第44話
フィデーリス王国の城塞化は順調に進んだが、マルギアス王国との戦争は劣勢であった。
今でこそ地図が書き換わっているが、マルギアス王国はフィデーリス王国から見れば大国であり、当時のエポストリア連王国の王族間の繋がりは、そこまで強く無かった事が要因の一つとしてあった。
ヴェンガンの中で、歯車が狂い始めたのは、この頃であった。
ある時、ミセーリアの婚姻話が持ち上がった。
エポストリア連王国の一つ、エレンホス王国のセクレト王子が嫁いでくる事になったのだ。
これは、完全な政略結婚であった。
マルギアス王国の王国騎士団は強力で、完全に退けるにはエレンホス王国の後ろ盾や協力が必要となり、エレンホス王国側もフィデーリス王国の魔法の技術が欲しく、利害は一致していた。
セクレトは人族だったが政略結婚の生贄として差し出され、ミセーリア自身もフィデーリス王国の為にと自らを差し出した形であった。
ミセーリアからすれば四、五十年も我慢すれば、セクレトがどんな人物だろうとまた自由になれる。
長命のエルフだから出来る、寿命差のある政略結婚に挑む時の心構えである。
婚姻話が現実的になると、ヴェンガンは誰の目に見ても情緒不安定になっていったと言う。
自らの研究室にヴェンガンは籠り、何か実験を繰り返していたが、魔法使いの側面もあった為、失恋の傷心を癒す為に研究に逃げているのだろうと、誰もが思った。
フィデーリス王国の城塞化が完了してから数日後の事であった。
ミセーリアとセクレト、二人の結婚式当日である。
王族は結婚式の後、初夜の儀が執り行われ、ミセーリアとセクレトは証人達の前でベッドを共にする事になっていた。
証人とは、双方の両親である。
だが、ミセーリアの両親はおらず、慣例から大臣のヴェンガンか、ミセーリアが指定した人物が一人選ばれる事となっていた。
ミセーリアは、ヴェンガンが自分の事を慕っている事は知っていたので、その任は酷だと友人でもあったリーパーを立会人に指定した。
結婚式は大々的に、滞りなく進んだ。
国民は祝福し、フィデーリス王国はお祭り騒ぎとなり、皆が浮かれていた。
その時は、突然訪れた。
いつの間にか、フィデーリスの地下に張り巡らされた通路に潜んでいたマルギアス王国騎士団が城壁内に入ると、そのままフィデーリス城内へと攻め込み、突然の虐殺を始めたのだ。
たとえ戦争中で敵国であろうとも、冠婚葬祭のタイミングで奇襲を仕掛けるのは、あり得ない事であった。
完全に不意を突かれたフィデーリス王国とエレンホス王国側は、成す術もなく押されていく。
リーパーは、ミセーリアとセクレトに生命補助の魔法を施し、自らも戦場となった城内へと駆けつける。
戦場と化した結婚式で、ヴェンガンは一つの魔法を唱えた。
「ドミネーション・ネクロマンス……」
味方である魔法使い、ヴェンガンによる魔法の発動。
フィデーリス王国側は、どんな力なのか期待した筈である。
王族の結婚式に奇襲を仕掛けた卑怯なマルギアス王国騎士団を殲滅する、何かが飛び出すと皆が思った。
そこから、さらに悲惨な光景が始まるとも知らずに。
マルギアス王国騎士団に殺されたエレンホス王国の騎士達の亡骸。
彼らは、突然立ち上がるとフィデーリス王国の騎士達に、襲い掛かり始めたのだ。
死者が動き出した事にも衝撃を受けるが、ヴェンガンの発動した魔法は、明らかにフィデーリス王国を攻撃している。
フィデーリス王国側の人間達は、ヴェンガンの裏切りが信じられなかった。
「ヴェンガン! どういうつもりだ!」
リーパーの問いかけに、ヴェンガンは答えなかった。
生命補助の魔法の刻印が施された騎士達だが、補助が追いつかずに倒され始め、数を減らしていった。
城壁は完成した筈なのに、刻印を身体に彫り、装備にまでつけているのに、なぜ。
リーパー自身も傷を負い、その傷が物理的にも魔法的にも、身に着けた刻印と、自身の生命力を糧にしてしか補助されない事に気付く。
城壁が機能していない。
いや、城壁がエレンホス王国の兵士にしか機能していなかった。
この時になってようやく、城壁の刻印が書き換えられていた事に、リーパーは気付いた。
ヴェンガンは立場を利用して、城壁の刻印が作る力場を、自分の魔法でだけ生命を補助する様に変え、更に生命を補助する相手を自らの支配下に置くまでに改良を加えていたのだ。
それも、生命補助の域を逸脱し、死者蘇生の真似事をやってのけたのだ。
ヴェンガンは、リーパーの魔法の秘密を盗み、自分の物へと変えてしまっていた。
味方が死ぬと、敵の軍勢へと加わり立ち上がる絶望の中、リーパーは劣勢の中で、ミセーリアとセクレトを逃そうとした。
だが、マルギアスとフィデーリス、エレンホスの各王国騎士を従えたヴェンガンが、リーパーの目の前に立ちはだかった。
マルギアス王国騎士団だけ、生きて従っている。
間違い無くヴェンガンは、マルギアス王国と通じていた。
ミセーリアが他人の物になると決まった時から、ヴェンガンは既に裏切っていたのだ。
「ヴェンガン! きさまあぁぁ!!!」
「これ以上、私の邪魔をするな」
ヴェンガンは、優秀であった。
マルギアス王家による、マルギアス王国貴族として伯爵の地位の確約。
ミセーリアとセクレトを、ヴェンガンの自由にさせる契約。
フィデーリスのヴェンガンによる自治権まで、約束させていた。
その代わりに、マルギアス王国にフィデーリスは隷属する事を約束し、騎士団の潜入を手引きしていたのだ。
マルギアス王国の戦争の理由は、今も昔も金である。
ヴェンガンがフィデーリス王国をマルギアス王国にとっての金の卵を産み続ける鶏に変えると言う陰謀は、好意的にとらえられたらしい。
だが、ヴェンガンの狙いは、その中でたった二つであった。
ミセーリアを自分の物にする事と、セクレトに終わりの無い苦しみを与える事。
それのみである。
ヴェンガンにとって、この行動と選択が、死の宣告の元型、原体験となったのは言うまでもない。
自らの物を盗む者が誰であろうと、自らの意志と指示で痛めつける。
自身と愛するモノへの、異常な偏愛。
リーパーは、ミセーリアもセクレトも救う事が出来ず、味方に逃がされる形で、その場から追手に追われ逃げ出す事しか出来なかった。
ピレトス山脈の王墓の近くにある秘密の研究工房に逃げ込み、なんとか一命は取り留める事が出来た。
取り留めたかに、見えた。
リーパーは無尽蔵な生命力溢れる力場の中で、死ぬ事も朽ちる事も無かった。
ただ、負わされた傷が、なぜか塞がらないのだ。
それは、ヴェンガンがマルギアス王国騎士団に用意してやっていた、ヒドラの毒のせいであった。
本来なら確実に死に至る毒。
それに、魔法で抗い続けて、拮抗させる事で生きている状況。
気付けば、自らの生命補助の魔法によって、肉体の時間が止まった様になり、死者でなければ、生者とも言い切れない。
常に瀕死と言う状態になっていた。
毒で傷が治らなければ、ピレトス山脈外での活動は制限されてしまう。
自らの生命力を消費して、生命を維持し続けるには限界があるからだ。
それからはピレトス山脈に籠り、ヴェンガンが見せた支配魔法「ドミネーション・ネクロマンス」を真似て、さらに改良し「ソート・ネクロマンス」を完成させ、四百年間、様々な手を使ってミセーリア救出の時を狙い続けていたのであった。
* * *
「ヴェンガンは、自分の欲しい物を絶対に手放さん。ミセーリア王は恐らく、まだ生きておる。セクレト王子も、あるいは……ヴェンガンは、盗人を拷問し、死して尚支配するサディストだ。だから、持ち物が別の何かと関係が繋がる事が、奴には重要なのだ」
「?」
「分からぬと言う顔だな。奴隷が二人おったとする。そやつらが友となった。そうなれば、その二人を拷問に奴は使う。他人で無いからこそ、奴は興奮するのだ。友に友をいたぶらせ、友の目の前で友をいたぶる。それには繋がりがいる」
「うわぁ……」
「お前、他人事みたいだがヴェンガンに狙われておるぞ。奴の持ち物の友と言う事は、お前と友は奴にとっては利用できる存在。誘い出す餌、人質にも利用できれば、悪趣味な遊びにも使えるからな」
その時であった。
家の扉を開け、スケルトンの群れがリーパーの方へと大勢走り寄ってきて、カラカラと骨が鳴る音しか聞こえないのだが、リーパーには通じるらしく、何やら報告を受けていた。
「小賢しい奴だ。まさか地下通路の方を物で埋めるとは……よほど我が恐ろしいと見える」
「何かあったんですか?」
「計画が奴にバレた。通路を復活させるにしても、数日先延ばしになる……その間にも、奴は備えるな……これでは、奇襲は完全に失敗だな」
「……あの、私のせい?」
「なんだ、自覚はあるのか。お前らがあんな場所に逃げ込まなければ、こんな事にはならなかったのだ。まったく余計な事を…………ふふ、そんな顔をするな。冗談だ」
赤く光る瞳以外に表情が読めず、冗談が分かりづらい。
冗談でもそんな事を知ってしまえば、彩芽は責任を感じる。
「でも、私のせいで計画が遅れて……ミセーリア王が」
「四百年も争っておるのだ。今回は奴の運が少し良かっただけの事。こんな生活をしておると、新たな出会いは貴重でな。お前と話せたのは、良い気分転換よ」
リーパーなりに気遣ってはくれている様子であった。
「あの、計画って、地下通路までトンネルをつなげて、そこから昔やられたみたいに攻め込むって感じですよね?」
「なんだ、興味があるのか?」
「私にも、助けに行かないといけない友達がいるんで」
「ふむ、目的は同じと言いたいのか? よかろう。まあ、大まかに言えばそうだ。城壁の内部に我が使える力場を作り、地下通路を同胞の骸で埋め尽くし、ヴェンガンを完膚なきまでに叩く腹心算だった。それに、同じ事をされれば奴も、いっそう腹立たしかろう」
リーパーは笑う。
「あなたは、死体なら誰でも操れるの?」
「それに関しては、否定しておく。我が魔法は、なにも操ってなどおらぬよ」
「じゃあ、どうしてあの人達動いて?」
「我の魔法の神髄は、生物を補う事よ。死体を操っている? バカを言うな。我は、身体の持ち主を生前の様に動けるように補ってやっておるだけ。骨以外の全てをな。お前には、全部が同じ骨に見えておるだろう。だが、我の目には、骨を包む生前の姿で彼らが見えておる。彼らは我に操られておるのでは無い。自らの意思で、生前と同じ様に考え、復讐の為に動いておるのだ」
彩芽は説明を聞き、死者を現実に魔法と言うシミュレーター上で再現しているのだと理解した。
ヴェンガンはリーパーの生命補助魔法を、死者の操作魔法に作り替えた。
そこからリーパーは、死者の操作魔法を、死者に協力を仰げる魔法へと発展させたのだ。
「それって、離れてても出来るんですか? 例えば、土の中とか、地上とか、あと、どうやってお願いを?」
「一度は触れねば出来ぬ。一度触れてさえすれば、離れていても我の声は届く。力場の中でならな。彼らの声は、基本的には我には届かん」
「城壁の力場って、どうやろうとしたの?」
「彼らが刻印の入った石で今も地下通路を作っておるだろう? あれが城の下に到達すれば、その周辺では彼らが自由に力場の中を動けるようになる。城内でなら対等に動ける筈であった」
「あなたが触れるのって、あなたの髪の毛一本とかでもいいの? 毛が抜けてても?」
「ふむ、まるで名誉挽回でも出来る策でもあると言いたげだな」
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