第72話 相談

部屋に戻った俺は忍び込んだ痕跡を消すため、血のついた衣服を水で洗い流した後、サッサとベッドに潜り込んだ。俺が屋敷に侵入したせいか、街は兵士達が走り回って大変な騒ぎになっている。そんな彼等に対して若干罪悪感を抱いたものの、眠気には勝てなかったので本能に従って眠る事にした。翌朝、目が覚めた俺は窓を開けて外の様子を見てみると、通りには昨日より兵士の数が増えて、警備が厳重になっている。しかしもう侵入者である俺は逃げたと判断したのか、走り回っている兵士の姿はなかった。


「……とりあえず落ち着いてくれたみたいだな。よし、そろそろ皆も起きてるだろうし、下で飯でも食べるか」


階段を下りた先にある一階の食堂には、宿泊客が他にいないのか、それとも寝ているのかは定かじゃないけど、俺達以外に姿はなかった。俺に気がついて手を上げる彼女達に答えながら、俺も席を引いて同じテーブルに着いた。


「おはよ」

「おはようラピスちゃん」

「おはよう」

「おはようございます師匠」

「うい~す」


挨拶を交わして席に着くと、給仕の女性が注文を取りに来たので皆と同じものを注文する。先に食事を摂っていた彼女達は揃って寝不足気味のようで、朝食を咀嚼するのも普段より時間がかかっているみたいだ。


「なんか昨日物凄く五月蠅かったよね」

「目が覚めて外を見た時は兵士が走り回ってたわ。何かあったみたいね」

「魔族の残党が見つかりでもしたんだろうか?」

「何でも良いから静かにして欲しかったよ~。せっかくゆっくり寝られると思ってたのに」


まさか騒ぎの元凶が目の前にいるとは思わずに、彼女達は不満顔だ。その様子に申し訳なさを感じながら、俺はみんなに顔を寄せるよう手招きした。


「なに? ラピスちゃん、昨日の事何か知ってるの?」

「知ってるって言うか……昨日、王様のいる屋敷に忍び込んだのは俺なんだ」

「ぶはっ!」

「えぇ!?」

「し、師匠!?」


シエルが吐き出したものを素早く避け、驚くディエーリアやルビアスにむけて人差し指を口に当て、静かにするように伝える。シエルは慌ててテーブルを片付けつつ、他と同じようにテーブルに顔を寄せ、声を潜めた。


「ちょ、ちょっと、どう言う事なのよ?」

「それは今から説明するよ。俺が何の目的で屋敷に行き、何と出会ったのかを」


§ § §


国王様に事情を聞くつもりが魔族と遭遇し、奴等が誰かを人質にしている事が判明したと告げると、彼女達は一斉に難しい顔になった。まさか自分達が寝ている間に、そんな事態になっているなんて露程にも思わなかったんだろう――と思っていたら、どうも違う理由みたいだ。


「ラピスちゃん、やるならやるで私達に一言言ってくれれば良いのに」

「カリンの言うとおりよ。また悪い癖が出たわね。何かやる時は相談するって決めておいたでしょ?」

「師匠。師匠は我々に責を負わせたくないと思ったのかも知れませんが、それは思いやりではなく傲慢です。仲間一人に危険を押し付けて寝ているなんて、それでは我々の立場がないではありませんか」

「ラピスちゃん。私達にも出来る事はあるんだよ? 一人で先走っちゃ駄目だってば」

「……ごめんなさい」


怒られてしまった。自分の力を過信してすぐに先走るのは俺の悪い癖だな。前にも同じ事で怒られたのに、すぐ忘れて繰り返してしまう。いい加減改めないと、いずれ愛想を尽かされそうだな。気をつけよう。


「まあ、師匠は次から気をつけてくださいという事で。とりあえず今は、魔族とその目的について話しましょう。師匠はその女魔族と交わした会話をよく思い出してください。何か手がかりになるような事を言っていませんでしたか?」


ルビアスにそう訪ねられて、俺は改めて昨夜の事を思い出してみた。屋敷に侵入して奇襲を受けた後、奴と何を話したのか。


「そう言えば……あいつは人手不足だって言ってたな。だから自分は王様の側を離れられないって。て事は……敵の数はそれ程多くないって事か?」

「そうね。それは結構貴重な情報かも知れないわ。最重要人物である王様の近くに一人だけなら、王都に潜伏している敵も多くないと思う。もっとも、別の可能性もあるけどね」

「別の可能性?」


俺が訪ねると、シエルは静かに頷いた。


「ハッタリかも知れないって事。人質自体がハッタリで、その魔族が王様の側にいるのは、いざって時に暗殺するためとは考えられない? 聞けばその女、自分の主をアプリリア様って言ったのよね? それが五人いる魔王の一人なんでしょうけど、その辺りにヒントがあるように思うのよ」


複数の魔王に俺達勇者パーティーの存在。人間に攻撃を仕掛ける魔王と、裏から人間を操ろうとする魔王。両者の違いは何だ? そもそもなぜあの女は勇者パーティーをおびき寄せると言ったのか。王様に俺達を呼び出させておいて、何をさせたかったんだろうか? 俺達が邪魔になったから投獄するか武力で排除したかった? 馬鹿げてるな。他国の人間――それも勇者を投獄なんかすればあっという間に大問題になるし、最悪戦争が始まってしまう。それに自分で言うのもなんだけど、今回の活躍で俺は力を見せつけたつもりだ。だから王様も俺達の戦闘能力は十分理解しているはず。ただでさえ人手不足の現状なのに、多くの犠牲者を出して、出来るかどうかも定かじゃない俺達の排除なんてするはずがない。て事は、残る可能性として……


「私達を使って、他の魔王を排除したかった?」

「それだ」

「うむ。それが一番可能性が高い」


いまいち話について来られていないカリンはともかく、他の四人の出した結論は一致していた。正解しているとは言い切れないけど、現状だとこれ以上シックリくる答えが見つからないので、ひとまずこれが答えと結論づけておこう。


「じゃあ次。王様に対する人質ってのは誰の事だと思う? やっぱり身内かな?」

「人質にするなら身内が一番自然だと思うよ。だって、誰だって家族が一番大事でしょ?」


挙手したカリンの言葉に頷きながら、ルビアスが補足していく。


「私が知る限り、ストローム王国の王家は全部で七人いるはずです。まず初めに国王陛下。そして王妃と次期国王である王子とその妻。そして三人の娘達」


娘の存在が明らかになった途端、俺やシエルの眉がピクリと動いた。王子の子供って事は、つまり国王様の孫だ。この街を奪還する時、住民が盾にされたら犠牲覚悟でも攻撃するのを決めていた国王様が躊躇するぐらいだ。孫ならそれに当てはまるのかな?


「ルビアス。ちなみに孫娘の歳はわかるか?」

「正確な歳は流石に難しいですが、確か……一番上でも十歳を超えていなかったはずです」

「なるほど。正に目に入れても痛くない年頃ってわけだ」


次期国王とその孫娘達が、現状では一番人質になる可能性が高いな。


「でもさ、他にも人質がいたらどうするの? 助けるにしたって、私達だけじゃ手が足りないと思うんだけど」

「そうだな……」


フレアさんの使っていた神聖魔法のようなものを俺達でも使えるなら話は簡単なんだけど、無いものは仕方がない。別の解決方法を考えないと。


「神殿に協力を求められないか? 一つの宗派だけじゃなく、複数の宗派の力を使って街中に破邪魔法を使うんだ」

「彼等にそこまで力があるでしょうか? 一般的な僧侶の力はよく把握していませんが、話に聞いたリッチとの戦いでは、彼等の使った大がかりな魔法が弾かれていたようですが……」

「うん。だから各国にある神殿に対して、力のある僧侶を送ってもらうんだよ。この国の現状を説明して、活躍次第じゃ国教に出来るかも……とかね」


俺がそう言うと皆は頬を引きつらせた。


「ラピスちゃん……王様の許可も取ってないのにそんな事言っちゃったら……」

「完全に嘘ってわけでもないでしょ。流石に国教とするのは無理でも、あの王様なら神殿の一つや二つは建ててくれると思うけど」

「私は賛成かな。だって神殿は世界がこんな状況なのに、あまり動こうとしてないし。お金儲けに忙しいんでしょ?」


ディエーリアの意見は多少偏見に満ちているものの、概ね間違いは無い。


「では、早速私の伝手を使って明日にでも文を出しましょう。それと……出来れば各国の勇者にも協力を求めませんか? 戻る途中のフレア殿ならともかく、他の勇者なら協力してくれるかも知れません」

「そうだな……あまり期待は出来ないけど、一応誘って貰えるか?」

「了解です」


よし、とりあえず人質を解放するのと、魔族を発見する手段が整いつつあるな。頑張らないと。


§ § §


――デュトロ視点


「国王陛下。一体いつになったら勇者パーティーを誘導してくれるのかしら?」


深夜ワシの部屋に訪れたメイドは、そう言ってヘラヘラと嗤って見せた。昨日の夜襲撃があったと聞き、なぜか犯人を追いかけていったコイツが戻ってきてから、終始機嫌が悪い。おおかた敵に逃げられたか良いようにあしらわれたか、そのどちらかだろう。非常に腹の立つ態度ではあるが、人質を取られている以上、下手な態度は取れない。ワシは出来る限り平静を装うとする。


「……わかっている。前回はワシの覚悟が足りなかったからああ言った形になっただけだ。次は上手くやってみせる」

「本当かしら? また失敗するんじゃないの? まぁ、どっちみち失敗したら人質の無事は保証出来ないけどね」

「くっ……」


可愛い孫娘と無関係な子供達。そのどちらもワシにとって掛け替えのない宝。あの子達さえ無事でいられるなら、ワシは何でもやってみせよう。胸の奥に黒い炎が灯るのを自覚しながらねワシは密かに決意を固めた。

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