第22話 模擬戦

「なんで庇ってくれなかったんですか!」


俺の怒声が室内に響き渡る中、グロム様は涼しい顔でお茶を飲むだけだ。護衛の騎士は一応彼を守るような動きを見せたけど、俺の剣幕に恐れを成してか、オロオロと狼狽するだけだ。謁見で何故か模擬戦を行う流れが決まった後、俺を含むグロム様一行は、最初に案内された控え室に戻っていた。城のメイドが香りの良いお茶やクッキーを出してくれても、今の俺の視界には入らない。


「なにを怒っているんだ君は? ちゃんと庇ったじゃないか」

「どこがです!? 今回連中とやり合えば、必ず王は俺を取り込もうとするでしょう!? 話し合いで妥協点を探すどころじゃなくなってる!」

「……まぁ落ち着きたまえ。順を追って話すから」


彼の持っていたティーカップがカチャリと音を立て、受け皿に戻される。静かだが理知的な瞳に見つめられ、頭に登っていた血が引いていき、次第に冷静さを取り戻していった。そんな俺の様子を確認して一つ頷くと、グロム様は静かに話し始める。


「……私も最初は話し合いを前提に考えていたよ。街を守る戦力としての君と、訓練所で優れた教官として力を振るう君の重要性を説き、我が街スーフォアに必要不可欠な人材だとアピールする予定だった」


褒めてくれるのは嬉しいけど、なぜ一番重要なギルドの受付嬢と言う評価が抜けているのか、激しく気になってしまう。自分で思っているほど受け付けとして役に立っていないのかな? ちょっとショックだ。


「しかしスティード王子を始め、まさかあんなに大勢が王の御前で反発するとは予想外だったんだ。そこで私はすぐに方針転換する事にした。君が圧倒的な力を見せつけ、王ですらおいそれと手を出せない存在だと、お偉方に認識してもらうのさ。高圧的に命令した場合、力で反発される可能性があれば、二の足を踏む可能性は高いだろう?」

「う……ま、まぁ……そうですけど……」


言われてみればそうなのか? 反発を利用して物事を望むような結末に持って行く――俺にはない発想に感心してしまった。……でも待てよ? これって、もっと良い方法があるんじゃないのか? 模擬戦を行うまでは同じでも、必ず勝たなくちゃいけないって決まりはないはずだ。ワザと負けて国王を失望させれば、それだけで済むんじゃ……? そうだよ、負けたって良いんだよな。自分でも信じられないほどいい手を思いついて、自然と顔がニヤけてくる。


「……何を考えているのか知らないけど、今回の戦いに負けは許されないよ? 君が無様に負けると、君を推薦した私の面子に関わるからね。ワザと負けるのは論外だ」

「……はい」


完全に読まれてた。釘を刺されてしまった。流石は長年領地を切り盛りしてるだけの事はある。権謀術数で俺の敵う相手じゃないな。仕方ない。ここは素直に従っておくか……。


§ § §


跳ね橋を渡って街側に行くと、城壁との間には様々な施設が建ち並んでいる。文官が仕事をする事務棟や兵士の宿舎、馬やペガサスなどを世話する厩舎などだ。その中でもかなり広いスペースをとっているのが練兵場だった。練兵場――言わずと知れた兵の訓練場所だ。ここを使うのは兵士だけでなく、騎士や魔法使いと言う、およそ戦闘に関わる者達が自由に使って良い場所らしい。俺が教官を務める訓練所程では無いけど、大人数が動くことを考えられた練兵場は広く、その気になったら大兵力を整列させることも出来そうだ。


(いや、本来はその目的で作ったのかな?)


キョロキョロと辺りを見回す視線の先には、臨時で儲けられた貴賓席があり、それを守るために周囲を固める騎士の姿があった。そしてさっきまで鍛錬していた兵達も、練兵場を囲むように立っている。突然、王や高位の貴族が押し寄せたことで、いつもは鍛錬に精を出す兵達で活気づくはずの場所も、今は水を打ったように静まりかえっていた。


その広い練兵場の中心には、俺の他に十人程度の騎士や兵士が集まっている。彼等はそれぞれ得意な武器と思われる、剣や槍などを手にして俺と対峙していた。その表情は侮りを隠そうともしていない。余程こっちの事を舐めてるみたいだ。


「――と言う理由で、お前達にはラピス嬢と模擬戦をしてもらうことになった。聞いた話が事実なら、彼女の実力はお前達を大きく上回る事になる。遠慮は無用だ」

「そうは言いますがね将軍閣下。もしそれが嘘だった場合、俺達はか弱い婦女子を一方的に嬲ることになっちまう。それは対外的にどうなんです?」


将軍と呼ばれた髭面の厳つい男に、これまたあまり態度の良くない中年騎士がやんわりと反論している。あの態度から察するに、たぶんこの男が集まった連中の中で一番立場が上なんだろう。そして間違いなく一番強い。他より頭一つ二つ抜きん出ている印象だ。


「……陛下のご命令だ。お前達は言われたとおり全力で戦え。試合のように一対一で戦おうと思わず、魔物を討伐するつもりで戦うのだ。当然魔法使いによる援護もある」

「本気ですか? ここに集まったのは騎士や兵士の身分を問わず、王都の戦力でも指折りの腕利きですよ? それに加えて魔法での援護とは……。お嬢ちゃん。何があったか知らないが、今の内に降参しとけよ。怪我程度で済めば良いが、最悪死んじまうかも知れねえぞ?」


ことの成り行きを眺めていたところに突然話しかけられて、少し慌ててしまう。今のはこっちの身を案じてくれたんだろうな。いい人だ。


「あ……えっと、大丈夫です。こっちも領主様から負けるなと言われてるんで、今更止められないんですよ。どうぞお構いなく」

「……そうか。なら仕方ないな」


男の言葉に恐れる様子を欠片も見せない俺の態度に、男達の目つきが変わった。舐められたと思っているのか、その視線からは殺気すら感じさせる。


「……準備は出来たようだな。では、これより模擬戦を始める! 日頃の鍛錬で培ったその力、陛下の御前で披露するが良い!」


将軍がそう言った途端、男達は一斉に周囲へ散った。全員組織的な戦闘に慣れているのか、俺を取り囲むような位置を取っている。ここらへんは少人数で魔物と戦う冒険者と大きく違う点だな。周囲に散った男達は、武器を構えて油断なくこちらを見ている。俺の出方を待っているのかと思ったけど、どうやら違うみたいだ。


敏捷性上昇ヘイスト!」

攻撃力上昇ブレイド!」

防御力上昇シールド!」


彼等の背後で詠唱を続けていた魔法使い達が立て続けに魔法を発動させた。戦闘での支援を目的とする補助魔法の基本、敏捷、攻撃、防御の底上げだ。魔法の効果を浴びた男達の体がほんのりと光り、男達にいつも以上の力が宿ったことがわかる。


(さて、どうしようかな? 全滅させるだけなら簡単なんだけど、それじゃ納得しないだろうし……)


空に飛び上がって大魔法でも降らせれば、連中は何も出来ずに全滅するだろう。でもそれじゃ色々とマズい。俺は今回力の差を理解させるような勝ち方をしなければならないから、一撃で全滅なんてもっての外だ。だとすれば――


「……ちまちまと剣でやるしかないのかな」

「何をブツブツ言ってやがる! 行くぞ!」


遠距離からの援護をするのは、魔法使いが三人と弓使いが三人で、接近戦は十人だけらしい。俺の後ろに居た三人が剣を振りかぶりつつ突進してきた。それと時間差をおいて、左右に分かれた四人もだ。最後に正面に立つ三人。すこしタイミングをずらすことで、こちらの意識を攪乱しようとしたんだろうけど、その程度で慌てる俺じゃない。


「もらっ――ぶっ!?」


背後で風を切る感覚がある。俺は剣を鞘に入れたまま、後ろも見ずに鞘ごと背後に突き出した。ぐしゃりと骨が砕ける感覚が手に伝わる。仲間が倒れた事に少し動揺したのか、残り二人の剣筋が少し遅れた。そこでようやく俺は後ろを振り返り、自分の間近に迫っていた剣をギリギリで躱した。勢い余って振り抜かれた男達の腕をそれぞれ鞘で叩いて折りながら、一旦距離を取るためその場から跳ぶ。左右と正面から俺を狙って繰り出された攻撃は、背後で虚しく空を切った。


「ぐあっ!」

「うぐぅ!?」


腕を押さえながら倒れ込む男達、一瞬で三人倒された事実を目の当たりにして、残りの男達は動揺を隠せない。


「嘘だろ!?」

「油断するな!」


さっきの忠告してきた男の一喝で男達持ち直す。男達は距離を空けた俺を追いすがるように殺到しようとしてきたが、その前に俺目がけて三つの矢が飛んできた。狙いは足と胴か。擦るだけでも機動力が落ちるから、その判断は間違いじゃない。しかし――


「ふっ」


両足を狙った矢を二つとも鞘でたたき落とし、残りの一本は手掴みで受け止めた。避けたり弾いたりはともかく、まさか飛んでくる矢を手で掴まれるとは思っていなかったのか、弓使いは一瞬固まっていた。俺はその一瞬で掴み取った矢を振りかぶり、弓兵目がけて投擲した。投擲した矢は弓で射られるよりも早く、風を切って今来た道を戻っていく。それは狙い違わず矢を放った弓兵に突き刺さった。


「ぐ!?」


信じられないものを見る目で、自らの肩に刺さった矢を見る弓兵。これで残りの弓兵は二人だ。


「この!」

「何なんだよお前は!」


正面から迫る剣と槍。四人同時に繰り出されたその攻撃を、俺は鞘を振ることで纏めてなぎ払った。持っていた武器ごと吹き飛ばされる四人。呆気にとられる残りの男達に瞬時に詰め寄り、それぞれの急所に掌底を叩き込む。


「ぐぼっ!?」

「うげぇ!」

「がはっ!?」


胃の中身をぶちまけながら倒れ込む三人。そこに狙い澄ましたかのように、炎と氷で出来た矢が、俺目指して殺到してきた。詠唱を終えて隙を窺っていた魔法使い達の攻撃だ。迫るのは炎の矢フレアアローと、氷の矢アイスアローの二種類。槍より一ランク落ちる魔法だけど、詠唱時間が短いので数を撃てる利点がある魔法だ。


「甘い!」


その場に留まった俺は瞬時に魔法を発動させる。使うのは彼等と同じ炎の矢と氷の矢だ。しかし彼等と決定的に違うのは、その威力と数。俺が一瞬で生み出した魔法はそれぞれ十本以上あり、一本が彼等の魔法の威力を大きく上回る。空中で衝突した途端派手に吹き上げられる炎と砕かれる氷。幻想的で恐ろしくもあるその光景は一瞬だけで、直後に魔法使い達は殺到する炎と氷で吹き飛ばされた。狙いは少しずらしているから、大怪我はしても死ぬことはないはずだ。


残りの四人に向き合った俺の背後から、空気を切り裂いて何かが迫る。狙いは頭。戦闘の熱気に当てられたのか、それともこちらの強さに混乱したのか、直撃したら間違いなく死ぬコースだ。少し腹が立ったけど、振り向きもせず二つの矢を鞘でたたき落とす。それと同時に生み出した二筋の稲妻を弓兵達にお見舞いすると、彼等は声も上げずに倒れ込んだ。


「おいおい……」

「一瞬でこんな……マジかよ……」

「俺は夢でも見てるのか?」

「てっきり将軍のホラ話だと思ってたんだがな……」


残る四人は武器を構えつつも、完全に戦意を喪失していた。当然だ。時間にすれば一、二分の僅かな時間で、選りすぐりの戦力が何も出来ずに打ち倒されたのだから。と言ってもまだ終了の合図はない。模擬戦は続行していると判断した俺が一歩踏み出すと、彼等は揃って数歩下がる。完全に怯えてしまっている。このまま続けてもただの虐めになってしまうな……。チラリと、王とその周辺を観察してみる。彼等は一様に驚いているものの、止めようと動いている様子はなかった。


(キッチリ倒しきるまで止めないつもりか? なら……)


俺は怯える四人をその場に残し、飛行魔法で空高く舞い上がった。


「おお! 飛んだぞ!」

「飛行の魔法!? 使い手が残っていたのか!」

「信じられん……宮廷魔術師ですら使えない魔法なのに……」


驚愕するギャラリーを無視し、俺は精神を集中させ始めた。使うのは炎の魔法。現役時代最も使うことが多かった火球ファイアボールだ。雑魚を殲滅するのに便利なこの魔法は、相手の戦意を挫くのに最もふさわしい魔法だ。そして今後余計なちょっかいを出させないように警告の意味も含めて、少々派手な攻撃をする必要がある俺に、ピッタリな魔法でもある。


スッと腕を上げた俺の頭上に生まれた火球は、俺の魔力を取り込んでぐんぐんとその大きさを増していく。呆気にとられる周囲を余所に巨大化を続けたその火球は、最終的に一軒家ぐらいの大きさで固定された。


「避けてね」


呆然と火球を見上げていた男達は、俺の言葉に正気を取り戻し、慌ててその場から退避していく。そんな彼等から少し離れた場所を目がけて、俺はそのまま腕を振り下ろした。ゆっくりと落下する巨大な火球。それは周囲の案山子や弓の的を蒸発させつつ地面に接触すると、地面を融解させながら地の底へと消えていった。直後、穴の底から巨大な火柱が舞い上がった。


地面に降り立った俺の背後で、地の底から火柱が勢いよく吹き上がっている。恐怖を湛えた目で俺を見る王や貴族達に、俺は静かに一礼した。ここまでやれば十分だろう。


「しょ……勝負……あり。勝者ラピス……」


つっかえながら勝負の終わりを告げる将軍。しかしその場に居た者は誰一人として、俺の勝利をたたえる声を上げられなかった。

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