第21話

「つまり、金を払って扱えば、ルカラは奴隷よりもやる気を出して働くって事か?」


「う~ん、それはあると思うけど、言いたいのは違くて。ルカラが『ご主人様』じゃなくて、『ルカラ』と『私達』の為に働きたいって思ってくれて、その働きの、ちゃんとした報酬の形で、お金がとりあえずはいいかなって」




 窓からは青い月明りが差し込んでいた。

 食事の席は終わっており、食べ散らかしたテーブルはそのまま片付けられていない。


 ルカラは清潔な服が無かったので、彩芽の骨Tシャツをパジャマ代わりに着せられている。

 彩芽とストラディゴスは、ルカラを挟み三人ベッドで川の字で横になって、食後も延々と話し合いを続けていた。


 話し合いが苦手そうだったストラディゴスも、彩芽の考え方を吸収しつつ「そんなのは夢物語で、無理な話じゃ無いのか?」とか「逆に、ルカラの能力だと、払える報酬なんてたかが知れているから、やる気を出させる為に報酬は多い方が良いのでは?」と言う意見まで出して、話し合いがしっかりと成立していた。


 こう見えて、長年傭兵団を仕切ってきただけの事はあり、人材運用の経験では彩芽よりもかなり現実的で、経験に根差した意見が多かった事に、彩芽は失礼ながら驚いていた。


 ストラディゴスの言葉に彩芽は一つずつ理解を示し、反論には出来るだけ分かりやすく丁寧に答え、綺麗な答えが出ない場合でも自分の意見を伝えた。


 彩芽の言う事だからやるのでは無く、考え方自体への納得を得ようと努力したのだ。


 当のルカラは、なぜ奴隷の自分の扱い方を決めるだけで、彩芽とストラディゴスが言い争いや話し合いをしているのか分からなかった。




「ねぇルカラ、そう言う事で、だいたいは決まったんだけどさ、協力して欲しいんだけど良いかな」


 彩芽は、共にいたいのなら、奴隷ではなく個人として振舞って欲しいと協力を求めて来る。


 ルカラは、主人に「同意」を求められるのが奴隷の持つ本能として、恐ろしく感じた。

 彩芽が優しく振舞おうとも、それは関係が無い。


 ルカラにとって、これは初めて他人によって自ら責任を負わされるのではなく、自ら責任を負う事に他ならない。


 多くの主人はルカラに対して命令をし、ルカラはそれを完遂すれば鞭を貰う事なく過ごす事が出来てきた。

 だが、彩芽の優しい言葉は、裏で「お前が最後には決めたよな?」と言う、何かあった時の逃げ場を無くす恐ろしさばかりに意識が向いてしまう。


「ルカラ?」

「それが、お望みなら……私は、従います」


 命令である方が、気が楽であった。

 だが、それを彩芽は許さなかった。


「私に従わないで、自分で考えて決めて」


 優しい口調だが、それは厳しい言葉に聞こえた。

 言い方や言葉選びで、選択から逃げる事を許さない。


 まるで証人の前で宣言を求める様な厳格さを感じる。


「自分で……」


「ルカラが、何か納得して無い事があるなら言って。これからは三人共仕事をする。仕事に応じて報酬を貰える。報酬は三人が納得出来るように決める。何かあったら話し合う。もしも嫌になったら、その時はやめてもいいし、ルカラが出来るだけ望む形になる様に努力する。ルカラは、何が不安なの?」


 奴隷に対してと考えれば、彩芽とストラディゴスの提案は譲歩と言う言葉では足りない、好待遇と言ってよかった。

 言葉の中だけでは、損をする条件は一つとして無い。


 彩芽の中で、双方の納得が重要な意味がある事は、ルカラにでも分かった。


 しかしルカラには、彩芽の言う事はどれも、どこか遠い平和な国では出来ても、奴隷を鞭うつフィデーリスでは不可能に思えた。


 少しずつ彩芽と言う人間の、面倒で不器用な生き方を見ていて「変な奴」とは思うようになっていく。

 今生きている社会において、圧倒的少数派の間違えた考え方を彩芽は持っているらしい。




 空しい理想主義者。




 まるで遠い別の大陸にある恵まれた国から来た様な、変人である。


 でも、ただの間違えた考えの変人には、不思議と思えない。


 今までも、ルカラに同情をする主人は、平民貴族問わずそれなりにいた。

 だが、彩芽はどうやら、同情や哀れみで行動している訳では無いらしい。


「何度だって言うけどさ、ルカラが自分を奴隷だと思っててもね、私の隣にいる時は、ただのルカラとして扱うからね」


 そう言われ、ルカラは自分が、苦しめられてきた奴隷の身分を盾に、甘えていた事に気付かされる。


 彩芽は、奴隷だからでルカラを鞭打って、許してはくれない。

 素のルカラを見て、公正な評価をしようとしてくる。

 それは、奴隷扱いよりも、ある意味で厳しい扱いかもしれない。


 彩芽は本当に、一番得をする為にこんな事をやっているのかもしれない。


 そこには根拠の分からない自信が見え、その言動に不思議な魅力を感じてしまう。

 ルカラは、その魅力が本物なのか試したい衝動に駆られ始めていた。


「本当に、本当に私なんかを、お金を払って雇う気なんですか?」


 ベッドで川の字で横になりながら、顔を見合わせて話を聞いていただけだった筈だ。

 なのに、説得されたわけでも無いのに、一度ぐらい彩芽と言う人間を試しても良い様な気になっていた。


 口だけの理想論者か、ただの愚者か、それとも別の何かか……


 ルカラを挟み彩芽の反対で横になっているストラディゴスを見ると、巨人はアイコンタクトで「自分の好きにしろ」と伝えて来る。

 再び彩芽の顔を見ると、ルカラが選択したルカラの本心からの返事を待っているのが分かった。


「私は……」

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