目的を持って書く、という事。

 当たり前、と断じる事が出来るだろうか。


 1年目の若者に「目的をはっきりとさせ、書け。」と言うには難がある。

 だが、いずれ迷う時が来る。一度くらい立ち止まってでも考えたとしても、バチは当たらないだろう。




 ここでは私が書き始めた当初の話をしようと思う。老害の昔話だ、切ってもらって構わない。



 私の前には、一枚の賞状がある。これから破り捨てるモノだ。

 この一枚のために多くの者が倒れた。意匠を凝らした勲章を握りつぶし、私は怒りに震えていた。指から滴る血は、彼らが流した量を超える事は無い。


「汚してくれるなよ?」

「……なぜ、私なのですか。」

「お前、おらんだろう。愚図が。」


 将官からの叱咤だとつを受け、体勢を崩したが踏み止まる。私は彼らの代わりに今日、総司令部に召還されたのだ。情けなく折れるわけには、いかない。

 足元に落ちた賞状に血痕が落ちる。床を汚すよりは良い。口元を拭う礼服が、とても歪に見えた。

 賞状をしまい、知られていない通用口から外へ出る。生涯、来ることは無いだろう。


 私は隠れるように姿を消し、小隊全員が戦死と記述された。辛酸を舐めた二ヵ月後の昼であった。








「それで、おちおちと帰ってきた、って?」

「そうだ。」


 なぜか、呆れられた。報奨金無し、賞状も勲章も売れず、殴られ損……確かに呆れられてしまうかもしれない。

 目の前の役所員は、私を胡散臭い目でジロジロと観察してくる。


「あのねぇ、二か月も前に死んだ人が生き返るわけないでしょう?」

「ここにいる。」

「はぁ。帰って下さいよ。」


 私には、名乗る名前はおろか、戸籍そのものが消えていた。後々知る事になるが、根回しされていたらしい。名実ともに非国民となってしまった。

 幸い知人の厄介になり、数年過ごし伝手で仕事もさせてもらった。


 この頃の私が空いた時間に残した日記が、私の執筆の目的となるモノだ。


 友の言葉、遺族への面会、恨み等を書き殴っていった。とても見せられる代物ではない。

 ただ、そうしなければ壊れてしまうと思ったのだ。

 60年前に書いた冒頭の記述。












『私が綴る文字を笑え。妄言である。虚言である。非国民だと断じよ。私はどこにもいない。』


 私が書く目的である。

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