第9話 ゼウスの神眼
「あなた魔族……!? 魔王の配下だったあなたたちはもう絶滅したと思っていたのに……!」
「そんなわけないだろう。あの時に死んでいった奴らは魔族全体の半分くらいだ。生き残っている連中はピンピンしているよ」
「な……! そんなことって……」
「それに魔王様はお前たちにやられちまったかもしれないがな、その意志を受け継いでいる者がいないとは限らないんだぜ?」
「ッ!?」
俺とサラに背後から不意打ちを仕掛けてきた紫色の肌をした大男。
彼はサラが言うには魔族のようで、魔王の仲間……だったのだろう。
今の会話を聞くに魔王自体は滅んだが、その部下である魔族たちは半数近く生存しており、魔王の意志を継いでいるという何者かが存在しているようだ。
「ならあなたを見逃すわけにはいかないわ。こんな縄すぐに引きちぎって」
俺を庇うために投げつけられた縄に縛られてしまっているサラ。
おそらくこれを投げつけたのはあの魔族の男。完全に油断していた俺たちを狙っていたんだ。
「ぐっ……、固い。なら、『フローラル・ギフト』!」
「へっ……」
「…………なんで!? なんで発動しないの?」
サラは昨日式場でドラゴンと戦った時に使った能力『フローラル・ギフト』を使おうとしているようだが、あの時のように彼女の周りを花びらが舞うことはなく発動しない。
「はははっ! 残念だったな百花繚乱の剣士サラよ。お前が縛られているその縄は少々特殊な効果を持つ縄でな。縛られた者の『ユニーク・アビリティ』を発動できなくしてしまうのさ」
「そ……そんなっ!」
「本当ならお前より危険度の高い英雄さんを縛っておきたかったのによ。まあいい、一対二が一対一になっただけでも充分だ」
『ユニーク・アビリティ』。サラが使っていたあの能力の名称か。
サラが使っていたのは『フローラル・ギフト』、花を操る力といったところだろうか。
ユニーク・アビリティというくらいだから人それぞれ固有の能力を持っているってことなのだろう。おそらく昨日ルーナが使っていた氷の能力もそれに違いないはず。
……と、呑気に解析している場合じゃなかった。
マズイ、頼るべき存在だったサラを無力化されてしまっている。
あいつは魔族なんていうくらいだから戦闘能力は高いに違いない。
いくら今は英雄の体だからといって俺の戦闘技術はそのままだ。戦い方がわからない。
背負った剣を使うか……? いや、俺体育の授業であった剣道でそれはひどい成績だったんだぞ。俺に使いこなせるわけが……。
「なにボサッとしてんだよ英雄さんよぉ!!」
魔族の男は近くにあった木を根元から引き抜き、その恐るべき怪力でこちらに振り下ろしてきた。
俺はその攻撃を辛うじて避けることに成功する。
「木をそのまま持ち上げるだと……なんて怪力なんだ」
「シン、どうしたの!? 戦わないの!?」
「ぐっ……!」
戦わないんじゃないんだ、戦えないんだ……。
俺は「シン」ではない、中身は普通の高校生。
戦い方もわからなければその能力の使い方すらわからないわけで……。
「おいおい、英雄とあろうお方が油断しすぎじゃねーか?」
なんてことを考えていたらいつの間にか魔族の男が目前へと迫っていた。
咄嗟のことで俺は避けることができず、体重を乗せたボディーブローをモロに食らって後ろに吹っ飛んだ。
「がぁっ……!」
「シン!!」
吹っ飛んだ先にあった木に打ち付けられ、生きてきた中で一番といえるほど大きな痛みが俺を襲う。
めちゃくちゃ痛い、いくらこの体は英雄「シン」のものであっても所詮は人間の体だ。痛いものは痛い。
うっ……、ちょっと頭がフラフラしてきたな。頭を打ったせいか。
このままじゃやられる……!
「シンの様子がおかしい。くそっ、なんで解けないの!」
「ははは! 英雄様を殺したら次はお前の番だ。そこで仲間の最期を見届けるんだな」
「いや……。シン! 戦って!」
戦う……か。
そうだ、『ユニーク・アビリティ』だ。サラは「シン」は能力を得てからは剣を変形させて戦っていたと言っていた。それがこのことではないだろうか。
それとディアが昨日言っていた『ゼウスの神眼』。ずっと気になってはいたがもしやそれがその能力?
「さて、と。なんか知らんが意外とあっけなかったな。ここで魔王様の無念を晴らさせてもらうぜ」
魔族の男は再び木を根元から引っこ抜き、それを俺へと叩きつけるつもりだ。
あれをまともに食らったら死ぬかもしれない。ここで反撃しないと……!
どうやって『ユニーク・アビリティ』を発動すればいい、誰か教えてくれ。
『ゼウスの神眼』は一体どうやったら……。
頼む、誰かっ……!
『右手を右目の前にかざせ。そして人差し指と中指の間で目を閉じ、再び開眼するのじゃ』
……?
右手を右目の前にかざす……?
『早くするのじゃ。次の攻撃が来るぞ』
本当に誰だかわからないけど、今はそれを試してみるしかないか。
右手を右目の前でかざす。そのまま人差し指と中指の間に右目を合わせて閉じ、開眼。
――――!! 『ゼウスの神眼』!
「む……!?」
「あっ…………!」
発動すると周囲を強力な風圧が襲った。驚いたのか森にいた鳥たちは一斉に上空へと飛び立ってしまう。
右目に光が宿り、底知れぬパワーが湧き出てくる。
これが、「シン」のユニーク・アビリティ『ゼウスの神眼』。
魔王を倒し、英雄と呼ばれる者の最強能力。
「……? そうか、戻ってきたのか。この力、間違いない」
『……………………………………あれ?』
ん? ここはどこだ?
あれ、俺は今まで森の中にいて『ゼウスの神眼』を発動させたってのはわかるのだが、俺が今いる場所は周りに何もない空間だった。
いや、何もなくはない。森の中にいる俺の姿が映し出された中継モニターのような物が一つある。
これは、一体……。
『良かった。言葉が届いたようじゃな』
『えっ、どなたですか?』
その空間に現れたのは白い髭を蓄え、パーマが爆発したような髪型をしたおじいさんだった。
どうやらこの人が俺に助言をしてくれた声の主らしい。
『なるほど、神眼を使うと元に戻るようなじゃな』
『元に戻る……って?』
『君が今まで入っていた体に本来の持ち主である「シン」が戻ってきたってことじゃ』
『…………え?』
「『ゼウスの神眼』か。ならば余り時間はないな。この状況から察するにあの魔族を倒せばいいのだろう」
「なんだ、いきなり雰囲気が変わった……!?」
「シン……! 良かった、これなら」
「『ケラウノス』」
英雄・シンは背負っている鞘から剣を抜き、激しい雷を纏った槍へと変化させた。
彼が纏うのは先ほどまでとは明らかに違う強者のオーラ。
その大地をも震わす闘気は魔族の男を怯えさせるには十分すぎるほどだった。
「覚悟しろ魔族。お前に明日は無い」
「ひぃっ……! なんなんだよいきなりぃ!!」
「轟けッ! 『ケラウノス』ッ!!」
シンは手に持った神器『ケラウノス』を魔族の男へと投げつけ、その腹部へと突き刺した。
『ケラウノス』の恐ろしさはただ攻撃力の高い槍ということだけではない。
最高神ゼウスの武器である『ケラウノス』は命中した者の上空に黒い雲がかかり、裁きの雷を落とすのだ。
裁きの雷によって焼かれた魔族の男は断末魔と共に跡形もなく消滅し、突き刺さっていた『ケラウノス』のみが音を立てて地面に落下する。
「裁きは、下った……」
『あ、ちなみにワシがゼウス。この者のユニーク・アビリティに宿る精霊のようなものじゃな。アッハッハッハッ』
『理解が追いつきません。何が起こっているんですか、僕はどうなってしまっているのですか』
笑顔で孫を誇らしげに自慢するようなこの老人は自分のことを「ゼウス」と名乗った。
どうやら今「シン」の体を動かしているのは「シン」自身というのは本当らしく、ハチャメチャな強さで魔族の男を瞬殺してしまった。
あれ、これ俺どうなるんだ……?
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