第72話
「どんなのが欲しい?」
剣を腰から下げるストラップ作りの準備を整え、三人は酒場の一画、テーブルを使わせてもらう事にし、材料と道具を持ち込む。
「う~ん、使いやすい方が良いですよね」
ストラディゴスは、自前の剣帯をいくつか出して、簡単な説明を始めた。
「俺が使ってるのは、この鞘にベルトを巻いて吊るタイプで、まあ、一番一般的な物だな。他の剣にも差し替えられるし、調整も修理も簡単だ。他にも、元々あるベルトに鞘を吊るタイプもあるし、鞘が邪魔なら鞘ごと革で作るタイプもある。長物を持つなら背中に背負うタイプもあるし、短剣なら腕や足に仕込むのもある、あとは……」
嬉しそうに実際に使っているコレクションを見せて来るストラディゴス。
改めて見ると、ストラディゴスの語る顔は、実に生き生きしていて彩芽には魅力的に見えた。
「ストラディゴス、楽しそうだね。最初だし、作るのはシンプルなのから、これとかどう?」
「そうか? じゃあ、最初は、このスタンダードな奴を作ってみるか」
ストラディゴスは、修理や補修に使う為にフィデーリスで仕入れといた無地の馬革をテーブルに乗せる。
彩芽とルカラは、練習にと市場で服用に売られていた魚革を目の前に置いた。
「鞣して処理されてるから扱いは簡単な筈だ。まずは、この形に革を切り取るんだ」
ストラディゴスは自分の剣帯を分解してパーツに分け、メインとなるベルトの形を見せる。
彩芽は、ストラディゴスの真似をして革に小さな印をつけると、固い筈の馬革をナイフで、かなり綺麗に、丁寧にフリーハンドで、形を整えて行った。
一方で、ルカラは比較的柔らかい魚革にも関わらず、フリーハンドでまっすぐに切る事さえ苦戦していた。
「アヤメ、えらい上手だな。ルカラ、慣れないうちは、少しずつ切るんだ。あと、刃の方向は出来るだけ動かさないで、いつも同じ方向に引いて切るんだ。革の方を、こうやって動かして、ほか、こうやって」
ストラディゴスが、苦戦しているルカラに手本を見せる。
ルカラは真似をするが、すぐには上手く出来ない。
彩芽には、ルカラが少しすると彩芽よりも器用に革を加工しだす事が分かっているので、安心して見守った。
「上手いじゃないか。慣れれば出来そうだろ?」
ストラディゴスに褒められながら、二人は革を切り出す。
少しすると、綺麗な革の帯が出来上がる。
ストラディゴスは見本で分解した剣帯を並べ、上部と下部に鞘通しの穴を作る為の部品として、革を革紐に加工し始める。
ナイフ一本で、四角く切った皮をグルグルと四箇所から、渦巻き状に細く切ると、長い四本の革紐になる。
それを剣の鞘のカーブにそってごしごしと擦り、四角を渦巻きに切った事で出来た四辺の曲がりを、まっすぐに伸ばし加工していく。
ルカラは、あっという間に出来る数メートルのまっすぐで均等な太さの革紐を見て、ストラディゴスに尊敬の眼差しを送る。
職人の様な手捌きで行われる作業は、何度見ても面白いと彩芽は思った。
「この紐を通す穴を開けて、固定すればカッコだけは完成だ。なっ? 簡単だろ?」
ストラディゴスの真似をして、二人も革紐作りにチャレンジする。
ナイフの扱いにも慣れ、均等な幅とならずとも、一本の長い魚革紐が出来る。
ストラディゴスの真似をして紐の太い部分や、まがった部分を引っ張って矯正し、それでも整わない部分は切り落とすと、ちゃんとした紐が出来た。
すると、ストラディゴスが修理用に仕入れていた穴開けに使う錐と革紐で縫う為の針を取り出し、チクチクと革紐が捻じれない様に丁寧に縫い始める。
鞘通し部分をしっかり固定して、余った革紐を切り、あっという間にルカラの剣を下げるベルトが完成してしまった。
彩芽とルカラもストラディゴスに遅れる事数分後には、それぞれ完成させ、見た目もそこそこ良い出来の、ちゃんと使える物が出来ていた。
* * *
「着け心地はどうだ? すぐにはシックリこないだろ」
ルカラが剣帯に実際に剣を差して見る。
「いえ、これ、すごいシックリきてます。すごい……」
「それならいいけどよ、簡単に直せるからな。まあ、作れたんだ。自分でも直せるだろ」
「ストラディゴスさん、ありがとうございます」
「これぐらいお安い御用だよ」
「ルカラ、ルカラ、私のも試してみて!」
彩芽に言われてルカラが剣をストラップから差し替えると、ちゃんと様になる。
「どうどう?」
「あ……えっと、良いと思います……」
「ほんとほんと?」
「あの、アヤメさんも、ちょっと自分でつけて見て下さい」
彩芽はルカラに言われ、腰に剣帯を巻く。
自分の作った剣帯は中々様になっていて、少し誇らしい。
だが、ストラディゴスの作った剣帯とチェンジして彩芽は、ルカラが着けるて見る様に言った意味が分かった。
馬革と魚革の違いもあるだろうが、ストラディゴスの剣帯は腰にフィットする様に柔らかく革がほぐされていて、着け心地が違うし、カットされた断面も滑らかで、やすってあるらしく触り心地が優しい。
全体の完成度だけで無く、勝負にならない程に細部で負けに負けているのが分かった。
「なにこれ、私にもピッタリなんだけど。うわうわ……すごい……」
「ですよね……」
まるで、腰に優しく手を当てられている様な剣帯の感触は、長時間つけていても身体に負担がかからない様に計算がされている様ですらあった。
「やっぱり、アヤメのも作るか? ストラップじゃなくても色々作れるぞ」
「あ、あっと……今すぐは、良いかな。で、でも後で、後で作って欲しいから、約束!」
「あ、ああ、もちろん、いいぞ」
「ストラディゴスさん、この綺麗な模様とかは、どうやってつけてるんですか?」
「それは、専用の道具で打刻したり、編み込んだり、まあ色々だ。やっても良いが、その手のはやり出すとキリないぞ。それとかは、全部でかけた時間は何十時間はあったんじゃないか。それとか、簡単なのならすぐに出来るが、どういうのがやりたいんだ? 紐なら、まだ余ってるし編み込みぐらいなら出来し、簡単な模様ならナイフでもつけれる」
ルカラは気持ちよさそうに語るストラディゴスに聞かれない様に、彩芽に小声で話しかけた。
「あの、アヤメさん、このベルトってもしかして……ストラディゴスさんの手作りですか?」
「そうだよ。凄いよね」
「うん? 二人共、どうした? 話聞いてたか?」
「ううん、なんか……ストラディゴスが器用でカッコイイって話してたの」
「すごく……あの……その、すごい……素敵です」
「そ、そうか?」
突然、二人に褒められストラディゴスは照れた。
彩芽とルカラがストラディゴスに胸がキュンキュンしていると、気が付けば外は船長が言った通り時化始め、雨音が聞こえて来ていた。
酒場には他にも船の乗客や漁師達が避難してきて、急に騒がしくなってくる。
「誰かに習ったんですか?」
「傭兵時代の仲間の一人にな。器用な奴がいたんだよ」
三人がテーブルを片付けて撤収作業をしていると、酒場の店主と、男の話声が聞こえて来た。
「え、うそ、部屋無いの? 一室も? 僕どうすればいいのさ?」
「来るのが遅かったな。みんな、もう借りられちまってるよ。最後の部屋は、ほら、あそこのお姉ちゃんが貸りちまってねぇ。相部屋の交渉なら自分でしな」
視線を感じ、彩芽が酒場のカウンターを見ると、雨でずぶ濡れになったイラグニエフが彩芽を見上げていて、目が合った。
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