大塚の明神様

 「大塚の明神様。どうか倉尾巴積くらおはつみさんと仲良くなれますように!」


 眉間にしわをつけ自分の掌てのひらが一つになるぐらい力を入れ手を合わせ、

この想いが本物になりますようにと住むアパートの近くにある大塚神社で新松法あらまつほうは大きく願った。


 冷たい風が後ろから吹いてきた。

4月の半ばなのにまだ寒さは続いている。


長居することも無いしとそろそろ帰ろうと後ろを振り返ったら、自分の先にちょこんと小さい女の子が立っていた。

長い髪とぱっちりとした瞳。ぽかーんと開いた口。

 「あう」と一言。


 「巴積さん!?」

 

 法は驚いた。今自分が願掛けをして会いたかった人がそこにいた。

にっこりと笑っていた女の子は肩掛け鞄の中からタブレットを取りだし画面にさささっと触れてひっくり返した。

 「どうもこんにちは。ほーくん」


挨拶しないとと思ってつみに向けて無意識に少しだけ勉強して覚えた手話を使って見せた。

 「こんにちは」


 土曜の昼下がりに誰もいない小さな神社の中でそれぞれ違う手段で会話したことが変だと思って二人は笑ったが、少ししたらもう一度巴積はタブレットに触れた。


「どうしたの?」


巴積はくるっと表面を出す。

「あのね、実は、私お喋りはできないけど声は聞こえるんだよ」


「へえ……へえ!?」


思ってもいなかった。

喋れないイコール聴こえないと思っていたからその告白は新松法の心にすごく響いた。


-


 大塚の駅南口に守野榧もりのかやは立っていた。

別に目的なんか無くただ何となくというだけで此処に降り立っていた。

 「さあてどうしたものかな」

おしゃれな駅ビルを見て歩くもいいし付近をぶらつくのもいい。

ふと見た腕時計が示していたのは12時5分あたり。

 「軽く散歩してから千早のパルテノンに行きますか」

独り言を呟き歩き出す。


 目の前はバスのロータリー。奥には商店街の入り口。

 

「何か絵になる風景だな、あとで書き留めてみよう」


まっすぐ歩みを進めると昔ながらの肉屋。揚げ物の匂いがいい感じ。口が淋しいかなと思ってついその店でコロッケを買った。できたて熱々。これならカイロの代わりになるかも。

なんて馬鹿なことを考えつつ口に入れた。

一口かじるとふんわりとした感触。コロッケってこんなにやわらかいんだっけ。


夢中で口に頬張っているとここしばらくは一つの作品に集中しすぎて全てがかたくなっていたんだと気付く。今日なんとなく気晴らしにここに来たのは良かったかもしれない。


そのままあてもなく右へ左へ歩いていたら階段の前にいた。多分小さい神社の入り口だろう。


 「お願いしてみようかな……」

願掛けはあまりしないほうだけど今は不思議とやっておこうと思い、目の前の石段を登った。


ナニを願おう。

今描いている絵作品のこと。

展示会でよく言われますように。

さらに自分に自信が出ますように。

あの人と……できますように。


 願いを考えながら歩みを進め最後の石段を踏んだ。

同時に顔を上げると神社の境内が目の前に広がり、さらに奥には二人の人影が見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る