第58話 希望のみちしるべ(28)

 Mira 2010年1月15日 6時36分7秒 バルダック宇宙軍港 ハンガー



 僕たちが飛行場へたどり着くと同時にクラウザーが透明化の魔法を解除した。もう騎士たちに気を使う必要はない。堂々とロキシーに向かっていくだけでいいのだ。


 しかし近づけば近づくほどに、この場を満たす空気の異質さが刺激臭のように感じられ、吐き気さえ覚えた。遠目にはただ並んでいただけに見えた近衛たちは、実際には糸に吊られた人形のように不自然な姿勢で並んでいたのだ。そして人形の衛兵に囲まれて“女王”が居座っていた。挑むのは僕たち三人の悪党だ。


「……思ったより、静かに来たのね。ドンパチ騒がしくしてくれたならこっちももうちょっとマシな歓迎の仕方を思いついたのに」

「安心してください。パーティはこれからですよ」

「へぇ……楽しみだわ」


 気が早いことに、ロキシーは既に杖を構え、いつでも闘えると言いたげだ。あちらから闘いを望んでいる。自らの手で……そう、何故かは分からないが、自分の手で僕を捕まえる事を望んでいるんだ。この女の思考は視えない。深淵をのぞき込んでそのまま落ちていくようなビジョンしか映らないのだ。


(……取り込まれるな。重要なのは奴の考えてる事じゃない。今はこっちの作戦を押し通すだけだ)

「うちの子たちがえらい世話になったな。きっちりお礼せなアカン思っとったんやで」

「こちらこそ、あなたには返しきれないほどの恩を感じてるのよ。十六年前からずっとね。感謝の言葉もないわ」

「ほな、お互い筋を通そうやないかい」

「さてさて、お人形遊びの前に……使わないお人形は片づけておくわ。あなたたち、避難なさい」


 ロキシーが声を上げると、一斉に近衛たちが動きだし、一分の乱れもない行進で去っていった。奴が騎士に気を使うとは思えなかった訳ではないけれど、この状況で奴がむざむざと戦力を減らすように指示をするなんて愚行中の愚行だ。


「……あら、どうしたの? 変身しないの?」


 実に白々しい仕草と言動で僕らの行動を誘っている。罠が仕掛けられていることは明白だ。だが……


「やることは一つです! 変身!!」

「変身!!」


 僕らに闘う以外の選択肢は無いのだから、こちらから罠の正体を見てやればいい!


「シャドースパークを使いこなしているわね。あれから少ししか時間が経ってないのにすごいわ」


「驚くのはまだ早い!! リキッド・スティール!!」


 攻撃にも防御にも使いやすいこの形態なら、少なくとも一方的にやられるなんて事はないだろう。ただ、消耗してから回復までのタイムラグが大きな弱点だ。刃の全てを展開するのではなく、ある程度を本体の中に残しておくことで、それをカバーする。


(だが奴の戦術の片鱗程度しか僕は知らない。慎重に、僕自身は防御重視だ)

「あのときよりもショボいじゃない。そんなので私を倒せるの?」

「どうなるか見せてやりますよ!!」


 三人で一斉に地面を蹴り、討ち取るべき女王めがけて駆けだした。ロキシーは火球の魔法を撃つが、リキッド・スティールの盾が僕たちを守る。それを見てすぐさま杖による近接戦闘に切り替える。


「はっ!!」


 液状の刃がロキシーの真横から首を狙って差し込む。細く鋭く速く――――


「やるじゃない」


 だが攻撃よりも速くロキシーは上体を倒してそれをかわした。視線と不気味な笑みはこちらに向いている。すり抜けたリキッド・スティールは地面にぶつかり、形を崩す。


(まだコントロールが甘いか……!)


 だがこちらの攻めはこれに終わらない。ロキシーが姿勢を戻すその前に、既にアリスが距離を詰め、氷の剣を振っている。胴を真っ二つにする軌道だ――――


「ヤーッ!!」

「あはは!! 速い速い!!」


 しかし軽々と杖の柄で受け止められてしまう。スピードは戦略で埋められても、パワーで奴に及ばない――――!!


「これならどうや!!」


 アシュレイ隊長は少し離れた場所から地面にCs'Wを流し込んでいた。つばぜり合いに打ち勝ったロキシーはアリスを弾き飛ばすが、足下からコンクリートを破って発生した炎に気づいた頃には、既に包囲されている。


 ……それでもロキシーは笑みを崩さない。


「炎の牢獄ね。確かにこれはパワフルな魔法だわ。でも……私の身体能力をナメないでちょうだい」


 跳躍して炎を飛び越えるつもりだ――――しかしそれも想定内!


「これは炎の牢獄とちゃうで!」

「!!!」


 初めてロキシーが表情を歪めた。こちらの思惑に気づいたようだが、もう遅い。アシュレイ隊長以上に魔法が得意な女がこっちにはいるのだ!


「今だッ!!」


 巨大な氷の筒がロキシーを囲った。アシュレイ隊長の熱波を防いだときと同じ技を、今度は攻撃に用いる。即ち、ロキシーの逃げ場を封じる氷の牢獄と、肉を焦がし骨を焼く火炎地獄。熱の絶妙なバランス調整が必要な大技だが、それは正にアリスの大得意技。アザトス大佐直伝のCs'Wコントロールがこの技を完成させたのだ。しかし、内側からロキシーが氷の壁に干渉すれば、バランスを崩され脱出を許してしまうかもしれない。その瞬間に僕が叩かなければならない。タイミングが重要だ。緊張のあまり細胞が大量の酸素を要求し、心臓が大慌てで脈打つ。


(いつだ……いつ出てくる……!!)

「我慢勝負か!? ならこのまま焼き尽くしたるわ!!」


 二人の技はまだ止まらない。出てこないならこのまま倒しきるだけだが……様子がおかしい。ここまでなにも動きがないのはいくら何でも不自然だ。そもそも奴がこちらの技の対策を怠るだろうか。奴はさっきまでバトルスーツさえ着用していなかった。いったい何の理由で? 僕がロキシーの立場なら、勝つためにどうする?攻めるだけが闘いではない……敵の倒し方は……攻撃だけじゃない……!!


「二人とも魔法を止めて!!」

「えっ……!?」

「前に闘ったときも奴は鉄壁の防御を見せつけた。ならリベンジで僕らが攻撃のチャンスを掴んだとき、その一撃に全力を投じるのは必然! それこそ奴を殺しきるまで力を使う! しかし、そのチャンスが奴の狙い……僕らを自滅させる為の虚構のチャンスだとしたら……!!」


 確かに僕らはパワーもスピードも奴を倒せるレベルのものを持っている。だが、エネルギーは無尽蔵じゃない。長期戦になれば間違いなく負ける。


「あら~? もうサーカスはお開きかしら?」


 氷の壁が破壊され、炎の中からあの赤いドレスを纏ったロキシーが現れた。


「火の輪くぐりをもうちょっと楽しみたかったのに」

「くっ……あのバトルドレスが炎のCs'Wに対抗するために作られとるんや!!」

「アシュレイ隊長と闘う為に用意したってことですね……!!」

「せいかーい。確かにそのまま闘ったら私は不利だわ。光の魔法と超獣の力を持ち、シャドースパークを使いこないしたあなただけでも十二分に驚異なのに、アシュレイのオマケつき。確固たる戦略なしに相対しようなんておこがましいにも程があるわ。でもね、私にはまだまだ見せていない技がある! はあなたたちより遙かに良いと自信を持って言えるのよ!」


 そう言ってロキシーは杖を空中で手放した。光子レベルに分解して、覚醒機に収納したのだ。新たに覚醒機から取り出されたのは、光沢のある紫の刃を持った剣だった。しかしそれを直接携えることはなく、宙に浮かせている。アザトス大佐がそうしたように。


「アザトス隊長と同じ技!?」

「同じ? いいえ……もっともーっと、スゴいわよ」


 ロキシーが両手の人差し指を立てて、楽団の指揮者のように振った。リズムよく、手の動きにあわせるようにして剣が出現する。一振り、二振り……次第に早く、見せつけるように、ロキシーの周りを囲んでいく。


「四十……私が操れるのはこのくらいかしらね。Cs'Wの気配りが大変だわ」

「ふざけんなや……!!」


 剣が波打つように一斉に動き、一つの生き物のようにこちらに飛んできた。一発目は後ろに大きく跳躍すれば簡単に回避できた。しかしそれさえも奴の思惑通り。二撃目が剣の波の中から飛び出し、牙をむく。


「くっ……リキッド・スティール!!」


 正面から迫っていた剣をシャドースパークで防ぐ。アリスは氷の盾で同じように防いだ。隊長は熱波を放って剣を吹き飛ばしたが、それでは追いつかない――――!!


「焔剣!!」


 ついに焔剣で直接捌くしかなくなる。だが、それではじり貧になるだけだ。剣は様々な角度から間髪入れずに襲いかかってくる!


「二人ともウチのところへ!!」


 僕とアリスは隊長の元へ集い、アリスが氷の壁でその周りを覆った。剣の波はせき止められ、壁を叩くしかなくなる。だが、その場凌ぎだ。


「ううっ……!!」


 アリスはCs'Wのコントロールは得意でも、大技を何発も撃てるほどの量がない。壁の維持にはCs'Wを供給し続けなければならないが、いつか息切れに追い込まれる。


「どうすれば……!!」

「ウチの魔法でも剣を溶かせなかった……」

「アレはオーパリウム合金です。Cs'Wへの耐久力が段違いだから、たぶん隊長の原子拳アトミック・パンチレベルじゃないと溶かせませんよ」

「そんなんズルいわ……このままだとアリスちゃんが限界や……!!」

「……一応、一つ策があります。隊長、熱波でこの壁ごと剣を吹き飛ばせますか?」

「めっちゃCs'W使うけど……」

「めっちゃ使ってください。剣がここに集中している今、やつの周りはがら空きです。壁も、“僕ら”も吹き飛ばしてください!!」

「!!……そういうことなら、任せとき!! アリスちゃん!!」

「は、はい!!」


 僕はアリスの腹に手を回し、しっかりとホールドして衝撃に備えた。アリスは目を丸めて疑問を投げかける。


「どうするの?」

「ロケット発射です」

「三! 二! 一!」


 秒読みが終わる寸前でやっとアリスの脳が追いついた。


「ああああ!? 待って待って!!」

「ファイヤああああああああ!!!!」


 アリスがCs'Wを遮断し、同時に隊長が地面を殴りつける。衝撃と熱で分厚い壁も、大量の剣も、そして僕とアリスも吹き飛ばされた!!


「うおおおおおおおおおッ!!!!」

「何ッ……!?」


 空中で無理矢理体を捻り、リキッド・スティールを足に集めた。深紅の刃が僕らを包み、一つの鏃のように形成される。


「アリス!! ありったけ!!」

「うん!!」


 更に威力を高めるため、アリスが冷気をジェット噴射のように発生させて加速させる。当然、剣を操っても追いつけない。女王を守る城壁はない!!


「「いっけええええええええええええ!!!!」」

「――――ッ!!」


 突きだした右足から真っ直ぐ頭頂部に向けて“手応え”が走る。鏃は当たった! だが明らかに抵抗を受けてもいる! ロキシーの手から放たれたCs'Wが防壁となっているのだ!


 血のような紅黒い光が迸り、衝撃と共にガラスがひび割れていくような音が虚空を揺らした!このままでは倒せない――――!!


「エイヤァーーーーッ!!!!」


 更にCs'Wを噴出させた駄目押しの加速!! 僕もCs'Wを足に集中し、歯を食いしばって足の痛みを堪えた!! 光に遮られてロキシーの様子は見えない――――それでも今、この一撃で!!


 僕たちの命を、未来を、誇りを賭けたこの必殺の一撃で――――!!


 悪意を破る!!


「うわああっ!!!!」

「ああっ!!」


 届いた!! でも――――鏃が砕けた……!?


 シャドースパークによる変身が解除され、同時に光が収束し、真後ろに吹き飛ばされていくロキシーの姿が見えた。アリスもCs'W切れでバトルドレスが光になって消え去り、覚醒機に戻った。体は地面に伏したまま、痛みのあまり落ち着いて呼吸することさえ困難だった。


「ミラ! アリスちゃん!」


 アシュレイ隊長が駆け寄って僕らを起こし、三人で倒れたままのロキシーに目を向けた。果たして奴を倒せたのだろうか……?


 ――――正直なところ、僕はこの時点でかなり嫌な予感がして、不安で胸がいっぱいだった。確かに技自体はロキシーの堅い防御を崩すことができたが……致命的なダメージをたたき込めた確証は、無い。


「やったんか?」

「まだ……倒せていないかも……」

「なら、ウチがトドメを……」


 そう言って隊長が立ち上がった途端、僕の眼が別の視界をジャックし、僕らの姿を映した。数えることもできない瞬間的な映像でも、本能的に隊長の手を引いてその体勢を無理矢理崩させる。その刹那――――


「!! ッ……うああああ!!」


 ちょうど隊長の右肩を掠めるように放たれた凶弾がコンクリートの地面に突き刺さった。本来なら脳天を貫通していたであろう一発だ。


「“狙い通り”やん……!!」


 肩の痛みに耐えながら隊長がニヤリと歯を見せて笑って見せた。視線の先は空港の屋上。そこには小さな人影が確かにいる。光の魔法を使ってその輪郭を正確に捉えることが出来た。浅黒い肌に金糸の髪、ナイフのように鋭い目つき……間違いない。奴はかつてスティルさんが遭遇したミレニアン、『ノーマン・ルナール』だ。


「ルナール……!!」

「隊長も知っているんですね」

「まともに闘ったことはないんやけどね……」


 ルナールは生身のまま屋上から飛び降り、地面を砕いて着地した。砂埃が巻き上がり、その中から平然と、こちらだけを力強く見据えて歩み寄ってくる。


(マズいぞ……確かに予想通り来てくれたけど、Cs'Wの生成がまるで間に合ってない……アザトス大佐とクラウザーはまだか……!?)


「しゃーない……ウチが時間を稼ぐ」


 Cs'Wの残量も少なく、肩に傷を負った隊長が立ち上がった。無論僕たちは制止しようとしたが、その背中にはまるで敗北を感じさせない、力強い自信に満ちているようだった。この人はまだ、“力を隠し持っている”。


「“ソレ”を渡せ」


 ルナールが言う“ソレ”がシャドースパークのことを指しているのは周知の事実だ。そう、これはもともと奴の持ち物なのだ――――と、思った途端に、裏切るように事態は一変した。ルナールはどこからともなくもう一つのシャドースパークを手に取り、胸の前で構えていたのだ!


「えっ!!」


 ニタリと笑った侵略者が、漆黒の覚醒機を天高く掲げ、叫んだ。


「――――ー変身!」


 赤黒い光が溢れ、ルナールの全身を包んでいく。見たことのない様式のバトルスーツを身に纏い、左目に紋章が刻まれたミレニアンの姿が次第に露わとなり、肌を刺すような殺気に否応無く鳥肌が立つ。


「全ては我が怒りの炎を鎮めるために……あとはそのミレニアン・シャドースパークを返してもらう!!」

「そうはいくかい!!」


 Cs'Wを振り絞った焔剣を発現させ、隊長が再びファイティングポーズをとった。ルナールはかかってこいと言わんばかりの仁王立ちをして見せた。


(マズい……いくら隊長でも今の状態では体力が追いつかない! アザトス大佐はまだか!?)


 ゆっくりと距離を詰めていく二人。隊長は慎重に、逆にルナールは余裕を見せつけるように。そんな中、隊長は唐突に大きく一歩を踏み込み、自らインファイトの挑戦状を叩きつけた。


「ふッ!!」


 放たれたパンチがルナールに突き刺さり腹を抉る――――直前に、敵はその手を掴んで身を翻し、背中側へと投げ捨てるように受け流した。


「なんの!!」


 しかし隊長は足から炎を噴射させ、崩れそうになった体を無理矢理起こしてすぐさま焔剣を構え直し、剣戟を放った。


 灼熱の一閃がルナールの鼻先を掠めたが、上半身を反らすことで回避されてしまう――――いや、違う! 奴はそのまま体を一回転させ、その途中、隊長の顎に華麗にキックを命中させたのだ!


「うぐッ!!」


 仰け反った彼女のボディは完全にがら空きだ。その隙をルナールは逃さない。パンチが最も高い威力になる位置まで接近し、両拳で腹を何度も刺す。最早奴の連続攻撃に割って入ることなど不可能だった。


 ――――だがそれは、一対一だった場合の話だ!


「なっ!?」


 ヒュンと風を切る音が鳴り、その瞬間今度はルナールが姿勢を大きく崩した。雷光のような素早さと激しさで、アザトス大佐がその姿を現し、ルナールの腕を掴んで見事な一本背負いを決めた。両手から流れ込んだ電流がルナールの体を動かす電気信号を狂わせ、受け身をとる余裕を与えない。


「待たせたな」

「っ……遅いわボケ!」

「悪いな。クラウザーに運んでもらうのに……抱え方で揉めた。どうやったらルナールに一発ぶち込めるかなって」


 不満そうな表情のクラウザーが倒れたアシュレイ隊長に手を差し伸べた。


「お姫様だっこでもさせられたん?」

「……二度とやらんぞ。すまないがCs'W切れだ。暫く指輪に戻る」


 実に不機嫌そうな声色で吐き捨て、クラウザーはアリスのリングに戻った。――――“抱え方”とやらの絵面は想像しないことにした。さあ、ここからが本番だ。


「さあ、お尋ね者どもめ! 俺様がまとめて逮捕してやる!」


 剣を両陣営に突きつけ大立ち回りを演じて見せる……のは良いけど……この人、たぶん映画の見すぎだ。


「貴様はあの時の……」

「久しぶりだなルナール博士……お前を逮捕する」


 即座に変身し、拳を力強く一発ぶつけた。迸る紫電は視線を交わすミレニアンを威嚇するように吠え哮り、直後に彼の剣が虚空から光を放って出現し、ガントレットから電気のエネルギーを受け取り、刃に光が収束した。


 決して避けられない宿命の闘い。騎士と侵略者、どちらかが滅びるまで続けなければならない。この作戦が無かったとしても、いつか彼らはこうして対峙することになっただろう。


 金髪のミレニアンはシャドースパークに短剣ほどの光刃を出現させ、切れ長の眼でアザトス大佐を睨んだ。大佐は決して怯まなかったが、拳を握り込んで構えるその姿は、明らかに僕らと闘った時よりも本気であることが窺える。


「行くぞ――――ミレニアン!!」


 大佐が剣と共に飛び出した――――その刹那、対峙する二人を巻き込んで状況は一変した。ルナールが防御姿勢のまま後方に吹き飛ばされ、攻撃を仕掛けるつもりだった大佐は咄嗟に立ち止まって何があったのかを把握しようとする。


「――――何だ?」


 ルナールは自らの手から血が滴っていることに気づき、怪訝な表情で傷口を見つめた。奴にも何があったのか理解できなかったらしい。


『ミラ!』

「ええ、僕には見えた! 大佐、ロキシーの剣です!」

「何だと?」


 咄嗟にロキシーが倒れていた場所へと目を向ける――――奴は再び立ち上がり、ルナールの血でべったりと濡れた剣を握り、不敵な笑みを浮かべていた。次第に笑みは口が裂けたようなものに変わり、遂に声を上げはじめた。


「んふふふふ……アーハッハッハッハッハッハ!!!! 手に入れた……手に入れたわ!! ミレニアンの血だ!!」


 その絶叫を耳にしたルナールは対照的に青ざめた顔をしながら、直後に激昂した野獣のように牙をむいて怒りを露わにした。


「貴様……!!」

「見るがいい侵略者!! これが私の……人間の研究成果だ!!」

「な……何を……!?」


 ロキシーは剣を逆手に持ち替え、あろう事かその切っ先を自らの胸に突き立てたのだ!心臓を貫いた剣を更に深々と体に押し込み、ロキシーは血反吐を吐き散らしながら笑うことを止めなかった。信じ難い光景に僕らはただ立ち尽くして見ていることしかできなかった。そんな中たった一人、ルナールだけが行動を起こす。


「俺たちの血を汚すことは許さんッ!!」


 走り出したルナールはシャドースパークの光刃を振りかざし、ロキシーに斬りかかった!素早いが滅茶苦茶な連撃で、下手をすれば光の魔法無しでも防ぎきれるような乱雑な攻撃だ。僕と大佐を圧倒したロキシーならまず防げない筈がない。しかし、苦しみ笑い転げるロキシーは最初から相手にしていないかのように一撃たりとも漏らさず“肉体で受け止めた”のだ!


「ぐうううっ……ンフフフフ……お前には圧倒的に足りないものがあるぞ……ミレニアン!! お前たちの怒りは……果てしなく深い……私の怒りよりも遙かに……長い時の流れの中で積み上げられた……怒りだろうな……」

「……貴様はいったい……」

「私にあってお前たちに無いもの……いや……失ったもの……それは護りたいと思う気持ちだ……私にはこの世界の人々も……娘も……“この子たち”もいるわ……みんなを護りたい気持ちが私を強くするッ!! 絆のつながりこそ私の力だああああああああああッ!!!!」


 ロキシーが手を突き出すと、ルナールのシャドースパークを握る手が不自然な動きで宙へと伸びた。まるでロキシーに引っ張られているかのように――――


「違う……ルナールじゃない……!!引っ張られているのは……!!」


 ――――ミレニアン・シャドースパークの方だ!!


「アーッハッハッハッハッハ!!!!」


 ルナールの手を放れた漆黒の覚醒機はロキシーの手に握られ、より赤黒く強い光を放ちはじめた!絶叫するように笑うロキシーに応えるように、シャドースパークの光は着々とロキシーを包んでいく。アザトス大佐が駆け寄ろうとするが……


「ダメだ……ロキシー!!」

「変身ッッ!!!!」


 衝撃が空港全体を揺るがし、溢れだした血の如き光は着々と実体を伴い、隠されていたロキシーの姿を現界させた。一見すると以前闘ったバトルドレスと相違ないが、その体を包む肉塊――――奴は見たこともない生物の肉を纏った状態でその姿を現したのだ。漆黒の鱗で体全体が覆われ、背中からは六本の触腕が伸び、ウネウネと軟体動物のように蠢いている。ロキシーは尚、両手を広げて絶叫にしか聞こえない笑い声をあげていた。


「何ですかコレ……まるで超獣じゃないですか!!」

「如何にも!! 超獣はヒトと他の生物の合成生物……しかしその核を成すヒトとは、生きたミレニアンでなければならないことは、実験によって証明された。しかし私はまだ疑問符が残っていたわ。純粋にミレニアンでなければならないのか……そう! ミレニアンの“活性状態の血”が鍵なんじゃないかな~なんて思って、ダメもとでやってみれば……あらまビックリよ。こうして私は超獣の肉体を手に入れられたじゃないの!!」

「そうか……かつてバルギルはルナールがシャドースパークを使うことで操っていた。ロキシーは自らが超獣となり、更にシャドースパークさえも取り込むことによって、超獣のパワーを得ながら意のままに操ることも可能にしたんだ!! しかし……そんなことをしたら民衆は……」


 僕も大佐と全く同じ疑問を抱えていた。ロキシーが何よりも重視した民衆からの支持率。超獣を恐れ憎む人々の眼前にこんな姿を晒していったいどうなるのか、想像できないほど愚かな女とは思えない。


「構わない!! 支持率なんて後から幾らでも取り返せる!! 私は今、誇り高き騎士として死力を尽くしてこの敵と闘わなければならないのよ!!」


 これを言っているのが味方だったならどれ程頼もしかっただろう。


「おのれ……我らミレニアンを侮辱することは決して許さん!!」

「来なさい!! 悪しきミレニアン!! 私の愛と正義と怒りの結晶を受け滅びるが良い!!」


 六本の触腕が鞭のようにしなり、一斉にルナールに向けて飛び出した!シャドースパークを失ったミレニアンは横っ飛びでその全てをかわそうと試みたらしいが、次々と襲いかかる巨大な鉤爪は滑走路のコンクリートを易々と砕き、スピードと破壊力をまざまざと見せつける!的確に先を読んだとしても、いつかは体が追いつかなくなる!


「くッ……!!」


 だが、一見追いつめられているだけのようで、ルナールは致命的な一撃を確実にかわし切り、虎視眈々と攻撃のチャンスを狙っている。問題はその手段――――シャドースパークを失ったミレニアンがどんな技を以て超獣に立ち向かうのか、僕たちはおろかアザトス大佐でさえ知らない。


「ミラ……変身できる?」

「……いいえ」


 完全に体力切れだ……ここに来て訓練が完了していない弊害が露わになるなんて。憤りのあまりシャドースパークを握る手がギリギリと音を立てるほど力が入ってしまった。だが、僕の覚醒機は弱々しい光を放つだけだった。


「貴様は俺たちの全てを知り尽くした訳ではない……」

「へぇ~……それじゃあ……本領発揮でかかってきなさいよッ!!」


 触腕が全方位を囲み、ルナールの逃げ場は完全に断たれた!


「おい“クソ間抜けナード”……寝てんなら起きろ」

「!!」


 突如、僕の眼に宿る光の魔法が何かを訴えかけるようにルナールの視界を映し出した!! その手に握られていたのは小さなアンプルだった。彼は次の瞬間にはその中身を直接飲み干してしまった!


(今のは何の薬だ!?)

「おい、俺の眼を視てるのか?」

(なっ……!?)

「もし全部視えてるのなら……よーく覚えておけ。お前がこれから入る世界ってのは、こんなのがうじゃうじゃいる世界なんだからな!! 天狼招来てんろうしょうらいッ!!」


 ルナールは多分、“僕が”視界をジャックしていると確信しているわけではない。ただ奴は、誰かがこの状況を観察していると本能的に察知している。“何者か”に訴えかけ、見せつけるように、彼は未知の呪文を唱え、その体を着々と変化させていく!


「三千年の時を越え重なりし英知よ! 霊戈れいかとなりて我が手に宿れ!」

「皆離れて!!」


 視界が元に戻ると同時に、僕は本能的に危機を察知した。僕はアリスの手を引き、大佐とアシュレイ隊長も揃って全力で走って逃げ出した。そして予想はより悪い方向に的中してしまう――――


「あっ……!!」

「ぐっ!!」


 背後から叩きつけるような衝撃波が発生し、僕らは揃ってバランスを崩しかけた。一瞬の出来事だったため転んだりはしなかったが、状況を確認しようとして振り返ろうとしたとき、続けざまにロキシーの触腕が僕と大佐の間をすり抜けて地面を抉った!


「アリス!! ミラ!!」

「ああっ!!」


 間髪入れず二発目、三発目が放たれる! 分かっていても回避が間に合わなかった僕とアリスを、アザトス大佐が飛びついて無理矢理吹き飛ばしたが、結果的に彼は触腕をまともに体で受け止めることになってしまった。


「アザトスさん!!」

「ぐわあああっ!!」


 触碗の爪は鎧の脇腹を易々と切り裂き、大佐の体ごとコンクリートを殴りつけた!分厚い鎧を纏っていたとしても、あの威力をまともに受けたのではひとたまりもない!


「邪魔をするなアザトス!! そのミレニアンにもう用はない!! 始末しなければならないのよ!!」

「う……ぐああ……!!」

(そうだ……シャドースパークを使えるようになったら、僕は今度こそ用済みなんだ。奴の狙いは僕とルナールだ!)


 これ以上皆を危険に晒せない。変身できない今、僕にできることは限られる。僕はシャドースパークからあるだけの力を引き出し、両足に集中させた。


「僕が奴を引きつけます! アリスは大佐を助けて、アシュレイ隊長は奴を攻撃してください!!」

「そんな無茶や!」

「背中預けましたよ!」

「話を聞かんかい! あーもう反抗期!」


 僕が走りだすと同時に、ロキシーの触腕が予測通りこちらに向けて放たれた!四本の触碗が次々と襲いかかれば、確かに僕の力量では絶対にかわせない。しかし――――!


「はぁーーーー!!」


 ロキシーに斬りかかったのはルナールだ! しかし奇っ怪だったのはその右腕だ。特殊な形状の槍か矛のような武器を携えているように見えたが、まるで元々そういう器官を持っている生物かのように、武器が右腕と同化している。こんな魔法は見たことも聞いたこともない。魔核能力か、ミレニアンの独自の技術なのだろうか。


 振りかざした刃をロキシーは自身の手に握ったシャドースパークの光刃で防ぐが、完全に不意を突かれたためか、微かに姿勢を崩してしまう。それを見逃す程、侵略者は甘くない! 強く踏み込んで、刹那の時に最大限の威力の一撃を見舞うべく、大きく腕を振るった! それに対して防御は間に合ったとしても――――


「隊長!」

「でーりゃああ!!」


 全力投球の火炎弾がアシュレイ隊長の手から放たれた! 僕の体の横をすり抜け、灼熱の一撃が触腕の一本をぶち抜いた!


「やった!!」

「ぬあああああ!!」


 ロキシーは怒りに顔を歪めながらも、その反撃は実に的確だった。生きている触腕の二本でこちらを牽制し、アシュレイ隊長が火炎弾を用意する隙を潰し、もう一本でルナールに背後から攻撃を仕掛け、かつシャドースパークで触腕を防ぐのに精一杯のルナールの左腕に一太刀を浴びせた!彼は咄嗟に身を翻したが――――


「まだだっ!!」


 ロキシーは反対の手で元々持っていた杖型の覚醒機を構え、そこから炎の魔法を放った! 単純な爆発を発生させただけだが、衝撃波の効果範囲は見た目以上に広く、回避に徹していたルナールには効果的。強力な熱波を浴びせられ、彼は腕で顔を覆って巨大な隙を晒してしまう。次の瞬間には触腕の爪による斬撃を胸に受け、ぷつりと糸を切られた人形のように、噴水のように血を吐きながらコンクリートの地面に倒れた。


「アーッハッハッハッハ!! やった!! やったぞ!! 勝った!! 勝った勝った勝った勝った勝ったッ!! ……さてと、次は貴様だァ!!」

「!!」


 振り返りざまに杖を振るい、熱線を僕めがけて放つ。立て続けに触腕による包囲網が構築され、いくら回避したとしても光の魔法の予知のキャパシティが追いつかず、少しずつ少しずつ、当たっていなかった攻撃が掠り、掠るだけだった攻撃が腕を、足を、“削っていく”。爪が、熱線が、着実に僕を殺しにかかっているのだ。


「ぐっ……うあああああ!!」

「ミラ!!」


 入り乱れる触腕をかい潜り、隊長が触碗を焼き斬らんと焔剣を振るって立ちふさがる。しかし次の瞬間、触碗の一本がコンクリートに爪を突き立て、離れていたロキシーの体を一気に引き寄せ、シャドースパークで隊長に斬りかかったのだ! ぶつかり合う熱の刃が、文字通り火花を散らす。だが剣戟では経験の差でロキシーが有利。僅かだが隊長の反応が遅れているのが分かる。


「でりゃああああ!!」


 雄叫びをあげ、氷の剣を携えたアリスが斬りかかる。変身できない状態で果敢に立ち向かうが、それでもロキシーは両手の覚醒機で易々と攻撃を捌いてみせた。それどころか、着実に攻撃と防御が逆転しつつある。


「……このままでいられるかってんです!!」


 やられっぱなしのまま黙ってなんかいられない! 僕は歯を食いしばってシャドースパークの光刃を無理矢理展開し、触腕に向けて振った! 初撃は浅く表皮を傷つけた程度に終わったが、それでもねばり強く斬撃を放ち続けた! 反撃のチャンスなんていつくるか分からない。だったらせめて、やられないようにするしかない!


「うおおおおお!!」

「ンフフフ……変身できないお前に何ができる? 勝負は決した……と、言いたいところだけれど……完全無欠な勝利のために、僅かな勝利の芽さえ潰してくれるわ!!」

「うわああ!?」


 触腕に背中から切り裂かれ、僕は地面にうつ伏せに叩きつけられた。傷は浅く出血も大したことはないが、遂にシャドースパークから光が消えてしまった。


「もう一手……!!」

「ッ――――ああああああ!!!!」


 膝の裏が強い熱を感じた直後、それより下が全く動かせなくなった。立ち上がれない……ただただ熱く、ふくらはぎが空洞にでもなったかのように軽い。直視することを本能的に拒んでしまうが、光の魔法が真実を告げてしまう。僕の両足は触腕から放たれた熱線によって綺麗に焼き切られてしまったのだ。


「まだまだ終わらないわ!!」


 ギリギリの鍔迫り合いを続けていた二人が押し返され、隊長は光刃に腹を受け、アリスは心臓を杖に貫かれてしまった。叫ぶこともできず、二人は同時に地面に伏し、無惨な赤黒い血溜まりを形作っていく。


「ッ……そんな……隊長……アリス……!!」

「アーッハッハッハッハ!!!! これで完全に終わった……私の長い長い闘いが遂に終わった!! 究極の平和へ繋がる、希望の道しるべが見えた!! ンフフフフフ……アーッハッハッハッハ!!!!」

「……まだ……」

「ハッハッハ……ん?」


 凶悪な高笑いに微かな声が割って入る。血にまみれたアシュレイ隊長が、その手に儚い火を纏いながら立ち上がろうとしていたのだ。


「……まだや……まだ……終わっとらん……」

「……あらヤダ。まだ立てるの?」

「あたりまえや……必殺技も撃たんと……死ねるかい……」


 隊長の右手の火が少しずつだが大きくなっていく。そして赤く弱々しい火花でしかなかったソレは、その手が固く握られると同時に青く整った焔へと姿を変えた! 間違いない……十六年前に超獣を葬ったアトミック・パンチを使うつもりだ! だが、瀕死の体でそんなことをしたら、死は免れないことなど火を見るより明らかだ!


「ダメだ……隊長……止めてください!!」

「ミラ……よお見とき! これが……あんたを育てた……かーちゃんの生き様や!」

「やめろおおおお!!」


 青い軌跡を描きながら、渾身の拳が放たれてしまう。彼女の命を燃やしながら――――!! だが!!


「無駄だァーーーー!!」


 ロキシーが光刃を振るう方が速い!! このままでは攻撃する間でもなく隊長は殺されてしまう――――!!


「死ね!! イグニ……」

「アシュレイ様!!」


 拳と刃が交差する直前に、叫びとともに眩い光が割り込んだ! その光はアリスの指輪から飛び出し、隊長を庇うようにして光刃を受け止めた!!


「クラウザー……!!」

「クー!!」


 一瞬だったが、その一連の出来事は確実に僕らの脳に焼き付いた。光の中のクラウザーが光刃を受けながら、かつての主を一瞥し、優しく笑って見せた――――そして騎士の亡霊は、光の粒子となって虚空へと散っていったのだ。同時に光刃は弾き返され、大きく仰け反ったロキシーは正面ががら空きの状態だった! アトミック・パンチはただの覚醒機で防御できるほど生半可な威力ではない!


 巨悪を滅ぼす灼熱の技を、世界は再び刮目する――――


 ――――筈だった。


「はっ……!!」


 焔の勢いが急速に弱まっていく……!! Cs'W切れだ……決して屈強ではない、か細い体を支えていた力が失われ、遠い闇の中に落ちていく――――


「そんな……そんな!!」

「無駄死にッ!! とんだ無駄死にッ!! どいつもこいつも私に従わなかったばっかりに勝手に死んでいくッ!! お前のせいだミラッ!! お前のせいで死ななくてもいい人まで死ぬことになったッ!! お前が最初から私の手を握っていれば、この女も、クラウザーも、ギルテロも、スティルも!! 誰も死ななくて済んだッ!!」

「僕が……」

「そうだ!! 誰がお前を助けてやったと思っている!? 十年前のあの日、お前を殺さないでやったのはこの私だぞ!! お前の母親のクソッタレアバズレ超獣をブチ殺してお前をミレニアンから解放してやったんだぞ!! 私がお前のママも同然だ!! 私を畏怖し私を拝み私に従っていればこんなことにはならなかった!!」

(なんだと……?)


 その時から、しんと世界が静かになった気がした。足の痛みを忘れ、遠い過去のビジョンへ――――

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