第7話 寝て起きてもそこは夢の中だった
窓から射しこむ温かい光によってを目を覚まし、体を起こして欠伸を一回。
おはようございます。倉本真です。
目覚めたといっても自室のベッドの上で……とはいきませんでした。
ここは昨日起床した時と同じ場所、上部に天蓋の付いた大きなベッドの上。
姿は自分の面影を辛うじて残しつつもかなりグレードアップしたイケメンのまま。
あろうことに俺は夢の中で寝て起きてしまったようなのです。夢の中でさらに寝たわけですね、どういうことなの。
というかわかっているけどこれは夢じゃない。夢っぽいけど現実なんだよこれ何事なの……。
昨日一日過ごしただけでも皆俺のことを下の名前である「シン」と呼び、初対面とは到底思えないほど親しく接してくれていたため、名前は同じだが全くの別人の体に入り込んでしまったと考えるが自然だろうか。
どういうわけか俺の精神だけが元の体から分離され、魔王を倒した英雄「シン」の体に入り込んだ、と俺は推測している。
そんな創作染みたことあり得るわけがない、と笑い飛ばしたいところだが、現実問題それが起きてしまっているようなので笑いたくても笑えない状態である。
俺がハーレム主人公の立場に立たされた夢物語の世界に来てしまった、という説もまああるけどそれこそ創作だし、妄想全開でちょっと気持ち悪い。この説は切る。
俺の精神が英雄の体に入ってしまったとすると、この体の本来の持ち主である「シン」の精神はどうなったのかが気になる所だ。
今は俺が精神を乗っ取っているだけでまだこの体の中に眠っているのか、はたまた俺の精神に弾き出されるようにして消滅してしまったのか。もしくは現実の俺とそのまま精神だけ入れ替わってしまったか。
これは憶測に過ぎないし、俺が何か知っているわけでもないからいくら考えても無駄だが、一つだけ手掛かりと呼べそうな物がある。
この右中指にはめられたシルバーリングだ。
これは俺がこの異世界に来る前日、友人たちと遊びに出かけている最中にリサイクルショップで購入した物とそっくり。
店でこのリングを見つけた俺は値段がお手頃価格だったのもあり衝動買い、そのまま指にはめてかっこつけてイキっていたのだ。お恥ずかしい、中学生かな?
いや、リングをはめるだけならオシャレとしていいと思う。しかし、意図的にこれを見せびらかそうと意識した動作を何度もしていたのは今考えたらイキり以外のなにものでもないのだ。黒歴史確定。
そして、友達と別れて帰宅した俺は遊び疲れたのかそのまま自室のベッドに倒れ込むように寝てしまう。そして目が覚めたらこの異世界にいた……と。
家に帰ってからあのシルバーリングを外した覚えはない。
間違いなく指にはめたまま寝たはずだ。
精神以外現実から何も引き継いでいないのになぜかこのリングだけはそのまま指にはめられたまま。
同一の物かはわからないが外見はそっくりなわけで、俺の身に起こったことと何か関係があると考えるべきなのだろうか。
それでも今俺の知る手掛かりはこれしかないんだ。これからこのリングについて知っている人物がいないか探してみることにしよう。
ただの異世界転生ならまだしもこれは他人とのボディチェンジ。この体は俺の物ではない。
この世界での地位、人間関係、それらは全てこの体本来の持ち主である「シン」が持っていたもの。
このまま俺が「シン」になるわけにはいかない。なんとかして元に戻る方法を見つけ出さなければ。
「シーン、起きてる?」
俺があれやこれやと考えているとコンコン、とドアを2回ノックする音が聞こえた。
この声はサラだ。
「ああ、起きてるよ」
「もうすぐ朝食だから一緒に行こう?」
「ああ、わかった。ちょっと待っててくれ」
俺には元に戻るまで「シン」の人間関係や地位と名誉に傷をつけないようにしながら過ごさなければならない義務がある。
なるべくそれらしく振舞い、サラたちにもこの体に違う人間の精神が入っていることは悟られないようにしなきゃ。
「服は……これでいいか」
俺は昨日認定式で着ていた服から装備を外し、色を少し変えたデザインの服を手に取った。
驚くことに異世界と呼んでいるこの世界でも現実のように生活技術が発達しているようなのだ。
流石に機械のようなテクノロジーは劣っているようだが、洗濯をはじめとした生活技術、紙や食物の生産などは充分機能しているみたいで特に不便はない。
昨日の服はこの豪邸の使用人に渡して洗濯をしてもらっている。お金持ちが仲間にいるとこういうところでかいよなあ。
「すまない、待たせたか」
「ううん、全然。じゃ、行こう!」
「ああ」
正直この豪邸でどこがどの部屋なのかを覚えるのは一日では絶対無理だったので、サラに案内してもらえるのは大助かりだ。
サラはこの豪邸を所有しているフローラ家のご令嬢。
そんなお嬢様であるサラがなぜ「シン」と共に冒険をしていたのか俺は知らないが、お嬢様といえど昨日の戦いを見るに中々の強者であることは間違いない。
言葉遣いだって俺や仲間と接する時はかなり崩しているが、普段はお嬢様らしく気品のある口調で喋っている。
その中でも俺……いや、「シン」と接する時はその辺にいる女の子と変わらない口調へと早変わりだ。余程親しく信頼しているのだろう。
それ故に好意剥き出しのレティとぶつかり合うことが多々あるようだが。
「シン、今日は何も予定ないよね?」
「ん? ああ、そのはずだが」
「じゃあ、私に付き合ってくれない? 行きたい場所があるんだ」
「いいぞ、それじゃあ朝食の後そこに行くか」
「やった!」
やはり二人の時はレティと口調があまり変わらないんだよな、ある意味これもギャップ萌えというやつなのだろうか。
認定式も終わり、『第四英雄』となった俺は現実の会社員のように働きに行く必要はないようで、英雄は国を守ることに専念するべきとのことなのだそうだ。
それ相応の事態になったら真っ先に頼られるのは俺たち英雄に認定された者。
生活費用も国から支払われるようで、特殊ではあるが国家公務員のようなものだと考えればいいだろう。
まあ、こんな豪邸を持つフローラ家のお嬢様が仲間にいるなら金に困ることはなさそうだけど。
「おはよう、シンも一緒よ」
「おはよう」
昨日と同じ食事用の部屋に着くなり、サラお嬢様は一瞬でモードチェンジ。仲間への口調モードへと切り替えた。
先ほどまでのラブラブカップルのような口調は影を潜め、最低限令嬢の気品は残しつつ親しい友人と接する口調になったのだ。この使い分けすごいな。
「おはようシーン! ギュ~」
「うおっ!? レ、レティ?」
俺は部屋に入って早々先に来ていたレティに抱きつかれてしまう。隣にいるサラの目が怖い。
既に部屋にいたのは俺とサラを除くと、レティ、ディアだけだった。
ルーナ、ソーラ、リシュは国の見回りの仕事に戻らなくてはいけないとかなんとかで、昨日の認定式が終わると夜にはもうこの豪邸を後にしている。
残るはリープだが、まあまだ寝ているのだろう。
「後はリープだけか。お嬢様、私が起こしに行きますので先に朝食を取られてください」
「ああ、ごめんなさいね。お願いするわディア」
「かしこまりました」
ディアがリープを起こしに部屋を出るとそれと入れ替わるように昨日と同じコックが部屋に入ってくる。
コックは今日は2人が争っていないことを確認してホッとした表情を見せると、すぐに朝食の準備を始めた。そ、そんなに心配なんですね……。
「ああ、サラ。そういえばこの後どこに行くんだ? 行きたい場所があるって言っていたけど」
「うん、『霊鳥の森』。私たちが初めて出会った場所だよ」
「……!」
サラと初めて出会った場所……、つまり『英雄』とサラお嬢様の始まりの地というわけか。
これはサラのことをよく知るいい機会かもしれない。
リングのことについて何か手掛かりがないかも一緒に探してみることにしよう
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