青騒のフォトグラフ―本日より地味くんは不良の舎弟です―

つゆのあめ/梅野歩

№00:未知、じゃない不良との遭遇

XX.イケメン不良より美女に呼び出されたかった



「なあ、テメェが田山たやま 圭太けいただろ?」


 地味くんが地味に学校生活を送っている一番の理由はこれしかない。ずばり、目立つ面倒事に巻き込まれたくない、だ。 

 髪染めや眉剃りをすれば校則違反だのなんだの学年主任から口酸っぱく言われ、反骨精神を見せれば小生意気だと担任に反感を抱かれる。


 だからと言って教師と仲良くするようなタイプでもない俺は、相手の反感を買わないよう気をつけつつ、けれど極力関わりも持たないよう穏便に過ごすことを第一としていた。


 教師の反感を買ってもロクなことがないと分かっていたし、俺自身、センセイダイスキ! と、騒ぐような人間でもない。

 クラスでは日陰人間として位置づけられているのだから、自分から率先して目立つという行為を振る舞いたくないのである。


「そうだよな。お前が田山だろ?」


 なのにどうして俺は今、クラスメートから大注目を浴びているのであろう。


 それは穏やかに時が流れている昼休みのこと。

 友達とガンプラの話題で盛り上がっていた俺は、突然の訪問者に食いかけのタコさんウインナーを弁当箱に落としてしまった。


 おずおずと相手を見上げれば、決して今後の学校ライフにおいて俺とは関わりを持たないであろう他クラスの生徒が突っ立っていた。一言でいえば“目立つ人間”に属されているそいつの身なりは、金髪に前髪赤メッシュとやたらチャラけている。

 ピアスといい、乱れた服装といい、俗にいう“不良”に位置づけられる人間は俺を見下げて、片眉をつり上げていた。返事を待っている様子。


「え、あ、田山は俺ですけど」


 ぎこちなーい笑みを作ると、


「放課後、体育館裏に来いよ。てめぇに話があるんだ」


 用件はそれだけだと片手を挙げ、さっさと教室を出て行く。

 ぽかーんとしている俺の顔から見る見る血の気がなくなった。



「うそだろ。あ、あ、荒川あらかわ庸一よういちに呼び出されちまった」




 ◇




 荒川庸一。


 その名を知らない生徒は学内にはいない。

 良し悪し両面で目立つ生徒だと、最初に説明しておく。


 まず後者の面を説明させてもらおうと、こいつは俺とタメであり、学校一の問題児だ。喧嘩に荒れ狂う不良だと教師達に酷評されている。腕っ節が強く、そうそうこいつに太刀打ちできる人間はいない。


 喧嘩ばかりして学校の評判を落としているから、悪い意味で目立っている生徒なんだ。

 べつに俺の学校は不良校じゃない。けれどキャツの功績のせいで知名度が下がっていると言っても過言じゃない。


 次に前者について説明する。良い意味で目立っているとはなんぞやもし? ……答えはひとつ、こいつのイケた顔が女子に大人気なんだ。

 すんげぇイケメンなんだよ。超イケメン。男の俺からしたらぺっぺっぺ、と唾を吐きかけたくなる面だけど(嫉妬? おおう、嫉妬だよバカヤロウ!)、女子からしたら黄色い悲鳴の嵐だ。


 不良に加えてイケメン。悪メンと呼ばれた奴の存在にファンの女の子も多いとかなんとか。いっそ爆発しちまえばいいのにな! 


 大体さ。最近のドラマや映画は、昔以上にイケメン俳優ばっかり主役を演じているよな。


 恋愛モノでも友情モノでも、イケメン。イケメン。イケメン。エンドレス。

 絶対に女をターゲットにしているだろ? ツッコミを入れたいくらいに、イケメンばっか主役を演じている。


 いや、そりゃさ。ブサイクがドラマの主役を受け持っても、そう高視聴率は取れないし受けも悪いと思う。イケメンが主役じゃないドラマもあるけど、ゴールデンタイムに放送される最近のドラマの主役といったら、やっぱイケメンが多いと思うんだ。マジで。


(ふ、所詮世の中は顔なんだよなぁ。世知辛い!)


 俺なんて女子からろくすっぽう相手にされたこともない。

 可愛らしい女子生徒を見る度に、「あ。タイプ」と胸を躍らせるものの、そういう子は大抵顔のいい奴に取られていく。もしくは顔のいい奴にしか興味がない。


 俺の顔ってパッと見の平々凡々。


 簡単に言えば普通なんだフツー。頭の良さも運動能力も平均並。

 クラスの中で目立つタイプでもないからさ。


 女子の皆さんの中には俺の顔を見て「えっと……」と、一生懸命に名前を思い出そうと首を捻ってくれる方がいるほど、地味で平凡なフツーの男子生徒なわけ。女子の皆さんにとって魅力は皆無だろう。


 そんな地味男には、じっみーな奴等しか寄ってこない。『類は友を呼ぶ』ってヤツかな。

 地味で平凡なフツーくんには、これまた地味で平凡なフツーくんが落ち着く。文句はないよ。気の合う奴とつるむのが一番だしさ……そうだよ、俺は今日こんにちまで地味に、平和に、教室の片隅でひっそりと生きてきた筈なんだよ!


(なのにっ)


 放課後、恐々体育館裏に足を踏み入れた俺は待ち人となっている男子生徒に悲鳴を上げたくなった。

 学校一の問題児と称されているイケメン不良が携帯を弄りながら俺を待ってやがる。醸し出されているオーラが神々しい、いや魔々しい!


 あれで俺とタメ、同じ人種、同じ性別とか嘘だろ。


 次元の違う人間に思えるんですけど! お前、三次元の人間じゃないな! 高校生の分際でキンパに赤メッシュとか、ありえねぇだろうよ! お前は二次元の住人か!


「んっ、来たか? 田山」


 校舎の壁に背を預けていた荒川は、気だるそうに携帯を閉じて上体を直立させる。

 どーも。遠慮がちに手を振り、「大変お待たせしました」田山は今、到着しましたとぎこちないスマイルを向けてみる。


 それに対し、キャツは「ん」と、返すだけである。


 えーっと……それはどういう「ん」なの? 別に気にしていないの「ん」なの? それとも待ちくたびれたの「ん」なの? はたまた別の意味が含まれている「ん」なの?


 一文字で返事されても田山、わかんないんですけど。


 ここで地味友相手なら、ごっめーん。待ったぁ? 支度に手間取っちゃって。おデートだから張り切っちゃったのぉ、とかノッてみるんだけど相手はイケた不良。そんな馬鹿な真似はできっこない。した日にはグーパンチで向こうまでぶっ飛ばされそうだ。


(見た目からしてもこいつとは馬が合いそうにないな)


 よくあるじゃん?

 初対面ながら、喋ってみたら「こいつと気が合わなさそう」って思ってしまうあれ。俺も今まさにそれを胸に抱いているところだ。

 段を下りた荒川が砂利の絨毯に足をつけ、俺と向かい合ってくる。


 数拍の沈黙がおりた。


 なに、この沈黙。胃が痛む静けさなんですけど。それだけ相手が怒ってらっしゃるとか?


 いや、それはないだろ。

 俺、荒川とは確かに同級生だけど別クラスだし、一度たりとも会話を交わしたことがない。相手が有名すぎるから存在を知っていただけで、俺とこいつの間に接点はない筈だ。俺は彼を怒らせるようなことなんて一切合切していない!


 では何故に呼び出されてしまったのだろうか。


 おかげさまで俺は午後の授業中胃痛に悩まされたし、地味友には心底同情をされたよ。

 同情するならついて来てくれる優しさが欲しかったんだけど、俺の地味友はそれ以上のことはしてくれなかった。お友達ならもっと心配してくれたり、手を差し伸べて一緒に行こうか? と申し出てくれたりしてもいいと思うんだけど。


 ……それどころかあいつ等、明日にでも話を聞かせろよと言わんばかりの眼を飛ばしてきたという。まじ、あいつらの良心を疑ったぞ。



 ああもう、ダンマリしても話は進まない。


 ここは勇気を持って、圭太、いっきまーす。 


「あのー」

「あ˝?」


「いえ、何でもないデス。失礼しまシタ」


 見事に撃沈。

 俺は軽く視線を逸らす。


 あいつおかしい! なんで母音に濁点をつけるんだよ! 正しい日本語使えてねぇんじゃねえの、あの不良! と心中で荒れ狂っていた。

 振り絞った勇気も半分にポッキリ折れてしまったじゃないか! 怖ぇよ不良っ、ガチで泣きたいんだけど!


(呼び出したのはそっちじゃないか。なに、この焦らしプレイ。俺はこんなプレイをされても嬉しくない)


 生憎田山はそういう趣味を一抹も持っていないんですよイケメン不良さん。


 早く用件を言ってほしいと思って仕方がなかった。体育館裏は不良の溜まり場だと聞いたことがある。荒川の仲間が俺達を見つけて、「おっ。楽しそうじゃん。俺等も交ぜろよ」そう言って皆で俺をリンチ、とか、ね。

 ははっ、想像しただけで泣けてきた。不良なんて大嫌いだよ、ほんと。


(まさか俺みたいな相手に喧嘩を振ろうとしているわけじゃないだろうし。ほんっと、何なんだよの人)


 ゆらっと荒川が動き出した。

 俺の前に立った不良さんと視線を合わせる。ブレザーに手を突っ込んでいたキャツが左の手を出してきた。思わず身構えてしまう俺の目の前に出されたのは、長細い長方形のパッケージ。ミント味だと表記されているそれと不良を交互に見やり、俺は「はい?」と間の抜けた声を出してしまう。念のために突き出されたそれを指差した。


「つかぬことをお尋ねしますが、それはチューインガムですよね?」


「他に何に見えるんだよ? 飴玉にでも見えるか?」


「いえいえ。立派なガムだと思います。パッケージを見る限り」


 なに? 不良はチューインガムで喧嘩を振ろうとしているのか?

 大混乱に陥っている余所に、荒川は俺の手首を掴んで、チューインガムを掌に押し付けてきた。これまた謎い行動だけど、この行動の意図は?


「やる」


「え、あ……それはどうも、ありがとうございます?」


 疑問系になってしまうほど、俺の思考回路はショート寸前だった。

 どうして俺はほぼ初めましての荒川に呼び出され、体育館に足を運び、ワケも分からないままガムを押し付けられているのか。十六年という短い人生の中で、最も混乱した事例に挙げられるほど、俺は困惑していた。


 取り敢えず貰ったガムでも噛んで落ち着こう。

 ガムの封を切り、「良ければ」と相手に一枚差し出す。「サンキュ」たった今、自分がくれたのに礼を言ってそれを受け取る不良に恐怖は感じなかった。この人は意外と気さくに話せるかも。なーんて思いつつ、揃ってガムを咀嚼。うん、ミント味。落ち着く味。


 くちゃくちゃと咀嚼を続ける。学校一の不良とガムを噛む日が来るなんて夢にも思わなかった。

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