12.諦めるが一番の解決方法
◇ ◇ ◇
ヨウ達の追試まで残り二日に迫った土曜日。
今日は午前中だけ授業があったから朝から学校に登校、昼前まで授業を受けて解散。追試組だけは教室に残って月曜日から三日かけて行われる追試について説明を受けた(おかげで俺等は月曜から三日間休みだ)。
その間、俺とハジメはヨウ達を待つために廊下で待機。適当に駄弁って皆を待つ。
五、六分程度でヨウ達は出てきた。
思いっ切り、しかめっ面作って出てきたもんだから笑っちまった。
ほんとに嫌そうな顔しているんだヨウ達。その時の顔は不良という着飾った顔じゃなくて俺と同年代の顔。不良の雰囲気なんて一欠けらもなかった。ワタルさんでさえ、不良というより、俺と同い年の青年って感じがしたよ。
でも、まあ、ヨウ達はヨウ達で努力しているんだ。死ぬ気で勉強している。
留年がかかっている理由も勿論あるけど、追試によって保護者を呼び出されるなんて冗談じゃない! ってのが一番にきているんだと思う。特に家庭環境が複雑なヨウやシズは人三倍勉学に励んでいる。二人とも親が嫌いで仕方が無いみたいだ。
それにチームのこともあるしな。追試を一発でパスしないと、響子さんになんて言われるやら。
「あーあ。月曜は英Ⅰと数Aと現社か。初っ端からきちぃな」
配布されたプリントを眺めながら、ヨウは苦虫を噛み潰したような顔を作る。ヨウはどちらかというと理系みたいで、数学に関しちゃ問題は無い。やればできる子で問題を解く回数を重ねたら点数が上がった。
だけど英語はからっきしみたいだ。初っ端から英語があることに嘆いていた。ヨウの奴、単語を見るたびに愚痴を零しながら電子辞書で調べているもんな。根っから英語を嫌悪しているようだ。
「僕ちゃーん英語はいけそう」
同じく追試内容のプリントを眺めながらワタルさんは軽く溜息。
ワタルさんはヨウとは逆で数学がイマイチなんだ。英語はまずまずで、文法を掴めたらスムーズに問題を解いていた……発音問題は勘だと言っていたけれど。二人を足して二で割れば丁度いいんだろうな。
「私、全部苦手なんだよ。どーしよう。もう駄目だ」
手に持っていたプリントを四つ折りにしている弥生が小さく溜息を零す。
弥生は全体的に理解するのが遅い。特に暗記系が苦手みたいで、現社みたいな暗記系になると音を上げちまう。弥生のために俺とハジメで、単語帳まで作ってやったんだけどな。なっかなか憶えられないっぽい。
「弥生、単語を口に出すと頭に入りやすいよ。俺、後で一問一答式で問題出してやるからさ。諦めるなって」
言葉を掛けると哀愁漂う微笑が返ってきた。
「ありがとう、ケイ。留年したら先輩と呼んであげるからね」
いや、だから諦めるなって。
俺は苦笑いを零しながら弥生を励ます。
ムードメーカーの弥生だけど、ここ数日は覇気がない。不安で仕方がないんだろうな。
そりゃ常日頃からサボっている俺達が悪いとは思うけど、でもなぁ、ここまで落ち込んでいると同情しちまう。やっぱ不安なもんは不安だって。皆は進級するのに、自分だけまた新一年生と時間を過ごすなんて。同級生の卒業を見送る羽目になるんだぜ? 俺だったらぜーったいヤダね! 切なくなる! きっとヨウ達も同じ気持ちだと思うよ。
だからこそ必死に勉強するんだろう。
これから俺達、Mックに行くんだ。
そこでお勉強会。他校に通っているシズ達と待ち合わせをしている。中学組も来るんじゃないかな。あいつ等も来たいって言ってたし。ま、邪魔をすることは無いだろ。ヨウ達のために単語帳とか、せっせと作っていたしな。
「おや? そこにいるのは学校の負け犬くんたちじゃないか」
廊下を歩きながら駄弁っていると前方から嫌味ったらしい声が聞こえた。
ヤーな予感を抱きながら視線を前に投げる……嗚呼、最悪である。先輩が立っていた。ただの先輩じゃない。以前、俺達に窓ガラス破損事件の容疑をかけた生徒会会長、須垣誠吾先輩。相変わらずキラースマイルが素晴らしいことで。
須垣先輩を確認するや否やヨウが殺気立った。
皆が皆、揃って須垣先輩を苦手としているんだけど、特にヨウは須垣先輩のこと好きじゃなくて(理由:日賀野に性格がソックリだから!)。
ニッコリと笑ってくる須垣先輩に対し、ヨウは舌打ちを鳴らした。これでとどまれば万々歳だけれど、そこは須垣先輩である。こちらの反応が予想できるだろうに構わず、俺達を指差して鼻で笑う。
「そのプリントは、もしかしてもしかすると追試の案内かな? やっぱり日頃の行いが祟ってるんだね。負け犬くん」
「んだとテメェ」
「ま、まあまあ、ヨウ。相手にするだけ無駄だって。行こうぜ。な?」
必死にヨウを宥めた。相手をするだけ俺達が馬鹿を見る。ここはさっさと立ち去った方が賢い。
けれど俺の努力を霧散するように、須垣先輩が見事にそれを打ち崩してくれる。 見下すような目で俺達を眺め、「パスできたらいいね」ヒラヒラと手を振って脇を通り過ぎて行く。去り際、俺達に先輩は一言。
「君達のような負け犬が卒業できるのか疑問だよ。せいぜい中退しないようにね」
あははは、君達に学習できる知能があるのかどうか疑問だけど。
笑声を漏らしながら、須垣先輩は大変素晴らしい嫌味を残して行ってしまった。
カッチーンのブッチーン。俺の隣からそんな擬音が聞こえたのはその直後。
「あ、あああいつだけはぜぇえってッ、ぜぇってえええ!」
「お、落ち着けってヨウ! 喧嘩より勉強が先だろ! 気にするなって、お前ちゃんと点数上がっているんだから!」
「そうだってんぷら。ヨウちゃーん、短気過ぎ。いくらヤマトちゃーんに似てるからってさぁ」
「だっからこの手でぶっ飛ばしてぇんだよ! あんにゃろうっ、鼻で笑いやがってー!」
「バカバカ! 学校で喧嘩を起こしたら洒落になんない……ワタルさーんヘルプ!」
「あーもう。ヨウちん、落ち着いてってばぁ!」
ヨウが握り拳を作って先輩に向かおうとするものだから、俺とワタルさんで必死にそれを止める羽目になった苦労話は余談にしておこうと思う。
閑話休題、小さな騒動はあったけど俺達は無事にMック前まで辿り着く事ができた。特別な大騒動に巻き込まれることも無かったよ(たとえば喧嘩に巻き込まれるとかな!)。
Mック前には既に中学組や他校に通うシズ達が来ていた。全員揃ったところで店に入るんだけど、結構な人数だしな。座れるかな。
一応俺達の入ったMックは地元でかなり大きい方だ。店内は一階と二階フロアに席がある。一階は禁煙席。俺達の中には喫煙者がいるから(未成年だからこっそり喫煙しなければならない)、必然的に二階のフロアに上がることになる。
一階は結構な人数が埋まっていたけど、幸いなことに二階はそうでもなかった。
談笑しているカップルや勉強している団体様がチラホラ。俺達も安心して勉強に励むことができる。
窓側の隅の席を陣取って俺等はテーブルをくっ付ける。マナーとしてどうかと思うけど二階は人数が少ないしな。他の客も気にしてないみたいだし……腹ごしらえをして勉強しようっと。俺は主に勉強を見る方だけどさ。
既に頼んでおいたトレイを片手に皆、それぞれ席に着く。俺もヨウの隣にトレイを置いた。
「俺っちケイさんの隣!」
元気よく俺の左隣を陣取ってくるキヨタに苦笑いを零す。ほんと俺に構ってくるようになったな。
最初はあれほどヨウ、ヨウ、よう! と、はしゃぎ回っていたのに。見上げてくるキラキラとした眼に若干引きつつ、俺は何気ない気持ちで視線を持ち上げる。硬直してしまった。向かい側に腰掛けようとしていた相手もカチンと固まる。
「け、ケイさん」
「こ、ココロ」
嘘だろおい。真正面にココロが来ちゃった、とか。
揃って素早く視線を逸らした。これはやばい、大変まずい。気まずい。彼女が前方にいるだなんて、どんな試練?!
困ったなぁ。
俺達、あの事件以来、ぎこちない関係が続いているんだ。一日、二日経っても、本調子を取り戻せず、俺達は自然と避けあっている関係に落ち着いている。一応、ヨウ達の前では普通に振舞っているんだけど(みんなに気を遣わせちまうし)、それでもなかなか元通りの空気が作れない。
魚住から、あんな風にからかわれたんだ。相手にどう接していいのかも分からんのよ、俺は!
どうする……席を替えてもらうか。
いや、変に動けば周囲から怪訝な眼を向けられるかもしれないし……でも背に腹はかえられない!
「キヨタ。場所を」「や、弥生ちゃん。場所を」替わってと言えなかった。だって彼女も席替えしたさそうな雰囲気だったんだもの! これで俺と彼女が席替えしても、左隣に移動するだけだからプラマイゼロ。意味ナーシ!
じゃあココロが弥生とチェンジしてもらうのを待てばいいのかな、と判断して相手の出方を窺ってみる。
すると相手もまた俺の出方を窺っているようだ。きょろっと探りを含んだ眼を向けてくる。
ぐぎぎっ、下手に動けないぞこれ。
「なにしてんだよ。さっさと座れってケイ」
「ココロも座れって。あんた等、目立ってっから」
俺はヨウに、ココロは響子さんに腕を引かれて無理やり着席させられる。
そこで鈍感な俺は気付いた。かえって目立つ行動を取ってしまっていたことに。今のはまんま彼女を意識している態度だったぞ。頭を抱えたくなった。ココロをチラ見すると、周囲を見渡しておろおろしている。嗚呼、彼女も自分の失態に気付いたようだ。もうダメだ。帰りたい。ここで弄られたら耐えられるだろうか? いや絶対に無理だ。死にたい。
「食べようよ。早く勉強しないと」
助け舟を出してくれたのは弥生だった。
俺とココロの気まずい空気を散らすように、ハンバーガーのラップを剥いてそれにかぶりつく。つられるように皆も食事を開始。思い思いに談笑を始めた。
良かった。安堵の息を零し、俺もバーガーのラップを向いた。ダブルチーズバーガーだ。美味そう!現実逃避するように、もしゃもしゃとハンバーガーを咀嚼する。うん、美味いうまい。溶けかけのチーズがこれまた美味い。
「おっ、ココロはバーガー頼んでねぇんだな。アップルパイか? それ。美味そうだな」
俺の右隣に座っていたヨウがココロに話題を振った。
「はい」彼女が微笑を浮かべて綻ぶと、「後で頼んでみっかなぁ」ヨウがてりやきを咀嚼しつつ、アップルパイを眺める。「一口食べてみます?」ココロの申し出により、「マジ?」んじゃあケイ、一口貰うか? と話題を何故か俺に振られた。口内の物を噴き出しそうになる。
「な、なんで俺に振るんだよ。自分が美味そうって言ったんだから、お前が貰えよ」
「いや、こういうのは皆でやるのが美味いんじゃねえか」
「バーカ。あんた等が食ったら可愛いココロのアップルパイが無くなっちまうだろうよ。お断りだ、お断り。手前で買って来い」
シッシと響子さんが手で俺達を払う。
「それよりケイ、あんたのナゲット美味そうだな。梅ソース味なんだろう? 限定商品らしいじゃねえか」
「あ、一個食べます? あげますよ。五個も入っていますし」
「そういやココロ、あんた梅好きだったな。一個貰ったらどうだ?」
「へ?」自分に話題を振られると思っていなかったのだろう。ココロが間の抜けた声を上げた。
「で、でも」「美味かったら買ってきてやるよ」響子さんがフッと笑みを浮かべる。妹分馬鹿が発動しているようだ。
追い込まれたココロが俺を一瞥してくる。困惑した面持ちで助けを求められても困るんだけど……ああもうっ! 分かった。わーったよ! 助けてあげるってば!
「まだ俺も食べてないから、ココロの感想が欲しいな。はい、これ」
ぎこちなくだけど、ちゃーんといつもどおり話しかけられた気がする。
ソースをココロの前に置き、ナゲットボックスを差し出した。少しだけ緊張が取れたように笑みを浮かべたココロは1ピース、指でつまむ。彼女と視線がかち合った。あの日以来振りに、自然に頬が崩れたのは何故だろうか。
「わぁ。ケイさんとココロさんって、とってもあれっス。お似合いっス! そういうやり取り、恋人みたいッスよ!」
!!!
俺等の様子を見たキヨタが無邪気な笑顔を作って爆弾発言。
ココロがナゲットをボックスの中に落とし、俺も直後にナゲットボックスをトレイの上に落としてしまう。「おまっ」何してやがるんだ馬鹿! ヨウの叱咤に、キヨタがキョトン顔で首を傾げた。
「だってそうじゃないッスか。まさに、今のやり取りは恋人の」
「キヨタのKYィイイ! なんのためにっ、ヨウさんと響子さんが場の空気を和ませようと……この阿呆!」
ギャンギャンと喚くモトに、「し。しまった!」うっかりしていたとキヨタが両手で口を塞ぐ。
今のはナシだと慌てて撤回を求めるけれど、時既に遅し。俺達は気まずさのあまりに身を小さくする。
ヨウと響子さんの話題は俺達の空気を緩和させようと意図したものだったのか。気付けなかった。こんなにも皆から気遣わせていたのか。俺が変に意識しちまったせいだ。ココロには別に好きな人がいる。それを知っている。なのに俺が魚住事件で変に彼女を意識してしまったから。
否定だ、とにかくまずは否定しないと。
「バッカ。俺とココロがなんだって? キヨタ。お前、冗談上手いんだから!」
チビ助の頭をかいぐりかいぐりしてやる。
「アイタタッ!」悲鳴を上げるキヨタに、「俺達はそんなんじゃないって」地味だからってカップルに仕立て上げるのはどうかと思うぞと、首を絞めてやる。アップアップしている弟分を余所に、「な?」ココロに同意を求めた。見る見る彼女が自然の笑みを零す。どことなく翳(かげ)りある笑みだけど、気付かぬ振りをした。
「ふふっ、そうですね。お洒落さんの集団に入ると、そういう風に見られがちですよね」
「ほんとにな……ココロ、ごめんな。もう俺、あの事は気にしないようにするからさ」
「私もです。もう気にしません。ケイさんとは好いお友達だと思っていますから」
「うん、そうだな。友達以上はないしな」
胸が痛んだ。
自分で言ってなんだけど、片隅で傷付いている俺がいる。
そういう目で見られる可能性がないと肯定することがこんなにも切ないなんて。
けれど、どこかで区切りをつけようと思う俺がいる。そうだよな、変に意識している俺が馬鹿みたいじゃないか。ココロには別の好きな人がいるんだから。
もうやめよう、彼女を意識するのは。
これからも俺とココロは親近感抱く地味友だ。
「そういう目で見られると困るよな」
やめようと思ったから自然に笑える。
「はい」ココロも自然と笑っていた。これでいいんだと思う俺がいる。諦めに近い気持ちが胸を支配した。
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