第24話 紀伊公園入り口前駐車場到着

「はぁ!?」

 頬に手を当て溜息を吐かれながら小鬼が顔を顰めたため、思わずぐっと眉間に皺が寄ったのを感じた。

 私だけじゃなくお父さんも「貴様!」と苛つきを含んだ声を上げた。

 それもそうだ。実の娘がコケにされたのだから。


 誰にでも好みがあるのは当たり前。

 だが、別に改めて口にしなくても良い事はこの世に腐るほどあるし、言わせて貰えばこっちらにとて選ぶ権利がある。


「最後の警告です。そこをどきなさい」

「やってみろ。うちの娘に手をだすのならば、人だろうが物の怪だろうが容赦はせん」

「ほぅ。この僕に勝てるとでも?」

 双方少しずつお互いの距離を縮め、睨みあっている。


 こんな所で激しいバトルを繰り広げられ、騒ぎを聞きつけたおじいちゃん達が起きて来られてしまったら迷惑だ。それに二人に怪我されたらもっと困る。

 どうしよう。こういう時、大原なら……――

 その時だった。手にしていたスマホが振動したのは。





 車外を流れる景色は日が落ちるだけでこんなにも違うものなのだろうか。

 闇夜の中、時々設置されている街灯の明かりの下、薄気味悪い幻覚生物でも視えそうなぐらい暗く静かな世界。

 そんな場所を通るのならば、せめて車内の空気だけは陽気にしたいが、どうやらそう上手くはいかないみたいだ。


 車内を覆っている空気は重く息苦しいため、言葉一つはおろか物音すらも立てにくい雰囲気。

 原因を作っているのが、後部座席――私の左隣に座っているお父さんのせい。


 大原のおじいちゃんと大原は、お父さんを見るなり二人して難しい顔をし、『一緒に行くのは難しいから、このまま自宅で待っていて欲しい』と何度も説明し説得。

 だが、結局お父さんが『私も連れて行け』と、無理矢理大きな体を軽自動車へと自ら押し込み、結果同行する羽目に。



「月山さん。やはり戻った方がいいのではないかね?」

 運転をしてくれている大原のおじいちゃんが、何十回目というその台詞をかけた。


「いいえ、私も行きます。娘だけ危険な目に合わせるわけには参りませんから」

「月山さんよ。これから行くのは、お前さんにはちと危険な所じゃ。月山さんが山の神の加護を受けておる、その理由をわかっておるな?」

「……えぇ。人に視えざる者が見えるからです。そしてその害を受けやすい」

「そうじゃ。月山さんの体は灯火なのじゃ。害のある虫が群がってくる。つまり、その体は憑きやすく狙われている」

「守りがあるから大丈夫です」

 お父さんが胸元から取り出したのは着物の切れ端で縫われたお守り。柄がアンティークの着物みたいで可愛い。


 どうやら長い紐でくくり、ネックレスのようにして常に付けているよう。そういえば、かなり昔に二・三回これを見た事があるようなないような。


「無理ですね。ただの足手纏いにしかなりませんよ。貴方は役立たずですから」

 小鬼が助手席から顔を覗かせて告げれば、すぐさま小鬼を抱きかかえている大原から諌める声が降って来た。

 だが、時すでに遅し。小鬼の言葉を耳にしたお父さんは、手を伸ばしてあいつの頭を掴んだ所だった。


「ぎゃっ」

「小鬼風情が!」


 ――あれ? なんかこの光景よくみるんだけど……小鬼が頭掴まれ、押し潰れた声あげるやつ。デジャブ?



「何するんですか! 親子そろって野蛮ですね! 貴方が行けば小娘どころか、悟様にすら危険を及ぼす事になるのです。だから悟様達も何度も言っていたじゃありませんか」

「何故だ?」

「行けばわかりますよ」

 鼻で笑いながら吐き捨てた小鬼の呟き。それは現地に着くとすぐに理解出来た。


「これか……」

 元・紀伊城跡地、現紀伊公園入り口前駐車場。


 自宅から十五分と意外と早く着いたそこには、肝試し目当てとも思われる車が、もう所々に駐車されている。

 私達も他の車と同じように停車しているが、恐らく引き返すかもしれない。

 原因はいつまで経っても車から出て来られない人物のせい。その男は口元を押さえこみ、デカイ図体を車のシートに横たわせていた。


 きっと小鬼の言っていた事はこれだろう。今、後部座席のドアは全て開け放たれ、左側に大原のおじいちゃんと雷蔵、そして右側に私と大原が車内を覗きこむように佇んでいる。


「月山さん。やはりここまでのようじゃ。ここでその様子ならば、中はもっと酷い。そうなれば祓うのに時間が割かれ、捜索が難しくなってしまう。悪い事は言わぬ。戻りましょう」

「……娘が危険を侵すのに、父親である私が助けないでどうするんですか。あんなモノがいるのに、娘だけ行かせるわけにはいきません」

「助けるも何もそんなに瘴気に当てられて、人の事どころではないじゃろうが。そう意固地にならんでもよかろう」

 大原のおじいさんがほんの少しばかり呆れた声で、お父さんを諫めてくれているけれども、全く聞く耳を持たない。「この頑固者」という、いつぞやのお父さんとお母さんの喧嘩が映像として浮かんできた。

 二人、似たもの同士だから、喧嘩するとどっちも折れない。


 お父さんは脂汗を流し小刻みに震えながら、目だけを動かし大原のおじいさんを越え、その後ろに広がる森林道を見ていた。


 そこには一本道があり、左右を木々が生えているマイナスイオンたっぷりな散歩道だ。先には城跡地や神社、それから義弘が終焉を向かえた背丈石など、様々な時代が共存している。


 そこをこれから私達が歩いて行く予定。


「だから言ったじゃないですか。足手纏いだって。その山ノ神の加護は、弱まっているんですよ。気づいてないとは、呆れて物が言えませんね。だからこのような荒れ地だと、瘴気を全て祓いきれないんです」

 小鬼は助手席と運転席の間に手をのせ、ぶらぶらと体をぶらつかせ遊んでいる。

 こんな状況なのに、あいわらず自由な身分だ。


 それを受けお父さんは、気分が悪い上に小鬼に言われたのがキツイらしく、顔をシートへと埋め唸り始めた。



「しょうがないのぅ……悟、先に行けるか? わしは月山さんの瘴気を祓ってから向かおうと思うのだが」

「俺は構わないけど……――月山、小鬼どうする?」

「問題ありません。それが妥当でしょうね。この分だと、いつ出発出来るかわかりませんし」

 小鬼はお父さんを一瞥すると鼻で笑った。


 私も大原と小鬼に賛成するけど、自ら進んでは行きたくない。だが、やらなきゃずっと後回しになってしまう。結局どの道行かなきゃいけないのだ。

 でもただ一つだけ気になる事がある。

 私は気になる事は全て訊いてしまう性格。それが認めたくもない現実だとしても。


「あのさ。お父さんがさっき言っていた『あんなモノがいるのに』って何?」

 そう口にすれば、大原を除く全ての人より私へと疑いの目が降り注ぐ。


「もしや、月山さんの娘さんにはアレが視えぬのか?」

「桜、まさか零感がないのか。そこは母さん似だな。あの人もどんなに場の悪い所へ行っても一切干渉を受けないタイプだ。小鬼が視えていたから、てっきりそうだと思ったんだが」

「それはアンクレットのせい。私、基本的にゼロ感だから」

「……それがいい。あんな群れ」

「集団なのっ!?」

 私がそう叫べば、お父さんは「しまった」と、ばつが悪いのか顔を背ける。


 ――ちょっと待って。そんなに人口密度が高いのか、あそこは……


 あらためてそこへ視線を向けるが、相変わらず視えないままの零感だ。


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