第21話 ハンスのブートキャンプ

「おい、この中で攻撃魔法が使える奴はいるか?」


ハンスが闇の中を忍び寄ってくる敵の兵士に目を凝らしながら尋ねると、ハンスが率いる5人の兵士のうち、二人が手をあげた。


「何が出来る?」


「ファイヤーボールです。」


「俺も」


ハンスの問いに、二人はうつむいて答える。


ララアが操るマッドゴーレムの超絶的な破壊力を見たあとなので、気後れしているのだ。しかし、初級者向けの魔法とはいえファイヤーボールは便利な攻撃技だ。


「上出来だ、残りの中で一番弓が上手いのは誰だ?」


「ハルトマンです。」



ハンスの問いに一人の兵士が答え、のこりの者も頷いている。



「よし、全員が持っている矢をハルトマンに集めろ、弓も予備を持たせておけ」



ファイヤーボールができる二人は持っていた弓と矢をハルトマンに渡し、ハルトマンは岩陰に矢を集めて、体制を整え始めた。



「あ、あの俺たちはどうすれば」



残った二人が頼りない声を出すので、ハンスは噴き出した。



「お前たちは剣を抜いて俺と闘うんだ。いいか、敵が丘の下に攻め寄せてきたらファイヤーボールと弓矢の係はMPも矢の残りも気にしなくていいからありったけを撃ちまくれ」



ハンスは力説するが、魔法攻撃担当の二人は不安そうな表情を浮かべる。



「でも、俺たちがMP切れになったらどうするんですか」



「敵がひるんだところで俺を中心に3人が剣を振るって突っ込む。その時に剣係の二人は俺の側面から背後を固めて離れないようにしろ、近づいてくる敵だけに剣を突き出せばいいんだ」



その時、マッドゴーレムを動かしていたララアが振り返った。



「その作戦70点。どうにか合格ね」



「おい、点数が辛いよ」



ハンスはむっとしてララアに文句を言うが、ララアはウインクして見せる。



「私が認めるのから相当なものよ。ちょっと手伝ってあげる」



ララアがマッドゴーレムに向かって何か叫ぶとマッドゴーレムは身をかがめると、先ほど敵兵が見えたあたりに顔を向ける。



「おいよせ、俺達まで巻き込まれちまう」



ハンスが制止した時には、マッドゴーレムの顔からバシュッっと発射音が漏れていた。



至近距離の林の中で火球が広がり、巻き上げられた土砂がハンス達に降り注いだ。その上を猛烈な熱風が吹き付ける。



それでも、ララアが距離を考えてパワーをセーブしたのは理解できた。ハンスは今の攻撃で敵が壊滅したことを期待して丘の下をのぞき込んだが、土砂に半ば埋もれていた敵兵が、ムクムクと起き上がってこちらに向かってくるのが見える。



「よし、あいつらに打ちまくれ。えーと」



「アルベルトとダニエルですよ。名前ぐらい覚えてください」



そういえば、出かける時に自己紹介してもらった覚えがあるが、ハンスはこの先どうなるかで頭がいっぱいで聞き流していたのだ。アルベルトとダニエルはソフトボール大の火球をポンポンと丘の下に打ちまくり、命中した敵兵は炎に包まれている。



初級レベルとはいえ魔法攻撃の威力は高い。その横ではハルトマンが弓を構え、遮蔽物の間を走り抜けようとする敵兵に的確に射かけている。



「お前たちは・・」


「カール」


「エルマー」



二人がむすっとした表情で自分の名を告げる。



「カールとエルマーは俺の背後を守れ、敵が来たらとにかく剣を突き出して、それから逃げて元のポジションに戻るんだ」



「そんなのでいいのですか」



エルマーが驚いた声で問い返す。



「ああ、大勢に囲まれたらあっという間にやられる、密集して互いに守るんだ」



ハンスが打ち合わせをしている間にアルベルトとダニエルの攻撃で敵は数名が倒れ、残りは遮蔽物の影に釘づけにされたようすだ。しかし、全力で打ち続けた二人はMPを使い果たして息も絶え絶えだった。



「よし、カール、エルマーいくぞ」



ハンスは剣を抜いて丘を駆け下り、カールとエルマーがつづいた。ハンスはひるんだ敵の群れに飛び込んで切りまくるつもりだったが、敵の中からひときわ大きなシルエットが進み出るとスラリと長身の剣を抜き放った。その顔からは象の鼻が伸びている。指揮官クラスの獣人兵士だ。



ハンスは勘弁してくれよと心の中でつぶやいたが、もう引き返すことはできなかった。



「うおおおお」



ハンスが右上から振りかぶって渾身の力で打ち下ろした剣を獣人は軽く受け流した。相手のターンとなり一撃、二撃と繰り出される剣は鋭い太刀筋でハンスは受けるのがやっとだ。



「ハンスさん手伝いましょうか」



エルマーの声が聞こえたが、ハンスは首を振る。



「一騎打ちだ。周囲から来るやつに備えていろ」



やせ我慢だが、エルマーたちが戦いに加われば、敵兵も加勢に駆けつけてあっという間にやられる予感がする。



ここはハンスが戦わなければならない場面だ。



数回剣を合わせて、ハンスの息が上がり始めた時、平原の彼方で眩い光が弾け、火球が広がるのが見えた。ララアは攻撃を続けているのだ。



その時、ハンスは相手の獣人がララアの攻撃で燃え上がる火球に背を向けていることに気が付いた。奴は気が付いていない。



ハンスは身を低くして爆発の衝撃波をやり過ごすと、爆発に気付いていなかったために衝撃波に突き飛ばされた恰好の敵に鋭く切りつけた。



ハンスの剣は頑丈な敵の甲冑と鎖帷子の隙間をついて、敵の二の腕に深く突き刺さっていた。



「うがあああ」



深手を負った敵は、焦って片手で剣を振りまわすが、その切っ先をかわしたハンスは敵の足の甲に剣を突き刺した。



象の顔を持つ獣人は闇雲に剣を振り回すがその動きは鈍い。ハンスが敵の剣をかいくぐって突き出した剣は鎧の喉あてを貫いて相手の喉に突き刺さっていた。



噴き出した血は剣を伝わって流れ落ちる。ハンスが剣を引き抜くと獣人は崩れ落ちた。



ハンスはゴボゴボと湿った音を立てて地面に転がる相手を眺めながら、左手に盾を構え、右手で血染めの剣を高くかざした。



「次はだれだ」と無言の威圧をするポーズ。



これやってみたかったんだよなとハンスは得意げに考えるが、本当に別の敵がかかってきたらハンスは力を使い果たしていて戦う余力はない。



その時ハンスの背後から明るい火の玉が頭上を越えて敵兵が潜むあたりに飛んで行った。

光の玉はその後も次々と飛ぶ。



「あいつらMPをほとんど使い果たしていたはずなのに」



ハンスはさっきの様子から、アルベルトとダニエルが息絶えそうになりながらファイアーボールを打っていることがわかるが、敵は浮足立った。



1人の突撃歩兵が後方に駆けだすと他の兵士も続き、残っていた敵兵はあっという間に敗走していた。



「さあ、ララア様を守りに戻ろう。」



丘を登ろうとして気が抜けてよろけるハンスをエルマーが慌てて支えた。


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