1.1.11 除け者
講義での事故から一カ月が経った。エミは退院したが、彼女の顔には右目から左顎までの大きく深い傷を隠すようにしてガーゼが貼られている。その上彼女は右目に眼帯をしている。
獰猛化した猿の長い爪は彼女の目頭の皮膚と眼球の表面にある角膜すらもパックリと切り裂いた。瞼の皮膚に大きな傷が出来た場合は傷口を縫い合わせただけでは、年齢を重ねるごとに傷口が縮んでしまう。つまり、将来的に目を完全に閉じることが不可能になる。それが原因で引きおこる病気や、後遺症がでてくる可能性が格段に上昇するのだ。そこでエミの主治医であった市之瀬リオは彼女の切れた右瞼の皮膚を引っ張り、眼球を覆うようにして右頬へ縫い付けた。そうすることにより、瞼の皮膚は頬にまで垂れさがるほどまで約一週間で伸びる。それを目の位置に合わせて切り、二重を形成する。市之瀬はまつ毛の細胞も移植し、元の綺麗なエミの目を再現することができた。その後彼女は視力を元に戻すための手術を行った。
そして、今に至る。
エミは事故で負った傷の手術であまりよく寝ていなかった。心の底では家でずっと寝ていたいと痛感していたが、その日はTK大学へと、事情聴取やその他の手続きなど済ませるために行かねばならなかった。エミはTK大学の正面に位置する首都東京国際総合病院へ入院していたため、通学することに難はなかった。ただ事情聴取をするのであれば、警察から自分の病室に出向いてほしいと、気だるさを心に満たしていた。
エミはTK大学の校門をくぐる前から、周りからの視線を感じていたが、それは自分の顔の怪我の処置があまりにも酷く他人へ映ったからだと感じていた。彼女は校門をくぐり、事情聴取が行われる本校舎一階の会議室へ向かう。
「あ、あれ隅田エミじゃね?」
一人の男が声をあげる。その声は近くを誘発させたかのように、声の主の周りの者はエミに注目する。エミは状況を把握できない。いくら自分の怪我が酷いように見えるからといって、ここまで周りに見られるとむしろ恐怖を感じる。エミは、周りは自分が事故に遭ったことを知っていて、心配してくれているのかと予想を立てた。
「あいつ整形したらしいよ」
「あの顔作りものだったんだな。」
「努力しないで綺麗になるなんてセコい女」
エミはそのセリフで一瞬にして予想を覆された。エミは俯き、歯を食いしばる。彼女の手が自然と耳元へ動く。
「お金どっから出てんだろうね」
「医者に抱かれたんだろ」
「でもあんな見た目じゃ抱けないわ」
「整形キモ」
「親からもらった体傷付けるとかありえないわ。」
「美容整形とか、しても遺伝子はそのままだから、子供出来たらバレるじゃん」
「整形って顔の履歴詐称だよな」
生徒のわざとらしく大きな声での暴言は止まらない。エミは耳に手を強く押し当て、本校舎へ走った。
広々とした本校舎のロビーには人一人いなかった。エミは走りつかれ、息を整えるために壁に寄りかかる。エミは膝に手をつき、前かがみになる。エミは恐怖や疑問で脳内が破裂しそうになる。どうして自分の整形の事を皆が知っているのか。どうして自分の整形を責め立てるのか。どうして整形しただけで嫌われなければいけないのか。
「はいこんにちは。」
エミは急に前に現れた何者かに頭を強く殴られ、本校舎のロビーで気絶する。
目が覚めるとそこはライトアップされた深緑色の液体に満たされた水槽に囲まれた部屋であった。電気は消えていてあまり部屋の奥までは見ることはできないが、エミの周りには研究室にあるようなフラスコや顕微鏡、設計図や定規があるのはぼんやりと把握することが出来た。
「痛い……ここは…どこ…?」
エミは後頭部を抑えながら、ゆっくりと立ち上がる。周りを見渡しても、目の前には実験用具と深緑色の透明な液体以外はなにもない。誰もいない。
『ガチャ』
研究室の扉が開き、そこそこから入ってきたのは白衣に身をまとった聖堂ショウタであった。
「おはよう^^隅田エミ^^」
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