第152話 殺戮

――ある兵士の視点


「なんだ!? 何が起きた!?」

「わかりません! ですが敵襲です!」

「くそっ! 国境からずいぶん距離があるこんな街で敵襲だと!?」


突然街中に響いた爆発音と、それに伴う巨大な火柱で、街を守る守備兵である俺達は大混乱に陥っていた。最初に疑ったのは魔物共の襲撃だ。しかしそれはあり得ないとすぐに頭を振る。どう言う手段を使っているのか全く不明だが、帝国の上層部は魔物を操る方法を見つけているのだから。魔境と呼ばれる魔族の支配領域から連れてこられた魔物共は、近隣の街を襲うことなくそのまま国境まで進むと、他国の領土へと消えていった。送られた先で何が起こっているのかなんて想像しなくても解る。きっと多くの人が魔物の犠牲になっているんだろう。それだけに魔物が帝国内で暴れる可能性は低い。


だとしたら隣国の襲撃か? だが、軍隊が国境を越えたりすればすぐに解る。ここまで何事も無く侵入できるはずがない。残るは少数の工作員による破壊工作だが……俺はそこまで考えてゾッとした。単なる破壊工作なら攻撃は小規模で終わる。しかし、敵が数の差も考えずに街を滅ぼす事を考えていた場合、それは一騎当千の恐るべき手練れが襲撃してきた事を意味する。場合、俺達は生きていられるのだろうか……?


「また攻撃だ! 伏せろ!」


近くの味方が絶叫したのを耳にして、反射的に地面に伏せた途端、また猛烈な爆発音と恐るべき熱波が頭上を通過していった。


「間違いない……敵は本気で俺達を潰すつもりだ……」


嫌な予感が確信に変わった。逃げ出したい気持ちを堪えながら、俺は味方と共に火の手の方に走るのだった。


――カリン視点


シエルの魔法が次々と積み上げられた物資を燃やしていく。魔法の威力が以前と桁違いに強いからか、辺りには猛烈な勢いで火の手が広がっていた。攻撃が始まってからすぐ、私達はバラバラに動き始めた。シエルは遠距離からの魔法攻撃。ディエーリアはそれの護衛兼狙撃。私とルビアス、そしてラピスちゃんは直接乗り込んでの斬り合いだ。


「いたぞ!」


私の姿を発見した敵が大急ぎで笛を鳴らす。剣や槍を構えてわらわらと群がってくる敵の集団を目にして、スッと剣を抜く。怒声を上げて向かってくる集団なんて、昔なら確実に怯んだろうな――と、場違いなことを考えながら、私は先頭の兵士を音も無く切り伏せた。続く兵士が驚愕する暇も与えずにその首を刎ねる。返り血を浴びないよう素早く横に飛ぶと、槍を構えた兵士の胴を上下に真っ二つにした。


「う、うわ――」


何人かが悲鳴を上げて恐慌状態に陥る。中にはいまだに武器を構える強気な兵士もいるけど、私はそのどれをも平等に斬り伏せていった。感情は波立たない。レブル帝国の兵士は敵。放っておいたら確実に周囲の国に対して軍事行動を起こす敵だ。私はそう心の中で何度も繰り返しながら、次の敵に向かって走り出した。


――シエル視点


「こっちの居場所に気がついたみたいね」

「私に任せて」


屋上の上から夜中に派手な魔法を連発しているのだから、敵がこっちの居場所を発見するのは簡単だったはず。現に破壊を撒き散らす私をどうにかしようと敵の集団が向かって来ているけど、それは横に立つディエーリアによって蹴散らされていた。かなりの距離があると言うのに、彼女の矢は正確無比だ。呆れるぐらいの精度で次々と敵兵の頭を貫いている。盾を持って前進しようとしたらスピードが落ちて私の魔法が狙い撃ち、防御を捨てて突進すればディエーリアの矢に仕留められる。敵兵にとっては悪夢のような状況が続いていた。


街のあちこちに積み上げられた物資には粗方火の手が周り、私は次の目標を探して街を見渡す。既に騒ぎは兵士のみに限らず、街の住民を巻き込んで収拾のつかない有様になっていた。


「シエル、次にいこう」

「了解」


屋根から屋根へ飛び移る。飛行魔法がない分自分の跳躍力だけが頼りだけれど、問題無く移動出来ていた。これも厳しい修行のおかげね。


「大丈夫シエル?」

「え、ええ。なんとか」


足下のふらつきは誤魔化せなかったみたいだ。心配そうな目を向けてくるシエルに頷きながら、私は次の魔法を放つ準備に入った。


――ルビアス視点


私は敵兵の群れを切り進んでいる。普通なら前後で挟み撃ちにされる人数差であると言うのにこれだ。それだけ敵兵と私とでは剣の腕に差がありすぎた。まともに剣を合わせることもできず、血飛沫を上げて倒れていく敵兵士。味方が倒されても向かって来ているのは主に後方の兵士達だ。前に出ていた兵士は逃げることもできずに倒されているし、後方にいたら前の状況が把握出来ない。結果、気がついた時には自分が死ぬ番になっていたと言うわけだ。


師匠の家で住むことになってから、冒険者としてはそこそこ戦ってきた。しかし最近は魔物よりも人間と戦っていることの方が多くなっている。魔族の脅威に対して立ち向かうべき人類がつぶし合っている現状は嘆かわしいが、愚痴を言っても状況が改善するわけではないし、黙って剣を振るうのが最善だ。


ボルドール王国の姫として、レブル帝国に恨みがないとは言えない。勇者としては恥ずべき事だが、私はレブル帝国を恨んでいた。先の内乱で死んだ多くの人の中には、当然私と親しくしていた人々も数多く含まれている。師匠達の手前それを口に出すのは控えていたが、こうやって一人になると、どうしても剣の切っ先に恨みが籠もってしまう。直接関与していない兵士達に敵討ちだと言うのは筋違いだが、頭では理解していても、感情が追いついてこなかった。


「恨みたいなら恨むと良い。理不尽と嘆くのも自由だ。私も一切躊躇しないからな」


剣の暴風は敵兵を切り刻んでいく。その勢いは衰えることがない。レブル帝国の兵士達が見始めた悪夢は、まだまだ続きそうだった。


――ラピス視点


「あまり派手な魔法は必要ないな」


街ごと破壊するならともかく、今回の相手は敵兵だけだ。戦う手段は選ばなければならない。俺が戦場と選んだのは少し広めの通りだった。閉まっている店舗が多く並んでいるところから察するに、ここは街の大通りと言ったところか。地方の街としてはなかなか大きい方なので、日中には多くの人がここで商売をして賑わっているんだろう。だがその大通りも、今は人の死体と血で様変わりしていた。多くの敵兵を貫き、なぎ払い、打ち払ったためか、俺が手に持つハルバードは返り血で真っ赤に染まっている。


握りが血で滑るのを防止するために布を巻き付けているけど、それも血を吸収して重くなっていた。強く握ると血がにじみ出て凄く気持ち悪い。


「弓兵、援護を!」

「盾を前に! 前進!」


大盾を持った兵が周囲を取り囲んで、一気にこちらを押しつぶそうと突進してくる。彼等を援護するために多くの矢が放たれて俺の動きを封じようとする。なかなか連携のとれた攻撃だ。地方に駐屯している兵士にしては練度が高い。レブル帝国全体がその水準にあるのか、それとも彼等だけが特別なのか。それはわからないが、なかなか感心する動きだった。


しかしそれは普通の相手に通用しても、俺相手には通じない。俺は自分の周りに倒れた兵の死体を片手で担ぐと、勢いよく彼等に投げつけ始めた。


「ぐああ!」

「くそっ! なんて事しやがる!」

「頭がおかしいのか!?」


人の遺体を投石代わりに使っていて、おまけに投げているのは彼等の同僚だ。死者に対する冒涜とか一切考えない俺の蛮行に対して、彼等は怒りに燃え上がった。しかし悲しいかな、起こったところでどうにもならない実力差がある。味方の死体で穴を空けられた盾の一角に飛び込むと、俺は容赦なく内側に留まった敵をなぎ払う。乱戦が始まると矢と魔法の援護もできないため、彼等が斬り伏せられるまでに、それほど時間はかからなかった。


§ § §


戦って戦って、戦い続けて、気がついたら空が少し明るくなってきていた。向かってくる敵もかなりの数を倒していて、組織的な抵抗はほぼ無くなっている。時々思い出したように敵兵が顔を見せるが、それもすぐに姿を消していった。


「もう十分か。逃げる敵を追い回すのも面倒だからな」


周囲には数えるのも面倒なぐらい敵兵の死体で埋め尽くされていた。あちこち移動しながら戦っていたので、きっと街中で同じような光景があるんだろう。それでも俺に罪悪感はなかった。手の平から空に向かって放たれた火球は、明け始めた空に派手な花を咲かせる。これでみんなにも撤退の合図が伝わったはずだ。


「これでレブル帝国は本腰を入れてこの街に軍を派遣するはずだ。それを何度か叩いた後は……」


まだみんなには言っていない本当の考え――それをいつ実行に移すか。周囲の死体を眺めながら、俺はそんな事を考えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る