承・そして幼馴染は過去を振り返る。
名前、名は体を表すそうです
朝に産まれた長女は朝。夕方に産まれた次女は夕。夜に産まれた末っ子には夜の文字が名前に付けられました。
なんでも自分の娘には美しい女性に育って欲しいという想いで『美』の文字を付け足したのだとか。
そんな安直な理由と微妙なネーミングセンスで美夜子の名前は決まりました。
正直、疑問に思ってたんですよ。
なんで美夜子だけ名前に『子』の文字が入っているのだろうと。
長女の朝美お姉ちゃんと次女の夕美お姉ちゃんの法則に従うなら美夜子は
お父さんが言うには「美夜子は産まれた時、未熟児で小さかったから」だそうです。
未熟児で小さいから名前に子の文字が足された。未熟児だから身体の弱い子供になった。
予定日より二ヶ月早い三月に生まれたから未熟児になった。
なら、産まれた時に未熟児じゃなかったら美夜子はこんな『小さい人間』にならなかったのでしょうか?
いえね、別に自分の生い立ちに不満があるわけじゃないんですけど。
ほら、名は
どこぞの誰かさんみたいに名前に『姫』とか入ったら少しは美夜子の“人間の小ささ”も変わったんじゃないだろうか、と思う次第なんですよ。
いえ、別に自分の小ささに不満とかがあるわけじゃないんですけど。
小さい人間は小さいなりに役得とかもありますし。
例えば……そう、生意気な事を言うと歳上の男の子に構って貰えるとか。
嘘泣きをすると頭を撫でて慰めて貰えたりとか。
甘えるとなんだかんだで優しくされたりとか。
膝の上に座っても「重い」とか言われませんし。
役得、結構あるんですよ。
小さいデメリットなんて高い所に手が届かないことくらいですし。
損得勘定で物を語るなら小さいことより末っ子の方がいっぱいあるんですよ。損することが。
三姉妹の末っ子は損することばかりです。
着るものは姉からの御下がりが多いですし。お風呂は基本的に一番最後ですし(それでもお父さんよりは先ですけど)。夜ご飯のメニューとか、テレビ番組のチャンネルとか、物事を決定する権利が無いのが末っ子の辛いところなんです。
なまじ歳が四、五歳も離れているので姉妹間のパワーバランスは姉側にこれでもかと傾いてるわけで。
三姉妹の末っ子は家庭内だと肩身が狭いんですよ。
お父さんの次くらいに。
それに成績とか人格とか、とにかく姉と比較されることが多いんです。
出来のいい姉が二人もいると一番下の妹は劣等感とか倍増しで感じたりするんです。
家庭内でも世間でも若輩者は不遇な扱いを受けています。
どうして世の中は弱者に対してこんなにも世知辛いのでしょうか?
小さい美夜子には辛い事ばかりですよ。まったく。
待遇の改善を要求します!
──とか言ってみたり。
まぁ、それでも美夜子の人生はイージーモードなんですけどね。
自分で言うのも何ですが、美夜子という人間は世の中を舐めている生意気な子供なんです。
美夜子は末っ子ですから。甘えれる相手が本能的に分かるんです。
歳上はチョロい。媚び売って甘えれば優しくしてくれる。嘘泣きすれば大体のことは許してもらえる。
勉強なんて程々にすれば何も問題ない。
美夜子の人生は
世界は美夜子を中心に回っている。
小さい頃の美夜子はそんな感じで世の中を渡っていました。
ですが。
『美夜子ちゃん。世の中は君が思っているほど甘く無いよ』
一人だけチョロくない歳上がいました。
歳上というか大人ですね。
美夜子が唯一“怖い”と感じた大人。
普段は優しいのに時々残酷なほど厳しい一面を見せる塾の先生。
当時はまだ九歳だった美夜子に辛辣な言葉を投げかけた相手。
月岡先生。美夜子が苦手なチョロくない歳上。
世の中は甘くない。そんなの当たり前といえば当たり前じゃないですか。
わざわざ言わなくても良いじゃないですか。ましてや小さい子供に。夢も希望もない現実味に溢れたことなんて。
一介の塾講師とはいえ、指導する立場の一教育者なら子供に夢や希望を抱かせるのが教育者のあるべき姿だと思うんです。
いえ、別に月岡先生に不満があるわけじゃないんです。
あの方は間違いなく優秀な教育者なんです。優秀すぎて時々煙たく感じるほど、それは素晴らしい先生でした。
最近になるまで月岡先生のそのお言葉の『真意』が美夜子には理解出来ませんでした。なんで月岡先生は美夜子にそんなことを仰ったのだろうと。
分かりませんでした。
あの日に──現実が美夜子の腕を捕まえるまで。
『アンタさ、何であたしがいじめられてたこと知ってんの?』
ああ、こういう事なんだ。
先生が仰りたかった事ってこれなんだ。
何でもかんでも自分の思い通りに事が運ぶと思ったら大間違いだ、と。
そう悟った瞬間に美夜子はあの時思わず笑ってしまいました。ケラケラと馬鹿みたいに。
笑い過ぎて自暴自棄になりました。喋らなくていい事を洗いざらいひめちゃんに白状しました。
バレなきゃそのまま隠し通すつもりだったのに。
もう少しで独り占め出来そうだったのに。
本当、世の中って不公平ですよね。不公平で不平等過ぎますよ、この世界は。
この世界の天秤は平等を司るものではなくて優劣を決めるためだけに存在している。弁護士の娘にはあるまじき発言ですけど平等なんて言葉は立場が上の人間だけが吐ける
天秤の起源なんてどうでもいいんですよ。美夜子は上から目線で物を語られるのが嫌なんです。
ノブレスオブリージュってあるじゃないですか? 美夜子はそういう思想が大嫌いです。何を偉そうに人の価値を勝手に決めつけてるんだ。お前の足元にいる人間がお前の頭上を越えることだってあるだろうと。
美夜子は美夜子を見下す歳上が大嫌いです。お姉ちゃん達も今まで出会った大人達も。どこぞの神童とお姫様も。
雪雄くんと伊織ちゃんだって。
例外はお父さんとお母さんと大和くんだけです。それ以外の歳上は全員嫌いです。まぁ、大和くんの親友の御二方と美未ちゃんは特別に許してあげますけど。
別に愚痴を言いたかったわけじゃないんです。
なんて言えばいいんでしょうね。こういう時は。
人間生きていれば不満の一つでも吐き出したくなる時ってあるじゃないですか。
不満があっても受け入れないといけないこと、あると思うんです。
散々グダグダと悪態をのたまってきましたけど。
どうしても一つだけ、それでも不満に思うことがあるんですよ。受け入れられないことが一つだけ。
どうして美夜子はあと一年だけ早く産まれてこなかったんでしょうか。
あと一年早く産まれていれば。大和くんと同い年になれていれば。
みんなと一緒になれていれば。
美夜子がみんなから置いていかれることだって──なかったはずなんですから。
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