第92話 車中にて
馬車の同乗者は、アル、サイモン、シムの三人。
車内は平均と比べて割と広めだったが、アルの鎧が場所を取るためその他の三人はちょっとだけ縮こまって座る羽目になっている。
シムは平然を装って、車窓から流れる景色を眺めていた。
早急に話すべき何かがあるなら恐らく”魂運びの指輪”を使うだろうから、とりあえずのところ共有すべき情報はない、と考えてもよさそうだ。
「ところでいま、”勇者”――リカ・アームズマンはどこに?」
「不明だ」
アルは何か考え事を邪魔されたみたいに顔をしかめた。
「どうも勝手に動いているらしい。あの人、集団行動が苦手だからなぁ」
「だからいつも山ごもりを?」
「そうだ」
「……人混みに酔う気持ちはわからんでもないけど……」
サイモンが、竜の鎧をちょっと押しのけ、口を挟む。
「俺が旦那と会うまでずーっと山ごもりしてたのも、そうすりゃリカに近づけると思ったからよ」
「そうだったのか」
「だってリカは世界最強の男だぜ? 男なら誰だって最強目指すだろ、普通」
「それで実際に山に籠もるヤツはごく少数だと思うが」
「根性が足りてねえんだ、この国の連中は」
話題の中心から逃れ、しばらく思索に耽るつもりか思っていたが、アルは口を開いた。
「ところで、……サイモンくんと言ったか。ルーの口利きがあったから雇ったが、君はどういう戦術を?」
「戦術っていうほど立派なモンじゃねえ。敵を見つけたら突っ込んでいってぶん殴る。それだけの話だ」
「驚いた。本当に立派なものではないな」
「ただ、俺ら沼地の人間は術が効きにくい体質なんだ。大抵の魔法なら無視できる自信があるぜ」
アルは値踏みするようにサイモンを上から下まで見て、
「悪いが出番はないな。そういう捨て身の戦法は、最低でも”不死”を与えられたものの仕事だ」
「ま、何が役に立つかわからんだろ? ――何せ相手は、わざわざ”勇者”を敵に回すようなヤツなんだからさ」
かっかっか、とサイモンは気軽に笑う。どうやらこの馬車の中は無礼講でいくと決まったらしい。少なくともアルが気にした様子はなかった。
「ところで、京太郎はどうだ。なかなか強力な”マジック・アイテム”持ちだと聞いたが」
「ノーコメントだ」
「しかし、そこのところを教えてくれないと、こちらも指示の出しようがない」
「悪党の元まで案内してもらえれば、あとはこっちで適当に決着をつける」
「そうか」
車窓に目を向けると、あっという間に歓楽街が近づいてきている。その辺一帯は不夜城として有名だが、さすがにこの早朝では賑わいも九割減、といったところ。
とはいえまだぼんやりと通りを歩いている男女を見かけたりして、昨夜、ウェパルと歩いていた時のことを思い出す。
「なあ、京太郎くん」
ふと、アルは再び口を開いた。案外おしゃべりなやつだ。
「ん?」
「知っての通り、保護隊の本隊はあの、――跳ねっ返りの娘が”勇者狩り”だと見ている。さすがに全てを偶然で済ますにはピースが揃いすぎているからね」
「まあな」
「容疑者の身内を抱え込んでおいて、そのことについてなにも触れないというのも裏切り行為だよな? そこで質問があるのだが、……君はステラとかいう娘の動きをどう見ている?」
京太郎は、シムにも聞かせるつもりで言う。
「わからん。だが、昨日の時点で何か”勇者狩り”のヒントを得ていたのかも知れない。それで単独行動に出た、とか」
「それは、何故?」
「彼女の気性から考えて、――たぶん手柄を独り占めしたいと思ったんじゃないか」
「“星落とし”の術が使われた件については?」
「単なる偶然……とはさすがに思えないから、何か理由があるか。……何にせよ私は、仲間を信じている」
「そうか」
アルはあっさり納得した。
京太郎はそこで、思っていたよりもずっとこの不器用な男の信用を勝ち得ていることに気付く。
――ステラと連絡を取るのは簡単だ。”異世界用スマホ”を使えばいい。
だが、それは後回しで良かった。ステラほどの腕前であれば、万一のことが起こったときの連絡手段くらいいくらでも思いつくはず。
むしろ今、優先すべきは、――
「ではもう一つ。これは単純に、君なりの意見が聞きたい。……”勇者狩り”とは何者だ? 何のために我々を狙う?」
「それなら単純だ。一族の者が連続して狙われれば、”勇者”が出張ってくるだろ? リカの居所は誰にも分からないんだから、そうする他に奴と会う手段がない」
「なるほど。”勇者”をおびき寄せ、そして……始末する作戦か。前代未聞だな」
アルはううむ、と腕を組み、
「まあ、昨日言った通り”魔族”が関わっているなら、やりようはいくらでもある。聞くところによると、かつての”魔王”は、人間の魂魄を封じ込め、”不死”を無効化する研究を進めていたというし」
「ふーん」
「まあ、それはいい。……ぼくが今気になっているのは、何故”勇者狩り”がそこまで急いでいるのか、ということだ」
「ん?」
「別に、リカが街に来るのは、一族が危機の時だけではない。これまでだって、”不死”の仲間を増やすために年に一度は必ず戻っているし、そうでなくともフラリと祭りに顔を出すことだってある。リカを殺すのならば、まったく警戒されていない……そういうタイミングの方がよっぽど都合がいいんじゃないか?」
まるでその口ぶりは、一度ならずそうした計画を頭に思い描いたことがあるかのようだ。
「”勇者狩り”の活動には恐らく、何かの理由でタイムリミットがある。だから急いだのだ。ヤツは強敵だが、つけいる隙があるとするならそこだな」
「うむ」
と、その時、馬車が唐突に止まった。すわ襲撃かと身を固めるが、どうもそういう風ではない。
車窓からのぞき見ると、四人の娼婦と思しき女性が道を塞いでいる。
「公務中だぞ! なんだお前らっ! 散れっ、散れっ」
馭者が叫ぶ。窓がこんこん、と叩かれ、顔を向けるとそこには、帽子を軽く持ちあげているフリムの姿があった。ついでにアンドレイと名乗ったバルニバービ出身のオカマも。
「よぉ兄弟ッ! 待ってたぜ!」
「どうした? そんなところで……ってか、なんで私がここにいるってわかった?」
「女衒の情報力を嘗めないでほしいってとこだ。前回役に立てなかった分、情報を仕入れてきたんだよ。話せるか?」
京太郎は、車内の三人に顔を向ける。
「こちらは一刻を争うから、我々は先に所定の位置に向う。その後、迎えの馬車をよこすから、君は残って話を聞いていてくれ」
「じゃあ、私はシムと、」
「ダメだ。この小僧はこっちにいてもらう」
一応の人質、ということだろうか。
「あっ、じゃあ、俺が一緒に行くよ」
代わりに名乗りを上げたのは、サイモンであった。
「ちょうどいま、戦力外通告を受けたとこだしな!」
「ふむ。……ま、よかろう」
アルはあっさり許可をだし、……それでも、抜け目なく京太郎の手をぎゅっと握って、
「裏切らないでくれよ。ぼくは、ぼくの勘を疑いたくないからね」
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