……他の誰に頼んでも皆行きたがらないし、重要な内容だから適当な人には頼めないのよ……」



 愚直家。その名を聞いてほとんど合点がいったが『他の誰に頼んでも』という点が引っかかる。


「いつもみたいに秘書……もとい副隊長に任せればいいじゃないですか」


「彼女は別件で忙しくてね……」



 半ば想像できた答えが返ってきた。卓上に積まれた大量の書類を見て「貴方みたいに?」なんて言いかけたが、止めだ止め。


 情けなのか、あるいは乗りかかった船だからか、そのお使いを私は買う事にした。


 羽振りがいい愚直家当主さんのチップに期待しつつ私は手紙を持ち、隊長室を後にした。



 



 愚直家に行きたがる人がいない理由と、セシリアらが忙しそうにしている理由は繋がっている。ついでに何故私に白羽の矢が当たったのかもだ。


 病魔の巣窟、殺人鬼のいる館、蔑称としてはそこらが主だったところだろうか。愚直家へ行く道中でも、『彼女ら』の話をする会話を街のどこそこで耳にした。


 その病魔を治すために『彼女ら』の血が必要だという事実があっても、彼女らに対する恐怖や嫌悪感はそうそう消えるものではないのだろう。私もその例には漏れない。



 まあ『彼女ら』も被害者であることに変わりはないのだが……同時に『彼女ら』が殺人をしていたという事実も変わりはない。実際私も、私の友人も一度殺されかけたしね……。


 だからこそ『彼女ら』も被害者です、なんて印象操作もそう上手くはいってないようだ。印象操作も何も事実そのままなんだけどね……。



 まあそれをなんとかするのは私ではなく、政治その他諸々を取りもっているC隊だ。


 戦争が終結し、外交云々で忙しいのだろうがそれは私が気にする事ではない。


 なんてあれこれ考えながら歩いていると、愚直家の屋敷に着いた。



 考え事をしながら歩いていても普通に着けてしまうあたり、察しはついていると思うが私がここへ来るのは初めてではなかった。この屋敷のお嬢様とは知り合いだし『彼女ら』の一般に知られていない事情を知っている者は多くないが、そのうちの一人に私もいる。



 さて『彼女ら』『彼女ら』と誰の事だよと思う事だろう。その片割れらしき後姿が、庭園方面に見えたが……妙だな、首が無いように見える。


 どういう事かとじっと見ていると……突然、無い首が振り返り、黒猫のような黄色い不気味な瞳が露わとなった。



「あっ! 仁義さん!」



 私の名を呼び、後ろの木の緑と同じ色をした髪を揺らしながら、彼女は近づいてきた。


 保護色か……ああびっくりした。



「やあアンジェリーナちゃん」



 アンジェリーナ――ごく最近まで世界中に蔓延していた伝染病の大本であり、その伝染病の一番の被害者でもある女性だ。彼女が殺人鬼と呼ばれる理由はそれではなく、斧を用いて村々を滅ぼしてきた過去に由来する。


 まあ何でそんな事をしていたのかというと……その伝染病が原因……もとい伝染病の原因が原因なのだが、その話は思い出したくない。長くなるうえに複雑だし……。



「新しい生活にはなじめた?」



 こういう場合において、無難な言葉かけを私はした。無難とは何か、と無意識に意識する程度には、この女性には気を使っていた。ちょうど、この館の者達のように。



「経過は良好ですよドクター。頻繁に血を抜かれるのにも、もう慣れました」



 ドクターね……私は医者ではないが、どういうわけか例の伝染病の治療法を発見した者ではある。彼女からしたらそう映るのかな。



「もう一人は?」


「多分もうじき来ると思いますよ。あっ、話をすれば早速」



 アンジェリーナが手をやった方向――庭園の方を見てみるとそれは真っ先に目に入った。


 木々の緑とは相反し、紅い髪の女性が静かに、物腰柔らかにこちらへ歩いてきていた。



「ごきげんよう仁義さん」



 洗練された所作で深くお辞儀をしながら挨拶をする彼女に、私は軽く挨拶を返す。


 パトリシア――境遇はアンジェリーナとほとんど同じだ。アンジェリーナは元々貴族のご令嬢で、パトリシアはその家の庭師だったということぐらいしか私は知らない。



 深く頭を下げていたパトリシアの顔が上がり、表情が露わになる。


 相変わらず陰鬱な雰囲気を感じてならない表情だ、常に口角が上がり気味なアンジェリーナとは正反対だ。まあどちらも不気味ではあるのだけど……。



「本日はどのような御用でしょうか?」



 洗練された所作は美しいが、本人の雰囲気と相まって、恐怖という印象をどこか端に感じてならない。傀儡というかなんというか……。



「C隊のセシリアさんから、ご当主さんへお届けものです」


「でしたらご案内します」



 ふわっと、重力を感じさせないような滑らかな動きと共に向きを変えたパトリシアは、館方面へ進みだした。私もそれに付いていき、しばらく無言タイムが始まるのかなぁと思いきや、アンジェリーナがそこへ割って入った。



「じゃあ私も――」


「ダメ。仕事残ってるでしょう」


「えーいいじゃん休憩もかねてで。それに仁義さんをもてなしたいのは貴方だけじゃないんだし」


「…………」



 何やら二人で話が進んだようだ。先行するアンジェリーナを止めないあたり、パトリシアも諦めたようだ。



「お開けしまーす!」



 ふざけ半分の口調で、いたずらっぽく笑いながらアンジェリーナは、館の扉へ手をかけた。先程の二人の会話を思い出し、その内容をこそばゆく思いながらも、私の口から笑みがこぼれそうになったその次の瞬間――この世の物とは思えない轟音が私の目の前で鳴り響いた。



「…………」



 雷でも落ちたのかと思った。



 私もパトリシアも、周りにいた館の者も皆黙りこんでしまったね。


 おそらく敷地の外だろう。遠くからは叫び声や悲鳴のようなものが聞こえるな……。



 一部始終を見ていた私も信じられないが、アンジェリーナが手をかけたドアノブを中心に、扉全体がねじれてもぎ取れていた。



「仕事に戻りやるべきことをやりなさい。今すぐに」


「はい」



 冷徹な口調のパトリシアの言葉に、アンジェリーナは二つ返事で答え、その場を去っていった。



「ご無礼を働き申しわけありません」



 いやもうアンリアルすぎて、これが無礼に当たるのかどうかもよく分からないよ。



 異常な怪力――アンジェリーナが恐れられる理由の一つ。伝染病の大本であるが故に、最も深刻にその影響を受けていたアンジェリーナは、常に全身に激痛が走る状態にあった。それだけが理由ではないが、発狂した彼女は全身の箍が外れ、通常では考えられない膂力を有するようになった。そしてその全身を蝕む激痛が無くなった今は、細かな加減が難しい状態なのだろう。事情を知っていてもビックリするけどね、あんな事が目の前でおきては……。



 



 ドアガールの派手な招き入れの後はスムーズそのものだった。


 正直何度も来たことがあるので、案内は無くてもよいのだが……そこは形式上なのだろう。パトリシアが当主のいる部屋の扉を開け、私を中に通した。



「よく来たね仁義君。君が来たという事は、セシリアが絡んでいるのかな?」


「話が早くて助かります。手紙を届けにまいりました」



 私が取り出した手紙を受け取り、中身を本当に内容が分かっているのか疑わしくなるぐらいわずかな時間で一瞥すると、彼は私の方へ目をやり、口を開いた。



「わざわざ足を運んでもらった者にこのような事を頼むのも忍びないのだが、私もセシリアへ荷運びを頼んでもいいかな?」


「構いませんよ、どの道報告に戻るつもりでした」


「ありがとう。荷物はすでに用意してある、そこそこの量だからアンジェリーナ君を付けさせよう。彼女なら適任だ」



 アンジェリーナの名が出た途端、少し前の事を思い出し、私……それとおそらくパトリシアの顔が歪む。


 どう説明をしたものかと気まずい雰囲気を汲んだのか、彼はそれでは代わりにと近場にいたパトリシアに指示を出した。


 なんだかどこかの誰かと同じ臭いを感じたな……あれだけの音だ、耳に入っていないわけがない。アンジェリーナが今どういう状況なのか分かった上であんな事を言っていたのでは……いや、ないか。

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