chapter4-1-5:はずれた おもわく
『矢本、ユウです』
(あの人、昨日の……)
―――点と点とが、急に線で繋がる。
昨日ぶつかったあの男性が、急遽うちに実習生としてやってくるなんて。
そんな信じられない事態を前にして、わたしは思わず口をぽかんと開けていることしかできなかった。
しかし、「矢本」。彼の名字は「矢本」だという。
わたしが追い求めていたヒーローと、ハルカさんの名字は「鳴瀬」だ。となればこの人は、探してたヒーローとは別の……?
「―――ね、せんせ☆」
―――そんなとき、多賀城マナカの甘ったるい声が教室中に響く。
「?、君は確か―――」
実習生……もとい、矢本先生は困惑したように、辺りをキョロキョロと見渡す。
だが一同、それがいつものことだというように口をつぐむばかりだ。
……誰もが自分を、標的にされたくないのである。
この傍若無人なモンスターを、皆なぁなぁで受け流すことで平穏な生活を維持しようとしている。
そしてそれは、きっとわたしだってそうだ。
あの子がどうしてこんなことをしてるのか、
わたしには分からない。
きっと止めなきゃいけないんだろう。……でも。
(……こわい)
手が、震える。
もしも自分が、あの子のいじめの標的になってしまったら。
そうなれば学園生活は最早終わったといってもいい事態だ。むしろ、五体満足で卒業できるほうが少ない可能性。
……そして、彼も。
「多賀城マナカ!わたしのことは気軽に、マナカちゃん☆って、呼んでね!」
彼―――矢本ユウも、マナカという女傑に目をつけられた時点でほぼ詰んでる。
見たところ能力を持つ世代のようだが、一度マナカの手に触れてしまえば、最後だ。
その能力は押収されて、カースト最下位に一直線。
彼女に媚びるか、彼女に目をつけられないように雑草のように生きるか。選択肢は、それしかない。
「……わかった」
彼は多賀城マナカの申し出を、まずは受けた。
……まずは最初の選択肢をクリアだ。ここで機嫌を損なわなければ、最低でも微弱な能力くらいは残してもらえて―――、
「それで多賀城さん、俺に何か用かな?教育実習生って立場ではあるけど、俺に乗れる相談なら乗るよ」
―――え?
わたしは耳を疑う。
わざわざ「マナカちゃん」という呼称をすることを認めて、あえて「多賀城さん」と呼んだ……!?
ダメだ、もうダメだ。
これはカースト最下位どころの騒ぎじゃなく、即効廃棄されてもおかしくないくらいの蛮行……!
「……ふーん」
「―――ま、いいや☆それでね、せんせー……」
「わたしと、握手しよ?」
マナカは一瞬不機嫌そうな顔をしたものの、即座に笑顔を取り繕って手を差し出す。
(……始まった)
あれは謂わば死刑宣告の合図だ。
こうなってしまえばもう、彼女は加減することなく彼の力を根こそぎ奪い取ることだろう。
(そしたら能力を使えなくなって、他のみんなと同じように、あの子とその取り巻きに一生ペコペコすることになる……!)
もしかしたら救世主のような存在なのではないかと、期待した自分もいた。
……でもやはり、だめだ。
マナカの蛮行を止めることは、きっと誰にもできないんだ。
だったらやっぱり、わたしも前みたいにただ口をつぐんで、毎日を死体みたいに生きていたほうがずっと……
「―――いいよ、しようか」
「やった☆」
二人の手が、みるみる近づく。
……何十回と見た光景だ。人の尊厳が奪い去られる瞬間。誰もが絶望し、苦悩し、その後はドブ川で溺れるほうがマシなくらいの生き地獄を見せられる。
そんなこと、わかっていたはずなのに。
……わたしは保身のために彼を見捨てていることに、すこし刺のような痛みを覚える。
勝手な期待をかけて、勝手に見捨てて。
わたしはやっぱり、マナカちゃんなんて比べ物にならないくらい、クズで。
「……はい!これであなたも……」
二人の手が、がっしりと繋がれる。
双方、笑顔。
だがその数秒後、片方の笑顔は崩れてしまうだろう。能力を取られたことは、身体の感覚でわかってしまうものだ。そしてそれを認識した瞬間に、その心は折れて。
「―――は?」
だが。
表情が。愉悦に満ちた、その笑顔が。
先に崩れたのは、矢本 ユウではなく―――
「え、どうして、なんで―――」
―――「多賀城 マナカ」。彼女の方であった。
「―――どうしたんだ?マナカちゃん?」
「……ッ!まさか……」
マナカちゃんは、バッと握手していた方の手を引くと、目前の教育実習生を鋭く睨み付ける。
「……」
数秒間の沈黙。
そしてそれを絶ち切るようにして、彼女はまた笑顔を取り繕う。
「……な、なるほどね!あなたの正体、分かっちゃった☆」
「今度、勧誘にいくから!かわいー☆わたしのお誘いを受けられるなんて滅多にないことだから、たのしみに待っててね☆」
その去りかたは、まるで脱走のようだ。
「……はぁ」
「一先ず目標はわかった、な」
―――そのとき。
学校中にチャイムが鳴り響く。時計を見ると、時刻は既に9:00。一時限目の授業が始まる時間だ。
「……あの、せんせい?」
彼女が去った後の、嵐の跡のような不気味な静寂。わたしはそのなかで、意を決して教育実習生であるユウせんせいへと声をかけた。
「?、えぇと、確か……」
「リナ、志波姫リナ」
「あの子と握手して……なんともない、の?」
ただの確認だった。恐らくせんせいは能力者だし、マナカちゃんに手を握られたのなら、それは能力すらもその手中に奪われたということと同義だからだ。
……だがユウせんせいは、なにかに納得したかのように意外な顔をして。
「―――あぁ、やっぱり」
「……さ、チャイムも鳴ったし、席に着こうか。多賀城は……まぁ、戻ってこないのが普通なんだろうな、あの調子だと」
ただ、そう告げるのみなのであった。
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