第20話 イケメンなのが腹立つんだけどっ!

 公園内の散歩コースから外れた場所。

 ここは木陰になり全く明かりが入ってこないため、苔が生え湿度が高いので不快指数が高め。

 その上所々に草が生い茂っているため、辺から蛇やトカゲが出て来てもおかしくはない。


 そのためここにやってくる人というのはあまり居ない。

 恐らく公園の管理人などに限られているだろう。


 しかも回りは木々や垣根ばかりの茂み。周りからは視覚になっているため見えにくいので、それさえ我慢すれば人目を避けるには打ってつけのスペース。


 ただ問題がある。それは声だ。

 散歩コースから距離があるとはいえ、通常の話し声なら問題ない。


 でもある一定以上ボリュームを出してしまえば、周りへと声が拡散されるのは目に見えてわかるということ。

 そのため奇声や怒号なんかを上げてしまえば、すぐさま道行く人に駆け寄られてしまう。


 だから私はこんな状況になっているのだ。


「んーっ!」

 ここ最近の仕事になってきたのか、今ではすっかり定着してしまっている。

 それは大原が、私の面倒を見る場面。思えばずっとお世話になりっぱなしだなぁって思う。


 小鬼と喧嘩していると仲裁に入ってくれたり、私の宿題を見てくれたり……


 今回も私が叫ぼうとしているのを止めてくれている。後ろから羽交い締めにし、左手で口を塞いで。

 私がちょっと乱暴に拘束されている原因はたった一人の男のせい。

 無論、私と大原の前に悠然と立っているあの男――小鬼。


 だがいつもの小鬼ではない。もう小鬼と呼べる種族ではない者。

 どっからどう見ても人間の男の姿をしているのだから。


 髪に灰を振りまいたような色を持つのは変わっているけれども、かなりの美青年。

 中性的な顔立ちのため、しばし性別を考えてしまう。


 そいつは腰まである長い髪を鬱陶しそうに紐で束ねると、今度は長めの前髪をかき上げ、流し目でこちらを見た。そのためお互いの視線がばっちりと混じり合う。

 その目は猛禽類のように鋭く、鼻は外国人のように高め。


 薄めの唇は、紅をさしたように毒々しく真っ赤。体型はあいつが現代では滅多に日常着に着用しない衣装を――狩衣を着ているためわからないが、単や小袴から覗く首や足からは普通体型かなという事が推測できる。


 白地の狩衣は周りの緑に映え、一層男を引き立たせているのが癪に触る。


「月山、一旦落ち着こう。な? 長時間ここにいると虫に刺されちゃうかもしれないぞ」

「んぐっ」

 虫に刺されるのは絶対に嫌だ……私、尋常じゃないくらい腫れる。


 だから毎回皮膚科のお世話になるし、痒みすら通り越して痛みになってしまうので散々。虫を舐めたら危険だ。

 私は大原の手を叩き了承したとの旨を伝え外すように指示。

 するとすぐに手が離れ、ひんやりとした空気が唇に触れ、私は晴れて自由の身となった。


「小鬼! デカくなれるなら、最初から言いなさいよ!」

 目を細めながら仁王立ちになると、その言葉をあいつへと叩きつけてやった。


 それを受けあいつは、右腕を上げ狩衣の衣で口元を覆うと、いつもよりかなり低めの声で嘲笑した。

 どうやら変身して声変わりもしたらしい。小鬼の時はチビガキだったのに。今では大人の声。



「相変わらずの頭ですね。力を満たせば人型になれるのは、地獄の常識ですよ。そんな事すら知らずに、よく地獄の下僕をやっていますね」

「また地獄限定常識かよっ!」

 姿形や声は変わろうと、こいつの性格は当然同じまま。

 相変わらず人の神経を逆なでするのに長けているらしい。


「人型になれるなら、今度から自分で歩きなさいよ。毎回毎回私の頭の上を定位置にして」

「えー。だってこの格好より小さい方が動き易いんですよ。それにどちらも美しさに変わりはありません。ですから僕は楽な方を取ります。あと、貴方の頭上って意外と居心地良いんでうすよ。僕にぴったりフィットして」

「私はあんたのオーダーメイドの椅子か。それに言わせてもらうけど、小鬼大分変わったわよ。もう激変」

 小鬼の台詞に私は若干戸惑いつつ話した。


 小鬼が博物館で感服していたサルから人へと遂げた人類の進化。あれと同等だと思う。

 私は自分の真ん前で、それを見てしまった。ついさっきまで泳いでいた魚が、鳥になって空を飛んでいるような衝撃。


 ……こいつの美的感覚が理解出来ないわ。たしかに今は格好いいと思うよ。綺麗だし。でもさ、通常バージョンはどうよ? 同等にするなんて……

 私は小鬼へと湿った視線を送り続けた。そんな私の反応とは全くことなるのが、大原。こちらは相変わらず小鬼には優しい。



「小鬼、ずいぶん格好良くなったな」

 腕を組みながら小鬼へ視線を向けているけれども、表情は穏やか。

 対し小鬼は、その闇より深い目を太陽で輝く朝露の如く輝かせている。


「そんな、悟様にお褒め頂けるとは恐悦至極に存じます」

「なぁ、小鬼。さっきから気になっていたんだが、それは?」

 大原の目線の先を追いかけてみれば、小鬼の右手で終着。


 時代劇や博物館などで見るような日本刀だけど、なんか太めでちょっと長い気がする。

 もしかして、太刀って呼ばれるものだろうか。


 おじいちゃんが時代劇鑑賞しながら、そんな事を以前呟いていたような気がする。


「閻魔様より頂きました討伐用の刀です。この姿は本来戦闘用ですから。ほら、さすがにあの格好で戦うわけにはいきませんしね」

「もしかして小鬼って強いの?」

「それなりに」

「へー。なんか意外」

 人……いや鬼は見かけによらず。


 私はすっかり関心。大きく頷くと、小鬼をもう一度観察し始める。


 だが、それが悪かったらしい。小鬼は私の視線に気づくと、眉を大きく動かし顔を歪めこっちを見返した。そしてあり得ない言葉を私へと贈って寄越してしまう。


「もしかしてこの僕に見惚れています?」

「その口を塞ぐぞ。永遠に」

 ただ見ていただけだ。私が小鬼に見惚れるなどということは断じてありえない。


 私にだってえり好みがありますので。断る。


「私にとってはあんたがどんな姿になろうと、いつもの小鬼のまま。それにどちらかと言えば、私は大原の方が好き」

「はぁ? 小娘。お前如きが勝手に慕っていようが、残念な事に悟様は……――え」

 小鬼は中途半端に言葉をそこで終わらせた。


 そして目を大きく見開くと、驚愕の表情で私の左側へと視線を固定させている。かと思えば、すぐさま今度は眉尻を上げ私を睨んだ。


「なによ?」

「何よ? ではありませんっ! 僕が居ない間に一体どのような事があったというのですか! こうなるのならば、地獄に行かなければよかった……」

 よろよろと足下がおぼつかなくなった小鬼は、地面へと崩れ落ちていく。

 しかも女性がやるように両膝を添えるようにして、地面を手で支えるように。


 何をそんなにショックを受けているのか、血の唇はプールに入った後のように青みがかってきている。


「なぜこんな不完全な魂の小娘なんかに……」

 狩衣で顔を覆いながら、明らかに鳴き真似と判断出来るような泣き方。

 これで照明が消えスポットライトが当たれば、よく目にする小芝居の出来上がりだ。



「悟様が選ばれたのならば、僕は何も申し上げません。こうなったら、どこに出しても恥ずかしくないように鍛えて差し上げます。いいですか、小娘。悟様を不幸にしたら許しませんから」

 ……いや意味不明だから、それ。

「わかりましたか」

 そう睨まれながら念を押された。


 まず前後の台詞がわからない私には理解出来ず、ただ無駄に瞬きをして流れに任せて頷くだけだった。

 不幸にしているかは不明だが、迷惑はすでにかけている。

 これ以上はなるべく負担を減らしていこうという決心はあった。


「ねぇ、これどういう事? なんだか一人だけ状況が読み込めないんだけれども……」

 そう隣にいた大原に問えば、彼はなぜか顔をバラ色にさせている。そして視線を数秒ほど彷徨わせたかと思えば、急に顔を引き締め、私をその瞳に映し出す。


「月山」

「なに?」

 大原に名前を呼ばれただけなのに、私の返事は授業中船を漕いでいる時にふいに当てられた時のように上ずった。いつも私を呼ぶ声とは違う、声音のせいだ。堅い。重い。


 そのため緊張感が走り、手に汗がじんわりと浮いてきている。一体どんな重要な話があるのだろうか。


「もしかして、真面目な話?」

「小娘、この状況でなんて空気の読めない発言をするのですか。貴方、少し抜けていますよ」 

 と言う小鬼の呆れた声。


 そんな事言われても、あの大原がこんなに真剣になるなんて、何かしらの大事が待っている予感しかしない。


「あのさ。俺、月山に伝えたい事があったんだ。実はずっと……――」

「桜っ!」

 大原の言葉を途中で遮る様にして、それ以上のボリュームで覆いかぶさってやって来たのは、葉の擦れる音と共に私の名を呼ぶ青年の声。


 ここは塗装された歩道から外れた場所にあるため、外からは見えないはずなのに。なぜここがすぐにわかったのだろうか。というか、そもそも声の主は一体何者だろうか。

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