親子で最後の……
「っとと」
ダンもローが持つ大剣の恐ろしさは重々承知している。しかしそれを扱うのが歴戦の戦士なのだからそうそう対処できるものでもない。
本当はいなすつもりであったがしきれず、盾に一センチほどの切れ込みが入ってしまった。
「相変わらずごっつい剣だ、もう何度か受けたら盾が砕けちまう」
「喋っている余裕があるのか」
遊びのないローは普段の一切無駄のない動きに拍車がかかっており、話しかけて油断を誘うすきもない。ダンにとってローは超えるべき目標であり、そのためならまっとうな手段であればどんな手でも使う気概だ。
「はあっ」
「んがっ」
ローの持つ剣の切れ味であれば大振りは必要ない、そもそもローの膂力ならば当てることを重視しても必殺の一撃とできる。ただしダンの盾もハリボテではない、それなりに力はいるがそれでもすきを生むほどではない。
ダンは必死でローの剣舞を交わしつつ接近できるチャンスを伺う。
「どうした、さっきの威勢はどこへいった」
「くそ」
ダンはたまらず腰の剣を抜き左手に構えた。変則なスタイルで盾と剣を持つ手が普通と逆だが、鍛錬を重ねて不足はない。
主武装は盾であり剣はあくまで牽制用だ。盾を前にしてその横からチラチラと切っ先を覗かせる。薄明かりで怪しく輝くそれだがローは意に介さず距離を詰めてくる。
「ぬんっ」
「ここだ!」
ダンはその剣を横にして前に出した。ローが切りかかってくるところに構えたが、当然のように交錯しギインという不快音とともにあっけなくへし折れた。
しかしわずかに勢いは削げた、これなら盾でなんとか受けられる。それも先ほど受けた傷の部分に寸分違わず押し込めた。
「なにっ」
ローが驚きに声を漏らす。盾にヒビが入るが、その分深く食い込み剣が抜けない。そしてダンは盾から手を離した。右足に力を込め、ローの側頭部へと放つ。しかしなぜかローはガードもしようとせず、そのまま蹴りを受け入れた。
「ぐっ」
命中しローがよろめいた、追撃を試みたダンだがローのほうが一枚上手だった。
「ああ?」
ローは剣が食い込んだ盾ごとフルスイングした。あえてダンの蹴りを受けることで、ダンが追い込んだつもりが逆にその場に留めたのだ。
剣の先の方に超重量の盾がついていることで振り回すのも一苦労だが、両手で握りダンに叩きつけた。
「――がぁ」
地面を転がり、なんとか立ち上がるがもはや武器もない。握りこぶしを突きつけ低く構える。ローは容赦なくまた迫ってきた。
だがダンも臆せず、ローにタックルをしていった。
「――はは」
ローが笑った。決して手を抜いたわけでもない一撃をダンがかわす。それも最小限の動きで刹那の見切りだった。
腰にやや斜めからダン飛びつき押し倒そうとする。近すぎて剣は使えないので、ローも剣を手放し引き剥がそうとする。そうなれば勝機はある。
「おらあ!」
「残念」
頬に衝撃、それまで全力でなかったわけではないが、危機を感じたローが全力をだしこの戦いの最後となった一撃。ローが放った神速の右拳はダンには全く見えず、無論かわすことも出来なかった。その直後にダンが見たのは城の石を詰めた無骨な天井で、そこから彼の意識は飛んでいった。
倒れ込み動かなくなったダンをローは見下ろし、一瞥して離れようとする。その前に少しだけ顔を向け一言つぶやく。
「もっと強くなれ、そうじゃないと――」
誰にでもなく、誰も聞こえず、その先の言葉は闇に飲まれていった。
「おい起きろ」
「――……はっ」
ビクンとのけぞり、猫のように跳ね上がった。低く構えたダンの視線の先にはジェグがいた。
「なんだ!」
「……それはこっちのセリフだ、どうしてこうなった」
ジェグが呆れたように周囲を見渡した。ダンもそれを追って眺めれば、地面や柱に無数の亀裂ができており、元々多くはないが寄贈された鎧や芸術品なども粉々になっている。
「あー、うん」
「まあ聞かずともだいたいわかるが、それでどうだった?」
「後一歩、……嘘だ、十歩は足りないな」
「お前でそれだけか。本当に、我が親父殿ながらとんでもない話だ」
ふうと息をつくジェグ、ローに勝てねば彼の在位中に退けることは叶わない。
「それで親父殿は?」
「知らん」
短く言い、去っていくダン。体の節々が痛むが彼にもプライドがある、情けない姿は人に見せたくない。
そうして独りごちた。
「それまで、待っていろよ。ロー」
その数日後、姿が見えなくなっていたローが亡骸となって発見された。
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