掘削並びに埋戻業務

 午前中と、昼休憩を挟んだ午後の二時間は穴を掘る業務が続く。

 立てればへそほどの高さになるシャベルを用いて、グラウンドの隅を担当者全員で、それぞれ掘り返す形になる。各自の穴は壁が崩れて繋がらない程度に離れている。


 午後の残りは、それを埋め戻す業務だ。

 穴を掘る位置は毎日少しずつ移動しているため、それなりの重労働だが、埋め戻す作業は大した手間でもない。


 ぼくはこの業務に誇りを持って従事している。

 この作業が何を目的とし、どんな利益を齎すのか、そう言ったことは知らされていないが、労働の対価として寝床と食事を与えられている身だ。ぼくの立場でそれを考える必要はないだろう。


「雨か」


 と監督官は空を見上げた。確かに雨が降ってきたらしい。ずっと地面を見ていても、それくらいは判る。


「本降りになる前に片付けろ」


 との命を受け、ぼくら作業員は作業の手を早めた。早めた、と言っても、限度があるが。

 ぼくは概ねいつも通りの時間に穴を埋め終えたが、他の作業員は、普段より数段作業が早かったように思えた。



 雷が鳴っている。


 昔は、地震より雷が怖い人が、今より多かった。

 昔って、たった二十年かそこら昔だ。ふた昔。

 それが、近頃は雷が怖いって人を、そんなに見ない。


 ぼくが幼少年と関わらなくなっただけでなく、マンガや何かでも見ない。つまり、人の意識から消えかけているということ。十年かそこら前はそれなりに幼少年との付き合いもあったが、その時点でも、あんまり雷を怖がる子はいなかった。気がする。

 まあ雷の時間を共有するほどの付き合いは、それほど無かったのはあるが。だからこれは、単なる気分だ。そんな気がするってだけの話。

 仮説は「データを集める」ための切欠。そして、今のぼくにはデータを集める手段がない。


 だからこの気分は、そのまま霧散する。


 雷が鳴っていた。

 雷に打たれた牛は、電気で体内がずたずたになって、肉質が柔らかくなる。

 雨と風の音が聞こえる。

 雨に打たれた人は、ぐずぐずに腐って、肉質が柔らかくなる。

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