語るは我が願い《サラリーマン視点》
「お、おおおお願いだ! 助けてくれぇ!」
「はい、分かりました」
ザンッ
「えっ?」
そのサラリーマンの瞳には笑顔で同僚の首を刎ねる゛ヒトではない何か゛が映っていた。
そしてその時彼は悟った。
もう何をしても無駄だと。
自分の生命はもう尽きたのだと。
未来なんて存在しないのだと。
しかし彼は首を失った二人の同僚とは少し違った。
彼は゛男゛であった。
それと同時に、二児の子、美しい妻を抱えた家庭を持つ一人の゛父゛であった。
彼には生きなければならない理由があった。
帰らねばならない家があった。
しかし彼はもう自分は死ぬのだと無意識に思ってしまっていた。
”コレ”には言葉は通じない。
たとえ通じたとて殺される。
それは絶対であり覆ることなどありはしない。
目の前に立つ血塗れの”コレ”には彼にそう感じさせるのに十分なだけの”何か”があった。
そして、それと同時にこう思った。
なぜ”コレ”は人を殺すのだろう。
何故こんなにも簡単に灯火を吹き消すのだろう。
殺さねばならない理由でもあるのか。
先程のを見ていた感じ、そこに一切の躊躇はなかった。
むしろ自ら進んでしている感じであった。
なぜなのか。
膨れ上がったその疑問は彼の口をついて出た。
「なんで…………」
「はい?」
「なんでそんなに簡単に人を殺せるんだ!?」
思わず言葉に怒気が籠ってしまったことに内心焦るも彼は言葉を続ける。
「生命には価値がある!」
「いえ、ありませんよ」
「生きていることは苦しい!」
「はいそうです。だから私は皆さんを苦しみからお救い申し上げて」
「違う! 苦しまなければ意味がないんだ!」
「はい?」
死期を悟り、彼の頭は出来かけていたパズルのピースがはまっていくように理論を築き上げていく。
そしてその理論を目の前の”コレ”にぶつける。
容易く命を奪い取り、そのことをきっとへとも思っていやしない”コレ”に。
「人は罪深くその欲は留まるところを知らない! 今欲しているものを得たら、次へ!また次へと欲し続ける! その身を欲で滅ぼした先例は星の数ほどあるにもかかわらず! なぜか! なぜ人はその身を滅ぼすとわかっていてなお自分の欲に忠実に求め続けるのか! 何故人は歴史に学ばないのか! それはその人の性こそがこの世に生きる人全てに平等に与えられた罰だからだ! 生きとし生けるものすべてに与えられた罰だからだ! 人はその身にあまりある欲を誰しもが持っている! そしてその欲は決して満たされることなどはない! そんなことなどありはしない! 満たされたとき! それ即ち人の性としての死を意味する!」
「なるほど、そのような考え方もありますね」
”コレ”は賛同するかのように頷いた。
彼は続ける。
「そして人は自らの欲によって得たものにも苦しまされる!」
「ほう、なぜでしょう?」
” コレ”は疑問を投げかける。
彼は答える。死の間際に生み出した理論をぶつける。
「なぜなら得たものはいつか失われる! それがいつ失われるか分からない苦しみに人は常に襲われ続ける! 未来永劫襲われ続ける! いつ失われるのか! それとも失う前に命が尽きるのか! それは誰にも分からない! 知り得ないことにずっと悩まされるのだ! これを罪と言わずして何というのか!」
「たしかにそうです。」
彼は胸に焼けるような痛み、否、激痛を感じた。
そして、胸の中が熱いドロドロしたもので満たされていくのを感じた。
熱い脈動する液体で満たされていくのを感じた。
見ると胸から銀色で所々赤いものの付いた角が生えているのが見えた。
それは”コレ”の腕に握られているのが見えた。
そして、薄れゆく意識の中、彼は思った。
もしかしたらこれも罰なのかもしれない、と。
そしてこうも思った。
帰りたかったな。
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