第47話 トカゲの巣
――カリン視点
魔境には先日行ったばかりだったから、今更道を間違うことも無くなっている。買って間もない地図には、水辺や食料の取れる場所や休憩が出来そうなポイントが事細かに書かれているからだ。私達三人は街道を快調に進み、一週間と少しで目的の村に到着していた。
「ようこそ来てくださいました、冒険者の方々。私がこの村の村長を勤めるコミネと申します」
出迎えてくれた村長さんはそう名乗り、深々と頭を下げて見せた。その顔には隠しきれない疲労が見える。いつ魔物に襲われるか気が気じゃ無かったんだと思う。ボルドール王国はとても広くて大きい国だけあって、何かあった場合は助けに行くのに時間がかかる事が多いから、領主様に助けを求めても冒険者ほど気軽に動けないはず。だから私達が来るまで生きた心地がしなかったんだと思う。
「まずは詳しい状況を知りたいので、どこか落ち着けるところに案内していただけませんか?」
「これは失礼しました。では私の家にいらしてください。何せこんな辺境の村ですから、宿屋もないのです」
シエルの言葉にコミネさんは私達に背を向けて歩き出した。参ったな……宿屋も無いんだ。野宿ばかりで疲れてたから、今日ぐらい宿でゆっくりしたかったんだけど。無い物ねだりしてもしょうがないか。私はサッと気持ちを切り替えてコミネさんを追ったけど、一人だけ足の止まった人が居たので振り返った。するとそこには、案の定と言うか疲れた顔をしたまま突っ立っているディエーリアの姿があった。
「ディエーリア、何してるの? 行くよ」
「お風呂……入りたかった……」
気持ちはわかるけどね。森の妖精エルフ族であるディエーリアは、普段から身だしなみをとても気にする女の子だ。ラピスちゃんとは違ったタイプの美人だし、男の人にもとてもモテている。実際にギルドや街中で何度も声をかけられているのを見ているしね。そんな彼女はたとえ冒険をしている時でも、余裕があれば必ずと言っていいほど水浴びをしたがるぐらいお風呂が好きだ。濡れた布で体を拭くだけに慣れている私やシエルにすれば、そこまでしなくても良いんじゃないかなと思ってしまう時もある。
「おお、これは気がつきませんで。風呂なら私の家にありますので、とりあえず今日の所は皆さん我が家でおくつろぎください。討伐に出向くのは明日からと言う事で」
「……すいません。気をつかわせちゃって」
「いえいえ。お気になさらず」
お風呂があると聞いた途端ディエーリアが元気になった。その現金な様子に私もシエルもコミネさんも苦笑してしまう。
村長さんを務めているだけあって、コミネさんの家は周囲の家より一回りぐらい大きかった。中の部屋数も合計三部屋あり、コミネさんの私室とダイニングルームを除いても、私達が寝泊まりできる部屋が残っていた。とりあえず装備を外して楽になった後、コミネさんの待つダイニングルームに向かうと、そこには入れたばかりのお茶が三つ用意されていた。
「どうぞみなさん。楽にしてください」
「ありがとうございます」
「感謝します」
「ありがとう」
ちょうど喉も渇いていたので遠慮無くお茶を口にする。熱すぎず温すぎない適度な温度に保たれたお茶は飲みやすく、疲れた体の隅々にまで水分を届けてくれた。思わず一気飲みして三人ともが盛大に深い息を吐くと、コミネさんは笑顔を浮かべながらおかわりを入れてくれた。
「さて、では早速ですが、依頼の件をお話しさせていただいても構いませんか?」
「もちろんです。お願いします」
「では、最初の目撃からですが――」
コミネさんの話は依頼書の内容と大きな違いは無かった。確認の意味も込めて黙って話を聞いていき、依頼書の内容と差異が無いか確かめていく。討伐対象、数、目撃場所、報酬、そのどれもに間違いはない。たまに話が違ってたり、報酬が少なかったりで揉める場合があるけど、今回はちゃんと依頼書通りだったみいだ。
「森の奥に岩場があるんですが、奴等はそこを根城にしているようです。昔、一時的に採掘場所にもなっていたので、小さな坑道がいくつかあるんですよ」
「それは……厄介ですね」
広い場所ならともかく、坑道のような狭い直線でファイアリザードと戦いたくない。剣を振り回しにくいと言うのもあるけど、ブレスを避ける場所が無いから、戦う場所次第で依頼の難易度がグッと上がってしまう。
「坑道だったと言う事は、出入り口は複数あるのかしら?」
「いえ、出入り口は多いですが、全て森に面した位置に繋がっています。中で繋がっているので、一つの大きな洞窟と言えなくもないです」
「なるほど。それなら、わざわざ穴の奥まで行く必要はなさそうね」
パーティーの知恵袋、シエルが何か思いついたみたいに薄く笑った。こういう時の彼女は頼りになる。あまり頭を使うのが得意じゃ無い私と違って、良い作戦を考えてくれるからだ。
「シエル?」
「坑道が中で繋がっているなら、今の所二つの案があるわ。まず一つは、穴に火を放って出入り口を塞いでしまう方法。これなら中の空気が無くなって、連中は勝手に窒息死してくれる可能性があるの。でも自分達で火を噴くような奴等だから通用しない事も考えられるし、この案には落とし穴があるわ」
シエルの案を補足するようにディエーリアが続ける。
「そうね。ファイアリザードに息継ぎが必要かどうかもわからないし。それに、ファイアリザード本体はともかく、坑道に小さな空気穴が空いていないという保証も無い。窒息させる作戦が失敗したら坑道内は高温になるでしょうし、私達が不利になる。そうなったら一旦引き返すしか無いわ」
なるほど~。そんな事、二人に言われるまで思いつきもしなかった。やっぱり二人とも賢いなぁ。
「じゃあもう一つ。今度は氷の魔法を使う手ね。穴を完全に塞がず、冷たい空気だけを坑道の中に送り続けるの。ファイアリザード……と言うか、トカゲは基本的に寒さに弱いから、たぶん動きが鈍くなって外に出てくるか、身動きが取れなくなって坑道内で固まってるかのどっちかになると思うわ」
「そっちの方が良さそうね。でもそれだとシエルの負担が大きすぎない?」
「無理はしない範囲で頑張るわよ」
「……なんとなくだけど作戦は解ったよ。それで、私は何をすれば良い?」
なんか話がまとまったみたいだ。なんだか二人が優しい目で私を見てるのが気になる。でも、私の役目は二人の盾になって剣を振ること。それだけ出来れば十分なんだから。
「カリンは穴から出てきたファイアリザードにとどめを刺してちょうだい。寒さで動きが鈍くなっているでしょうけど、油断しちゃ駄目よ?」
「私も手伝うわ。でも弓だからね。一人で前に出る分、カリンは集中的に狙われるから注意して」
「わかった。まかせてよ!」
「……みなさん、作戦が決まったのでしたら、とりあえず今日の所は晩ご飯にしましょう。すぐに用意させますので、明日に備えて英気を養ってください」
コミネさんの勧めを断る理由が無い。私達は礼を言いつつ、その日コミネさんの家で休ませてもらった。
翌日、早朝から私達はファイアリザードの生息している坑道を目指して出発した。同行するのは私達三人の他に案内役の村人が二人。どちらも狩人なので、万が一魔物に襲われても逃げるぐらいは出来そうな人選だ。
「それは何の皮で作っているの?」
「猪ですよ。結構頑丈なんで重宝してます」
道中、ディエーリアは狩人の持っている弓や服が気になったのか、しきりに質問を繰り返していた。森に入った途端こんな調子だから、やっぱりエルフだけあって森の中が好きなのかも知れない。
「あれです」
狩人の一人が指さす方向、木々の間から見えてくる岩肌。その壁面にはコミネさんの言ったとおり、いくつもの穴が空いていた。
「案内ご苦労様。後は私達がやるから、あなた方は戻ってください」
「お気をつけて」
「頑張ってください」
ここから先は私達の仕事。狩人の二人には村に戻ってもらって、三人だけで戦わなくちゃいけない。魔境に入って強い魔物と戦った経験はある。でも、やっぱりどんな敵が相手でも戦う前は緊張してしまう。横にいるシエルとディエーリアも少し緊張気味だった。
「探知魔法を使うわ」
シエルが杖を掲げて意識を集中した直後、彼女を中心に魔力の波が放射状に広がっていった。鋭い感覚の人や動物、魔物なら、今の探知魔法に気がついたかも知れない。でも相手が鈍いトカゲなら、こっちが探っていることなんて気がつかないはずだ。
「……駄目ね。穴の中は魔力の波が乱反射して探れないわ。ラピスちゃんぐらい強力な探知魔法を使えれば良かったんだけど」
「ラピスちゃんと比べちゃ駄目でしょ」
「そうそう。あの娘はどっかおかしいんだから」
そう言って三人で笑った。本人が居ない所で酷い言われようだけど、私達の中の誰一人としてラピスちゃんを嫌いな人間はいない。冗談で言ってるだけだ。
「てことは、直接行って見てくるしか無いね」
私は隠れていた茂みから腰を上げ、体を解しながらゆっくりと坑道へ近づいていく。直接目にする必要があるなら、偵察の役割は私に決まっている。シエルは魔法使いだし、ディエーリアは弓使いだ。短剣も使えるようだけど、今の所近接戦闘は私ほどじゃないので、これがベストの選択だった。
「じゃあ、偵察してくる」
「お願い」
「気をつけて」
シエルは魔法を、ディエーリアはいつでも弓を放てる状態で、偵察に出る私を見送った。使い慣れた剣を引き抜き、軽い足取りで岩場に近づいていく。近くによると坑道の入り口がよく見えてきた。それと同時に、穴の中から変な臭いが漂ってくる。何かが腐ったような臭いと、動物の糞が混じったような、嗅いだだけで気分が悪くなるような臭いだ。
「なにこれ……?」
入り口近くにファイアリザードの気配が無かったので、私は思いきって穴の中を覗き込んでみた。すると私の視界に、食い散らかされた動物の腐乱死体が飛び込んでくる。
「うっ!?」
思わず飛び退いて鼻を押さえてしまった。グロい死体なら見慣れてるけど、何の準備もしてない状態では勘弁して欲しい。たぶんこれはファイアリザードの食事の後だ。つまりこの臭いは穴の中にある腐乱死体と、奴等の糞の臭いが混じったものなんだろう。
「最悪ね……。穴の中に入りたくないなぁ……」
そうも言っていられないのは解ってる。でもやらなきゃいけない。それが冒険者って言う仕事だから。一応安全が確認されたので、私はシエル達を手招きして呼び寄せた。さあ、いよいよ作戦の開始だね。
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