第119話 ラピス合流

――ルビアス視点


夜中だというのに、スーフォアの街は俄に騒がしくなった。城から飛び出した兵士の一団は街の四方に散り、各所で好き勝手をやっていたスティード派の貴族やそれに味方した者を捕らえに行ったのだ。当然彼等が一対一で黒騎士を倒せる実力は無いため、遭遇した場合は速やかに退避、もしくは応援を待ってから数で囲む戦い方になる。しかしそれも恐らく杞憂で終わるだろう。黒騎士の大半はこの城に詰めているのだから。


「邪魔だ!」


多くの兵士を味方につけた私は、彼等の先頭で剣を振るう。異変をいち早く察した黒騎士が何人も向かって来たが、その多くは私と剣を合わせることもできずに斬り捨てられた。その光景を見て、スティード派に鞍替えしていた兵士達は我先にと逃げ出したものの、かつて仲間だった兵士達に囲まれて次々と捕縛されていった。


「殿下! その先の部屋です!」


一人の兵士が指さす方向には、ドアが開け放たれたままの部屋があった。あの部屋はグロム伯爵の私室だったはず。それなのにドアが開いたままと言う事は――私は嫌な予感に突き動かされ、一気に加速して部屋の中へと飛び込んだ。


「――グロム伯爵!」

「グロム様!」


そこには血の海に沈んだ伯爵の姿があった。大方黒騎士共が、行き掛けの駄賃とばかりに彼を殺害しようとしたのだろう。慌てて駆け寄り抱き起こす。出血量からして生存はほぼ絶望的だと思えたが、彼はまだ事切れていなかった。


「う……」

「息がある? なら!」


私に着いて来た兵士達は、倒れていたグロム殿より青い顔になっている。そんな彼等に構う暇も無く、私は無詠唱まで使いこなせるようになった回復魔法を、グロム伯爵に対して全力でかけ始めた。すると彼の顔色はみるみる回復し、息づかいも次第に穏やかになっていった。我ながら劇的な効果だ。修して良かったと思える結果に、ホッと一息つく。


「なんとか……一命は取り留めたか……」


いつの間にか額に浮かんでいた汗を拭うと、周囲の兵士達が一斉に頭を下げてきた。


「な、なんだ?」

「殿下! 感謝致します! グロム様の命を救っていただいて……!」

「別に、感謝されることでは無い。当然のことをしたまでだ。それより、城の中は制圧出来たのか? まだならすぐに加勢に行くように。街への応援も忘れるな! 黒騎士が残っていたのならすぐに知らせよ。私が直接出向く!」

「承知しました!」


主目的であるグロム伯爵と、その家族は無事に救出できた。あとは街からスティード派を残らず排除するだけだ。意識の戻らないグロム伯爵を兵士に預け、私は再び剣を取った。


§ § §


夜が明け、朝日が街に降り注ぐ頃になると、昨夜と違った街の様子がハッキリと見えるようになった。街のあちこちに崩れた建物がいくつもあり、中には煙が上がっている場所まである。おそらくスティード派の兵士や貴族が抵抗した跡なのだろう。兵士の犠牲が皆無ではなかったが、市民に犠牲者は出なかったらしい。不幸中の幸いだろう。


「しかし……流石に疲れたな」


昨夜から不眠不休で走り回っていたためか、私も兵士達も疲労困憊だ。明確な敵と剣を交えているよりも、索敵を兼務しながらの戦闘は思ったより疲れた。しかしそのおかげでスティード派を一掃出来たのだから、この結果は喜ぶべきだろう。メイドの淹れてくれた紅茶で喉を潤しながらそんな事を考えていると、一人の兵士が小走りに近づいてきた。


「どうした?」

「殿下、ラピス殿が街へ戻られたようです。ご案内してよろしいでしょうか?」

「――! すぐに通してくれ!」

「はは!」


礼をした兵士が弾かれたように走り出す。この街で師匠を知らぬ者など居ない。私の師匠と言うより、彼女の強さは誰もが知るところだからだ。


昨日から姿を消していた師匠が現れたと聞いて、まどろみつつあった意識が一気に覚めた。出迎えようと部屋を出た途端、見慣れた美しい少女の姿が目に入る。師匠は笑顔を浮かべて手を上げ、小走りに近寄ってきた。それを見て思わず顔がほころんでしまう。わずか一日しか経っていないというのに、彼女が側に居るだけで、なんと心強いことだろう。


「ルビアス、話は聞いたよ。大変だったみたいだな」

「ええ、本当に。ところで師匠、セピア達の様子はどうでした?」

「うん。それについて詳しい話をするよ。大体の話はここに来るまで聞いたけど、詳細をルビアスからも聞きたい。そっちの話も聞かせてくれ」

「もちろんです」


§ § §


「そうか……グロム伯爵が。でも助けられて良かったな」

「はい。間一髪でしたが。グロム殿もセピア達も無事で、ひとまず安心ですね」


グロム殿の私室を使い、昨日からお互いに何があったのかを報告し合った私は、ホッと胸をなで下ろしていた。この混乱の中、身内と呼んで良い人間は誰も犠牲になること無く、ソルシエール様の街で匿ってもらえる事になったそうだ。世話になっているギルドの職員達も無事なようだし、最上の結果と言って良いだろう。


「しかし、師匠。問題はここからです」

「うん。そうだね。この情勢の下、第三王女であるルビアスが武力を持って街を占拠したとなると、スティード派は黙っていないだろう」


そう言う師匠に焦りの色は無い。腰掛けていたベッドからぴょんと飛び降り、彼女は窓から外を眺める。何が相手でも怯まない強さを持つ彼女からすれば、スティード派など端から眼中に無いのかも知れない。


「ルビアスはどうするつもり?」


くるりと振り向き、まるで食事のメニューでも聞くような気軽さで、師匠はそう問いかけてきた。しかしその視線は私と絡み合い、嘘や誤魔化しを許そうとしない無言の迫力がある。ゴクリと唾を飲み込みながら、私はゆっくりと口を開く。


「事ここに至っては、今更知らぬ存ぜぬは通りません。マグナ兄上の無事が確認出来ない以上、私が立つしか無いでしょう。国がこのまま混乱していては、いつ魔族が攻めてくるかわかりませんから」

「……その結果、勇者を辞めることになっても?」

「!」


師匠の言わんとしていることが解った。仮に私が立ち上がり、国を正しい道に戻したとしても、それで全て解決とはならない。なぜなら国王である父の無事は確認されていないし、王位継承権第一位と二位である、スティード兄上とマグナ兄上が居なくなったとなれば、誰かが国を纏めなければならないからだ。いかに大国ボルドールと言えど、官僚だけで国を運営していく事など不可能。王となる存在をいただき、彼等や貴族を取り纏める人間が必要になる。


しかしそうなれば、勇者として今までのように動き回ることなど不可能になるだろう。それはつまり、師匠達とも離ればなれになる事を意味している。


「…………」


一瞬決意が揺るぎそうになる。師匠と出会い、王都を飛び出してから今まで、楽しいことや苦しいことは沢山あった。しかしそのどれもが新鮮で、私は初めて人生を謳歌していたと言えるだろう。仲間達との楽しい日々を思い返すと、何もかも投げ出して、このまま師匠達について行きたいとさえ思う。しかし――それは出来ない。私はボルドール王国、第三王女のルビアスだ。王族としての責任を放り出して、自らの欲望を優先させるなら、スティード派の貴族達と大差が無いではないか。グッと口元を引き締め、意思を込めて師匠の目を見る。彼女の弟子として、情けないところは見せられない。


「覚悟は決めています。師匠。私は国を取り戻すために戦う。師匠も力を貸してください」

「そっか。ルビアスがそう決めたのなら、俺は何も言わずに戦うだけだ。他のみんなも上手く動いてくれるだろうから、力を合わせて頑張ろう」


ポンポンと頭を撫でられ、溢れそうになった涙を誤魔化すため、思わず顔を伏せてしまった。そんなことは気がついているだろうに、師匠は何も言わず優しく頭を撫でてくれる。その優しさや気遣いに、私は心の底から神に感謝していた。この人と出会わせてくれた幸運を。

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