鋼鉄少女のソウルレス・ワン

@rinme

襲撃

理由もなく押し付けられた運命を大人しく受け取り、理由もなく生きていくのが生物の性とは、誰の言葉だったか。

十年前、齢十六の俺はそんな言葉を笑い飛ばせる位の意思に満ち溢れていた。

機械的に生きていた多くの学友たちと違って俺には確固たる目的があったし、それを為せるだけの能力があった。阻む物など何もなかった。

あの日までは。


「着いたぞ、降りろ」


運転手に急かされ車から、3cm程の雪の積もる大地に降り立つ。外には雪を乗せた黒色の風が吹き荒れていた。相変わらず、この風は夜闇の中でも良く見える、どす黒い色だ。

そんな色をしているのは、俺の悉くを吸い取ってしまったからか?こんな非生産的な自問とも、もう長い付き合いだ。


「オイどけよ、もやし野郎ッ」


下卑た罵声と共に飛んできた蹴りが、俺の背中に当たってつんのめってしまう。

ヒヒヒヒヒ、と嘲る声に続いて、覆面の男達が次々と降りてきた。

今日の俺の仕事は、こいつらの作った道を歩いて大した事もない機械を少し弄り回すだけ。


「作戦の是非は、お前の技術にかかっている。よろしく頼むぞエージェント・サカマキ」


車を運転していた男、覆面の男達の隊長格が俺に毅然とした眼差しをむける。


「与えられた仕事くらいはこなすさ」

「ああ、それでいい……」

「ケッ、技術屋風情が生意気なクチ聞きやがって」


後ろで準備をしていた男の一人が俺を嘲笑して、鞄を投げつけてきたのを危うくも受け止める。


「おい、機械は丁重に扱ってくれ!」

「チッ、ガタガタ抜かしてんじゃねえぞカスが!」


右足に男の爪先が食い込み、痛みと衝撃でバランスを崩した俺の体は無様にも倒れた。

かなりの痛みだ、折れているかもしれない。

「フン、お似合いだぜカスが。足は折らないでやったからさっさと立ち上がるこったな」

苦悶の表情を浮かべる俺の顔を見て満足したのか、男は他の覆面たちと共に、隊長格の男を先頭にコンクリートの壁の前に立つ。俺も何とか立ち上がって隊列に加わる。

隊長は俺を一瞥すると、部下たちに向けて、寡黙な面に似合わぬ大声を張り上げる。


「では、現刻を持って襲撃作戦を開始する。我々の任務は保有されている被験体を一体でも多く奪取する事である。作戦プランに従い迅速に遂行する」

「了解‼︎」


俺は声を出さなかった。黙ってハッキング用ノートPCと共に鞄に入れていた防風用マスクを付けた。


「なんだそのマスク?」

「……お手製の風除けさ」

「へっ、インテリのやる事は分からんねぇ」

「研究に基づいた論理的行動さ、この風から来る『魔力』は間違い無く俺たちの身体を蝕んでる!」

「おいおい熱くなんなって、自分が非力だからって僻むなよ!」

「そんなんじゃあない!」

「おいお前たち!」


割り込んできた怒声に振り向くと、強烈な殺気を放つ隊長の双眸が、俺と隊員たちに向けられていた。


「……悪かったよ、邪魔してすまない」

「……」


俺が謝罪の意を示すと、それ以上の追求はしないようだ、壁に向き直り手のひらをピッタリと壁面に合わせる。


『ーーー解けよ』


両手の輪郭をなぞるように湧き出した光が瞬く間に壁一面を埋め尽くし、圧倒的熱エネルギーへと変換されたそれは、壁と共に霧散していった。

破壊音すら発さないその技術を見るのは初めてではないが、ただただ感嘆するばかりだ。

気付けば周りにはもう人はいなかった。隊長の突撃を皮切りに、隊員たちは物も言わず後に続いたようだ。

『魔力』を扱う才能に富んだ彼らに追随する術は、俺にはない。

犯罪者崩れの集団だが仕事は確かだ。俺が合流するまでに施設を制圧する算段があるのだろう。

ここの研究には興味があったのだ。十年前、突然狂ったこの世界の象徴とも言える『戒式魔導かいしきまどう』をどうしても見ておきたかった。

クソッタレなロシアンマフィアの命令を受け、その麾下の犯罪者崩れのクズ兵士どもと共に任務に当たっているのも全てその為だ。

十年前、この世界は狂った。

吹き荒れた黒い風ーーー『魔嵐まらん』と名付けられたその災害は、総人口の七割と数多の文明をその彼方に飲み込み、生き残った人間たちには『魔力』なんて御伽噺の産物のような力を授けた。

突如万人の心臓に、腫瘍のように植えつけられた謎の機関『異囊いのう』が生み出す絶大な力。

突如舞い降りた神の如きそれに、人間が魅了されぬ訳もなく、既存の文明の復興もまちまちに、狂ったように研究を始めた。今も吹き付けるその黒い風に、皆脳の中身を書き換えられたかのように。

『魔嵐』のもたらしたものは良いものばかりではなかった。魔力を扱う才能が社会に新たな格差を生み出したとか、俺にその才能は皆無だったとか、そんな事はどうでもいい。

一番重要だったのは、俺の夢、『宇宙開発』に回されるリソースはこの世界のどこにも残っていなかったという事だけだった。

俺という人間、『坂巻 功児』はその時終わった。夢を奪われた俺は、無意識の内に転がり続けてこんな僻地でこんな仕事で食い繋いでいる。

もしかすると、俺もまたこの風に脳をやられ自堕落な人間になってしまったのかもしれないな。

自嘲的な独白に雪と風の返答を背中に受け、一先ず保管されているであろう研究資料を回収する事にした。

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