第101話 ブレイブの少年時代②

そこまで一気に話した後、乾いてきた喉を潤すために水差しからコップに水を注ぎ、中に満たされた水を一気にあおった。部屋の中には沈黙が続いている。普通の人間では考えられないような、あまりにも壮絶な幼少期を聞かされて、彼女達は何と言って良いかわからないんだろう。平民であるカリンとシエルはともかく、王族であるルビアスは顔を青くして話を聞いていた。自分の肉親に対して、そこまで過酷な修行を施す現実が想像出来なかったに違いない。


ふう……と息を吐き、俺は話を再開させる。


「家を出た後、俺はとりあえず王都を目指すことにしたんだ」


なぜなら、当時一番大きな国の王都では、常に勇者を求めていたからだ。王国は魔族に対する戦力として騎士団や戦士団をもっていたものの、それとは別に勇者と呼ばれる人類の救世主も求めていた。……それだけ聞けば格好良いが、実際は単身敵地に乗り込んで敵の王を仕留めてくる命知らず――要はただの暗殺者を求めていたわけだ。


僅かばかりの名誉と成功報酬に釣られた命知らず達は、我先にと魔族領に乗り込んでいったまま――誰一人として帰ってこなかった。今の水準で判断するなら、彼等の腕前は勇者を自称するだけあって超一流だっただろう。しかしそんな彼等同様、当時の魔族達も超一流がゴロゴロしていたのが未帰還の理由だった。


自分達の確保した戦力で国を守り、敵の親玉を仕留めてくる使い捨てで戦争を終わらせる。よく考えなくとも他力本願で上手く行くはずの無い作戦だけど、当時の人々は他に取れる手段がなかった。長年にわたる戦いで多くの国が滅び、人の住める領域はどんどん減っていく最中だ。かき集められる戦力で自分達の生存権を守り抜こうと考えても不思議じゃない。


勇者は誰一人帰ってこず、次第にすり減っていく戦力や物資。明日は生きられるのか。明後日はどうなっているんだろう。そんな未来に希望の持てない状況で、現れたのが俺だった。王城に到着した俺は、さっそく勇者として名乗りを上げるべく、国王との謁見を望んだ。今の時代なら考えられないけど、当時は次から次と勇者候補が現れていたためか、兵士から国王に至るまでほぼ流れ作業のようになっていたんだろう。俺みたいな子供が謁見を求めたのに、咎める兵士も騎士もおらず、国王に至っては定型文のような声かけだけして謁見を終わらせたぐらいだ。


しかしその直後に行われた実力試験で、彼等の俺に対する評価は一変する。試験官である騎士や魔法使いを歯牙にもかけない強さを見せつけ、彼等を圧倒したからだ。その時、俺は別に彼等に強さを知ってもらおうと思って戦ったわけじゃない。単純に、実力によってもらえる支度金に差があったため、負けるわけにいかなかっただけだ。


最高ランクの支度金を手に入れた後、一人で魔族領に乗り込もうと思っていた俺だったけど、すぐに国王からストップがかかった。何かと思って再び謁見の間に戻ると、先ほどとは態度を真逆にした国王が、旅の共をつけると言い出したのだ。どうも自分で考えているより俺の強さは普通じゃなかったらしく、突如現れた異常な強さの子供に対して、彼等は賭けてみたくなったのかも知れない。


彼等が用意した旅の仲間は全部で三人。一人目は戦士団でも随一の腕前を誇る筋骨隆々の戦士バラデロ。豪快で奔放で、いつも大口を開けてガハハと笑う明るい奴だ。剣の腕は戦士団で一番なのに、遊び好きな性格が災いして一戦士として扱われていたそうだ。


次が神官であるリチウム。真面目が服を着て歩いているような奴で、自分に厳しく他人に優しい、絵に描いたような僧侶だった。彼も実力的には他の神官を大きく凌いでいたものの、一人でも多くの人を助けたいと言う信念で要職の就任を拒み、一神官として活動していたらしい。


そして最後に現れたのが魔法使いのソルシエール。彼女は別に宮廷魔法使いと言うわけじゃ無く、傭兵として国に雇われていただけだった。そろそろ契約期限が切れそうな時に、高額で俺の共をするように再契約しただけらしい。彼女も前の二人同様、魔法の腕は圧倒的。どうも俺の共に選ばれた奴等は、全員が変わり者ばかりだったようだ。


そんな彼等との旅は当初こそ多少ギクシャクしたものの、すぐに馴染むことができた。なにせ四人が四人とも一癖も二癖もあるくせ者揃いで、そんな人間の集まりだからか、妙に馬が合ったためだ。


王都を後にした俺達は人々を苦しめる魔族を倒すため、世界中のどこにでも足を伸ばした。心情的にはさっさと魔族領に乗り込みたかったけど、今までの失敗例から考えてそれは無謀。ある程度敵の戦力を削ってから本拠地に突入した方が良いと言うソルシエールの策に乗ったからだ。


旅の中では色々な人に出会った。俺達に縋り付く者も居れば、力のみを利用しようと媚びへつらう者も居たし、自分達の土地を守らせるために取り込もうとする有力者も現れた。腹の立ったことや悲しい出会いを数え切れないほど繰り返し、二年かけて俺達は大陸各地で力を誇る有力魔族を倒し続けた。そして満を持しての魔族領突入。力を削られた魔族は人間側の反抗を牽引する俺達勇者パーティーを倒すため、総力を結集して迎え撃ってきた。


血で血を洗う激戦が続いた。敵や味方の大魔法が地形を大幅に変え、いくつもの森が焼き尽くされ、川が干上がってしまった。俺達を後押しするために多くの人が犠牲になり、その度に負けられないと言う思いを強くしていった。


魔王との戦いは熾烈を極めた。魔族の王を名乗るだけあって力はまったくの互角。加護の力を抜きにすれば、俺より上回っていたかも知れない。しかし仲間の助けもあって、俺は傷つきながらも奴の体に聖剣を突き入れることに成功した。倒したのだ。最強の魔王を。王が倒れた事で生き残りの魔族は統率を失い、各地へ逃げていった。


余力があれば追いかけて殲滅したいところだったけど、こちらにそんな余力は無く、傷ついた体を引き摺りながら王国へと戻るしかなかった。


「……それが、あの戦争の顛末だ」


俺は再びコップを手に取り、喉を湿らせ一息ついた。

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