第62話 居合わせたフレア

――フレア視点


私がストローム王国を訪ねていたのは偶然でした。勇者としての活動は勿論ですが、私には別の役割――神官としての責務もあるので、勇者としての仕事を兼ねて、ストローム王国へお邪魔する事になったのです。数ある国の中で特に目立った産業もなく、勇者も輩出していない国ストローム。かの国では様々な神が信仰されていますが、他国と比べてリュミエル神の神殿が少ないため、ストロームの国王様に神殿を増やして貰えるように、お願いしに来たのです。


リュミエールとストローム王国の関係は平穏そのもの。密接な商取引をするほど懇意にもしていませんが、関係悪化しているわけでもなく、いたって普通の関係でした。お互い大して意識していないとでも言うんでしょうか? ストローム王国側はどう思っているか解りませんが、リュミエールはそんな風にかの国を扱っています。しかし、布教となったら話は別です。普段と違って笑顔を振りまきながら、ストローム王国の人々にリュミエル神の威光を広めなければなりません。


「フレア殿。我が国の料理はお口に合いましたかな?」

「はい陛下。過度な味付けをせず、素材を生かした見事な料理の数々、大変美味しくいただいております」

「そうかそうか。それは何より」


私達を出迎えてくれたストローム王国の国王陛下は、とても人の良さそうな方でした。今年で七十歳になる国王様は年の割にはしっかりした方で、常に笑顔を浮かべている――正に好好爺と言う表現がピッタリな、気持ちの良い人物でした。ストローム王国内にいくつか神殿を建てる代わりに、リュミエールは現在取り引きしている数種類ある輸入品の数を増やす。お互いに利のある約定は問題なく取り交わされ、後は本国に報告しに戻るだけだったのですが、私達が帰りかけたその時、事態は急変しました。城門まで見送りに来てくださった国王様に帰りの挨拶をして帰ろうとしていた最中、全身が激しく傷ついた騎馬に乗った数名の騎士が、転がるように私達の前に現れたのです。


「申し上げます! 魔境から大挙して魔物の軍勢が来襲!」

「な!?」

「なんですって!?」


魔物の軍勢!? こちらから攻め込むつもりだったのに、まさか逆に侵攻してくるなんて……。私達人間側の認識が甘かったと言う事でしょうか?


「現在辺境伯の軍が応戦していますが、多勢に無勢で時間を稼ぐのが精一杯で、至急援軍を請うとの事です!」

「むむむ……フレア殿。すまぬがそういう事態なんでな。ここで失礼させていただく」

「お待ちください!」


急いで城の中に引き返そうとした国王様に、私は慌てて声をかけました。かなり焦っておられるのか、国王様の顔には先ほどまでの笑顔など微塵もなく、眉間に深い皺が刻まれています。


「どれだけ力になれるか解りませんが、私達もお手伝い致します。これでも勇者を名乗る身。魔物の軍勢が攻め寄せてきたというのに、見て見ぬ振りは出来ません」

「フレア殿……。すまぬ。ならば遠慮なくその力を貸していただこう。――全軍に出撃準備をさせよ! 魔物共を我が国から一匹残らず叩き出すぞ!」

『ははー!』


駆け出す騎士達。彼等の多くは国内に散っている兵力を集めるための伝令や、城に滞在する兵士達に武装させるつもりなのでしょう。同時に王都の守りを固め、周辺の町や村の住民を避難させるはずです。本当なら彼等の準備が整うのを待つ事もなく飛び出したい所ですけど、私達のパーティーには大規模な攻撃魔法を使えるメンバーがいません。少数の相手ならともかく、どうしても大軍相手には決め手に欠けます。いま私達が出来る事は、ストローム王国の軍と共に出撃し、敵の大将を仕留めるぐらいでしょう。


§ § §


「出撃!」


国王様の号令により、集められた軍が行軍を始めました。城内に滞在していた軍の出撃準備が整ったのはその日の夜の事。大軍が半日程度の準備で出撃するなんて無謀に思えましたが、国王様は数を揃えるより速さを優先されたようです。まず直接戦闘を行う部隊を先に行かせ、各地の軍と合流しながら進んでいく彼等を、食糧や水、矢やポーションと言った補給物資を乗せた輜重隊が後を追う形になるそうです。当然私は国王様と共に先遣隊に同行しています。急に招集された軍隊としては素早い動きなんでしょうけど、やはり個人に比べると動きは遅く、現地に到着するまで何日もかかるようでした。


「ご報告申し上げます! 辺境伯の軍は壊滅し、魔物共は周囲の町や村を襲い始めている模様です!」

「ゲンツ侯爵の軍が足止めを開始しました!」

「ボルドール王国から援軍が派遣されたとの事です!」

「リュミエール神聖騎士団が救援のために出撃したと連絡が入りました!」


進むにつれて次々と飛び込んでくる情報。大国のボルドール王国や私の母国から援軍が派遣されたのは兵士達を大いに元気づけましたが、やはりその大半が悪い報告ばかりでは、流石の国王様も厳しい顔のままでした。魔族軍――魔族に率いられた魔物の軍なのでこう呼びます――はストローム王国に雪崩れ込んだ途端、手当たり次第に近隣の町や村を襲っているようです。殺し、奪い、犯す。彼等を止めるべく立ち上がった兵士や貴族は力尽きて倒れ、この軍が到着するまで野放し状態になっています。一刻も早く魔族軍と接触したいところですが、各地の軍を糾合しながら進んでいるため、行軍速度は当初の予定より遅れていました。


「奴等と接触するまで、あと一日はかかるか……」


野営している地の天幕の中で、国王様は腕を組んだまま唸ります。現在ストローム王国軍の戦力は、城を出立した時の倍程度――約一万に膨れ上がっていますが、集められた情報を分析した結果、敵数も同じぐらいと予想されています。もっとも、敵は大半がゴブリンなどの低級な魔物なので、軍の質はこちら側が大きく上回っているようですが。


「敵の様子はどうだ?」

「斥候からの情報に寄りますと、現在は足を止めているようです。ベルジュの街を墜とし、そのまま駐留していると」

「その間住民達がどんな目に合わされているか……」

「奴等の動きが速すぎて、ろくに避難させる暇もなかったからな」


悔しげに呟く将兵の皆さん。恐らく正面からの――軍と軍との戦いになれば、こちら側が勝つ見込みは大きいでしょう。しかし敵が人質を取った場合はどうなるか未知数です。無抵抗の住民を前に並べて肉の壁にでもされたら、こちらも手が出せません。その可能性は国王様や将兵の皆さんも考えているはずなのに、敢えて口には出していません。


「……敵が住民を盾にした場合、構わず攻撃せよ」

「!」

「陛下!?」


驚いた将兵の皆さんが国王様に注目しました。発言した国王様は普段見せる優しい表情をどこかに忘れたかのように厳しい顔のまま、同じ言葉を繰り返しました。


「攻撃するのだ。我等が手を出さなかったとしても、人質が無事に解放されるはずがない。ならば兵の命を守るためにも、住民達は見捨てなければならない」

『…………』


国王様の言葉は事実です。敵は人の命など何とも思っていないような外道の集団。ここで私達が戦いを回避したとしても、嬲られるか魔物の餌にされるかした後、無残に殺されるだけでしょう。しかし――と、私は思います。


本音を言えばすぐにでも飛び出して彼等を救出したい。軍を率いる将を叩きさえすれば、魔物が大半を占める魔族軍に統率の取れた行動など出来るはずが無いからです。私達だけなら、ある程度挑発して敵将をおびき出す程度は出来ると思います。でも、それだと決め手に欠けるのです。せめてもう一手、私達を援護出来る方が同行してくれれば別なのですが……。しかし仮にも私は勇者。ここは危険を承知で飛び込むべきでしょう。上手くいけば混乱に乗じて住民の人達が逃げられるかも知れません。そう思って私が進言しようとしたその時、急に外が騒がしくなりました。


「何事だ!」

「敵襲か!?」

「陛下をお守りせよ!」


近衛の騎士が国王様の周囲を固め、天幕の中に居た将兵が飛び出していきました。私も慌てて外に出ると、驚くべき事に、そこには見慣れた人物が立っていたのです。


「ら、ラピスさん!?」

「フレアさん!? どうしてここに……」


私が彼女を見て驚いたように、彼女の方も私に驚いていました。当然です。ここはリュミエールでもボルドール王国でもなく、遠く離れたストローム王国なのですから。レブル帝国の晩餐会で出会った彼女がなぜここに!? まさか、ルビアス様達ボルドール王国の勇者パーティーが救援に駆けつけてくれたのでしょうか? 私の知己だと解ったからか、彼女を取り囲んで武器を構えていた兵士の皆さんは、戸惑いながらも武器を下ろしました。


「フレア殿。お知り合いのようだが、彼女は何者かな?」


天幕の中から出てきた国王様に、私は戸惑いながらも答えます。


「彼女は……ボルドール王国が誇る勇者パーティー、そのメンバーの一人です。名はラピス。リッチを単独で撃破し、優秀な生徒を多数輩出する、優れた教官でもあります」


ザワリと一瞬騒がしくなったものの、すぐ国王様の御前という事を思い出したのか、皆さんは静かになりました。彼女の有名はボルドール国内だけに留まらず、今や各国で知られるようになっています。もちろん我が母国リュミエールでも、このストローム王国でも。


「其方が噂に名高いラピス殿か」

「はい。お初にお目にかかります陛下。ラピスと申します」


袖の短い神官服に身を包んだ彼女は、そう言って陛下の前に頭を垂れました。彼女の金髪がサラリと流れその美しい横顔にかかる姿は、まるで芸術品のようです。同性の私ですら一瞬息をのむほど魅力的ですから、国王様や将兵の皆さんは、思わず心を奪われそうになった事でしょう。


「ゴホン……。ラピス殿がここに現れたと言う事は、ボルドール王国の勇者パーティーが援軍に駆けつけてくれたと解釈しても良いのだろうか?」

「残念ながら陛下、ここに現れたのは私だけです。勇者ルビアスと他のメンバーは現在王都に出向いておりますので。彼女達を待っていると間に合いそうもありませんから、とりあえず私だけが先行してやってまいりました」


現れたのが一人だけだとわかると、皆さんの顔が一瞬だけ曇りました。しかし私達リュミエールの勇者パーティーは別です。皆さんと違って、私達は直接彼女が戦う様をこの目で見ていますから。彼女が来てくれただけでどれだけ心強いか。援軍としてはこれ以上望めない存在でしょう。


「陛下、ご安心ください。彼女の戦闘力は私だけでなく、各国の勇者を大きく上回ります。それこそ一人で万軍に値する戦力なのです。彼女が力を貸してくれるなら、この戦いは間違いなく勝てます。そして上手くすると、人質を救出する事も可能かも知れません」

「なんと!? それは真か!?」


驚きつつも皆さんはラピスさんに注目しました。二人と居ない美しい容姿の少女にそれだけの戦闘力があるなど、話に聞いただけでは信じられないのも無理はありません。しかしラピスさんは周囲の人々を安心させるように微笑みます。


「私がどれ程度力になれるか解りませんが、皆さんの協力があれば、多くの人々を助ける事が出来るはずです。早速で申し訳ないのですが、人質救出と敵将の討伐、これを同時に進める作戦を練りたいと思います。如何でしょうか?」

「もちろんだ。犠牲になる民が一人でも減るなら、我々はどんな方法でも協力しよう。して、具体的にはどうするのだ?」


思わぬ形で現れた最高の援軍。ラピスさんと私達の作戦会議は、深夜まで及びました。そして翌日、人質を救出する作戦が開始されたのです。

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