第76話 スラム街にて

城へと向かうルビアス達の背中を見送り、俺はフラリと街へ向けて歩き出した。すでに神官と間諜はそれぞれ二人一組になって街中へ分散しているし、他の仲間達も一人で動き始めている。神官の目的はあくまでも街を神聖魔法で包む事が主目的なので、仮に魔族を見つけたとしても、手を出さずに監視するような段取りになっている。戦うのはあくまでも俺達勇者パーティーのメンバーだ。


「派手に戦うのもいいが、たまにはこんな地味な仕事もいいもんだな」

「兄さん。あまりはしゃぎすぎないでよ」

「正体がバレたら意味ないんですからね」

「わかってるって。お前達も気をつけろよ」


冒険者風の格好に変装したバンディットは、そう言うと笑いながら人混みに姿を消した。彼の従者であるアヴェニスとイプシロンの二人は、旅芸人に変装して酒場を調べてくれるそうだ。


一番目を引くアネーロ達一行は、冒険者ギルドで魔族の目撃情報を聞いてみると言っていた。彼の姿を目にしたら一発で勇者だと理解出来るだろうから、ひょっとすると魔族の方から接触してくるかも知れない。彼もけっこうやるみたいだから、例え襲われても自分で何とか出来るだろう。


カリンはそのまま冒険者として街に入り、シエルは旅の学者に変装している。彼女が普段持ち歩いている大きな杖は目立つけど、魔法使いに限らず杖を持っている旅人は多いので、特に人目を引く事は無いはずだ。


そして俺はと言うと、いつも着ている外行きの神官服を脱ぎ、全身鎧に身を固めていた。出発前、街の装備屋を探し回ってちょうど良いサイズを見つけられたのは幸運だったろう。おかげで今の俺は、一目見ただけじゃ男か女かも判断出来ないような、厳つい外見になっている。一歩歩く度に多少ガチャガチャ音が鳴るのが気になるけど、鎧に身を包んだ人間は他にもいるので目立つ事は無いはずだ。それに、非常時は飛んでいくから問題ないしね。


街をぶらつきながら周囲を観察してみる。前線から離れている事に加えて、各地から人々が集まる王都という立地も相まって、街の様子から特に危機感や焦燥感と言ったものは感じ取れない。流石に街を巡回する騎士や兵士の数は他の国より多いみたいだけど、違いと言えばその程度だ。


「さてと……まずは何処に行こうかな?」


冒険者ギルドはアネーロ達が向かっているから行く必要はない。そこ以外で人が集まりそうな場所と言ったら、やっぱり宿屋や酒場、そして飲食店だろう。流石にこれだけ大きな街ならいくつも店があるだろうから、何か変わった話の一つや二つは聞けるかも知れない。他のメンバーと被ってもあれなので、俺は街の中心部から遠く離れた汚く安そうな店を探して進んでいった。先に進んでいく毎にだんだん人の流れが少なくなっていき、代わりにガラの悪い連中の姿が増えてきた。街路にはゴミが散乱して野良犬がウロつき、鼻が曲がりそうな臭いまで漂ってくる。街角には肌も露わにした服を身に纏っている、娼婦のような女性の姿もある。ここは俗に言うスラム街だった。


(流石に魔族がここまで潜伏してるって可能性は低いかな? でもせっかく来たんだし、一応調べておこう)


目についた一軒の宿屋の扉をくぐる。薄暗い店内の中には一つのカウンターといくつかテーブルが並んでいて、何人かの客らしい男の姿もある。男達は薄汚れた皮鎧や安っぽい剣やナイフを腰に差していて、明らかに堅気じゃない雰囲気を漂わせていた。そんな連中に注目される中カウンターに歩み寄ると、店主らしい男が面倒くさそうに顔を上げた。


「……なんだ? お前さんは」

「泊まりたい。空いてる部屋はあるか?」


声をなるべく低くすれば、ギリギリ少年として聞こえるはずだ。店主は俺の声に眉を片方上げて怪訝な顔をしけど、突っ込んで聞いてくる様子も無い。


「……ここは立派な装備を身に着けた戦士様が泊まるような宿じゃねえぜ。あんたなら大通りの宿がオススメだ」


最初から泊める気が無いのか、常連客以外泊めないのか、店主はこちらに料金を告げようともしなかった。いくら危ない地区にあるとは言え、まさか断られると思っていなかったから一瞬面食らってしまったので、一つ咳払いをして仕切り直す。


「その分ここは安いんだろ? あまり手持ちが無いから、泊めてくれると助かる」

「おいお前! 駄目だって言ってんのがわかんねえのか!?」


店主が口を開く前、突然後ろの男が怒鳴りながら立ち上がった。他の客も同様に立ち上がったから、たぶんこの男の連れなんだろう。男は大股で俺に近づくと息のかかる距離に顔を近づけ、俺の鎧を小突いてくる。


「親父は別の宿に泊まれって言ってるだろうが!」

「……そう言われてもな。ここは宿屋なんだろう?」

「ここに泊まって良いのは俺達の仲間か、俺達が認めた奴だけだんだよ。よそ者はさっさと出ていけ!」


俗に言うスラムの人間は排他的な奴が多いと聞くけど、流石にここまで酷い態度の奴も珍しい。ここまで頑なだと何か理由があるはず。そんな直感に従って、少し粘ってみる事にした。


「悪いけど、ここまで来てまた中心街に戻るのは面倒だから、ここに泊めさせてもらうよ」

「……口で言っても解らねえようだな。おい」


合図と共に、男の取り巻きが俺を取り囲むようにサッと動く。宿屋の店主もカウンターの下から棍棒を引っ張り出して構えているのを見て、俺は思わずため息を吐いていた。治安が悪いにも限度があるぞ。


「どう言うつもりかな? 暴力を振るうならこっちもやり返すけど、それでもいいの?」

「うるせえ!」


男達の剣が容赦なく振り下ろされた。普段なら攻撃を受ける間もなく相手を戦闘不能に追い込んでいるけど、今は話を聞きたいから、敢えてそれを受ける事にした。


ガツンッと言う鈍い音と共に、体中から衝撃が伝わってくる。男達の武器は俺の腕や背中に命中したけど、分厚い鎧に阻まれてほぼノーダメージだ。それも当然。普通の全身鎧ってだけでもかなりの防御力を誇るのに、今俺が着ているのは魔法の効果が付いた特別製。街のチンピラ程度が振るったナマクラ剣の攻撃なんか、蚊に刺された程度にも効かない。急所を狙っていないのは殺すつもりが無いから何だろうけど、流石に気分は良くない。


「な、なんだコイツ!?」

「効いてないのか!?」

「もう一回だ!」


倒れるどころかピンピンしてその場に立っている俺の様子にダメージが無いと焦ったのか、男達は再び武器を振り上げた――が、わざわざそんな行動を見過ごすほど俺も優しくない。まず正面から振り下ろされた剣を叩き折ったまま拳を振り抜き、リーダー格の男を殴り飛ばした後、唖然としている後ろの男達をそれぞれ拳の一撃で床に沈めた。


「あ……え……?」


一人残された店主の腕から棍棒をひょいと取り上げてそのまま握りつぶしてみせると、店主は腰を抜かして座り込んでしまった。


「泊まって良いのかな? それとももう少し暴れた方がいいか?」

「い、いや……暴れなくて良い。好きなだけ泊まってくれ」

「そうか。じゃあその前に――」


俺は未だにうめき声を上げている男達に手を触れると、その傷を一瞬で癒やしてやった。初めて体験する回復魔法に男達は揃って目を丸くする。


「もう痛くないだろ? それで店主、料金は一泊いくらなんだ?」

「あ、ああ……ええと、一泊銅貨二枚で――」

「ま、待ってくれ!」


店主の言葉を遮ったのは、たった今傷を癒やしたばかりの男だった。リーダー格のその男は地面に両手をつけながら俺を見つめ、手の平を返したように低姿勢になっている。


「……なに?」

「今のは悪かった。この通り謝る! だが、まずは言い訳をさせてくれないか? アンタの強さを見込んで頼みがあるんだ」


ひょっとすると男達が妙に好戦的だった理由が聞けるかも知れないな……。よし。そう言う事なら――


「何か事情があるみたいだな。話を聞こう。店主、何か飲み物を人数分頼む」


銀貨を一枚取り出してピンと指で弾くと、店主はアワアワしながらそれをしっかり受け止めた。そしてまだ座り込んだままの男達を立たせると、一つのテーブルを選んで腰掛けた。鎧の重量を受け止めた安物の椅子が悲鳴を上げる中、俺は被っていた鉄兜を脱いでテーブルに置いた。


「あ、アンタ……おんなだったのか!?」

「それに凄え美人だ……」

「て言うか、まだ子供? あ、いえ……失礼しました」


子供扱いする無礼な男を睨んで黙らせ、運ばれてきた飲み物を口に含んだ途端――吐き出しそうになる。


(不味い! 何これ! 毒!?)


ここで毒を盛ってくるのは流石に予想外だった。あの店主、怯えていたように見せていたのは芝居だったのか? 俺とした事が一本取られたな――と思ったのも束の間、俺は再び考えを改める事になる。何故なら、俺と同じものを口にした男達が、平気な顔をしてコップに注がれた中身の液体をあおっていたからだ。その姿に呆気にとられつつ、俺は不味い液体を何とか飲み干す。


「初めて飲むんだけど、これ……何?」


俺は余程酷い顔をしていたらしく、対面に座った男達はキョトンとした顔をしつつ、何が問題なのかも気がついていない様子だった。


「何って……ワインですよ。飲んだ事無いんですか?」

「ワインって……これが?」


コップに鼻を近づけて臭いを嗅いでみる。どう味わっても変な風味の生ぬるくて薄い水でしかない。ここの連中はこんなのがワインだと思い込んでるのか? だとしたら悲惨な食事環境だな。それ以上突っ込んでもお互いに幸せな事にはならなそうだったので、俺はひとまず男に話を促してみた。男はコップをテーブルに置くと、態度を改めて畏まる。


「まず、話を聞く気になってくれて感謝するぜ。俺の名はバッカス。この辺一帯の馬鹿共を纏めてるもんだ」


つまりチンピラの親玉ってところかな? その割には弱そうだけど……。たぶんこの男は、自分の強さより人を纏める能力が上回っているタイプなんだろう。


「アンタを見込んで力を貸して欲しいんだ。人質にとって俺達を脅す、卑怯者を倒す力を」


どこかで聞いた話とまったく同じ言葉を耳にして、俺は手に持ったコップを思わず取り落としてしまった。

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