第104話 修行再開
目覚めは今までに無いほど爽やかだった。ベッドもない部屋で固まって寝ていたのだから、本当なら体のあちこちが硬くなって痛みがあったはず。なのに今日はそんな事気にもならない。何故なら、みんなに本当の意味で仲間として受け入れて貰えたからだ。
寝息を立てているみんなを起こさないようにソッと起きて背伸びをすると、うーんと言う声が勝手に漏れた。すると途端に後ろでモゾモゾと動く気配があった。
「……ラピスちゃん?」
「おはよう。みんな」
カリン達は半分寝ぼけているのか、目をこすりながらボーッとしていた。しかし次第に意識がハッキリしてきたんだろう。昨夜の事を思い出してか、どこか照れくさそうにしている。そんな様子を見ているとこっちまで恥ずかしくなってくる。でも昨日までと違って、自分の中にあったわだかまりは綺麗さっぱり無くなった。それもこれも、全部彼女達のおかげだ。何か言った方が良いのに話題の切っ掛けが掴めず、お互いに見つめ合って赤面するだけの俺達。そんな様子を何処かで見ていたのか、断りもなくセレーネが部屋の中に入ってきた。
「女同士で何を見つめ合っているのですか? 食事を持ってきました。昨日から何も食べていないでしょう? これを食べて精をつけなさい」
彼女の持ってきた食料を見て誰もが無言になる。なにせセレーネが手に持っていたのは仕留めたばかりの巨大な猪で、まだ血抜きもされていなかったのだから。ポタリと床に落ちる血の音だけが妙にハッキリと聞こえる。そりゃあ……ドラゴンだもんな。料理とかしないから、これが普通だと思っているのかも知れない。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして。ところで、昨日から何やらゴタゴタしていたようですが――」
途端、俺達全員がビクリと体を震わせる。わだかまりは解けたと言ってもデリケートな問題だ。口に出されると気まずい思いがあった。しかしセレーネはそんな事に全く頓着しないようで、表情一つ変えない。
「修行の続きをやるにしろ、切り上げて帰るにしろ、こちらとしてはどちらでも構いませんよ。じっくり考えてから決めなさい」
「いや――続けるよ」
即答した俺にセレーネの眉がピクリと動く。ここまで来て帰るという選択肢はない。俺達の中にある問題は解消されたんだから、後は心置きなく修行に打ち込むだけだ。俺と同意見なのか、カリン達も力強く頷いている。
「そうですか。ならばいつでも挑んできなさい。我々ドラゴンは不眠不休で長期間動けますからね。一日中どころか、一か月二か月と起きていられます。遠慮はいりませんよ」
そう言って、セレーネは部屋を後にした。
「……とりあえず、処理してから食べようか?」
「……そうだね」
部屋の中を汚すのは憚られたので、運ばれたばかりの獲物を外に持って行って解体を始めた。皮を剥いで肉を切り分け、食べられない内臓などは地面に埋める。魔法でおこした焚き火の周辺に肉を刺した棒をいくつも置くと、次第に香ばしい匂いが漂い始めた。
誰かのお腹がグウと鳴り、注目されたディエーリアが恥ずかしそうに顔を掻いた。知らずにみんなが笑顔になる。焼けた肉を一気に頬張ると、硬い歯ごたえと共に肉汁が口の中いっぱいに広がっていく。血抜きの処理が遅かったせいか決して美味とは言えないけど、みんなで囲んで食べる食事はいつもより美味しく感じられた。
§ § §
――ルビアス視点
ここに来てから一月が経った。人間の体とは意外と適応能力が高いのだと、自身の体で驚かされている。最初はただ歩くことさえ苦労していた環境なのに、今では気にもしなくなっている。体中に重りをつけられたような感覚は無くなっていないが、それが当たり前だと思うようになっていた。ベッドなど無く、寝る時はいつも雑魚寝。食事も摂ってきた獲物を焼くか、山にある山菜や果物を取るだけなので、しばらく料理というものにお目にかかっていない。王女であると言う尊厳などここでは微塵も通用しない。ただ一個の動物として、生物としての力のみが評価される環境だった。
その代わりに自分でも驚くほど力がついているのがわかる。以前では四人がかりでかすり傷を与えるのが精一杯だったセレーネ相手でも、今では互角に戦えるようになっていた。もっとも、それは四対一という条件付きだが。
「シエル、ディエーリア! 援護を!」
「了解!」
「解ったわ!」
セレーネに肉薄する私とカリンの背後から、追い越すように魔法と矢が飛んでいく。セレーネは首を逸らして矢を躱し、魔法を素手で吹き散らした。以前なら驚くようなその行為も毎日見ていれば当然慣れる。私とカリンは表情一つ変えずに彼女に肉薄すると、左右から同時に斬りつけた。
うなりを上げる剣をセレーネは見事な体術で躱していく。一月前なら、その場から動かずに片手ずつで処理されていただろうが、今の我々の攻撃はそれ程軽いものではなかった。力も速さも別物と言って良いほど成長しているのだから。
「ふっ!」
「しっ!」
剣だけでなく、時々フェイントに蹴りや肘を織り交ぜた攻撃はセレーネの防御を突き抜けて直撃している。しかし普通の人間なら悶絶もののその攻撃を受けても、彼女はダメージを負った様子がない。やはり見た目は人間でも、ドラゴンの耐久力と言うことか。
目を見ずにカリンと呼吸を合わせる。カリンが一瞬だけ姿勢を低くした瞬間、彼女の背後から飛んできた矢がセレーネの顔面を掠めた。姿勢を崩したセレーネに私の跳ね上げた左足が迫る。その左足には炎が纏わり付いていて、触れただけでも大やけどを負うだろう。
「む」
腹部に迫った蹴りを受け止められ、セレーネが軽く腕を捻っただけで私の体は空中に投げ出された。しかしその直後、彼女の左足が一瞬にして凍り付いた。シエルの魔法だ。
「隙あり!」
振り抜いたカリンの剣がセレーネの胴に叩き込まれた。もちろんそれだけで体を両断するほどの威力は無い。しかし彼女の体からは、多少の出血が確認された。これで勝負あり。かすり傷ならともかく、明確な一撃を入れたら終わりと言うルールに従って、この勝負は我々の勝ちで終わった。
「……やれやれ。強くなったものですね。まさかこの短期間でここまで力をつけるとは」
「誰かさんのおかげだよ。いつも容赦なく痛めつけてくれたからね」
「そうだとも。セレーネに勝ちたい一心で食らいついてきた結果だ」
カリンと私がそう言うと、セレーネは肩を竦めた。戦いの緊張が緩み、セレーネは左足を絡め取っていた氷を力で砕く。ポーションを取りだして飲もうとする彼女を制して、私は回復魔法でセレーネの傷を癒やした。
「回復魔法も上手くなりましたね。この回復量なら中級と言って良いでしょう」
「一般的な神官より上にはなったかな? 戦闘中に使い慣れたのが上達のコツだったんだろう」
厳しい戦いを繰り返すことで、私達はそれぞれが大きく力を伸ばしていた。全員が筋力と魔力の大幅な向上をしていて、それぞれの得意分野が今までの比じゃないぐらい伸びていた。まず前衛を務める私とカリン。私は剣の腕前はもちろん、炎と回復という二種類しか使えない魔法の腕を上げていた。どちらも無詠唱で使えるようになっているし、炎の魔法を体に纏って格闘出来るようにもなっていた。たとえ自分の魔法であろうとも、普通なら炎を纏えば大火傷を負ってしまう。しかし同時に回復魔法を使う事で、自分に対するダメージを相殺出来るのだ。これで私は一対一の戦いで大きな武器を得たことになる。大抵の生物は炎に弱いのだから。
次にカリン。彼女は扱える魔力量が増えて、課題である持久力が解消されていた。おまけに魔力の練り上げ方が上達したので、疑似強化術と言って良いほどの技まで使えるようになっている。そして本来の剣の腕はそれらと比べものにならないほど伸びていた。ハッキリ言って、純粋な剣技だけなら私より上だろう。
そしてシエル。彼女は今まで使えていた魔法を全て無詠唱で使えるようになっている。そして威力も段違いだ。恐らく彼女の操る下級の魔法は、シルバーランクの魔法使いが全力で放つ威力に相当するに違いない。しかも別系統の魔法を二つ動じに使えるようにまでなっていた。これは驚異的だ。
ディエーリアは念願だったベヒモスを呼び出すことに成功している。と言っても使役出来るのは時間にしてわずか一分ほど。それで彼女の全魔力を使い切るというのだから、ベヒモスがいかに強力かがわかる。ベヒモスは確かに強力だが、一度使って相手を倒しきれなければ一転窮地に陥る。だから彼女はベヒモスに頼らず、弓の腕と精霊の鎧を使いこなすことに力を注いでいた。今、彼女の剣の腕は、以前の私と同等ぐらいだろうか? かなり強力な後衛と言えるだろう。
そして師匠はと言うと――
ズン! と言う衝撃が神殿全体を揺らす。神殿の奥で戦っている師匠とティアマトの戦いの余波が、ここまで及んでいるのだ。
「やってるね」
「うん。あっちもそろそろ終わるんじゃないかな」
我等同様、師匠も連日のようにティアマトとの激戦を繰り返していた。毎日ボロボロな姿で帰ってくる師匠を最初は心配したのだが、その表情はとても明るいものだった。体を動かすのが楽しいとも言っていた。あの竜王相手にそんな事を言える余裕があるのだから、我が師匠ながら凄まじい。さて、こちらの戦いも一段落した事だし、少し見学でもさせてもらおう。
私が仲間達に目配せすると、彼女達は体についた埃を手で払いながら後についてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます