L.人形屋敷(80分 超過)
Lさんが小学生のころに通っていた女子校はカトリック系のお嬢様校だった。
「毎朝ホームルームの前にお祈りの時間があったし、食堂なんかでもそれぞれが大真面目な顔で十字を切ってるの。お互いへの挨拶もごきげんようって。当時は何とも思わなかったけど、今考えると堅苦しくって仕方ないわね」
そういった学校にはよくあるように、Lさんの小学校敷地内にも礼拝堂が備え付けられていた。
「シスターさん達がその建物では暮らしていてね。生徒たちには毎週日曜日に自由参加のお祈りの会が用意されてて、でもその時くらいかな、その礼拝堂と私たちに関わりがあったのは。ほとんどの生徒はあまり近寄らないようにしてたと思う」
何故なら気味が悪かったからだというのだ。
「確かに教会なんかは、厳かな雰囲気だけど」
「違うのよ。うちの礼拝堂はその、なんというか......特殊でね」
なんでも、人形屋敷、と影では呼ばれていたらしい。
「前理事長の娘さんもシスターだったんだけど、可哀想に。ちょっと精神を病んじゃってたらしくてね。たくさんの、ドールって言うのかしら、高級な西洋人形をコレクションしてて。それだけなら良いんだけど、あの人それを礼拝堂の窓際いっぱいに並べてたのよ」
礼拝堂の窓は明かり採りに作られたもので、はしごを使わなければ手も届かない。そんな場所に並べられた人形は必然、内側にいる人間を見下ろすような形になる。
「それも一つ二つじゃなくて、ぐるっと壁一面、取り囲むように人形に見下されているのよ。軽く五十体は超えてたんじゃないかしら」
「誰か注意したりしなかったの」
「言えなかったんじゃない? 一応は前理事長の娘さんだったし。それに、そうやって人形を並べてしまう以外は子どもの目にもすごく真面目な人で、シスターのお仕事でも周りには頼られていたから」
しかしそんなふうに人形屋敷の存在が許されてしまったのは、あくまで大人の側の事情。
「子どもたちの中には、本当にその人形たちを毛嫌いしてる子もいてね」
Lさんの友達グループにも一人、もはや人形恐怖症と言っていいほどに、礼拝堂のドールを恐れている子がいた。
「もしかしたら彼女には、その人形たちが何か別のものに見えてたのかもしれない。そのくらいの怖がり方だったのよ」
先に述べた通り、しかし普段の生活においては、生徒らが礼拝堂と関わり合いになることはめったにない。
始業式なんかは、別に用意された体育館で行われていたし、だからこそ周囲の大人も、子どもが怖がるからと撤去を訴えることも特にはしなかったのではないか、と。
「でもそのうち、ちょっとした事件が起こっちゃってね」
ある休日、職員が留守にしていた礼拝堂で、それらの人形が半数近く壊される事件があったらしい。
「人形の、ほら。値段が値段じゃない? 持ち主のシスターさんも半狂乱になったものだから、ちょっとした騒ぎになって、警察まで出てきたのよ」
そしてその捜査線上に浮かび上がった容疑者が、運悪くLさんたちのグループだったというのだ。
「私たちはみんな学校の近くに住んでいたから、近所の公園なんかよりも学校の校庭に集まって遊ぶことのほうが多かったのよ」
さらに悪いことには、教会の人形はすべて清掃用の箒を使って叩き落とされていたというのだ。
「だって大人なら脚立を使えば手が届くでしょう。子どもは長いものを使わないと届かないし、ぱっと見にはわかりにくい清掃用具のしまってる場所も、うちの生徒なら知ってて不思議じゃないだろうからって」
疑われた彼女たちは、もちろん一様に犯行を否定した。
しかし重ねて、じゃあ不審な人影を見なかったかと問われ、頭を振り。なら彼女たちのうちの誰かが抜け出したことはなかったかと問われるに至って。
「みんながその子のほうを見てしまったの」
人形を極度に怖がっていた彼女のことである。
「そういえば、って思い出したのは。彼女だけがトイレに抜け出して、そのまま戻ってこなかったの」
当然本人は激しく否定したが、その否定はいかにも癇癪混じりな子供の誤魔化しに見えた。だから大人たちの間では、彼女が犯人という空気で解決しちゃったし、裏では彼女の恐怖症を知っていた両親が、こっそり弁償金を学校に支払うということで話はまとまってしまったのだと思う、と。
「でもね、その場にいた人形の持ち主のシスターさんだけは」
その子のことをいつまでも睨んでいたという。
さて。それから二週間ほど経って事件のほとぼりも冷めた頃、以前通りに休日の校庭で遊んでいたLさんたちのグループはふと視線を感じたのだという。
「その校庭の隅に、礼拝堂へつながる石畳と木陰があってね」
目をやれば、件のシスターが彼女たちをじっと見つめていたのだという。
「視線に気付いた彼女が寄ってきて、ちょっといいかしらって。犯人扱いされたその子だけを手招きして」
礼拝堂の方へと連れ去ってしまった。
「それで......どうなったの?」
「それがわからないのよ」
その日はそれっきり。連れて行かれた少女は帰ってこなかった。
何か事情があったのだろうと、Lさん含めた友人らは釈然としないものを感じながらも、それぞれの家路についた。
しかしその日のみでは終わらなかった。翌日の月曜日も、そのさらに翌日も。彼女は病気で学校を休み。ずるずると姿を見かけないまま、気が付けばいつの間にか転校してしまっていたという。
「大人に事情を問いただしても、口ごもるばかりで、はっきりした理由は教えてもらえなかった」
人形の持ち主のシスターのほうは、今までと変わらず業務にあたっていたらしいが、彼女の友人らさえも、面と向かって尋ねることができなかったという。
「みんな自分の身が可愛いもの。第一尋ねたところでまともな返事が返ってくるとは思えなかったし」
「でもそれで......、まさかそれだけってことはないだろう?」
「......人づてに聞いたのだけど、そのシスターが最近亡くなったらしいの」
寂しい晩年だったという。少子化の煽りを受けて小学校も廃校になり、一人であの礼拝堂に残って人形たちとともにひっそり暮らしていたという。
「そのせいか最近私、寝ようとするたびに気配がするのよ」
「気配って、女の子の?」
「違うわシスターの方よ」
「それまたどうして......」
「そりゃあだって、」
人形を壊した犯人って私だもの。
Lさんいわく、正義感に溢れていた彼女は人形を恐れていた女の子の代わりのつもりで、夕暮れに友人グループが解散したあと、一人教会へと忍び込んだのだという。
「だからあのシスターさんが本当に呪うべきは私だったの。もしかしたら、死んでからそのことに気付いたのかもしれないわ」
因果応報よね、とこぼして。今ではすっかりスナックのママが板についたLさんは、寂しそうに笑いながらカクテルを仰いだ。
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