chapter4-1-6:うしなった ふたり


 ◇◇◇



 突如として現れた、教育実習生。

 彼は毅然とした態度を崩さずにあのマナカちゃんと対峙して、そして能力を奪われることなく事を収めた。


 その信じられない事実は当然、授業中でもクラス中の人間が気にしていた。


 ―――多賀城マナカを、下すかもしれない存在が現れた。


 ―――多賀城マナカを、倒してくれるかもしれない。


 彼女に反感を持つ生徒たちは勝手に、そんな幻想を彼へと―――ユウへと押し付けていたのだ。


 ……とはいえ、当人はそれを気にする様子も見せなかった。

 ソワソワとしているのは生徒側だけで、彼はただ教育実習生としての本分を粛々と修めていったのだ。


 ……結局のところ、授業時間中にマナカちゃんとその側近たちが戻ってくることはなく帰りのチャイムが鳴り響く。


 先生もクラスメイトも、そのことに胸を撫で下ろしていた。今日はいらないとばっちりを受けることもない、と。


 わたしも特になにをするわけでもなく、帰ることにした。……せんせいの正体は気になるけれども、今はそれよりも優先すべき、やりたいことがある。


 それがせんせい自身の素性と結び付くかもわからないけど、今はあちらが優先だ。

 そうして手早く荷物を鞄に突っ込んで、わたしは教室を去ろうとする。


 だが、そのときだ。



「志波姫、ちゃん」


「……え」


 ―――急に、せんせいに声をかけられた。


 突然のことに、一瞬心臓が止まりかける。

 ……まさか、向こうから話しかけてくるなんて思わなかった。

 いったい、なんの用件だろう。


「なん、でしょう」


 ……変にどもってしまう。

 そもそも人付き合いが得意じゃないわたしとしては、せんせいでなくともこうなることが多い。


 そうならないのなんて、1年から比較的話していた面子……そう、マナカちゃんと担任の先生、そして―――、


「昨日のことなんだが、確か」


 ユウせんせいはそう切り出す。

 ……まずい、昨日の病院のことを追求される。

 もしもせんせいがあの黒いヒーローの正体であるなら、その素性を探ろうとしていることがバレるのは非常にマズい。

 しかし良い言い訳をしようにも、学校の友達が入院した、なんてものは学校ここでは使えない。

 仕方ない、ここは孤児院のときの友人を―――


 ……だが。そう思った瞬間に、明後日の方向から声が響く。


「矢本先生!後で今日分の面談とレポートの提出があるから、職員室にきてね!」

「……あ、はい!」


 ユウせんせいはバツが悪そうな顔を一瞬するが、すぐに愛想笑いに切り替えて返事をする。


「この話は……また今度、しよう」


「……はい」


 そう言うと彼は担任のせんせいに着いていき、わたしは教室に残された形になった。

 他の生徒たちも一切いなく、本当にわたし一人だ。


 周りの子達はいつも手早く撤収する。理由は明白、「派手なことをしてマナカちゃんに目をつけられたくない」からだ。

 うちの学校では19時までの門限さえ守れば、外に遊びにいくことも許されている。

 ならばこそ、学校の敷地内で変なリスクを背負うよりも、街で遊んだ方がたのしいし安心なのだ。


 そんなことを改めて懐古しつつ、荷物を手に取り自分も教室を後にする。


 ―――そうだ、こんなところで呆けている場合じゃない。


 だってわたしには、行かなきゃいけない場所があるのだから。






 ◇◇◇



 目的の場所―――センダイ第一総合病院にある鳴瀬ハルカの病室には、すぐに着いた。


 相も変わらず受付の看護婦は忙しそうで、そそくさと通過するわたしには気付いてさえいないらしかった。


 ……最近、やけに怪我人が多い気がする。

 なんでも町中に怪人が現れることが多くなったという話だが、それは「英雄達」が発表してる情報でしかない。

 わたしは知っている。街を破壊して、笑っていたヒーローの存在を。

 ……そして、そんな悪いヒーローを倒す、ヒーローがいることも。




 ―――そんなこんなで、わたしは鳴瀬ハルカさんの病室で、またジュースをご馳走になってしまっていた。

 なんでもお兄さんがダースで買ってきたらしく、病室の冷蔵庫がいっぱいなのだそうだ。



「―――それでね、その時お兄ちゃんってば……」


「えー、そんなことしたの、お兄さん?」


 わたしたちはジュースを味わいながら、他愛ない世間話に興じていた。


 お兄さん……推定黒いヒーローさんは、どうやら昔はかなり内気な性格だったらしい。


「いやー、昔のお兄ちゃんはほんっとに根暗でさぁ!ワタシもさんざんイジったもんよ!」


 そう笑うハルカさんの顔は、心底楽しそうだった。

 どうやら二人の兄妹仲は、わたしが思っている以上に強く、硬いらしい。

 そんな関係性の人間が、家族がいる。その事実はそれだけで、羨望の眼差しで見てしまうほど羨ましいものであった。


 ……だから。


 素直に、感想が口をついて出てしまったのである。


「……ふふ、いいなぁ、兄妹って」


 それは、本当に他意のない感想だった。

 家庭のことも、学校のことも。いろんなことを話して、共有できる「家族」。

 ……それは、わたしにはないものだ。孤児院の人たちは確かによくしてくれたけど、彼等は血のつながりのない、あくまで他人だった。


 だから、欲しかった。家族が……今のモヤモヤを、なにかを共有できるような大切な存在が。


 ……だが、そんな他愛ない感想にハルカは当然の質問をしてくる。


「あれ、リナは兄妹とかっていないの?」


「……うん」


 ……言うべきか、言わないべきか。

 わたしは僅かに悩んで……でも、すぐに決めた。


「家族、気付いた時にはいなくって。孤児院にいたんだけど、今は通ってる学校の寮で」


「……あの、ごめん……話しづらいこと聞いちゃった」


 ―――何故だろう。

 この人には、嘘をつきたくないって、そう思ったのだ。

 ……だがそのせいで、場の空気を湿っぽいものにしてしまった……どうしよう。


「うぅん、わたしはへいき」


 とりあえずは、落ち込む彼女を窘める。

 わたしは当に、家族がいないことなんて割りきっている。だって物心もつかない、幼少期にしか会ったことのない人たちだ。

 顔も覚えていなければ、正直感慨だって持っていない。


 孤児院にいるときも、今あの学校に通っているときだって。

 今のことしか考えていられなくて、過去なんて忘れ去りかけているのだから。


「……っ、……!」


 だが、わたしの空元気めいた返事を聞いて。

 ……ハルカさんは何か悩むような素振りを見せた。

 それはなにかを言うか、言うまいかを悩んでいる顔。きっと、さっきのわたしと同じ顔だ。


 だから、わたしも身構えて。



「―――実はね、私たちも今、両親いないんだ」


 ……その言葉が、着弾する。


「え……」


 今、ハルカさんはなんて?

 まさか……二人のご両親も、わたしのと同じように亡くなって―――!?


(わたしはなんて無神経なカミングアウトを!)


 ……そんな後悔は先に立たず、わたしは口を手で覆うことしかできなかった。


 だが対するハルカの顔は、すごく真摯なもので。

 わたしはただ、その話に深く相槌をうつ。


「先生たちやお兄ちゃんは、私を気遣って隠そうとしてくれてるけど……わたし、いや……私は知ってるんだ」


「あの爆発事故で、私の目の前で、おとうさんと、おかぁ、さんが……」


 途中、言葉につまりながらもハルカさんは話してくれた。

 事件の顛末を、入院した理由を。


 突如として、爆発事故に巻き込まれた区域。その中心地にいたハルカさんたちは、当然の如く大きなダメージを受けてしまった。

 ……それは心身共に、だろう。両親どころか近くに住んでいたご近所さんも、友達も……近くで飼われていた動物だって、皆一瞬にして死に絶えたのだ。


 それは……それは、わたしの身の上なんてちっぽけに見えるほどに、壮絶なものだ。

 ……物心すらない小さい頃に死んだのならまだマシだ。思い出がないぶん、ある程度なら割りきって前を向ける。


 ……でも。


 つい数分前まで、十年以上も一緒に暮らしてきた家族の命が、目の前で奪われる?

 慣れ親しんだ地が、慣れ親しんだ人達が。たちどころに、瞬間的にその命を散らせるなんて。


 ―――そんなの、そんなのあんまりにも残酷じゃないか。



「……だいじょうぶ、無理して話さなくてもだいじょうぶ、だよ」


 わたしは彼女の隣に寄り添い、その肩に手を置く。

 すると彼女もまた、震える手をわたしの手の上へと起き、小さく握ってくれた。


「あり、がとう……でも、でもさ」


 でも、と彼女は続ける。


「リナは両親も、兄弟もいない中何年も頑張ってきたんだから、わたしだって……がんばらなきゃ」


 ―――「わたしは、彼女よりも恵まれている」。

 ……だがそんな感想を、ハルカさんもまた、わたしに抱いたというのか。



 それはなんて、なんて惨い話なんだろう。



 わたしはもう、言葉すらも紡げず。ただ、彼女に寄り添うことしかできなかった。


「なん、だかね、気がついたら自分が自分じゃなくなってるときがあるんだ、「私は事故が起きる前の家で今まで通りに暮らしてる」って、そう思い込んじゃうときがあって……」


「うん、うん……」


 ―――彼女は涙をハラハラと流しながら。


「……でもそれが覚めたら、途端にかなしくなって、泣いちゃって……どうしようもなくなっちゃって、暴れちゃうこともあって」


「うん」


 その胸の丈を、薄々抱いていた自分への変化を、包み隠さずに打ち明けてくれた。

 そして―――、


「……でも!リナが来てくれるようになってから、凄くたのしい、前よりもずっと、胸の奥が楽で……」


 わたしへの、感謝の言葉も。


「……だから、もしリナがよければまた来て、くれない?」


 その言葉は、なによりも嬉しくて。

 ……もう、ヒーローの正体を探るとかどうとかが、瞬間的に吹き飛ぶくらいで。


「―――うん、絶対来る」


「って……友達が退院しちゃったら、ここにも来なくなっちゃうよね」


「ううん、来るよ」


 だから、わたしも告げたのだ。


「ぜったい来る。知り合いがいなくても、わたしはぜったいに……ハルカさんに会いに来るから」


 胸の内を。

 今この瞬間にこころにいだいた、わたしの気持ちを。



「―――!」


「あり、がとう!」


 ……そのハルカさんの言葉に、わたしの心も救われた気がして。

 わたしたちは、そのままベッドの上に座って、また他愛ない話を続けたのであった。


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