第22話 国王への報告
次の日朝、俺たちは国王に昨日起こった事を報告するべくアンリクワイテッドを出発していた。
昨日あれからムラサメが町長に掛け合い、馬車を手配してくれたので俺たちは二日続けて馬車の旅。
急ぎということもあって昨日よりもスピードは出ているし、国王宮殿までの道はそう遠くないようなので到着した時には日が暮れているなんてことにはならなさそうだ。
「うみゅ……」
「リープはよく寝るな~」
昨日自らの賢術で国境門及びそれに続く国境線代わりの壁を守護障壁で覆い、魔族の侵入を阻止したリープは未だ眠り続けている。
ゼウスのじいさんの話ではあの賢術は当分使えないとのことだ。余程消費の激しい大技なのだろう。
その障壁は未だ国境門付近をバイフケイト国側からこの町を守り続けている。当面突破されることはないだろうとのこと。
ルビィは城塞の修復、兵士たちの統率の仕事があるのでアンリクワイテッドに残るそうだ。
いつ守護障壁が破られるかわからない。その際兵士たちをまとめる人間がいないと大変だから、と。
「…………」
「シン、何黄昏ているの?」
「ん? いや、特別な意味はないよ」
頬杖をつきながら窓の外を眺めている俺を不思議がったのかサラが声をかけてきた。俺はそれを軽く受け流す。
実は昨日の出来事を踏まえてちょっとばかり気になることができていたのでそれについて考えていた。
一つ目はゼウスのじいさんが言っていた”邪悪な気配”の正体。
それは兵士たちを操っていた邪気でもなく、城塞へと攻め込んだ魔族のものではないらしい。
あの場面だと森側に現れたという魔族も違うだろう。あの時点では既にディアたちに倒されていたはず。
ならば他にその邪悪な気配を放つ者、もしくは物が存在していたということ。
その正体まではわからないとじいさんは言っていたが、これが本当ならば放っておくと後々大変な事態になりうる事件の種となってしまう。
俺の右中指にはめられたシルバーリング、ゼウスのじいさんはこの事については把握しているからこれのことではないとは思うんだけど……。
もっと言えばこのシルバーリングの謎を解き明かす重要な鍵の可能性だってある。
とはいえどう調べればいいのかもわからないわけだが。
二つ目はなぜ「シン」はあんな鬼人のごとき強さを持っているか、だ。
いや、世界を混沌に陥れていたという魔王を倒した英雄が強いのはわかっている。俺が気になっているのはその強さはどこから生まれたのかということ。
昨日の戦い、精神世界で見ていた中継モニターには別の場面が映し出されていたため彼が直接戦う姿を見たわけではないのだが、あの短時間で魔族たち全てを蹴散らしていた。
サラと霊鳥の森に行った時やレティたちと配達に出かけた時もそう、「シン」は一瞬で敵を始末している。
『ゼウスの神眼』によって「シン」が扱う様々な『神器』たち。
同じ神器を扱うリシュはどうやらあの『トリシューラ』のみを扱えるようだが、「シン」は全てと言ってもよいほど様々な『神器』を扱うことができるようだ。
この差はなぜなのだろう。それにどうしてあの二人だけがユニーク・アビリティとして神器を使うことができるのだろうか。
認定式の日に「シン」は初めからこの能力を扱えなかったという話は聞いている。じいさんから聞いた話を除くと俺の知っている情報はそれだけ。
なら「シン」はどうやってこの力を手に入れたのか、理由がわからないのだ。まさか何の理由もなくチート級の強さを棚ぼたで手に入れたわけではないだろう。
俺は直接「シン」本人に聞くことはできない。
かといって本人の姿でサラたちに能力のことを聞くというのもおかしな行動となってしまう。
……今度じいさんに聞いてみるしかないか。それか、英雄本人がなんらかの形で口に出してくれるのを願おう。
「また馬車が爆発、なんてことにはならないよな? 大丈夫なんだよな?」
ディアが心配そうにリープを膝枕しているレティに問い詰めている。
昨日あの林道で起きた馬車爆発事件があったにも関わらず今日の移動も馬車だ。警戒するのは無理もない。
「へーきへーき、今度はレティが爆発無効の魔法を馬車にかけておいたからさ! この魔法でコーティングされた馬車は起爆系の攻撃や魔法なんかを全て完全防御するよ」
えっへんと胸を張るレティ。
すごいピンポイントな魔法だが、要塞とかに使うと便利そうだ。……あれ?
「そんな便利なものがあるならなんで昨日は使わなかったんだ?」
「うっ……」
俺の指摘によりレティは体をビクンと跳ねらせその場で固まってしまう。
痛いところを突かれた。その行動が表す意味はこれしかない。
やがてあわあわとした表情で両手を俺の肩に置き、レティは涙目になりながら俺へ必死に謝罪の意を表す。
「ごめんなさい決して適当にやっていたわけではないんです忘れていただけなんですごめんなさい許してくださいあの時のシンの言葉を忘れたわけではないんですごめんなさい嫁候補から降ろさないで」
「い、いや……別にもういいんだけど」
「ごめんなさ~い~!」
最後の言葉は聞かなかったことにしよう。
間違いなく英雄という名前に相応しい強さを誇る仲間たちなのだが、こういざという場面以外では気の抜けている奴らというかなんというか……。
だんだん慣れてきてしまった自分が怖い。
◇ ◇ ◇
時はお昼過ぎだろうか。
そう長い馬車旅になることはなく、俺たちは無事に国王宮殿に到着できていた。
今は役人に国王の間へと案内されているところ。
ムラサメは他に用事があるとかで今は別行動だ。今は俺、サラ、レティ、ディアだけでリープは馬車の中で眠らせておいてあげている。
フローラ家の屋敷も相当なものだったが、この宮殿はそれを超越する神々しさを誇っていた。
もう廊下なんてものではないほど天井の高い通路、それを何本も続く柱の間から差しこむ光がより一層神聖なる領域であることを演出している。
天井もただの天井ではない。何かの出来事を描いているのであろう天井画がいたるところにある。
中には雲の上に立つ髭の生えた老人……そう、ゼウスのじいさんのような人物が人々に何かを伝えているような画もある。
本当に本人だったりして。なんてな、じいさんは自分のことを精霊とか言っていたし別人だろう。
「ここでしばらくお待ちください」
案内をしてくれていた役人さんが大きな扉の前で立ち止まり、俺たちの側から離れていく。
この扉はここに来るまでの間に見たどの扉よりも大きい。両脇に配置されている鎧を身に纏った見張り兵も四人いる。他よりも厳重警護ということはここが国王の間か。
俺は国王とは一度認定式で顔を合わせているのでその面での緊張はあまりない。
しかし、こうも場が神々しいと変に緊張してしまうのが人間というものだ。場の空気というものは人の心理状況を一変させてしまう。
立場的にも国王へ報告をしなければならないのは英雄である俺。
式の時もそうだったが、人前に出ると変に緊張してしまう俺は今のうちに手のひらに「人」と書き、必死に何度も飲み込んでおく。
ただの気休め? 知ってるよ、こんなものにも縋りたいほど緊張しているんだよこっちは!
「お待たせしました、国王がお待ちです」
やがて後方からGOサインが出たのか、警護の兵が大きな扉を開けてくれる。
開かれた国王の間には玉座へ続くレッドカーペットが白い床の上に敷かれていた。
その先に階段が数段あり、登った先に置かれた大きな玉座に認定式の時に見た若い国王が姿勢良く座っている。
玉座の横にも護衛が二人、先ほど俺たちを案内していた役人もそこに立っていた。
「よく来たね第四英雄御一行。何やら急ぎの報告とのことだが、何があった」
俺たちは膝を折り、玉座の前で跪く。
こんなのテレビや映画の世界でしか見たことのない光景だ。海外ならまだしも日本ではほとんど見かけることもすることもないような状況。
さて、国王の問いに答えるのは俺。
口の中に溜まった唾を飲み込み、場の緊張感によって早まる鼓動を抑えつつ俺は言葉を紡ぎ出していく。
「アンリクワイテッドに隣国であるバイフケイトの兵が国境門を越えて侵略を開始しました。現在は守護障壁を作り、兵は排除済みではありますが、国王にご報告しておうべきかと」
「なんと……、バイフケイトは平和条約を破ってまで戦争を仕掛けてきた、そういうことだな」
「ええ、そうと見て間違いないかと思われます」
「あの伝達の内容が現実になってしまうとは……」
あの伝達……、ムラサメが言っていたやつか。
国王もバイフケイト側の状況はそれなりに耳に入っているようで、特に驚いたという表情は見せず、冷静に事態を飲み込もうとしている。
流石国の王、戦争を起こされたという緊急事態でも落ち着いているな。
逆に落ち着けていないのは俺だ。俺の喋り方間違っていない? できてるこれ、国王への報告できてる?
「わかった。とりあえずアンリクワイテッドでの事態は鎮圧してくれたのであろう? ご苦労だったな」
「いえ、もう一つお伝えしておかなければならないことが……」
「む、なんだ?」
「攻め込んで来た敵兵は人間ではありませんでした。全て魔族の兵。同時刻に国境門とは真逆にある森からも魔族が出没しましたが、その関係性は不明です」
魔族。この言葉を聞いて横にいた役員と兵たちは息を飲む。
既に国内で魔族が出没していることは彼らの耳にも入っているだろう。
魔王は滅んだ。しかし、また魔族が現れ始めたとなるとまだ平和とは程遠い状況である。
さらにはバイフケイトから魔族の兵がこの国へ攻め込んで来たのだ。不安と驚きが入り混じり、恐怖の感情を生み出しているに違いない。
「敵兵がま、魔族だった……? 国王、これは……」
「あの内容、どうやら本当のことなのかもしれんな……」
バイフケイト国の国王が変わったということは伝えられているはず。
国内での魔族の出没、隣国の兵が全て魔族、これらの状況を総合すると、
「ですので、魔族たちを従える何者かが暗躍している可能性が考えられます。魔王は滅びましたが、その意志を継ぐ者が存在している。私が先日魔族と対峙した際に知った情報です。それと……」
「ほ、報告中失礼致しますぅ!!」
俺が報告を続けていると、それに割り込むように背後からひどく声を荒げた男の声が聞こえた。
その男は何やら慌てている様子で息を荒げている。
「なんだ、今第四英雄が話している最中だぞ」
「も、申し訳ありません。しかし、今不可解な伝達が我々の元に届きまして……!」
その男が着ているのは玉座の隣にいる役員と同じ服だ。おそらくここで王に仕える者の一人なのだろう。
彼はすぐに息を整え、俺の報告を中断させてまでしなければならなかったという報告を始める。
「ネクトにて元魔法猟団の男たち三名が倒れた、とのことです」
「なんだ、その程度の報告のために来たのか?」
「いえ、まだ続きがあります。本日彼らは冷たくなって倒れているところを発見されたのですが、どうやら心臓は止まっておらず死亡しているようではないのです。しかし、目を見開いたまま一切息をしている様子もなく、まるで魂を抜かれてしまったような状態なのだとか」
息もせず、体が冷たくなっているのに生きている……?
というか元魔法猟団の男三人って。
「レティ」
「うん、もしかして……」
俺とレティは目を合わせて互いの意見を確認し合った。
まだ彼らと決まったわけではないのだが、「元魔法猟団」と「男三人」というワードを繋げられると一昨日邪気に操られていたあの男たちを連想してしまう。
それにネクトは俺たちが配達で向かった隣町のことだ。
偶然か? いや、しかし……。
「これだけでなく、アンリクワイテッドでも同様の現象が起きています。昨日、反乱を企てたと牢に入れられていた兵士十数名、その他にも男一名が同じような状態になってしまったとの報告が入りました」
牢に入れられていた兵士ってあの邪気によって操られていた兵士たちのことか。
それと男一名、おそらくその男とは馬車を運転していた運転手のおじさんだろう。
「まるで死人のような状態なのに生きている……? 何かの病か?」
「いえ、そのような病があるとは聞いてはおりませぬが……」
彼らの共通点は邪気によって操られていた者だということで間違いない。
そうなると先に出た男三人は間違いなくレティを襲ったあの男たちだろう。いや、そうだとしか思えない。
「ふむ、また嫌な予感がしてしまうような報告が上がってきたな。よろしい、第四英雄の報告が終わったら詳しく聞くとしよう。ロー、すまぬが先に向かっていてくれないか」
「承知しました、行くぞ」
「はい、失礼いたしました」
隣にいたローと呼ばれた役員と報告に来た男はその場を去っていった。
恐らくこの新たな問題への対策でも立てるのだろう。
その場に残った国王は気を取り直して俺へと視線を向ける。
「悪かったな第四英雄。それで、何か言いかけていたようだが?」
「……いえ、我々からの報告は以上です。本日は失礼します、国王」
「う、うむ」
俺は立ち上がり、国王に一礼をするとすぐに国王の間を出た。サラたちも俺の後に続いて一礼し、国王の間を出る。
俺の行動にきょとんとしていた国王。
俺は憶測の類を出ない報告はなるべく控えたほうが混乱を招かないと思い、正体不明の邪悪な気配について報告するのをやめた。
それに今は新しい問題も上がってきた直後だ。
そっちの問題はこっちで捜査して確信を得てから報告しても遅くはないだろう。
「お、出てきた。ディアちゃんたち、報告は終わったようだね」
宮殿に着いて早々何やら用事があると言って別行動をとっていたムラサメが国王の間の前で待っていたようで、腕を組みながら壁に腰をかけて待機していた。
「ああ、とりあえずはな。また新しい問題が発生してしまったようだが」
「新しい問題?」
「ネクトとアンリクワイテッドでまるで死亡してしまったような状態になった人たちが出たんだ。双方同じ症状だと見て間違いないらしく、魔族の出現と何か関係があるのではないかと疑っているところだ」
「ああ、それか」
これを聞いてムラサメの表情にあまり変化はない。
彼は国王に仕える身だ、この短時間で耳に入っていてもおかしくはないだろう。
その用事とやらの最中に役員らに伝えられたのかもしれないし。
「次から次へと問題が発生して手が追いつかないね……。それで英雄、これからどうする?」
「一度私の屋敷に戻りましょ。問題も大きくなっていきそうだし、ルーナたちと合流したほうがいいと思うわ。町に戻ればネクトにもすぐ向かえるし」
「そうだな、そうしよう」
サラの提案で一度フローラ家の屋敷に戻ることにした俺たちはすぐに馬車に乗り込み、宮殿を後にした。
未だリープは眠ったまま、ゲートを使って瞬時に移動することができない。
まるで魂が抜かれてしまったような状態の人たち……。邪気が払われたあの男たちはその後特に何事もなく過ごしていたようにも見えた。
間違いなく邪気によって操られたことと関係性があると思うのだが、一体彼らに何が起こったのだろうか。
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