第44話 ピザの材料捕獲隊

ララアが姿を消してから数週間が経過し、ガイアレギオンの軍勢が退却したことが確かめられると、ヒマリア国の辺境に平和が訪れた。


貴史とヤースミーンはギルガメッシュの酒場で働く平穏な生活を取り戻した。


今日は午後の暇な時間に、貴史がヤースミーンを誘ってメイジマタンゴを捕まえに来たのだった。


「シマダタカシ、そろそろ獲物がいそうな気配です。私のクロスボウを貸してください」


獲物を持ち帰ることも考えて、貴史とヤースミーンは荷車に様々な装備を積んで運んでいる。


貴史は言われるままにクロスボウを取り出すと、矢を装填してヤースミーンに手渡した。


クロスボウにはてこの原理を使って矢を装填する仕組みがあるが、ヤースミーンが装填するには全力で力を込める必要があり、余裕があるときは貴史が装填してあげるのが常なのだ。


ヤースミーンは魔導士だが、敵の気配を敏感に読み取る。


静かな森の中で、小さな枝が折れる音が響いたとき、ヤースミーンは方向を見定めてクロスボウを発射した。


バシュッ。


ヤースミーンが発射した矢は、人の形をしたキノコの魔物であるメイジタンゴの眉間のあたりに突き刺さっていた。


メイジマタンゴがいた場所は貴史達の位置から十メートルも離れていない。


貴史は自分が気付かない間に、魔物に忍び寄られていたことに少なからず慌てた。


「いつの間にこんな近くまで来ていたんだ。不意打ちで魔法をかけられたら、やられていたかも知れない」


ヤースミーンは倒れたメイジマタンゴに近寄りながら落ち着いた口ぶりで説明する。


「それが、魔物たるゆえんですよ。不覚にも眠らされてしまったら。私たちの死体は彼らの胞子を植え付けられて、彼らの子孫の苗床にされるのですよ」


貴史は思い切り気分が引くのを感じたが、それでもかねてからの計画通りにヤースミーンに思いを告げようと決心した。


ギルガメッシュではドラゴンハンターチームやウエイトレスたちが常に周囲にいるのでヤースミーンと二人きりになる機会はあまりない。


つい最近までは、ララアが一緒に暮らしていたので猶更だったのだ。


「いいメイジマタンゴが手に入りましたね。タリーさんにキノコのピザを作ってもらいましょう。でも、もう一頭手に入ればキノコの炊き込みご飯もできるはずです。タリーさんがわざわざ南からくる商人に頼んでお米を仕入れたくらいだから彼の願いをかなえたいですね」


メイジマタンゴは見た目はともかく、料理に使えばマツタケのような香りと絶妙な味を持つ優れた食材となる。


そもそも貴史はメイジマタンゴを使ったピザがヤースミーンの大好物であることに目を付けて、メイジマタンゴ狩りに誘ったのだ。


貴史はヤースミーンのクロスボウに矢を装填して手渡しながら遠慮がちに口を開いた。


「ヤースミーンちょっと話があるんだ」


ヤースミーンはクロスボウを手に持ったままキョトンとした表情で問い返した。


「どうしたんですか、改まって話なんて」


貴史は口ごもったが、意を決っして言った。


「ヤースミーン、僕と付き合ってほしいんだ」


貴史は息を詰めるようにしてヤースミーンの表情を見つめた。


最初腑に落ちない表情をしていたヤースミーンの顔には徐々に驚きの表情が広がっていく。


慌てて貴史に何か言おうとした彼女は、クロスボウの引き金を引いてしまったらしく貴史の鼻先をかすめて飛び去った矢は、バシューという風切り音を残してどこか彼方に飛び去って行った。


「大丈夫でしたかシマダタカシ」


「だ、大丈夫だよ」


貴史はもう少しでメイジマタンゴと並んで荷車に乗せられて運ばれる羽目になるところだったと思いながら平静を装って答えた。


「わ、私は」


ヤースミーンは口ごもった。その顔色は次第に赤みを帯びていく。


「私はシマダタカシがそう言ってくれるのをずっと待っていたんです」


そう言うと、ヤースミーンはピョンと跳んで貴史に抱きついていた。


心の準備ができていなかった貴史はヤースミーンを受け止めきれずによろけてしまい、二人は抱き合って森の草原の上に転がった。


ヤースミーンに押し倒された格好になった貴史はドキドキしながらヤースミーンの顔を見上げたが、ヤースミーンはなぜか真剣な表情で貴史を見下ろしていた。


「付き合う前にお願いがあるのです」


ヤースミーンの声のトーンを聞いただけで貴史は、お付き合いするための前提条件を突き付けられつつあることを悟った。何事もそう簡単にはいかないものだ。


「ヤースミーンの頼みなら何でも聞くよ」


貴史が内容も聞かないうちから神妙に答えると、ヤースミーンは倒れた貴史の上に馬乗りになったままで言う。


「私はララアを探しに行きたいのです。彼女が去っていった南の国に探しに行こうと思うのですが一緒に行ってくれますか」


リヒターに聞いた話では、南に行けばドラゴンが豊富にいる代わりに強力な魔物もいるらしい。しかし、貴史はヤースミーンの頼みは何でも聞くと言った手前、断るわけにはいかなかった。


「もちろん一緒に行くよ。ギルガメッシュに帰ったら準備を始めよう」


貴史は毅然とした雰囲気でヤースミーンに答えたが、内心では自分の剣の腕も少しは上達しているし、ヤースミーンの魔法と組めば大概の魔物はやっつけられるはずだと自身に言い聞かせるように考えていた。


ヤースミーンはコテンと自分の頭を貴史の胸に預けるとつぶやく。


「シマダタカシは絶対そう言ってくれると思っていました」


貴史は自分の選択が正しかったことを悟り、ほっと一息ついた。


その日の夕方、貴史とヤースミーンは捕えたメイジマタンゴをお土産にギルガメッシュに戻った。


「遅かったな。いいメイジマタンゴを持って帰ってくれたから、スタッフの食事の時にメイジマタンゴのピザを作ることにしよう」


タリーは屈託のない笑顔で二人を迎えたが、ヤースミーンは申し訳なさそうに答える。


「タリーさんがキノコご飯を作りたがっていたからもう一頭捕まえようと思ったのですが、二頭目がなかなか見つからなかったのですよね」


「そうそう、森の奥まで足を延ばしたけどメイジマタンゴのテリトリーから外れてしまったのかもしれないね」


二人はどことなくぎごちない雰囲気で説明するが、タリーは全く疑わないでうなずくと、メイジマタンゴを調理場に運び始めた。

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