第13話 逆鱗がウイークポイントだ

ヤースミーンが引き金を引くと、ワイヤーを引いた矢は風切り音を残して飛び、レッドドラゴンの脇の下あたりに刺さった。



「よし、いいところに当てましたよヤースミーンさん。俺がワイヤーを固定します。」



ホルストは残ったワイヤーの束を腕に通して手近な立ち木に固定しようとする。



しかし、ヤースミーンを振り返った瞬間、彼はレッドドラゴンから目を離していた。



レッドドラゴンは自分に刺さった矢から延びるワイヤーに気づき、ワイヤーの下に頭を入れて、すくい上げるように持ち上げた。



ホルストの体は、腕に巻いたワイヤーに引っ張られて宙に舞った。



「わあああああ。」



ホルストの絶叫は途中で途切れる。



レッドドラゴンは飛んでくるホルストの体を小さな腕で器用に受け止めたのだ。



レッドドラゴンは片方の腕の爪でホルストをがっしりとつかむと、もう片方の腕でペリペリとホルストの装備をはがし始めた。



「俺を食うつもりなのか。やめろお。」



ホルストは何とか逃れようとするが、レッドドラゴン爪は強い力で食い込んでいて容易に外れそうにない。



「大変だ助けないと。」



貴史は飛び出していこうとしたが、ヤースミーンが貴史の襟首をつかんで引き留めた。



「シマダタカシ、支援魔法をかけないと犬死ですよ。」



「そ、そうだったな。」



貴史が足を止めると、ヤースミーンは静かに魔法の詠唱を始める。その間もホルストの絶叫は続いた。



絶叫が聞こえなくなったら、彼が食べられた時なのだ。



やがて、ヤースミーンは詠唱を終えると、貴史の背中をポンと押した。



「終わりましたよ。」



「よし、行くぞ。」



貴史はレッドドラゴンに向かって駆け出したが、厄介なことに気が付いた。



レッドドラゴンの足を止めてくれたら、その体を足場にジャンプしてあごの下にある逆鱗にある弱点を突き刺せばいいのだが、今レッドドラゴンはホルストを抱えてあごを引いた形になっている。唯一の弱点が体にさえぎられて見えない状態だ。



「まずは、ホルストを取り返さないと。」



早くしないと、レッドドラゴンが衣服をはぎ終えて口に入れたらホルストは終わりだ。



貴史はレッドドラゴンの尻尾から背中伝いによじ登り始めた。そして、背中の中ほどまで来たところで、両手で邪薙ぎの剣を振りかぶると力任せにレッドドラゴンの背中に突きたてる。



レッドドラゴンの体は堅いうろこで覆われているが、ヤースミーンの支援魔法を受けた貴史の剣はうろこの隙間を貫いて、ざっくりと突き刺さった。



「ゴガアアアア。」



レッドドラゴンは絶叫を上げてホルストを放り出すと体を左右に振る。



レッドドラゴンは背中にいる貴史を振り落とそうとしていた。もしも振り落とされたら、貴史もホルストと同じ目に遭わされるに違いない。



貴史が突き刺した剣を握って耐えていると、目の下を高速度で移動するものが見えた。



それは、ララアだった。ララアはスライムのスラチンに乗ってレッドドラゴンの足もとをすり抜けることを繰り返している。



「ララア、危ない。逃げるんだ。」



ララアは貴史の声が聞こえた様子もなく動き回るレッドドラゴンの足もとを走り回る。



やがて彼女は、目当てにしていた何かをつかんだようだ。



それは、ヤースミーンが撃ち込んだ矢につながったワイヤーだった。



ホルストが放り出されたときに彼の腕からはずれたワイヤーは、レッドドラゴンに刺さった矢から垂れ下がり、地面の上に伸びていたのだ。



ララアはワイヤーの端をつかむと、トラップにかかったレッドドラゴンの足にぐるりと一巻きした。



ワイヤーを持ったララアがスラチンと一緒に足の周りをくるりと回ったのだ。



次にララアは、レッドドラゴンがもう一本の足を近くにおろした時にスラチンを猛然とダッシュさせた。



ワイヤーをひっつかんだララアが猛スピードで2本の足を2回、3回と回りワイヤーを巻き付けていく。



ワイヤーはレッドドラゴンの足に巻き付けるほどに短くなり、ララアとスラチンの回転速度は上がっていく。



ワイヤーが無くなりかけた時ララアはワイヤーを放し、回転の遠心力でレッドドラゴンから離れていく。


レッドドラゴンはそれを追いかけようとして、両足に巻き付いたワイヤーのために盛大に転んだ。



そして、背中に乗っていた貴史も、地面にたたきつけられていた。



貴史は大地に打ち付けられた衝撃で、息もできない状態で転がっていたが、目の前でじたばたともがくレッドドラゴンを見て我に返った。



とどめを刺さなくては。



貴史は自分の邪薙ぎの剣を探したが、それはレッドドラゴンの背中に刺さったままのようで見当たらない。



貴史は建物の2階に相当する高さから叩きつけられたので相当なダメージを追っているが、レッドドラゴンも大きな体で転倒したので無事ではない。



ダブルノックダウンのような状態から先に立ち上がった方が勝利を握る状況だ。



貴史は痛む体を無理やり起き上がらせて、自分の剣を探すが、不意にホルストの声が耳に飛び込んできた。



「シマダタカシの旦那、俺の剣を使ってくれ。」



ホルストはレッドドラゴンに衣服をほとんど剥ぎとられていたが、地面に散らばった自分の装備の中から、剣を見つけ出したのだ。



「ありがとうホルスト。」



貴史はホルストから剣を受け取ると、よろめきながらレッドドラゴンの体に近寄り、あごの下に逆向けに生えているうろこのあたりに突き刺した。



逆鱗のあたりから突き刺すと、ドラゴン類の頭蓋骨の隙間から中枢神経を直撃できるらしい。



貴史は少し剣を引いてから、リヒターに教わった通りに剣をこじ回して、レッドドラゴンの頸動脈を切断した。



貴史が剣を引き抜くと、傷口から真っ赤な血がとめどもなくあふれ出す。



「やりやしたね。シマダタカシの旦那。」



いつの間にかリヒターが後ろまで来て貴史の肩をたたく。



ドラゴンハンティングチームは、貴史の周りに集まり、森の中からはレッドドラゴンから逃げまどっていた住民たちが姿を現し始めていた。

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