chapter4-2-4: 校・長・疑・心




 ―――朝早く、職員室には出勤してきた先生方が次々と入ってくる。


「おはようー」


「おはようございます、先生」


 そんな人々に、俺……「矢本やもと」ユウは、一人一人丁寧に挨拶をしていた。

 昨日あった先生もいれば、休んでいて今日初顔合わせの人もいる。幸いにもそこまで気難しい人はおらず、俺は存分に「真面目な教育実習生」アピールをすることができていた。


 しかしこうして話しているうちに抱く感想といえば、「いい人達なんだろう」というものぐらいだ。

 ……なにせ皆、人当たりがいい。


 教師なのだから当然、などと思うかもしれないが、しかしあの多賀城マナカの存在を知ってしまっているためだろうか。

 こうして普通に話せる人たちであるというだけで、凄い人々だと思わざるを得ない。


 ……共通の敵がいるから、かえって連帯感が増しているということもあるのかもしれない。


 だが俺がそんな思案をしているそのなかで、一人の人物が入ってくる。



「―――おはよう、みんな」


「……」


 比較的大柄な、壮年の男性。

 その男のことは、学校各地の掲示物や、ここにくるまえの事前調査で知っていた。


 この歪んだ学校の表向きの長であり、あのマナカの親戚の可能性が高い人物。


「おはようございます、校長先生!あ、こちら昨日から教育実習に入ってもらってる―――」


「矢本、ユウです。短い期間ですか、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願い致します」


「あぁ、キミが……」


「私は校長の、多賀城 コウゾウだ、よろしく鳴子くん」


 彼―――最重要警戒対象である「多賀城 コウゾウ」は、そう挨拶しながら穏和に笑う。

 差し出されたその手を俺は握る。すると彼はその手をしっかりと両手で握り返し、目を真っ直ぐに見つめ語りかけてくる。


「教育実習生として、是非我が校から多くを学んでいってほしい。困ったことがあれば、すぐに相談するんだよ」


「―――はい」


 俺は、思わず面食らってしまった。

 ……何故だろう、その言葉に嘘はないと、そう信じられてしまうような気がする。


 俺は今まで境遇から、人に対して不信感を抱きがちになっている。そのことは自分自身でも自覚的で、それこそレイカら「反英雄組織アンチテーゼ」を信用しきっていないのもそこに起因するものだ。



 だが、目の前のこの人物はどうだ。


 その纏う雰囲気、そして言動はおよそ悪人の者ではない。もしも俺が初めから先入観を持たずに彼に出会っていたのなら、無条件で信頼してしまった可能性だってあるかもしれない。


(……だが)


 だが、その苗字が。

 ―――「多賀城たがじょう」という、看過できないまでのその符号が、彼を心から信頼させることを阻害する。

 衆知の通り「多賀城たがじょう」という姓をもつ彼の家族構成は、なんと「反英雄組織アンチテーゼ」の力でも探りきれなかったのだ。


 それほど入念に個人情報を保護されているという段階で、今回の一件に密接に関わっている存在であることは疑いようもないのだ。

 直接関係しているのかまでは断言できないが……探る必要は、間違いなくあるだろう。


「……?、どうした矢本くん?」


「あ、いえ」


 校長が、俺の視線に気づき声をかけてくる。

 ……しまった、気にし過ぎた。


 だが、そのときだ。


「お、もう予鈴か!クラスに向かわないと」


「おやもうそんな時間か、では担任の皆さん、今日もよろしくおねがいしますね」


 授業(朝なのでHRだが)の開始5分前のチャイム、予鈴が鳴り響く。

 すると先程まで談笑していた先生方もそそくさとその荷物をまとめ、それぞれの受け持つ教室へと移動を始める。


 つまりは俺も移動しなければならない、ということだ。

 俺がそれに気づきノートを手に取ると、担当の先生が声をかけてくる。


「じゃあ矢本くん、教室にいこっか!……あんまり、気は乗らないだろうけど……」


 俺を担当してくれている、マナカ達のクラスの担任教師は曖昧な表情でそう告げる。

 ……すると職員室中が同情的な雰囲気に包まれ、その哀れみの視線が一斉に俺に向けられた。


 どうやら多賀城マナカに辟易しているのは、皆同じらしい。

 最初は彼等が裏で糸を引いていることも懸念していたのだが……この様子だと、どちらかといえば被害者寄りなのかもしれない。


「ははは……では失礼します」


 だから俺も、曖昧な愛想笑いを返す。

 正直なところ情報収集もしたいし先生方に話を聞きたいところではあるのだが……如何せん、教育実習生の身だ。


 妙な深入りをしてしまっては、かえって不審がられるというものだろう。


「失礼しました」


 そうして俺は、先生に付き従って職員室を後にした。……そのときだ。


「……」


 さっきまで疲れはてたような顔で嫌々向かっていたはずの先生の顔が、急に真面目なものになる。

 ―――職員室を出た、瞬間のことだ。


 先程までは嫌々、うんざりとした顔だったのに、この切替の速さはなんだ。

 教室の前までいってからなら分かる話だが……。


 ……そんな様子に違和感を覚えた俺は、そこまで思案し、そしてひとつの仮説に至る。


(……まさか、職員室より外はマナカか、それに類する者に監視されている?)


 マナカ達による学校中の監視。正直なところそれは別段、確信のない推測でしかなかった。

 だが彼女が多くの生徒を手下と使っていて、しかも定期的に授業をサボタージュしている事実と比較すると見えてくるものはある。



 ―――つまりはどこかのクラスに監視役の能力者がいて、学校の敷地内を休みなく監視しているという説である。


 ……もしそうだとすると、大概面倒な話だ。

 場合によっては昨日のレイカへの経過報告も、関知されている恐れがある。


 妨害因子をばら蒔いて通信していたのだからその通信内容が聞かれた心配はないだろう。しかし「どこかと秘密裏に連絡を取っていた」、ないし「監視能力を妨害するなにかを持っている」という情報が相手にいってしまったのは、正直痛手だ。


 この学校の闇は思ったよりも根が深い。


 迂闊に行動すれば、俺とて取り込まれかねない。今まで異常に細心の注意を払いつつ、能力回収とデータの奪取を敢行しなければ。




「……じゃあ、今日は矢本くんが先に入室して挨拶を!」


「はい、わかりました」


 明らかに空元気な先生の指示に従い、俺は元気に扉を開け放つ。

 そこに座っているのは、軒並み浮かない表情のクラスメイトたち。

 そしてまだ登校してきていないリナと、その席を磨く側近の少女たち。


 ……そんな異常な光景を前に、俺は役割に合わせて、挨拶した。


「皆さん、おはようございます」




 ―――さぁ、今日も、授業が始まる。

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