変人、サブカルクソ女のライフワーク

 そろそろここら辺で村上美未むらかみ みみ人物像キャラクターを当たり障りのない程度に説明しておこうと思う。

 この人物紹介は必要か不要かで言えば間違いなく必要なことだ。

 なんせここ最近の出来事で嫌でもあのサブカルクソ女と関わりを持たないといけない事態が発生したからな。

 月岡さんの件も、姫光の件も。

 姫光と伊織の和解の為にも。

 俺は美未から助力を仰がなければならない。

 目的達成の為にはどうしてもシャイニー海賊団メンバーであり『二人の仲』を知っている美未の力が必要なんだ。

 姫光と伊織の不仲はもう俺だけではどうにもならない案件だから。

 アイツの目線で見れば虫のいい話だと思う。約束を破ったくせに今さらどのツラ下げて助力を申し出てきたんだ、と。

 俺は過去に美未から見捨てられても仕方がない事をしでかした。

 だからこそ。

 俺にとってあのサブカルクソ女がどういう存在でどういう立ち位置なのかを自分自身の中で明確にする必要がある。

 対話によるコミュニケーションで。

 敵か味方か。許せるか、許してもらえるか。

 その境界線ボーダーラインを確立するためにも。

 どんなに不本意であれ、俺は村上美未という変人と関わりを持たなければならない。

 だからこそ俺は今一度過去を振り返る。

 村上美未がどういう人物だったのかを思い出す記憶の旅路。

 懐古。昔を懐かしむ。

 時間にして一分にも満たない回想だけど。何も思い出さないよりは全然マシだと思うから。

 だから、今から村上美未にまつわるエピソードを回想ついでに一つだけ紹介しよう。


 それは俺がまだ小学五年生の頃

宮沢賢治みやざわけんじの代表作『よだかの星』を題材テーマにした国語の授業の時だった。

 国語の授業というより道徳の授業に近い内容だったと思う。

 よだかの星を引き合いに出したいじめ問題の討論会ディスカッション

 善悪の分別。一番悪いのは誰なのか。

  夜鷹を脅迫した鷹や夜鷹を嘲笑った他の鳥達が悪いのか。

 勝手に一人で悩んで、挙げ句の果てに自殺した夜鷹が悪いのか。

 夜鷹を助けなかった弟のカワセミや真面目に取り合わなかった太陽と星々が悪いのか。

 いじめる奴が悪いのか、いじめられる奴が悪いのか、いじめを看過みすごす奴が悪いのか。

 大多数の意見が『鷹が悪い』だった。

 夜鷹が可愛そう、と。普通の人間ならそう思うだろう。

 当時は俺もそう思っていた。多分今でもその思想は変わらないと思う。

 でも、一方で夜鷹の非を訴える声も少なからず上がった。

 死んじゃうのは悪いことだと。

 確かにそれもある。

 それでも一番悪いのは鷹という結論でその授業は終わったんだ。

 ただ一人だけ。

『ウチはよだかに名前を付けた神さまが一番悪いと思うっス』

 そんな誰も考え付かない様な意見を出した奴がいた。

 それが他でも無い美未だった。

 神さまが争いの元を作った、と。

 あるいは夜鷹を醜く作ったのが悪いと。

『あーでも、こんな悲しい話を書いた作者が一番悪い奴かもしれないッスねー』

 誰も考え付かない右斜め上の結論。

 美未が普通の人間とは何かが違う存在だと認知され始めたのは、ちょうどその辺りからだろう。

 村上美未は個性的な人間であり天才的な発想の持ち主である。

 と、まぁ。

 美未という人間をざっくばらんに説明するとこんな感じだ。

 こうやって改めて過去を振り返ると村上美未の変人具合が良く分かる。

 やっぱアイツは異端児だ。

 変人と紙一重の天才。才能の塊。

 なにせ滅多に人を褒めない『あの姉』が俺の知り合いの中で唯一何の嫌味も無く美未の芸術的才能を「貴女凄いわね」と賞賛したくらいだからな。

 そんな美未だからこそ。

 俺は心のどこかでアイツのことを尊敬していた。師匠と呼ぶのに抵抗がなかったのは……つまりそういう事なんだと思う。

 いや、その、なんだ。

 なんでこのタイミングで人物紹介をしたかというと……手っ取り早く説明するなら『御本人様』と出会したからなんだ。 

 場所は真夜中の道路。時刻はおおよそ午後九時半頃。

 それはワガママな幼馴染おひめさまを家に送り届けた後、帰路に向かって歩き出した矢先の事だった。

 クロが『何時ぞやの時』みたいに急に「ワン!」と鳴き出した。

 何事かと思い、とりあえずクロの行きたがっている方向に連れていったら、夜道の先に見知った人物の影絵シルエットが見えた。

「……お前、こんな時間に何してるんだ?」

 街灯の明かりでライトアップされた金茶色ブロンドの髪。

 目測170センチ前後の女子にしては割と高めの身長。

 パイナップルみたいなヘアスタイルに赤い縁のメガネ。メガネの奥から垣間見える暗い茶色ダークブラウンの垂れ目。

 ダボっとした緑色のジャージ。片手にはスケッチブック。片手にはコンビニの袋。

 パッと見で明らかに不審人物に見えるその容姿。

 昔は髪の色も容姿も地味で暗い感じだったはずだ。

 いや、髪は今の金髪が自前で本来の色なんだっけ。小学生の時期にヘアカラーを使うとか、親は一体どういう教育をしていたんだか。

 そういえば、学生の間は地味子を装うのが流儀ポリシーだとか言ってたな。

 まぁ、そんな事はどうでも良いんだけど。

「ちーす。いつぞやぶりッスねーヤマくん」

 あの時と同様に気さくな雰囲気で俺に接するサブカルクソ女。

 村上美未。元は幼馴染だった相手。

 俺にいらないオタク知識を吹き込んだ張本人。三度の飯より絵を描くことが好きな生粋の絵描き。

 中学三年生から引きこもりになった同級生。今はたしか……定時制の夜間学校に通っているんだったかな。

「おおっ、クロ助も久しぶりッス。ウチのこと覚えているッスか?」

 金髪の引きこもり女子はおもむろにしゃがみ込んで俺の足元にチョコンと座る黒い毛玉をもふもふと撫でる。

「おー、相変わらずクロ助はおとなしくて可愛いッスねー」

「…………」

 あの時は姫光のことで頭がいっぱいで美未と話している時間も心の余裕も無かったけど。

「……で? お前は何してたんだ?」

 俺は愛犬をモフる金髪の頭に再度質問を投げかける。

「こんな時間まで学校って事は無いだろうけど。お前にしては珍しく随分と遅い時間まで出歩いているじゃないか」

 そんな当たり障りのない質問に金髪のメガネ女子は。

「何って食料調達ッスよ」

 見れば分かるだろと言わんばかりにコンビニの袋をガサッと持ち上げた。

「そーいうヤマくんだって『こんな場所』までクロ助の散歩とか珍しいッスね。明日は空から雪でも降ってくるんじゃないんっスかねー」

 そう言ってニコニコと朗らかに笑うサブカルクソ女。

「…………」

 悪意や敵意を感じない柔らかな雰囲気。

 こいつは何時いつもこんな感じだ。

 陽気で親しげに話しかけてくる。フレンドリーな対応がいかにもアメリカ人っぽい。

「はっ!? さてはヤマくん……散歩ついでにエロ本を買いに行こうとしてたッスね?」

「…………ええっ」

 なんだよ、そのしたり顔は。俺ってそんな風に思われてたのか……ショックを禁じ得ない。

「ちげーよ。ちょっとこっちに用事があったんだ」

「違うんッスか? ウチのサイドエフェクトはそう言っているッスけど?」

「お前は一体どこの実力派エリートだよ……」

「ぼんち揚げ食べるッスか?」

「真似しなくていいわ!」

「ふむ? ヤマくんの頭は今割とピンクなことでいっぱいだって顔に出ていたんッスけどねー」

「…………」

 ほんと、妙な事には敏感だよなコイツ。勘が鋭いというか。

 確かについさっきまでエロい事考えてたけど。

 具体的に言うと『あの時』俺が我慢しなかったら今頃は姫光と──とか。

「ヤマくんは昔からむっつりスケベ顔だったッスからねー」

「むっつりスケベ顔って何だよ……」

「いやなんていうか、もう顔が既に卑猥な形状してるんッスよ」

「卑猥な形状ってどんな形ですか!?」

 やめて。人を公然猥褻物わいせつぶつみたいに言わないで。

 俺ってそんなに色欲魔っぽく見えるのかなぁ。

 姫光といい美夜子といいコイツといい。

 もしかしたら俺に変態とかスケべとか、そっち方面の悪態を吐かないのって伊織だけじゃないのか?

 アイツの場合はそれ以外の悪態が酷いけど。

「……ほんと、お前は相変わらずだな。俺をからかって楽しいかよ?」

「もちのロンッスよ。ヤマくんはいじり甲斐があって楽しいッス。プークスクス」

 人を小馬鹿にした感じでケラケラと笑うサブカルクソ女。うん、今ちょっとだけイラッとしたかな。

「お前、本当いい性格してるよな」

「いやーそれほどでもないッスけど」

「褒めてねーよ」

 そんな風に他愛もない談笑に花を咲かせる俺と美未。

 まるで『過去なんて綺麗さっぱり忘れて楽しくやろうぜ』と遠回しに伝えているかの様なフラット具合だった。

 これなら大丈夫そうだ。

 美未はもう『昔のこと』を引きずってない。

 そんな淡い期待に近い予感があった。

 予感があったから。

「そうだ美未。お前、ちょっと時間あるか? お前に話したいことがあるんだよ」

 そんな風に気軽な感じで誘えたのかもしれない。

「おっ、なんッスかヤマくん。今期のアニメ談義なら喜んで語り合うッスけど?」

「それは次回に持ち越しだ」

「むむ、それは残念無念また来週ッスね」

 ちょいちょい会話にアニメネタ挟むよな、お前は。

「まぁ、話したいことつーか、お前に頼みたいことがあるんだ」

「んー、アニメ談義じゃないならウチは御遠慮したい所ッスねー。時間も時間だし場所も場所ッスから」

 それに、と美未は言う。

「ウチは今から『日課』があるッスから」

「日課?」

「これッスよ」

 片手に持っていたスケッチブックをペラペラとめくって美未は一枚の絵を俺に見せる。

 見せるというより“魅せる”が正しいのかもしれない。

 手渡されたスケッチブック。そこに描かれた風景に思わず見入ってしまう。

「……お前の絵、相変わらず凄いよな」

 素直な感想が口から漏れた。今度は本当の意味で褒め言葉を言ったつもりだ。

 色が何も塗られていない白と黒だけの鉛筆画。書き掛けなのにも関わらず味があるというか。

 おそらく夜の風景を模写した物なのだろう。月の明かりと闇夜の違いがよく出ている。

 光陰がはっきりと出ていてむしろ色を塗らない方が芸術的なんじゃないかと思える。

 美術に関しては門外漢だし深い知識もセンスもないけど。

 それでも美未の描いた絵は素晴らしい物だと思う。

「こんなのまだまだッスよ」

 美未はフッと自嘲気味に笑う。

「なんつーか、ウチ最近スランプなんッスよ。描けば描くほど下手になっている気がするってゆーか」

 ポリポリと頭をかいて眉根を寄せる美未。

「これでスランプとか……お前、絵に関しては本当にストイックだよな」

 妥協を許さない。向上心を忘れない。

 努力を怠らない。才能におぼれない。

 他人には真似できない。

 それが天才が天才であり続けられる所以ゆえんなのだろう。

 やっぱり、“そっち側”の人間は俺たち凡人とは住む世界が違う。

「そりゃそーッスよ。……ウチの『美』は未だに完成していないッスから」

 ポツリと呟く美未。まとっている空気が談笑していた時よりも重くなっている。そんな気がする。

「…………」

 いらない地雷を踏んだのかもしれない。

 マインスイーパー下手くそか。

「わふ……」

 気まずい空気を察したのか路上で丸まる黒い毛玉。本当にうちの愛犬は賢い犬だなぁ。

「…………」

 これは日を改めた方が良さそうだ。

「あー……その、なんだ。絵の上手い下手はよく分からないけど俺はお前の絵、けっこう好きだから。じゃあ、またな」

 別れの挨拶を残し愛犬を連れてそそくさと退散するつもりだった。

「……ヤマくん」

 美未は。

「ちょっと待って欲しいッス」

 クイッと控えめに俺の袖を掴んだ。

「実はヤマくんにお願いしたいことがあるんッス」

 振り返ると、そこには曇ったメガネから覗く濡れた瞳があった。

「ヤマくんには貸しがあるッスよね?」

「貸し? 貸して一体──」

 言いかけて。ハッと気が付いた。

 気が付いたというより思い出した。

「ウチ、ヤマくんに懐中電灯まだ返してもらって無いッスから」

 美未に借りた懐中電灯を返し忘れていた。

 あれからだいぶ期間が開いているけど。

 ある意味借りパクしている様なものだった。

「……あ、あーそれな。その件は一度動作確認とシステムチェックをした上で慎重にテストを重ねてからサーバーメンテナンス明けらへんに返却しようと思っていたんだよ」

「なんか納期を必死に遅らせるシステムエンジニアみたいな言い訳ッスねーそれ」

「何故分かった!?」

 遅延ダメ絶対。

 いや、そうじゃなくて。

 何か嫌な予感がする。

 美未からのお願いって大概は姫光と同じくらい面倒くさいパターンだから。

「貸しはちゃんと返すのが礼儀マナーすよヤマくん。男ならマナーの一つくらい守れるッスよね? いつかの“約束”と違って」

 語気を強め約束という言葉を強調する美未。

「あ、ああ。分かったよ」

 やっぱり『あの事』はまだ根に持っていたのか。

 そうだよな。

 表面上はフラットでも中身はまだグチャグチャでデコボコのままだった。

 出来た溝はそう簡単に埋まらないし抱えた傷は中々癒えない。

 そんな事は前々から分かっていたことだろ。

 助力を仰ぎたいのはこっちの方なんだけど。

 受けた恩を仇で返すのは俺としても不本意だ。

 仕方ない、腹をくくるか。

「……そんで俺は何をすれば良いんだ?」

「そんな事、決まってるじゃないッスか」

 美未は告げる。俺の予想の右斜め上をいくとてつもなく面倒な厄介ごとを。

「ウチの『汚部屋』をヤマくんに掃除して欲しいんッス」

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