15.だったら自分なりケリをつければいい
◇
二階のフロアは三階のフロアと違って人がよく目に付く。
お子様から俺と同じ年頃であろう学生の群れ。男は格ゲーやレーシングに、女はUFOキャッチャーやプリクラに夢中みたいだ。
社会人になっているであろうニーチャン・ネーチャン、アベックをよく目に……アベックは死語だよな。カップルをよく目にするって訂正しておこう。ゲームをするっていうより、ゲーセンに置いてあるゲームを見て回っては会話を弾ませている。どうでもいいけど、イチャつくなら余所でやって欲しい。見ていてムカツクんだぞ! 幸せそうな顔しやがって!
ストレスをメダルゲームにぶつけている中年のオッサン。
会社や家で何かあったんだろうか? 愚痴を零しながら、全てを忘れるようにメダルゲームに没頭している。傍から見れば恐ろしいオッサンだ。
色んな奴に目を配りボンヤリと観察しながら、俺は隅っこで壁に寄り掛かっていた。
何をしているのか? という目をゲーセンの客や店員に向けられるけど(しかも俺の怪我に変な顔してくるし!)、俺は気にする気力もなかった。
とにかくヒトリになって気持ちを整理したかったし、気持ちを落ち着かせたかった。今日の出来事を自分なりに処理したかった。上にいるであろうヨウ達にヒトコト言ってはいるから、何処に行った? っていう心配とかは掛けないと思う。にしても、俺、どれくらい此処に突っ立て自分の感情処理しているんだろ。三十分はとっくに過ぎていると思う……見当も付かない。
ひとつ溜息をついて、俺はゲーセンのBGMに耳を傾ける。
相変わらずゲーセンのBGMは煩い。今流行っている曲を大音響でバンバン流しているし、BGMの中にUFOキャッチャーの声が雑じってくるし、ほんと煩い。ウルサイ。うるさい。ウザッタイ。
一番ウザッタイのはヘコんでる俺なんだけどさ。軽く舌打ちをして壁に寄り掛かりなおす。
次の瞬間、頭に衝撃が走った。なんだよ! 軽く痛いんだけど! 頭を擦りながら顔を上げる。そして目が皿になった。
「アンタ、此処にいたのかよ」
拗ねた顔を作っているモトが立っていた。
ムスッとしたまま俺に何かを突きつけてくる。反射的に身構えてしまった。
だってよ、モトって俺のことあんま良く思ってないんだぜ? 警戒しちまうって! 喧嘩はもう無理だぜ?! 利二との大喧嘩で俺の体は悲鳴を上げているから! 断言できるのも悲しいけど、喧嘩しても負ける自信あるぜ!
そんな俺を気にも留めず、モトは何かを突きつけてくる。
恐る恐る目を落とせば缶……緑茶を俺に突きつけてきていた。思わず凝視。なんでそんなものを俺に突きつけてくるんだよ。
ナニ? お前は缶緑茶で俺に喧嘩を申し込んでいるのか。仮にそうならどうやって喧嘩するか俺に教えろよ。早飲み勝負なら俺でも勝算ありそうだからやってやってもいいけど。
それとも、まさかのまさか、もしかして俺にくれるってヤツ? モトがまさか俺に物をくれるなんて……まさか、そんな、まっさかなぁ。
缶とモトを見比べてばかりで一向に動かない俺に焦れたのか、モトが盛大な舌打ちしてくる。
同時に素早く俺の手首を引っ掴んで、掌を表に返すと缶を押し付けてきた。反射的に俺は受け取ってしまったけど、これをどうすればイイのか分からず途方に暮れる。貰っていいんだよな、この缶緑茶、流れからして貰っていいんだよな。後で返せとか言われないよな。
「なあ!」
俺は思わず首を引っ込めてしまった。
だってよ、いきなりモトが怒声に近い声を上げてくるんだぜ? ビックリしない方が無理だって。そんなモトはというと決まり悪そうに握り拳を作って唸っている。一頻り長い唸り声を上げたモトは、俺を見据えて指差してきた。
「今日のことは今日でお仕舞いだぜ。明日からは明日のことを考えろよ! そんなツラじゃヨウさんに迷惑だろ? 茶でも飲んで反省しろ! 分かったかッ、バッカヤロウ!」
吼えるだけ吼えてモトは俺に背を向けると、逃げるように三階のフロアに通じているエスカレータに向かって駆け出した。
途中、足を止めて振り返ってくる。
「五木に謝っとけよ! あ、ああ謝れないなら……オレが一緒に謝ってやってもいいからな! その代わりまたゲーム貸せよ!」
一緒に謝ってくれるってお前は俺のおかんか。
人目も気にしないで俺に向かって吼えたモトは、今度こそ三階のフロアに駆け上がってしまった。
呆然として俺は押し付けられた缶緑茶に目を落とす。あいつ一体全体何しに来たんだ。俺を罵りに来たのか、説教しに来たのか、励ましに来たのか、ゲームのこと言いに来たのか、わっかんねぇ奴だな。モトって。
しかも緑茶、何故に緑茶。豆乳や野菜ジュースよりかはマシだけど緑茶って。俺って健康オタクってイメージ持たれやすいのか……、いやでも今までの中じゃイッチバンマシだ! 寧ろ緑茶は好きな分類に入るから感謝するけどさー。
モト、結局何しに、
「ありゃモトなりの詫びだ。あれでも一応、反省してアンタに悪いって思っているみたいだぜ?」
「響子さん、いつの間に」
今まで姿が見えなかった響子さんが、俺の隣で壁に寄り掛かりながら煙草をふかしている。
響子さん曰く、俺と入れ違いにゲーセンを出てシズやワタルさんと付近を歩き回っていたらしい。
日賀野を含む仲の悪い不良グループが近くに潜んでいるんじゃないかって偵察に行っていたんだと思う。舎弟の俺を利用してヨウに仕掛けようとしていたんだ。響子さんたちは警戒しているんだと思う。
あくまでこれは俺の予想、詳しくは聞かなかった。
「ケイ、アンタ此処でも喧嘩したんだって? ヨウから聞いたぜ」
振られた話に俺はちょっと戸惑ったけど、隠してもしょうがない。本当のことだし。
苦笑いを浮かべて首を縦に振る。響子さんは紫煙を吐き出して俺に視線を向けた。
「ダチと喧嘩する前にモトがアンタになんか言ったらしいな」
そんなことあったっけ。
俺の記憶には利二の喧嘩したことしかないぞ。モト、俺になんか言ったっけ? 言ったとしてもいつものノリで悪態か何かをつかれたんじゃないかと思う。あんま記憶にない、利二との喧嘩が衝撃的過ぎて。
「手前の発言がキッカケで喧嘩が起こった。モトはそう責任を感じているみてぇだ」
「モトがキッカケ? そうだったかなー……俺と利二の問題な気がするけど」
「あいつ根は良い奴なんだ。悪く思わないでくれ。ガキなんだ、モトは」
また一つ紫煙を吐き出し、響子さんはポケットから携帯灰皿を取り出していた。
常に響子さんは煙草を吸うんだろうな、手馴れた手つきで灰を中に落としている。フロンズレッドのサラサラとした髪を耳に掛けて、煙草を銜える響子さんって大人っぽいよな。色っぽいわけじゃないんだけど、大人っぽい。俺の一つ年上って思えないよな。
ボンヤリと響子さんを見ていたけど、あんまり見ているとガン見していることになる。
なんかそれは……決まり悪い。俺は目を逸らすことにした。
「ダチから聞いている。ケイ、ヤマトに狙われたんだろ」
「え、あー狙われたっつーか。利用されそうになったっつーか。日賀野と偶然会って」
「ったく。ヤマトの野郎。ハジメの件といい、ケイの件といい、狡い手ばっか使ってきやがって」
盛大な舌打ちに俺は思わず視線を戻す。
忌々しそうに響子さんが煙草の先端を噛んでいる。指の関節を鳴らしている姿を見た俺の心境は“泣きたい”だ。
相変わらず響子さんってオッカナイよな! さすが不良さま! 俺、こういう女性は絶対敵に回したくないよ。内心ビビリまくっている俺に響子さんが微笑してきた。
「あのヤマトに言い寄られても、よく断ったな。ヤラれ方は酷いようだけど、その傷、男の勲章だぜ?」
「断る覚悟を持てたのは利二のおかげですよ」
あの時、断り切れたのは俺だけの力じゃない。
一時は日賀野の脅しを呑み込もうとした俺を止めてくれた利二のおかげだ。利二が止めてくれなかったら、俺はきっと日賀野に屈していた。ヨウに背を向けていた。当たり前のように利用されていた。
俺はあの時起こしてくれた利二の行動を思い返しながら、響子さんに告げた。
誘いに乗ろうとした俺を蔑視するかと思っていたけど、響子さんは笑みを深めてきた。
「ンなちっせーこと気にしているのか、ケイは。誰も気にしちゃねぇよ。アンタはヤマトの誘いを断った。それがアンタの答えだろ? 気にしているとダチにも失礼だぜ」
「だけど俺は」
「ケイ。アンタの気持ち次第だ。手前の行為を許せずに悔いるのか、ダチを巻き込んだことに責め苦するのか、それともアンタ自身選んだ結果を後悔するのか。それはアンタ次第。誰でもない、アンタを責め立てているのはアンタ自身」
「だろ?」響子さんは同意を求めてくる。
少し間を置いて俺は頷いた。響子さんの言うとおり、俺は俺自身を許せていない。あの時、利二のことがあったとはいえ迷ってしまった弱い自分が情けなくて惨めで、どうしても許せないんだ。
自分の不甲斐無さに溜息が出る。
俺ってこんな負けず嫌いっつーか、変な意地を持つ男だったっけ? 自分にビックリだぜ。持っていた缶を軽く握ってまた一つ溜息、瞬間、俺の頭にチョップが飛んできた。
い、イッテェ! 今のチョップ、結構痛かったぜ!俺にチョップを食らわせてきた奴はひとりしかいない。
だって此処には俺と響子さんかいないし。頭を擦りながら響子さんに視線を送る。軽く笑いながら響子さんは俺の額を指で弾いてきた。
「アンタの判断は半端なモンじゃなかった。ダチの話聞いてりゃ誰だってンなの分かる。それでも手前が自分許せねぇっつーなら、今以上に行動を起こしてみろよ。何もしねぇでウッジウジするな」
響子さんの手厳しい言葉に、俺は目が覚めた気がした。
許せないならそれ以上に行動を。そうだ……俺はフルボッコされたことや、利二を巻き込んだことや、自分の起こした態度でウジウジばかりして、これからどうしようかなんて考えてない。
じゃあ、俺はこれからどうするべきなんだろう?
響子さんに聞こうと思ったけど止めた。こういうのって人に聞くもんじゃないしな。
フロンズレッドの髪を耳にかけている響子さんが、フッと笑みを浮かべて俺にこんなことを言ってきた。
「気合の張り手を一発お見舞いしてやろうか? 気分が晴れるぜ」
冗談じゃない! これ以上、俺のカラダに痛みを与えないでくれ!ぶっ倒れる!
俺は必死に首を横に振った。「冗談だよ」可笑しそうに響子さんが紫煙を吐いた。
「今回の件、アンタの責任じゃないんだ。これ以上もう悩むなよ。この台詞、実はヨウにも言ってきたんだぜ?」
「え……ヨウにも?」
「ああ見えてあいつ、それなりに責任を感じているんだぜ? ツルんでるダチをボコされることが、あいつにとって1番ムカつくことだしな。ンな素振り見せねぇけどな」
そういえば日賀野も同じことを言っていた。
ヨウにとっての苦痛は信頼していた仲間の裏切りと、信頼していた仲間が傷付くことだって。
もしかして俺がヤラれちまったから、あいつ、責任を感じているのか。そりゃさ、元凶を辿ればヨウが俺を舎弟にしたことだけど、そのことでとやかく責める気になんてなれない。舎弟になれって言われた時、キッパリと断れなかった俺にも非があるっていうか原因があるっていうか。
それにあいつ、来てくれたしな。
俺がピンチだって聞いて……駆けつけてくれた。こんな俺の為にさ。
「少しは気が晴れたみてぇだな、ケイ。さっきよりマシなツラになっているぜ」
「さっきどんなツラしていました?」
「良い男が台無しってツラ」
「良い⁈」
「知らねぇのか? 男ってのは喧嘩で男前が上がるもんだぜ。アンタ男前上がったよ」
面食らってしまう。響子さん、その言葉は反則だぜ! 言われたこともないよ、そんなこと!
熱が顔中に集まって火照っているのが分かった。慌てて床に視線を下ろして顔を隠した、つもりだったんだけどバッチリと顔を見られた。響子さんにじゃないよ。
「おやおやこどんぶり? どーして此処だけアッチッチなのかな?」
ワタルさんに見られちゃったぜ! あはははー……うわっ、サイアック! しかも口調うぜぇ!
面白いネタを見つけたとばかりにニヤニヤと笑ってくるワタルさんに、俺は思わず逃げ腰。
すぐさまからかいという戦闘から逃げ出そうとしたけど、田山圭太は見事に失敗してしまった。
だってワタルさん、あっという間に俺の目の前に立っているんだぜ⁈ ちょ、逃げる隙もありゃしねぇ! フルボッコにされた俺の体なんか気にせず、肩に腕を乗せて「みーちゃった」と口角をつり上げてくるワタルさん。スッゲェ楽しそうにニヤついてくる。
「ケイちゃーん。言葉攻めプレイに弱いっしょ。それともそういうプレイを密かに希望? イヤーンらしいんだからぁ!」
「ッ、なんでそうなるんですか!」
ワタルさん、此処はゲーセン。響子さんの前。そういうお話は宜しくないぜ!
するなら俺とワタルさんの二人だけの時、ムサイ男達だけの時に。そう言えたら俺は男だよな! 株上がるよな! 勿論そんなこと分かっているんだぜ? 分かっているんだけど残念なことに俺にはそんな勇気ない……ワタルさん、恐ぇもん!
顔が赤くなっている自覚はあるけど、どうすることも出来ない。反論なんて持ってのほか!
そんな俺にワタルさんがニヤッと一際口角をつり上げてみせる。
「今度ケイちゃーんの為に僕ちゃーんの取っておきAVを貸してあげるから。鑑賞会でもしよっか?」
「ッ、はいいぃい⁈」
「とっておきのオカズになるでしょ。なんなら響子ちゃんも見っッ⁈」
ワタルさんの腹部に響子さんの跳び蹴りが入った! い、痛そう。
冷汗を流す俺は、横腹を押さえるワタルさんを一瞥。そして青筋立てている響子さんにも一瞥。口元を引き攣らせている響子さんは、関節を鳴らしながらワタルさんにガンを飛ばす。
「うちがあンだって? クッダラネェことほざいているんじゃねえよ」
「イタタタッ。響子ちゃーん、暴力は良くないよんさま。お嫁さんに行けないよんさま。あ、響子ちゃんはお婿ッ――‼」
あああッ、決まった! ハイキック! ワタルさん、その場に倒れて響子さんのKO勝ちィイイ!
………改めて俺は胸に刻んでおこう。
響子さんを絶対怒らせてはいけない。逆らってもいけない。馬鹿なことをしようものなら、俺はこの世から抹消されてしまう。哀れなワタルさんに合掌しながら俺は心に誓った。
あと、ワタルさん、一体全体何しに来たんだろう。暇潰し? とにかくご愁傷様でした。
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