第14話 訓練所

戦いが勝利に終わり、街の住民達が疎開先から戻ってきた頃、先の戦いでの戦勝を祝う祝勝会が催される事になった。普段は貴族しか入れない城の大広間は、身分を問わず貢献のあった者が招待されて、多くの人で賑わっている。いくつもあるテーブルには、この日のために用意された料理や酒が溢れるほどに並べられて、様々な人の舌を満足させていた。




参加者の大半は冒険者や兵士達で、貴族の姿は数えるぐらいに少ない。なので普段執り行われているダンスパーティーなどは省略され、平民達も楽しめるように宴会の形式が取られていた。一段高い壇上にはこの城の主であり、祝勝会の主催者である領主様の腰掛ける立派な椅子が備え付けられているけれど、今彼の姿はそこにない。




厳格なはずの領主様は杯を片手に、参加している参加者一人一人に声をかけるのに忙しいからだ。普段は姿を見る事もない雲の上の人に話しかけられて最初は緊張に身を固くしていた冒険者や兵士達も、酒の力を借りてか次第に打ち解けていき、今では笑顔で談笑するまでになっている。良い事だと思う。文字通り命懸けで戦った戦友達が身分を問わず親しくなれるのだから、それだけでもこの会を開催した意味があるだろう。




そんな中、俺の周囲も大変な事になっていた。まず人が多い。たぶん領主様以上に人に群がられている。あまりに人数が多すぎてよく覚えていないけど、彼等が口々に感謝を伝えてきていたのだけはハッキリしている。こっちも話した事がない人に次々と話しかけられて、顔も名前も覚えている余裕が無かったからだ。




挨拶攻勢が一段落したかと思ったら、次は強さの秘密を教えてくれだとか、魔法をご教授願えないかとか、そんな押しかけ生徒が現れた。愛想笑いと当たり障りのない返答で返事を濁し、返答を保留させてもらったけれど、彼等はまた次の機会にと言い残して去って行った。どうやら諦めてないらしい。




この間軽めの果実酒を一杯飲んだだけなので、ご馳走を口にする暇もなかった。ようやく食事にありつけるとホッとしたのも束の間、次なる刺客か現れた。




「ラピスちゃんは今付き合ってる男は居るの? 良かったら食事を奢らせて貰えないか?」


「俺の親戚が人気の装飾屋をやってるんだ。一緒に覗いてみないか? 助けて貰ったお礼にプレゼントさせて欲しいんだ」


「離れて暮らしてる俺の息子がラピスちゃんと同じような年頃でな。紹介させてもらえんかね?」




ナンパ。ナンパ。ナンパだ。彼女希望から嫁希望まで、よくそれだけ積極的になれるなと感心するほどのナンパ攻勢だった。




「あはは……ええと、ごめんなさい」




こんな外見をしていても心は男のままなんだから、当然男に告白されたからと言って付き合うわけがない。ろくに食事も酒も楽しめず、ウンザリを通り越してゲンナリしていた頃になって、ようやくこの場から助けてくれる人物が現れた。カリンとシエルの二人だ。




俺ほどではないにしろ、彼女達はあの戦いで目覚ましい活躍を見せたから結構な人気になっていた。カリンは主に剣に纏わせた謎の光について、シエルは急に成長した魔法の威力についてそれぞれ質問されてていたみたいだ。




「も~大変だったよ。今度手合わせしてくれとか、その剣はどこで買ったんだとか聞かれてさ」


「こっちは何かマジックアイテムを買ったんじゃないかとか、凄い魔導書でも手に入れたんじゃないのかとか聞かれたわよ。そんなの持ってないっての」


「二人も同じような目に遭ってたわけか……」




苦労してたのが自分だけじゃないと解った途端、二人には普段以上に親近感を抱いた。我ながら現金だなと思う。




談笑する俺達三人を、周囲の人々は遠巻きにして眺めている。質問や勧誘は大体断ったし、特に親しくない人が仲良く話す三人の中に入り辛いのもあるんだろう。でもそんな事を気にしない人物が俺達の側までやって来た。




「楽しんでいるかい?」


「領主様!」


「は、はい。勿論です。食事もお酒も美味しくて……」




シエルとカリンはさっきまでの緩んだ表情が嘘のように、緊張に身を固くしていた。俺はと言うと、過去に王族や貴族の連中と交流した経験があったので、大して緊張もしていない。そんな自然体とも言える俺の態度に、領主様は少し感心したような顔をした。




「君がラピス君だね。噂通り美しいお嬢さんだ」


「……恐縮です」




まさか領主ともあろう人がナンパもないだろうから、これは単純に社交辞令として受け取った方がよさそうだ。




「君の活躍は聞いているよ。あのリッチを歯牙にもかけない強さだったとか。その若さでそれだけ腕が立つとなると、随分過酷な修行をしたんだろうね」


「それなりに。楽な修行はしていないと自負してます」


「ははは、今度詳しく聞かせてもらいたいものだな」




上品且つ上からの物言いだけど、不思議と嫌悪感が湧いてこない。この領主様は住民を守るために、ギルドや兵士を使って安全を確保したかと思うと、今度は私財を投入してこんな宴会まで開いている。一般的な貴族だと尽くしてもらって当然みたいな態度の奴が多い中、こんな人柄のいい貴族は珍しいな。




「カリンとシエルだったね。君達の活躍も聞いているよ。頑張ってくれた君達には、後日ギルドを通して報奨金を支払う段取りがされているから、楽しみにしていてくれ」


「あ、ありがとうございます!」


「お礼申し上げます、領主様」




忙しい最中に声をかけてくれた領主様は、そのまま手を振ってその場を後にした。他の冒険者や兵士と話さなければならないから、いつまでも俺達だけに時間は割けないというわけだ。偉い人と長時間話してると疲れるので俺としてもその方が助かる。




ナンパと勧誘、そして領主様に話しかけられた事以外は大した事は起こらず、結局俺達三人は宴の後半になってからようやく食事を楽しむ事が出来た。普段の質素な料理も美味しいけど、やっぱり貴族の食べるものは格段に美味しい。ろくに食事も出来なかった空腹も手伝って、三人とも貪るように食べていた。色々と鬱陶しい事もあったけど、この食事でチャラになったと思う。




§ § §




戦いのゴタゴタが全部終わって、普段通りの日常が帰って来た。人的被害も物的被害も皆無だったからなのかはわからないが、最近巷は好景気に沸いているらしい。命が助かった事の安堵感とかが関係しているんだろうか? 街全体が少し浮かれたような雰囲気だ。そうなれば当然ギルドも忙しくなってくる。なぜかと問われると、護衛のためと言うシンプルな答えが返ってくるはずだ。




商人達は余所の土地から商品を仕入れてこの街で売る。普段なら安全な道を自分が持てる分量だけ運んで売る行商人達が、いつもより豊かな懐にものを言わせて多くの商品を仕入れ、その護衛のために冒険者を雇う――と言う寸法だった。




おかげでギルドも大忙しだ。護衛の依頼目当てで他の街から移ってきた冒険者や、戦いが終わってから登録した新人を含めても、まだ冒険者が足りないぐらいに繁盛している。




「……冒険者にとっては良いんでしょうけど、俺達はただ忙しいだけですね」


「……それは言わない約束だよラピスちゃん」




つい愚痴を吐いたら横で頑張るカミーユさんにたしなめられた。別にギルドが儲かっても職員の懐が暖まるわけでもないので、俺の感想は至極正しいと思うんだけど、どうやら口に出したらいけない事らしい。




唯一の救いは残業がないことぐらいか。いくら忙しくても時間が来たら受け付け作業は終了するので、時間まで乗り切ればその日の仕事は終わりだ。そんな日が何日も続いて、家とギルドを行ったり来たりするだけの毎日だったある日の事、仕事が終わってからギルドマスターに呼び出された。頑張ったご褒美に臨時ボーナスでもくれるんだろうかと内心ワクワクしていた俺に、クリークさんは予想もしない話を始めた。




「教官……ですか?」


「うん。今度この街のギルドと領主様が共同で訓練所を作る事になったんだ。今の所は元高ランクで引退した冒険者や兵士に教官役を務めてもらうつもりなんだが、君にも教官の一人として参加してもらいたい。専属でやれるなら一番だが、君の希望もあるからな。受付との掛け持ちでも構わないよ。当然受け付けとは別で報酬も出る」


「…………」




……いきなりだな。予想もしない仕事の話で戸惑ってしまう。収入が増えるのは魅力的だけど、即決できるほど情報がない。まずは条件とか仕事内容を詳しく聞かないと。




「その……なんで急にそんな施設を作る事になったんですか?」


「うん……。実はな、これはこの王国全体としての方針で急遽決まった事なんだ。国全体の兵士と冒険者、その両方の質を高めるために各地に訓練所を設ける。それもこれも、先の戦いが原因なんだ」


「リッチが出た戦いのことですか?」


「そうだ。……まぁ、君になら話しても構わないだろうから言ってしまうが、実は……魔王が復活している可能性が高い」




ガタリ――と、机が音を立てたことで、自分が立ち上がっていることに気がついた。魔王――今更言うまでもない、かつての宿敵だった存在だ。仲間達と共に魔王城に乗り込んだ俺は、死闘の果てに魔王を討ち取った。そう、討ち取ったはずなんだ。俺の剣は奴の体を確かに貫いたし、その亡骸は灰になるまで燃やし尽くした。その上、念には念と女魔法使いのソルシエールが灰を小分けにして地面に埋めたり川に流したりと色々やっていたから、あの状態から復活するのは不死身の代名詞でもあるヴァンパイアでも難しいと思う。それだけやった相手が復活? そんな事あり得るのか? 珍しく動揺している俺を見かねたのか、クリークさんが落ち着くように手で宥める。




「落ち着きなさい。可能性があると言うだけだ。それに、勇者に倒された魔王が復活したのか、それとも新たな魔王が現れたのか、それすらもハッキリしていないんだから」




ああ……なるほど。新しい魔王か。その発想はなかったな。でも、それと今の話がどう関係するんだろう?疑問が顔に出ていたのか、クリークさんは一つ頷いてから話を続けた。




「魔王の復活に確証はない。まだ調査段階だからな。しかしだ。実際に魔王が現れてからジタバタしても遅いのは、先の戦いで嫌と言うほど思い知らされただろう? 君の活躍で何とか事なきを得たが、本来なら参加者全てが全滅していてもおかしくない状況だったはずだ」




コクリと控えめに頷く。なんとなくクリークさんの言いたいことが解ってきた。




「そこで訓練所の出番なんだ。全体の質を上げておけば、いざという時生存率がまるで違ってくる。兵士や冒険者が強くなれば、彼等に守られる一般人も安全になると言う寸法だ。私が聞いたリッチの声という不確かな情報で、領主様はすぐ国王陛下に話を持って行ってくださった。陛下もそれを真剣に受け止め、こうして訓練所の設立を許可してくだされたのだよ」


「……話はわかりました。つまりこれは冒険者や兵士の区別をなくして、人々の安全を確保するために必要な措置なんですね?」


「その通りだ。私としては、是非君にこの仕事を受けてもらいたいと思っている。君は自覚がないだろうが、今やこの街で君の名を知らぬ冒険者や兵士はいないし、他の街からも噂を聞いて人が集まっているぐらいなんだ。ここ最近忙しい理由の一つに、君も入っているんだよ」




……嘘だろ。景気が良いのが理由だと思ってたのに、まさか俺目当てで人が集まってるなんて思わなかった。毎日必死で働いてるみんなに申し訳ないな。せめてカミーユさんとミランダさんには、今度飯でも奢らせてもらおう。




「そんな君に指導してもらいたいと言う者は数多い。どうだろうか? 受けてもらえるかな?」


「……その前に、条件とかを聞いても良いですか? やるとしたらどんな分野を任されるのか、お給料がいくらもらえるのかを聞いておきたいんで」


「当然だな。今の段階だと、これぐらいを予定しているよ」




そう言ってクリークさんが差し出した一枚の紙には、俺の教官としての待遇や給料などの条件が事細かに書かれていた。




教官一本の専属でやる場合だと、単純に今の給料の三倍近くに増えている。掛け持ちだと週二で四割、週三で六割分の手当が付くみたいだ。仕事内容は剣と魔法の実技訓練だけ。魔物の知識や剥ぎ取り方法とかは別の教官が専門でやるみたいで、俺の仕事はあくまでも直接的な訓練だ。ついでに言えば、訓練方法は俺に一任するとも書いてある。つまり、しごき倒そうがぬるく遊ぼうが自由にしろという意味らしい。まぁ、やるとなったら真剣にやるけど。




正直言ってかなりの好条件だと思う。条件だけ見たらすぐに飛びつきたい話だ。でも、今のギルドの現状を見る限り、どうしても躊躇してしまう。




「あの、俺がいない時の受け付けがかなり厳しい事になりそうなんですけど……」


「ああ、その辺は考えているよ。これだけ忙しくなってる上に、訓練所の設立話まで持ち上がってるからね。他の街から何人か移動で来ることになっている。だからラピス君は気にしなくても大丈夫だ」




そうなのか。良かった、それならこの話を受けても良いかな? 世話になってるカミーユさんやミランダさんに苦労を押し付けて、自分だけ得するような真似だけはしたくなかったし。うん、安心した。




「それなら……週三ぐらいでお願いできますか? 受け付けは大変だけどやりがいがある仕事だし、なるべくギルドに籍を置きたいので」


「おお、ありがとう! もちろん君の希望通りにするよ。いやはや、断られたらどうしようかと思った。訓練所の完成まではしばらくかかるけど、その時はよろしく頼むよラピス君」


「はい、こちらこそよろしくお願いします」




差し出された手とガッシリ握手する。思わぬ形で仕事が増えたな。受け付けとはまた違ったタイプの仕事だけど、任されたからには全力でやり遂げよう。差し当たっては、下で帰る準備をしてる受け付けの二人に、飯を奢る約束を取り付けることからだ。俺のせいで今まで無駄に苦労させた分、美味い飯をたらふくご馳走してあげよう。


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