第123話 ビラーゴ侯爵邸襲撃

――マグナ視点


あの愚か者の代名詞でもある無能な兄の奇襲によって、私の生活はそれまでのものと一変した。遊びほうけて己の義務も果たさずに、国の税を湯水のように浪費するスティード一派を抑え込み、なんとか健全化する目処がついていた時にこれだ。あの無能は頭が悪いとは言え一応王族でもあるし、私を排除しようとしてももう少しスマートな方法を選ぶと思っていたのだが、私の見通しが甘かったようだ。


まさかここまで直接的な手段を取るとは思いもしなかった。おかげで少しずつ、しかも確実に各分野に勢力を伸ばしていた私の部下達は排除され、その大部分は安否すら解っていない。敵の実働部隊が奇襲してきた時、それらは主に騎士団を標的にしていたようだから、かなりの数が逃げ延びたとは思うのだが……。それでも手塩にかけて育てた多くの部下を失ったのは痛恨の極みだ。


自分の命すら危うい状況で私を逃がしてくれた部下達には感謝の念しか湧かない。


なんとか逃げ延びた私は、一度王都の外にある私の派閥の有力貴族を頼ろうとした。劣勢になったとは言え国内に多くの力を残す我々なら、体勢を立て直してじっくりと腰を据えれば、十分スティード派に対抗出来ると踏んだのだ。しかし、私はその考えをすぐに覆す事になる。主に二つの理由によって。


まず第一に、こちらの戦力が足りないことだ。スティード派の先方を務めた謎の黒騎士集団。あれにこちらの騎士の大半が討ち取られたため、まともに戦いうる戦力が足りていない。一対一ならなんとか対抗出来る腕利きはこちらにも存在するが、数の差を覆せるほどの実力は無い。それに騎士は兵士を指揮して戦う部隊長の役目も務めるため、圧倒的に現場の指揮官が不足していた。これではまとまった軍事行動など取れはしない。


そして第二に、国を割って大軍同士がぶつかれば、他国の介入どころか魔族の侵攻さえ予想されたからだ。ただでさえ戦力が必要なこの時期にクーデターなど起こした馬鹿の顔を思い浮かべると、心の中でいくら罵倒を浴びせたところで少しも気が晴れたりはしない。


しかし、このままあの無能に国を好き放題させていては、遠からずボルドール王国は破滅することになる。どうしたものかと思案した挙げ句、私は一つの作戦を思いついた。


まだ現在である私の派閥に属する貴族に挙兵の準備をさせ、その情報を王都に流したのだ。当然、そこには私が匿われていると言う欺瞞情報も織り込み済みであり、単純な頭しかもたないスティードは、今度こそ私にとどめを刺すべく戦力の大半をそちらに向けるだろう。そして密かに王都に潜入した我々少数の精鋭だけで王城を逆に急襲し、スティードの首を上げるという作戦だ。


戦力面でも不安があるし、こちらが思っているほどの戦力が王都から離れる保証もない博打のような作戦だが、他に手がないのだ。そしていよいよ今夜決行だという時に、我々は思わぬ襲撃を受けた。


「何事だ!?」


俄に騒がしくなった屋敷。遠くから聞こえてくる剣戟の音に思わず声を上げると、傷だらけになった護衛の騎士が、私の部屋に転がり込んできた。彼は荒い息を何とか整えながら、喘ぐように口をパクパクとさせている。


「て、敵襲です! 敵は少数ですが恐ろしく腕が立つため、まったく歯が立ちません! マグナ様は急ぎ避難を!」

「黒騎士か!?」

「いえ、女二人です! ですが黒騎士など足下にも及ばない程の腕で……! このままでは長く持ちません!」


女二人だと!? この屋敷にはあの黒騎士すら切り伏せる腕利きを集めたというのに、その彼等ですら歯が立たないというのか!? あのスティードがそんな強者を味方につけたという情報は手に入っていない。いったいいつの間に……? だが、それを調べるのは後だ。今はとにかくここから離れなければ。先導する騎士の後を慌てて追い、部屋から出ようとした正にその瞬間、ドアが外側から吹き飛ばされた。


「くっ! お下がりください殿下!」

「御身は死んでもお守りします!」


決死の覚悟で私の前に立ち塞がった騎士達の背を見ながら、私は既に覚悟を決めていた。ここまで多くの戦力をたった二人で突破してきた敵に対して、今更数人が斬りつけてもどうにもなるまい。志半ばで倒れるのは業腹だが、あの愚か者によって生まれ育った国が滅びる様を見ないで済むのは、ある意味救いかもしれない。せめて一太刀浴びせてやろうと持ち慣れない剣を構えたその時、ドアの向こうから気の抜けた声が聞こえてきた。


「いたいた。やっぱりここに居たよシエル」

「まったく……なんでこんな事になるのよ。カリンが無茶するから」


姿を現したのは、報告を受けたとおり二人の女だった。一人は戦士、もう一人はローブ姿のため魔法使いだと思われるが、どちらもかなりの強者なのだろう。


「えーと、確認しておきますが、あなたはマグナ王子だ間違いありませんか?」


女の片割れ――シエルと呼ばれた娘の問いかけに、騎士達は私を中心にしてサッと固まると剣を構える。それだけで答えが出ているようなものだが、私はあえてこの娘と問答をしてみる気になっていた。


「いかにも。私がマグナだ。其方達、力尽くでここまで来たと言う事はスティードの手の者で間違いないな?」

「あ、いえ、違います。私達はあなた方と敵対する気はありません」

「……は?」


意味不明な返答に、思わず間の抜けた声が出ていた。敵じゃない? ここまで強引に入っておいて、今更そんな意味のわからないことを言うのか? その狙いはなんだ? 我々を混乱させたいのか? しかしこの二人の実力なら、そんな姑息な手を使わずとも私の首を取れるはず。いったい何が目的なのだ?


「ふざけたことを! 現に我等の仲間を倒しているではないか!」


同僚が犠牲になったはずの騎士がそう怒鳴る。しかし今度はもう一人の娘――カリンがそれを否定した。


「誤解ですよ! 確かに剣は合わせましたが、全員峰打ちです! 気絶しているだけで一人も殺してません!」


慌てたように両手をブンブンと振る彼女に嘘をついている様子はない。しかし俄には信じられない事だ。誰も殺さずに強引に守りを突破し、今や国で最も貴重な賞金首とも言える私に会いに来た。こんな状況を第三者が聞いたなら、きっと端で笑い飛ばすだろう。


「お騒がせしてしまって申し訳ありません。ですが信じて下さい。私達はあなた方の敵じゃないんです。私達はルビアスの仲間ですから」

「なに!? ルビアスだと!?」


一ヶ月以上前、武者修行をしてくると言い残して消息を絶った妹の名前を出され、流石の私も驚きを禁じ得なかった。そう言えばこの二人、以前どこかで見たような覚えがある。直接会ったことこそないものの、ルビアスの仲間の資料で見たような気がするのだ。なるほど……確かに彼女達は勇者として名を馳せる強者達だ。おまけにドラゴンスレイヤーの称号まで得ている、ゴールドランクの冒険者でもある。そう考えればこの強さも納得出来るというものか。


「私達はルビアスに頼まれ、王都の様子を調べに来ただけです。そして出来るならマグナ王子の消息も掴んで欲しい……と。ちょっとした行き違いでこんな騒ぎになりましたが、詳しい事情をお話ししたいので、とりあえず剣を収めてもらってもよろしいでしょうか?」


ポリポリと頭を掻きながら気まずそうに騎士達を眺めるシエル。どうしたものかと振り返る騎士達の注目を受けて、私は思わず盛大なため息と共に、肩の力を抜いていた。


ちょっとした行き違い程度で叩きのめされた騎士達には不幸だが、彼女達の言葉を信じる限り、幸い死者は出ていないようだ。ならばこれ以上騒ぎを大きくするべきではないだろう。


「……話を聞こう。お前達も剣を降ろせ。そして負傷者を早く手当てしてやるんだ」


まったく、あの馬鹿妹め! こんな化け物を寄こすなら前もって一言ぐらいあっても良いだろうに! 心の中でルビアスを罵りながら、私はどっかりとソファに腰掛けた。

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