第二十七夜 シネマ七不思議・燃えるスクリーン
鬼王シネマはスクリーンが一つしかない。
そのため、一つのスクリーンで多くの映画を上映するために、スケジュールは日によってばらばらだ。たとえばある日は三時十五分からAという映画をやるが、次の日はその前にBという映画をやるので、Aは三時四十五分から……ということがままあった。
しかしそんな鬼王シネマでも、絶対に上演しない時間があった。
それが夜の八時から八時半の間だ。
一番良い時間ではないのか、と久瀬は思う。
久瀬は映画館で事務などの仕事のバイトをしていたが、上映スケジュールを見ているうちにそのことに気が付いた。
たとえば一つの映画が七時に終わっても、次の上映は八時四十分とかそれくらいの時間が空く。一応その間に手早く清掃が行われているから、一応夜に向けての休憩時間と捉えることもできるのだが。
「でもこの時間、もったいないっすよねー」
久瀬がなんとなしに言うと、先輩は笑った。
何しろ清掃に時間が掛けられるのはいいが、他の時間は三十分程度だ。変に時間が空くと、ダレてしまう。
「まあ、上が決めてることだし。休憩と思ってやればいいんじゃないか?」
「休憩っていうならほんとに休憩時間欲しいんスけど」
「言えてるなあ!」
ははは、と二人で笑いながら、残されたゴミをとっていった。その日はそれで終わりとなって、特にそれ以上何か語ることはなかった。
ところが、後日。
偶々、また二時間ほど時間が空いた日のことである。劇場にはまだ客も入っておらず、久瀬は妙な暇を持て余していた。
そしてこれまた偶然か、それほど劇場を汚す客もおらず、剥がれたポスターもなく、広告も全部詰まっているし、整理整頓もされている。やることはすべてやってしまっていた。
そんなときに、同期で入った映写技師の一人に声をかけられた。
「おーい、久瀬。今、暇か?」
「暇だよ。もう掃除も終わったし。何かやることあるか?」
「二時間も空いてるからな。実は、新作映画のフィルムが届いたんだよ。最初のほうだけ試しに上映してみるから、見ててくれないか」
「おっ、いいねえ」
この映写技師は何かと理由をつけては新作映画を一番乗りしようとしていた。
この頃はまだデジタルが導入されておらず、フィルムが主流だったのだ。久瀬は一も二もなく了承し、劇場に入った。
時間は八時を少し過ぎたところだった。
「それじゃいくぞー」
マイクでかけられた声に、手を振って答える。
劇場を暗くし、光がスクリーンに向かって伸びる。
本来、上映前に入れるはずの予告や注意事項を入れていないから、すぐに本編が始まった。導入部分ではいわゆる悪者が現れ、そこに颯爽とヒーローが出現する。説明だけすると陳腐だが、カメラワークや雰囲気などの掴みは充分だ。
「お、おお……」
この映画は当時アメリカで公開されて話題になったもので、久瀬も待ちわびていた。一足早く本編を見られるなんて、得した気分だ。
試験上映だから途中で終わると言われても、このまま全部見ていたい。導入が終わると日常パートが始まり、主人公の青年が映し出される。冴えない青年がクラスメイトから笑われたり、ヒロインに笑顔を向けられただけで少し舞い上がったりと、等身大の主人公に感情移入させられる。
ところがだ。まったく関係ない日常の場面から、不意に画面端から火のようなもので画面が燃え始めた。
「ん、なんだ?」
最初はそういう演出なのかと思ったが、画面の中では関係なく日常パートが続いている。
映画の中で事件が起こったとか、急に画面転換が行われているとか、そういうことは一切ない。
「おい、どうした。なんだこりゃ!?」
火はスクリーンを焼き焦がすように中央部分へと移っていく。今にもスクリーンを呑み込んでしまいそうだ。
「火事か!?」
しかし、スクリーン自体は燃えていない。
上を見ても、映している映写技師も火を消そうというような行動はせず、驚いたように画面を凝視している。だが火がすべてまわらないうちに、映画はぷっつりと切れた。映画を切ったのだ。
慌てて劇場を飛び出して映写室へと向かったが、呆然とした映写技師の男がいるだけだった。
後日、映写技師の男にそれとなく聞いてみたが、彼にも原因はわからないと言われただけだった。
「あれからフィルムを調べたんだけど、おかしなところは一切なかったよ」
彼は肩をすくめてみせた。
「ただ、八時から八時半の間に映画を上映すると、どんな映画でもあんな風になるんだ。映画に関係なく」
それから、こんなことも教えてくれた。
フィルムというのは、昔は材質の問題ですぐに燃えてしまったらしく、火気厳禁だった。
この映画館でも一度、それが原因で火事が起きた。幸い大事にはならなかったが、映写技師の一人が火にまみれて大やけどを負った。助け出されてそのときは生きてはいたものの、結局そのときの怪我がもとで、病院で亡くなった。
そしてその火事が起こったのが、ちょうど夜の八時から八時半の間だった。
それ以後、その時間に映画を上映しようとすると、突然スクリーンが燃え上がったように見えてしまうんだという。だから鬼王シネマでは、その時間には絶対に上映しないようになった。
……まるでできすぎな話だが、実際に事故は起きたようだ。
そして目の前で起きたことを、久瀬はどうしても関連づけずにはいられなかった。
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