第26話 走れヤン君!

ミッターマイヤーの瞬間移動の魔法は彼が描いた魔法陣の内部にいるものを丸ごと転移させることができる。



ミッターマイヤーとその周辺の人々はエレファントキングの城と呼ばれる古代の城の近くに忽然と現れた。



瞬間移動の魔法を感じて、意識を失っていたララアは目を覚ましたが、他のものは散々な状況だった。



レイナ姫とラインハルト、そしてミッターマイヤーは枷につながれたままで憔悴しているし、貴史はハヌマーンに腹部を斬られて瀕死の状態だ。



貴史に取りすがっていたヤースミーンはララアが目覚めたことに気が付くと、必死の表情で叫んだ。



「ララアお願い、ヤン君を探してここに連れてきて。シマダタカシが死んでしまう」



ララアは弾かれたように立ち上がると周囲を見回した。そして、そこが見慣れた城の周辺であることに気が付くと矢のように駆け出して行った。



ヤースミーンは貴史の切り口からはみ出た内臓や、流れ出た夥しい量の血を見ながらララアの後姿を見ながら祈った。



「お願い間に合って!」



ヤースミーンは周囲を見て、城からの距離に絶望した表情を浮かべる。



「ミッターマイヤさん。どうしてみんながいるところからこんなに離れた場所に跳んだのですか?」



ミッターマイヤーはヤースミーンの恨みがましい口調に閉口しながら答える。



「すまんの。ここは以前に一度跳んだことがある場所なのじゃ、ある程度離れているから人を巻き込む心配がないし。座標がわかっておるからの」



ヤースミーンはそこがスラチンが教えてくれたダンジョンからの抜け穴の出口の近くからだと気が付いた。


エレファントキング討伐のために抜け穴を探していた時にレイナ姫たちがこの辺りに現れた記憶がある。エレファントキングと戦って辛くも倒したのがもう遠い昔のことのように感じられた。



ヤースミーンにとって、永遠にも思える時間が過ぎた頃、草原を走ってくる足音が聞こえた。



「ララアここか?」



「そうです。ヤンさん」



ララアがヤンを探し当てて連れて来たのだ。ヤンは倒れている貴史の様子を見て目を見張る。



「ヤン君お願い、シマダタカシを助けて」



ヤースミーンは呼吸しているかも定かでない貴史の脈をとりながら叫ぶ。


「こりゃひどい。でもな、生きていてくれたらどうにかして見せるぜ」


ヤンは息を切らせたままで膝を折って祈りを捧げ始めた。



長い詠唱の後にヤンはあらん限りの気を込めて貴史に回復魔法をかける。



貴史は眩い光に包まれた。ララアとヤースミーンは思わず目をふさぎ、レイナ姫たちは思わず顔をそらして避けるほどの光芒が貴史を包み続ける。



やがて、瀕死の状態だった貴史の傷は綺麗にふさがり、何事もなかったような姿になったが、貴史自身は激痛に転げまわって苦しんでいた。



「回復するときに、傷を受けた時の痛みを再体験するのだ」



貴史が感じる痛み自体はヤンもどうすることもできないらしく、ただ見守っているだけだ。



その頃になり、エレファントキングの城からたくさんの人々が歩いてくるのが見えた。



人々は、貴史やヤースミーンがいる場所まで到達すると、枷につながれたレイナ姫たちに気が付いた。



「レイナ姫様だ、ラインハルト様とミッターマイヤー様もいるぞ。誰か早く枷を外して差し上げろ」



「レイナ姫様大丈夫でございますか」



大勢の人々が寄ってたかって三人の枷を取り外し、ついにレイナ姫たちは自由の身となった。



「みんなありがとう。私たちを救出するために多くの者が倒れたのがとても悔しいが、おかげでこうして自由になることができた」



集まった人々は大半がホフヌングの村からの避難民だった。レイナ姫を慕って移住するほどの人々は姫を取り返したことで歓喜の声を上げた。



そして人々のざわめきに引き寄せられるように新たな一団が貴史たちがいる場所に現れた。それは、森に雌伏してレイナ姫救出の機会を窺っていた親衛隊の古参兵と、彼らが撤退の途中で助けたハンス達の一行だった。



「ハンス、生きていたのですか」



「ララアこそ、あんな化け物に連れていかれて今頃串刺しにされているかと思っていたよ」



ハンスはララアの両手を持って大きく振りまわし、ララアは嬉しそうに叫ぶ



親衛隊の兵士たちはレイナ姫がそこにいることに驚愕の表情を浮かべた。


「レイナ姫様が生きておられるぞ」


「どうやって脱出することができたのだ」



親衛隊の兵士たちは口々に話し、やがて親衛隊の指揮官はレイナ姫の元にかしずいて報告した。



「レイナ姫様、ガイア・レギオンは今朝の攻撃で大きな損害を受けたため、撤退をはじめました。またこの地に平和が戻りますぞ」



レイナ姫は親衛隊長の手を取って立ち上がると涙を浮かべた。



「多くの者が犠牲となりましたが、私たちはそのことで足を止めてはいけません。さあもう一度、ホフヌングの村を再建するために働きましょう」



人々は手を取り合ってレイナ姫を先頭に歩き始めた。



苦しんでいた貴史も次第に痛みは薄らいで、どうにか立ちあがってヤースミーンの手を借りてよろよろと歩き始める。



ハヌマーンの侵攻以来久しぶりに人々の顔に笑顔が戻っていた。

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