第9話「残り三枚」
チケットはまだ三枚残っている。
大観覧車はチケット一枚で乗れる。
もう一度これに乗ったなら、さすがに二回続けて〈ハズレ〉を引くことはあるまい。
しかし――。
搭乗口を出ると、そこで待っていた三人が、驚いた顔で言った。
「え? え? お兄ちゃん、どういうこと?」
「観覧車――乗ったんじゃないの?」
「の、乗ってたよな? 確かに。なんで、そのまま降りてきてるんだ」
そのまま。生きたままで。
くそっ、とシュウは三人から顔をそらした。
あんなふうに見送ってもらって、こうして待ってもらっていたというのに、〈ハズレ〉を引いて降りてきたなんて、格好がつかない。
「……それがさあ」
と、シュウは、力ない声で事情を説明した。
それを聞いて、三人もやや脱力したようだった。
「お兄ちゃん、運わるーい」
「そういえば、福引とかスクラッチとか、昔から当たらなかったもんねえ、シュウは」
「はは。まあ、ドンマイ! まだチケット一枚使っただけなんだから、大丈夫だよ」
「……うん」
父に肩を叩かれて、シュウはうなずいた。
「……うん、そうだよな。少ないチケットで乗れるアトラクションは、まだほかにもあるだろうし。……チケット四枚必要なやつには、もう乗れなくなっちゃったけど」
「うーん。チケット四枚のやつは、そもそも、どれもシュウの好みじゃないと思うよ? パンフレット見ると」
母にそう言われ、シュウは、今一度パンフレットのアトラクション一覧ページを確認した。
「なるほど。言われてみれば、そうかも」
「じゃあ、よかったじゃん」
と、妹は笑った。
「にしても、ドリンクだけじゃなかったんだねー、ロシアンルーレット」
そう。
フードコートのあの自販機だけが、特別なものというわけではなかった。
シュウは観覧車の係員の言葉を思い出す。――ほとんどのアトラクションにおいて、一定確率で〈ハズレ〉が設定されているんです――。
一定確率、って、具体的にはどの程度の確率なのだろう?
それはアトラクションによって違っているのだろうか。
もしそうだとしたら、〈ハズレ〉が出にくい……あるいは、出やすいアトラクションは、どれだ?
ドリンクも観覧車もチケット一枚だったけど、チケット二枚、三枚、四枚必要なアトラクションでも、〈ハズレ〉は設定されているのだろうか?
――もしも、チケット四枚のアトラクションで〈ハズレ〉を引いた人がいたら……。
その人は、その時点で手持ちのチケットをすべて失って、この遊園地から追い出されてしまうということか?
その可能性を考えて、人ごとながら――チケット四枚のアトラクションは、もう自分には関係ない――シュウはちょっと心配になった。
いや、たぶん、チケット枚数の多いアトラクションは、少ないものよりも〈ハズレ〉が出にくいように設定されているとか、そういう配慮はあるんじゃないかと思うけども。
「よし。みんな、気を取り直して、次行こう!」
父の声かけに、シュウたちはうなずき、そろって歩き出した。
「さあー、次はどこに行こうか?」
「あ……私、実は、目を付けてるのがあるんだけど」
「お母さんは、絶叫系苦手だよね。観覧車じゃないなら、んー、なんだろ?」
「ふふ、なんでしょう?」
そんな会話を交わしながら、シュウたち一家は観覧車をあとにする。
さて。自分も、またアトラクションを選び直さなきゃ――。
そう思いつつ、シュウは周りにあるいくつかのアトラクションに目をやった。
午後を回って、各アトラクションにはぼちぼち客が増えてきているようだ。
絶叫マシンが動き出すと、何人もの絶叫が重なって聞こえてくる。
昼食前は、まだ客がいなくて動いていないアトラクションや、一人、二人しか乗っていないガラガラのアトラクションばかりだったのに。
ちょっと、気持ちが焦る。
でも、まだアトラクションを見ているだけの人も、こんなにたくさんいるのだから。
園内にいる客たちを見回して、シュウはそう気持ちを落ち着けようとした。
と、そのとき。
シュウは、視線に気づいてハッとした。
周辺のアトラクションではなく、なぜかこちらをじっと見ている男が、一人いる。
見知らぬ男だった。
年齢は、少なくとも父よりは若そうだ。三十前後か、もう少し上か、くらいだろうか。
無表情とも薄い笑みともつかない顔をして、くたびれたコートのポケットに手を突っ込んで、立っている。
その男は、シュウと目が合っても、おかまいなしにこちらを見続けた。
(なんだろう? あの人。知り合い、じゃないよな? 僕に何か用なのか?)
嫌な気分になって、シュウは軽くその男を睨みつける。
それでも、男は目をそらさない。
(もしかして、僕が、観覧車で〈ハズレ〉を引いたから? それで、めずらしがってるんだろうか? でも、だからって、こんなふうにじろじろ見るなんて……失礼なやつ)
シュウは、仕方なく自分から目をそらした。
園内には、まだ一枚のチケットも使っていない客だって多いだろう。
そんな時間帯だから、〈ハズレ〉を引いた客だって、今の時点では確かにめずらしいかもしれない。
だけど、これからいくらだって見られるぞ。
観覧車やほかのアトラクションの確率は知らないが、ロシアンルーレット・ドリンクなんか、十三人飲んだら一人は死なない計算になるんだから――。
男から目をそらしたまま、シュウは心の中でそう呟いた。
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