繋がれ、願い


 蛇械獣が大きく口を開く。

 頭部を守るように持ち上げられた赤いラーディオスの腕に、毒牙が食い込ま――なかった。

 堅牢な外骨格の前にへし折れた牙が、宇宙空間を飛んでいく。


「おらあっ!」


 外骨格の隙間から圧搾空気を噴出。加速のついた右ストレートは見事、械獣の2つある頭部の1つを弾き飛ばした。


 械獣は殴り飛ばされた勢いのまま、距離を取る。

 レーザーを斉射。


「スゥ!」


 赤い外骨格が一瞬で銀の軟質肌に姿を変える。

 銀のラーディオスによって反射されたレーザーは正確に発振元へと逆流。

 械獣のレーザー砲台のいくつかが吹き飛んだ。


「ゼツトーリョーに大口叩いておいて、負けられないからね!」

「すまんな。大口叩いた本人が何もすることなくてすまんな」


 もはや辺村が指示を出すこともない。

 いや、もしかしたら最初から。

 これまでの人生で出会ってきた人々にとって自分が必要なかったように、彼女たちにとってもそうだったのではないかと辺村は思う。


 辺村がいなくたってスゥとメンカは和解し、互いにとっていい関係を見つけ出し、父との再会を乗り越えたはずだ。

 そうではないと思える要素が思い浮かばない。


 もちろん、そんなことを口にすれば彼女達は気を利かせて否定するだろう。

 自分より幼い少女の前でいじけた子供のようなことを言うのは辺村自身も嫌だ。


――おまえら、自信を持てよ。おまえらは薄っぺらい人格の寄せ集まりでも爆弾にするしか使い道のない役立たずでもない。立派な人間だよ。


 いつか『感動の別れ』なんてものが訪れるなら、そう言おうと辺村は思った。


「私は!」


 械獣が叫ぶ。


「私は人類の意思を遂行している! なのに何故、人類や、自分の作った生物までもが邪魔をする!?」


 ラーディオスに巻き付き、絞め殺そうとしてくる械獣から、メンカは粘液化で逃れる。

 だが、械獣はなおも追いすがってきた。

 レーザーを撃つこともなく、執拗に巻き付き攻撃を試みる。


「……なんか、変じゃない?」


 その不自然さにスゥも気づいた。


「まさか……」

「そう、そのまさかです」


 平坦な調子を取り戻した械獣の声が届く。


「通信回線が開いたということは、電子信号を送ることが可能ということ。あなたの首輪に爆破指令を送信することも」

「…………!」


 メンカは無意識に首輪に手をやった。

 いくらラーディオスが粘液に変わろうが堅牢な装甲を手に入れようが、炎をまとおうが関係ない。


「そんなもん、俺が全部ブロックしてやる!」

「できますか? 元々は人間のあなたが、電子戦で機械の私に勝てるとでも?」

「…………!」


 機体接触を行えばタイムラグを最小に、最大のデータ量を送り込める。

 械獣が巻き付き攻撃を繰り返すのはそれが理由だ。


「奴と絶対に接触するな! 接触回線を使われたら即アウトだ!」

「わかってます!」


 牽制のパルマ・ジャヴェロットを、械獣は回避。


「私だけにかまっていていいのですか?」

「何……?」

「ベムラハジメ、あれ!」


 絶遠・ラーディオスが地球へ流されていた。

 このままでは地表に落下するだろう。それもよくないコースでだ。

 もしかしたら難なく着地を果たす可能性もあるが、十中八九、流れ星よろしく燃えつきる見込みが大きい。


「助けないと……!」


 メンカはラーディオスを絶遠に向けるが、その進路を械獣が塞ぐ。

 慌てて飛び退くメンカ。もう少しで触れ合うところだった。

 しかしその分、絶遠・ラーディオスと距離が開く。


「オレのことはいい」


 絶遠の声。


「オレにかまってる暇があったら、械獣を倒して、ハビタットを破壊しろ」

「けど、絶遠……!」

「情けない声出すんじゃねえよ、辺村。頼れ、信じろって言ったなら、オレのことも信じろ。不死身の隊長様はこんなところで死なねえんだよ」

「…………」


 格好つけて、とメンカは吐き捨てる。

 絶遠の救出に向かおうとするが、やはり械獣を振り切れない。


「いいんだ、メンカ。絶遠にはかまうな」

「それで本当にいいの、ベムラハジメ!?」

「まあ、よくはねえが」


 辺村は苦笑する。


「優先順位を履き違えるな。まずハビタットの落下阻止。次に俺達の命。絶遠やレッドはそれからだ」

「でも……」

「助けなくていい。その代わりといってはなんだが、あいつに力を与えることを許してくれ」

「え……?」


 必要もないのに、辺村はすう、と息を吸い込むような動作を取った。

 ひょっとしたら自己犠牲のロマンチシズムに浸っているかもしれない絶遠に聞こえるよう、叫ぶ。


「絶遠――! 俺達は、ハビタットを止めるので精一杯だ! だから自力で助かれ!」

「はあ!? 無茶いうな、指1本動かねえんだぞ」

「俺、ずっと考えてたんだ! ラーディオスがどうして何度も姿を変えるのか、その条件は、って!」

「それはオレも考えたが……」

「きっと、願いなんだ!」

「なに?」

「たぶん、ラーディオス自体に、ある程度の形態パターンがセットされていて、個人の適性に応じて選択される仕組みになってる」

「だがそれだと、スゥが最初から赤じゃなかった理由がわからん」

「だから『願い』だ」


 あの時スゥはグスタフの砲弾に耐えきれるだけの鎧を願った。

 メンカは避ける・逃げる・かわすという最も親しみやすい行動で妹を救う力を欲した。

 ヒグモはスゥを守るため、攻撃に全振りした人格だ。だから彼のラーディオスも攻撃性の高いものになった。


「だからおまえが生きることを願えば、ラーディオスは眠れる力を発揮してくれる、はずだ」

「それ、根拠あるのか?」

「異星人の造った道具を、俺達の常識で測っちゃいけない。漫然と、ただ乗り込むだけじゃ駄目なんだ。目的が必要なんだよ」


 確証と呼べるほどのものではない。

 強い思いを抱いてラーディオスを動かせば、ラーディオスはそれに応えてくれる――。

 ラーディオスを神格、あるいは人格化しているのかもしれない。


「……わかったよ」


 視界の中の絶遠・ラーディオスは動かなかったが、その内部空間でやれやれと手をヒラヒラさせる絶遠の姿が見えるようだった。


「おまえを信じるって言ったばかりだからな。いいからおまえはそのデカブツに専念しろ」

「死ぬなよ」

「エケケケケケ。ありがたいお言葉で」


 これでいい、と辺村は自分に言い聞かせた。

 自分が彼のためにできることはもうない。

 いや、まだ1つ残っている。彼の期待と信頼に応えること。地球を救うこと。


 地球を救う?


 いや実際そうなのかもしれないが、大仰すぎて笑ってしまう。


 俺の願いにも巨神が応えてくれればいいのに、と辺村は思った。


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