第60話 次兄マグナ
――ルビアス視点
王都での用事も済んだ事だし、さっさとスーフォアの街へ戻ろうと思っていた矢先、城を出ようとした私達に待ったがかかった。正確には私に――ではなく、パーティーメンバーのシエルとカリンに対してだったが。
「貴女方に暴行を受けたという貴族から告訴状が提出されています。嫌疑が晴れるまで、王城に留まっていただきたいと……」
「はあ!?」
「暴行って何よ!」
突然謂われも無い嫌疑を掛けられて、二人は当然激高した。最近勇者パーティーのメンバーとして名を上げてきている上に、ドラゴンスレイヤーの称号を持つ二人に詰め寄られた文官は、声も出せずに怯えきってしまっている。私も怒りを覚えたが、なんとなく誰の手引きか予想出来てしまい、二人よりは冷静でいられた。興奮する二人が文官に掴みかからんばかりの勢いだったので慌てて割って入り、なんとか引き離す事に成功する。
「落ち着いてくれ二人とも。たぶんこれは兄の差し金だ。くだらない、ただの嫌がらせなんだ。きっと直接害する度胸もないから、せめて我々の活動を制限してやろうという魂胆なんだろう」
正々堂々と言う言葉からはほど遠いあの兄の事だ、昨日私にコケにされた仕返しに、寝ずに考えた結果がこれなんだろう。本当につまらない男だとため息が出る。
「嫌がらせと解っていても、無視して帰るとやましい事があるから逃げたと判断され、逃亡犯扱いになってしまう。業腹だろうがここは堪えてくれ。その間私も動いて、出来る限りの事はさせて貰う」
「まぁ、ルビアスがそう言うなら……」
「仕方ないわね。流石に犯罪者扱いはご免だし。良いわ。この際休暇が出来たと思って、ゆっくりと休ませて貰うから」
「すまない」
私のせいで悪くもないのに犯罪者扱いをされた二人に頭を下げ、私はどう事態を打開するか素早く頭を巡らせた。
§ § §
二人に嫌疑が掛けられてから、私は積極的に動き始めた。彼女達の身の潔白を証明するため、使える限りの伝手を使って裁判の開始を急いだ。以前ソルシエール様からもたらされた情報の真偽を確かめるため、師匠が使う事になった真実の剣。あれを使いさえすれば、二人が無実なのは簡単に証明出来るからだ。しかし――
「剣が使えないとはどう言う事だ!?」
「それがその……他の街で重要な裁判が重なっているために、現在は持ち出されたようなのです……」
「馬鹿な! あれは国家の宝だぞ! おいそれと持ち出せるような代物ではないはずだ!」
軽犯罪ならいざ知らず、殺人などの重い罪では、あの剣がないと裁判が出来ないと言っても良い。国全体で数本しかない内の一本……それも王都にある裁判所から持ち出すなんて、王都の司法制度が機能しなくなる異常事態だ。あの馬鹿兄は私に嫌がらせをすると言うだけの目的で、こんな事をしでかしたのか? いくら何でもそうは思いたくないんだが……。
「……念のために聞いておくが、持ち出しを命じたのは誰だ?」
「……スティード殿下です」
膝から力が抜けそうになった。以前から権力にしか目が行かない残念な男だと思っていたが、ここまで馬鹿とは思わなかった。一日裁判が止まるだけで、どれだけの被害が出るか想像も出来ないのだろうか? 無実の人間なら無駄に拘留される事になるし、犯罪者ならさっさと牢に入れるなり労働をさせるなりして、罰を与えなければならない。そもそも王都の人口は他の街と比べて桁外れに多いのだ。一日に捕らえられる犯罪者だけでもどれだけ居るか……一日でも裁判所が機能しなくなれば、そんな人間を拘留する施設も経費も必要になってくると言うのに。その程度も解らない人間が次期国王候補の最有力とは……。
――駄目だなこれは。今までは国王が無能であろうと、周囲の家臣が優秀なら国政は回ると思っていた。しかしスティード兄上が国王になるなら、当然その取り巻き達も要職に就くはず。国政を司る人間が悉く無能だった場合、下の者がいくら頑張っても無駄だ。あんな人間に国王の座を任せるわけにはいかない。かと言って私が目指したところでついてくる人間など居ないだろうし……。やはり、ここは別の人間に矢面に立って貰うしかないな。決心した私は、城の中のある部屋を目指して歩き始めた。ゆっくりだった歩みが、焦りのためか自然と早足になってしまう。
「ルビアス殿下?」
部屋の前に辿り着いた時、普段立ち寄る事のない私を見た騎士の二人が、どうしたものかと顔を見合わせる。心情的にはそのまま中に踏み込みたい気分だったが、そんな事を出来るはずもないので、深呼吸して心を落ち着かせた。
「兄上に取り次いでくれ」
「……承知しました。お待ちください」
私が訪ねたのは二番目の兄――王位継承権第二位にあるマグナ兄上の部屋だ。普段何かと張り合っているスティード兄上とマグナ兄上。正直どちらも好きではないが、この場合一番私の力になってくれそうなのはマグナ兄上以外考えられない。真実の剣を持ち出すなどと言う前代未聞の行為は、政敵を攻撃するのに絶好の攻撃材料になるはずだからだ。父上は……駄目だ。あの人はなんだかんだと言いながら子供に甘い。きっと私が訴えたところで、対して力になってくれないだろう。
「お会いになるそうです。どうぞ中へ」
「失礼する」
初めて入る兄の部屋は、貴族としては慎ましやかに感じられた。調度品の類いはあるものの数は多くないし、棚に飾られた酒瓶は種類こそ豊富だが、少しも減っている様子がない。恐らく贈答品か来客を持てなすためだけに置いてあるのだろう。部屋の隅にはメイドが二人と、事務机の近くに護衛の騎士が二人。その机の上には整然と纏められた資料の山があった。こんな所からもマグナ兄上の性格がうかがい知れる。いい加減なスティード兄上とはまるで真逆な、細かい部分でも見過ごさない神経質さを持つマグナ兄上。王としての器量が足りているとは言い難いが、それでも権力を欲しいままに操ろうとするスティード兄上よりはマシだと思える。
「ルビアスか。珍しいな。お前が私の部屋を訪ねるなんて」
「しばらくぶりです兄上」
「別に世間話をしに来たわけでもないのだろう? 話を聞こうじゃないか」
言われるがままに席に着くと、マグナ兄上が腕をサッと振る。すると護衛の騎士やメイドが一礼し、静かに部屋を退室していった。普通の会談なら護衛が離れる事など絶対ないのだが、兄妹で、しかも一対一で話す時には不要と判断したのだろう。
「で、何だ?」
「単刀直入に言います。兄上、私に力を貸していただきたい。その代わり、私は今後玉座を目指す兄上の支援を約束しましょう」
「それはまた……随分と思い切った発言だな」
苦笑気味に笑った兄上だが、目は少しも笑っていない。少しの嘘も見逃さないとばかりに鋭さを増している。確かに私の言った事は冗談で済むレベルではない。今の所父上はハッキリと口に出してはいないが、次の王は第一王子であるスティード兄上が継ぐだろうと大半の者が思っているはずだ。マグナ兄上も表だってそれに反対出来ないから、裏で色々と手を回しているはずなのだ。そこに第三王女とは言え、一人の王位継承者が支援するとなったら、情勢が大きく動く可能性がある。
「…………」
私の真意を測りかねているのか、マグナ兄上の目は依然として厳しいままだ。しかしいくら睨まれようと、私には裏がないので動揺もない。私の目的は単純明快。スティード兄上から我々勇者パーティーへの干渉を止めさせる事――ただそれだけだ。黙して語ろうとしないマグナ兄上と、自分の部屋のように寛ぐ私。どちらが部屋の主か解らぬような状況に、先に折れたのは私だった。
「事情をお話しします。それで納得出来るかどうかは、兄上自身で決めていただければ良いかと」
「……言ってみろ」
「はい。まず、事の発端は――」
スティード兄上から行われた嫌がらせのような妨害行為。そして今後考えられる不測の事態を事前に予測し、スティード兄上と唯一対抗出来るマグナ兄上の力を借りたいと言う話に、マグナ兄上は腕を組んで考え込んでしまった。
「……お前の事情は理解した。確かにお前の話が事実なら、今後あの男は、あらゆる手段を用いてくだらない妨害行為を継続してくるはずだ」
「やはり兄上もそう思いますか」
「当たり前だろう? 兄弟の中で、奴と一番付き合いが長いのは私なんだぞ? 生まれの遅いお前は知らんだろうが、子供の頃から何度嫌な目に遭ってきたか……」
嫌な過去を思い出しでもしたのか、マグナ兄上の表情が曇る。
「ならば――」
私の話を手で制しながら、マグナ兄上が続ける。
「だからと言ってだ。ハイそうですかとお前の話を鵜呑みにするほど私も単純ではない。お前が実はあの男のスパイであり、味方をするフリをして貶めようとしている可能性もあるからな」
まあ、そう思うのも無理はないので、特に怒りは湧いてこない。ただ神経質だなと思うだけだ。
「信用出来ない……と。ではこの話、なかった事にしますか?」
「まあそう慌てるな。俺がお前を信用していないのは、それなりに理由がある。俺のような人間からすればな、お前達のように特に見返りも求めず、ただ平和のために命をかけて戦う連中と言うのがどうにも理解出来ないのだ。あまりにも自分と違いすぎてな」
そう言って、マグナ兄上は苦笑と共に髪をかき上げた。なるほど、そう言う事か。彼からすれば、お互いに利益を求めてこそ、信用出来る協力関係になるわけだ。となれば話は早い。私が彼の望むように、自らの欲求を口にすれば良いだけなのだから。
「ではこうしましょう。兄上は今後、我々に対するスティード兄上からの妨害を阻止する。その代わり、私は勇者としての名声を持って兄上を支持し、王位に就けるように協力する」
マグナ兄上の表情は変わらない。ここまではさっきまでと同じだからだ。しかし違うのはここから。
「そして兄上が王位に就いた暁には、私にそれなりの領地を与える事を約束し、その後一切互いに干渉しない――と言うところで如何ですか?」
「ふむ……それで良い。何も望まないと言っている人間より、遙かに信用出来るようになったぞ。ついでに王位継承権の放棄も加えて貰おうか。仮にお前が魔王を討伐し、真の勇者として名声を高めた場合、王位継承権があると驚異になるからな」
「……わかりました。どのみち私は玉座に興味がありませんから。ただし、もし武力を持って私達の誰かを害そうとした場合、直接兄上の首を取りに来ますのでご注意ください」
「ふん……心しよう。お前達だけでも厄介なのに、お前の師匠まで敵に回れば、どんな護衛がいても無駄だろうしな。俺としてもせっかく掴んだ玉座を早々に手放す愚は犯さんさ」
鼻を鳴らしながら、面白く無さそうに言うマグナ兄上。やはり兄上でも師匠は怖いか――と、僅かに笑みがこぼれる。父上を含む、名だたる貴族を集めて行われた模擬戦。そこで見せつけられた師匠の圧倒的戦闘力。あれを見た後、敵対しようと考えるのは愚か者以外の何者でもない。もっとも、その愚か者が身内に一人いるのだが……。
「これで、私と兄上は協力者となった――そう思ってよろしいのですね?」
話は終わったとばかりに、私はさっさと席を立つ。思わぬ味方を得た事で、マグナ兄上は少し機嫌が良さそうだ。
「ああ。今後私の力が及ぶ範囲でなら、お前の力になると約束しよう。ただし、お前も私が望む時に協力して貰うぞ」
「もちろんです。では早速ですが、我がパーティーメンバーに掛けられた嫌疑、これをどうにかしてください。このままでは身動きが取れません」
「解っている。それならすぐに何とかなるだろう。まったく……真実の剣を持ち出すとはな。馬鹿な事をしてくれたものだ――おい!」
兄上の言葉に反応して、さっき退出した護衛とメイド達が再び部屋に入ってきた。これから彼等に何らかの指示を出して、スティード兄上達から行われている妨害活動を止めさせるつもりなのだろう。政争など私の専門外。後ろ暗い戦いはマグナ兄上に任せておいて、私達は本来の敵へ目を向けるとしよう。
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