chapter1-2:蛮勇




「な―――」


「ヒ、ヒーロー!?」


 空から突如落着した『ヒーロー』の姿に、その場に居た者は皆浮き足立っていた。


 そんな中僕はというと、ついさっき自分の力で助けられなかった事から、まるでそのヒーローが救世主のように見えていた。


 そして救世主たるヒーローは、胸を張り名乗りをあげる。


「我が名は「クラッシュ・ロウ」!治安維持組織「英雄達ブレイバーズ」所属のヒーローだ!神妙に―――」


「に、逃げ……」


 その名乗りの最中にも関わらず、不良たちは捕まえていた女の子も思わず離し、咄嗟とっさに逃げようとする。

 口ではあれだけ啖呵を切っていたが、いざヒーローがくればこれだ。

 その様子は正しく、「英雄達ブレイバーズ」という組織の威光がどれだけ強力なものかを如実に物語っていた。



『おっと、逃さん!』



「ひぃっ!?」


 だが、それは不可能だ。

 そのスーツの力か、もしくは本人の能力か。

 ヒーロー―――クラッシュ・ロウは不良達の前へと瞬時に回り込み、そのうちの一人の頭を大きな手でがっちりと固定する。



『言え、お前たちに仲間はいるか?』


「い、いぇ……俺らは、ただの……ぅぐ……」



 頭を掴まれ、握られた不良はうめきながらそう言う。

 きっとあのヒーローは、彼等不良がなんらかの能力者グループに所属していないかを探ったのだろう。


 昨今犯罪を犯す反社会的能力者グループが数多いと聞くし、彼もその討伐に当たっているヒーローなのかもしれない。


『なんだ……ただの不良かよ……』


 クラッシュ・ロウはそう残念そうに呟くと、掴んでないほうの手で頬を掻く。



『―――じゃ、いいや』


「い、痛い、痛、あぁ……!?」


「―――!?」


 ―――え?


 何をしているんだ、あのヒーローは。

 掴んだ手に力をこめ、頭を潰さんとばかりに力を込めている?


 あれでは、死んで―――



「ガ……ぐ……ッ!?」



「なっ―――!?」


 ―――不良の頭が、ひしゃげた。


 握られた後頭部がまるでガラス細工のように砕かれ、中からは紅い液体と、なにか固形のモノが流れ出ている。


『はーすっきり!いい顔だ!』


 その様子を見て、クラッシュ・ロウは何か満足したかのように爽やかな声で笑う。


 その視線の先には、投げ捨てられた不良の頭が、顔を向けて転がっていた。


「ひ、ひぃ!?ヒ、ヒーローが、なんで!?」


 不良達はそれを見て、最早気が気ではない。

 ついさっきまで生きていた仲間が無惨に殺され、投げられ、眺められているのだ。

 平静でいろ、というのが無理な話ではあるが。


 ―――そんな彼等に目を向け、躍った声でヒーローであるはずの男は語る。


『あ、俺の趣味さ、人の面白い顔を見ることなんだよね』


「ぐぁ……」


 逃げようとしたもう一人の不良も、ヒーローの手からは逃れられず。

 その首を、巨大な手がゆっくりと締め上げる。


『怪人とかヒーローだとさ、死ぬときに限界がきて爆発しちゃうだろ?だから死に顔って奴が見れないんだよな』


 流暢りゅうちょうに事情を語り出すクラッシュ・ロウ。


 ―――なんだ、なんなんだこの状況は?


 思わず、理解のできない恐怖に震える。

 彼はヒーロー、のはずだ。

 なのに、なんでこんな殺戮みたいな真似を……


「ぃ……ぎぃ………」


『だからさ、お前らみたいな不良崩れの能力者がいるとすげぇ助かるわけ!』


 首を握り潰そうとしたまま、クラッシュ・ロウは不良の身体を宙へと掲げる。


 ―――ただでさえ窒息しそうな圧力の中、重力までもが彼の命を奪おうとその身体に負荷をかける。


「げぁ」


 ともすれば間抜けな断末魔。

 だが、それが彼の最期に発した言葉となった。



『あっ死んじゃった……、あと一人か』



「い、いやだ……くるな……」


 次々と処刑されていく仲間。

 それを見た最期の一人は、もはや逃げる意思すらも喪失してへたりこんでいた。


『うーん……でも、首絞めももう飽きたなー』


 クラッシュ・ロウはそういって、手を顎にあて考えるような素振りをする。

 その脳裏に浮かんでは消えていくのは殺戮の方法。

 、それだけだろう。


「くそ、なんで、おれが、こんな―――」


 そんな思考の中、不良は震える足を引きずり、這いずりながら路地裏からの脱出を目指していた。


 いくらなんでも、大通りでヒーローが能力者を殺戮することはない。

 そう考えたからか、ただ人だかりに引かれてなのか。


 ―――恐らくはどちらでもないだろう。きっと、ただ彼は怖いのだ。


 この恐怖の私刑場から、いち早く逃げたかっただけなのだ。


『そうだ、撃つか!』


 そんな声は不良の耳には届かない。

 感度強化の能力も、今は使いどころがない。


 そして不良の伸ばした手が、大通りへと延びる。


 あぁ、やっと―――


「ばーん!」


「―――え?」



 ―――クラッシュ・ロウの子供のような擬音語と共に発された、鉄の弾。

 それは的確に、不良の後頭部と脳を貫通し、その額から大通りへと抜けていく。


 不良の手足が一瞬痙攣し、そしてその動きを止める。


「あ……あぁ……」


流れ出る不良の血と、地べたを舐めるその遺体。


 そんな様子を、捕まっていた女の子と僕はただ、震えて見ていることしか出来なかった。


「さて、と……」



 ―――クラッシュ・ロウはおもむろに不良の遺体へと向かい、それを持ち上げて表情を確認する。


『あーこの顔!良い!すごく!』


 ―――その顔は晴れ晴れとした笑顔だった。


 自分は助かったんだと、そう確信してやまない達成感に満ちた表情。

 それはクラッシュ・ロウを満足させるのに、充分すぎる死に顔だった。





『―――さて、俺の楽しみを見ちゃったお前たちなんだけど……』



 ……突如、クラッシュ・ロウの視線が生き残った僕らへと向く。

 ―――当然と言えば当然だ、だってここに居て生きているのはもう僕ら三人だけなのだから。



「ひぃ!?やだ、ころさないで!」



「あ、あぁ……」


 僕は手の震えが止まらず、恐怖に苛まれながら「ヒーロー」を見る。


 ―――まさか口封じに殺される?正義の味方のはずのヒーローに……?


 今までの常識が崩れ去るような感覚が、僕の頭に頭痛のように、そして吐き気のように襲い来る。


 きっと、そこで同じように震えている彼女も同じ気持ちだろう。


『……なんだ』


 クラッシュ・ロウはそんな様子を見て、一言呟き、


『君!めっちゃ可愛いじゃん!』


「へ……?」


 ―――女の子の方へと、視線を移した。


『いいねぇ、俺好みの顔だ!醜い死に顔もいいけど、君みたいに整った顔立ちは素直に美しい!』


 クラッシュ・ロウは女の子を誉めちぎると、頭を撫でて極めて友好的に接する。



『だから、俺の女になれ』




 それを見て、僕の中に最悪な思考が一瞬よぎった。


 ―――今なら、逃げられるかもしれない。


 あのヒーローの注意が、全て彼女に向いているこの瞬間になら、僕だけなら逃げおおせることはできるのかもしれない。


 ならば、いっそ―――




「い、いや……」



 彼女はクラッシュ・ロウの提案を、思わず拒否してしまう。


 ―――当然だ、ついさっきまで目の前で殺戮を繰り広げた男に靡くなどあり得ない。

 いつ、自分が殺されるか。

 そんな恐怖のなかで暮らしていくなんて、耐えられるものではないだろう。


『……は?』


 ―――だが、彼女は思い至らなかった。


 否、そんなことを思考する余裕すらないほどの極限状態だったのだろう。


 拒否すれば、殺される。

 そんな当たり前のことが―――


『ちょっと誉めたからって調子に乗るなよ?お前、ヒーローの強さ分かってるよね?俺がこの手を振り下ろしただけで、お前の命なんて―――』


「―――ッ」


 あぁ、やっぱり。


「―――待って!!!」


 ―――僕は筋金入りの愚か者だ。


『……』




「その人を、殺さないで……殺すなら、僕で……!」



 またも、僕は少女を害する男へと意見をしてしまった。

 衝動的に、自分と相手の力量差も理解せずに発された妄言もうげん

 これはもはや、義憤などではない。


 きっと、これは―――


『ふ、ふへ』




『ふふふぶははははは!すっごいねぇキミ!正義のヒーローみたいじゃん!』



 クラッシュ・ロウは心底愉快そうに、愚かな勇気を出して意見をした愚者を見下ろす。


『分かった分かった!君の言うとおり、怒りに任せて殺そうとしちゃうのはちょっと軽率だった!』


 手を叩いて、語るクラッシュ・ロウ。

 その言葉に誠実さなどは伺えない。

 きっと、発している言葉に信用性など欠片もない。


『なら、ゲームをしよう!君が条件を達成できたなら、君にもこの子にも手を出さない!もちろん、この事を口外しない限りは、だけど』


 ―――だけど、僕に選択権はない。


 そのゲームとやらを受けなければ殺されるし、受けても殺されるかもしれない。


 僕に出来るのはきっと、奴の手の内で足掻くことだけだ。


「わ、わかった……それで、条件って……」



 ―――だが、もしそのゲームが簡単なルールであったなら。


 ギリギリでも、勝利さえ掴めれば僕らは助かる。

 そこに一抹いちまつの希望があると思えば、幾分かは気が楽に―――


『―――明日の昼までに3億円用意しろ。できなかったら、君達の家族を全員殺す』


「……え……?」


 ―――は?

 家族?僕らではなく?


 何故だ、何故―――


「なんで……!?」


 家族は関係ないじゃないか、しかも彼女の家族までも、僕のゲームの結果如何で殺そうと言うのか!?


 それに、三億。

 三億だなんて大金、しかも1日で用意できるわけがない!

 学生である僕に、そんなの―――



『だって君、自分を投げうって助けようとするくらい勇敢なんだもの!自分が殺されるより、周りが殺されるほうが効くでしょ?合ってる?』


「あ……あぁ……」



 ―――あぁ、どうしてこんな。


奴はこの短時間で、どうしようもないほどに鳴瀬ユウという少年の本質を見抜いていた。


自分のせいで、家族が死ぬ。

それが自分を殺されるよりも遥かに堪える攻撃法だと、クラッシュ・ロウは正確に捉えていたのだ。


―――そしてそれは正解。


僕はただ、後悔と恐怖にその表情を強張らせることしかできないのだから。


『あぁその顔!いいねぇでも今さら後悔しても遅い!もうゲームはもう始まった!』


 クラッシュ・ロウは僕の無様な顔を嘲笑い、ゲームの開始を宣言する。


 だが、そんな僕を見て、彼女はこう言った。


「わ、わたしはだいじょうぶだから、こんな勝負―――」


 ―――あぁ、それで済むならどんなにいいか。

 でも、奴が今さらそんなこと許すわけがない。


『余計なことをいうと、今すぐ君の家族どころか友達まで全員殺すよ?』


「―――ッ!?」


 ほら、結局こうなる。


 ――始まったゲームはもう、止められない。

 僕に出来るのは、全霊を尽くして金を意地汚く集めることだけだ。


『さ、また明日!君がいくら集められるか、今から楽しみだ!』


「君、私はいいから逃げ―――」


 クラッシュ・ロウはそういうと、女の子の腹に拳を打ち気絶させて抱えあげ、そしてその跳躍力で空へと去っていく。





「―――あぁ」


 残されたのは、数人の不良の惨殺死体と僕だけ。


 ―――そう、何もできない癖にしゃしゃりでて、結果周りを犠牲にしようとしている、愚かな餓鬼だけ。

なんて惨めで、なんて愚か。


「あぁぁぁぁ……」


 ―――声が、聞こえる。

 獣が呻くような声。


 そう、その負け犬の声は路地裏中に響き続ける。

 それを聞いた人々は無言で戸を閉め窓を閉め、見なかった聞かなかったこととして記憶から消す。



 それは、そうだ。

 だって僕も―――




「……あああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」




 ―――その無様な慟哭が自分の物だと気付くのに、どれほどの時間がかかったことか。

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