ショット追加のドッピオと新メンバー

「馬鹿野郎、俺にそんな趣味は無い」

「よかったあ」

 ここはカフェ、ユーモレスク。今日は葵と蓮が珍しく同席している。たまたま蓮がアメリカから帰って来ていて、葵は今日有給消化らしい。私はカウンター越しに二人の会話を聞きながら苦笑した。

「流石に蓮と有希が結婚は無いんじゃないか?」

 店をオープンして一年経った。今は九月で忙しい日々が続いている。

「俺、那瑠一筋だから」

「だよね~」

 葵がふふっと笑ったのを見てふいと顔を背けた。最近はランチをやる訳でもなく、夜に居酒屋になる為の仕込みを中心に行っている。そのうちランチもやりたいとは思っているが。なんせ人手が足りない。夜はバイトをしてくれる子が何人か応募してくれたので面接をして三人ほど雇った所だ。しかし昼間は忙しい。一人でフロアを回らなければならない。

 そんなのんびりとした金曜の昼下がり、不意に電話が鳴った。

「はい、カフェ、ユーモレスク店長星川が承ります」

 電話に出たのは女性なのか男性なのか少し分かり辛い中性的な声だった。

「あ、その、昼間のバイトの応募の件でお電話させていただきました、香坂と申します」

「香坂さん、ですね。応募ありがとうございます。面接の日取りを決めたいので空いている時間を教えていただけますか?」

「えっと、今日でも大丈夫です。履歴書は書いてあります」

「ほう。では履歴書を持ってこれから向かって貰えますか?直ぐに面接を始めましょう」

「はい。ありがとうございます、失礼します」

「はーい、お気を付けて」

 電話を切って、私は蓮と葵にピースサインを送る。

「え、どうしたの?」

「昼間のバイトの応募だ!ランチが出来るぞ」

「え、やったじゃん、ランチ楽しみだなあ」

「面接はいつなんだ?」

「これから来る」

「やる気に満ち溢れてんじゃん」

「ありがてえ」

 程なくして、店の扉が開いて、キョロキョロとしながら一人の長身な男性……いや、女性が入って来た。その女性はゆっくりとカウンターに歩み寄って来る。

「お電話差し上げました、香坂です」

「いらっしゃいませ、まずはコーヒー一杯どう?緊張してるだろうから」

「あ、じゃあ、えっと、何が良いかな」

「まあ、座りなよ」

 私は香坂さんを葵たちとは離れたカウンター席に通して、メニュー表を手渡した。

「色んなメニューあるんですね」

「あるよ、苦いのが苦手ならバニラ・ラテやウィンナコーヒー、苦いのが好きならドッピオかモカ・ラテかな」

「あ、じゃあ、ショット追加して貰って、ドッピオが良いです」

「ドッピオ、かなり苦いけど大丈夫?」

「大丈夫です」

 まさかドッピオを頼むとは思ってもいなかったので、少々面食らいながらドッピオの準備をする。

 コトンとカウンターにカップを置いた。彼女は香りを楽しんでから一口飲む。

「とても美味しいです」

「おー珍しいね、ドッピオは頼む人少ないんだ。気に入ってくれて良かったよ」

「はい」

 目元は前髪で見えないが、口元が微笑んでいた。暫く世間話などをして、思い立ったように、面接始めようかと彼女に告げると、彼女は上擦った声で返事をする。

「緊張しないで、大丈夫、私怖くないから」

「はい」

 彼女を連れて事務所に入り、私の机の横に座らせた。

「じゃあ、まず、志望動機から聞こうかな」

 私は彼女から履歴書を受け取ってそう言う。

「はい、あ、えっと、私はずっと、そのコミュ障で、人との距離が分かりませんでした。目も人とは色が違っていてコンプレックスです。私がもしここのカフェの店員になれたら、それは自信に繋がります。これが志望動機です」

「なるほど、ちょっと目元見させてもらっても良い?」

「えっ」

「ちょっと失礼」

 私は彼女の制止の声を待たずに前髪を上げさせてもらった。何とも綺麗なブルーアイだ。

「こんなに綺麗なのにコンプレックス?」

「綺麗ですか?」

 ちょっと食い気味に彼女はそう言う。

「綺麗だよ。見せなきゃ勿体ない」

「う、ありがとうございます」

 彼女はそそくさと前髪を戻して、ふぅと溜息を吐いた。

「さて、じゃあ面接の続き。いつから入れる?あと頻度はどの位とか」

「直ぐにでも。私は履歴書にもある通り通信制で大学に入ったので、昼間は毎日入れます」

「なるほどね。家は……ここから近くの学生アパート、あれ、このアパート私が住んでた所だ」

「え?」

「奇遇だね、私も聖北大学出身なんだ」

「そうなんですか!ワンルームのくせに対面式キッチンで訳わかんないですよね」

「そうそう。そのせいで部屋が狭い」

「ワンルームではないのでは?とも思いますよね」

「そうなんだよね」

 ひとしきり私達はアパートの話で盛り上がって、また面接の続きを始める。

「じゃあ、交通費も要らないね。採用!」

「え、そんな簡単に決まって良いんですか?」

「ああ、良いよ。私、人を見る目には自信がある。貴女はしっかり働いてくれる」

「もちろんです」

「どうする?今日体験してみる?」

「え、良いんですか?」

 前髪の隙間から期待の眼差しが見えた。私はついて来てと言い、彼女が着られそうな制服を探しに行く。

「上のサイズは?」

「Lですかね下も」

「うん、あるよ。じゃあ更衣室案内するよ」

「ありがとうございます」

 私は更衣室と休憩所を案内して、制服を彼女に手渡した。

「じゃあ、着替え終わったら事務所に来て」

「はい」

「ロッカーはここで、後で名前付けといてあげるよ」

「ありがとうございます」

「じゃあ、また後で」

「はい」

 私は更衣室に香坂こうさかあゆみを残してカウンターまで戻った。

「どうだった面接」

 蓮が冷めたであろうドッピオを飲みながら訊いてきた。私は笑顔で採用した!と言い歩が来るのを待つ。

「え、今から働くの?」

 葵も興味津々だ。私は今日は体験と言って自分用に淹れてあったモカ・ラテを飲み干す。

「お、お待たせしました」

 事務所から震える声が聞こえて私は事務所に入った。歩は前髪をピンで留めて横に流している。

「お。良いね。じゃあ、フロアに入る時は大きな声でいらっしゃいませって言おう。もし途中トイレに行きたくなったらR入りますって言えば大丈夫」

「分かりました」

「あ、あとこれ付けといて」

 私は先程の時間で作った名札を彼女に手渡す。エプロンの左側に付けるように言い、歩もそれに従った。可愛らしい若葉マークを付けておいたので、誰が見ても入り立てと分かるだろう。

「よし、じゃあ、行こうか。あ、その前にタイムカード切ろうか」

「はい」

 私はタイムカードの切り方を教えてから、よし、行こうと声を掛ける。

「いらっしゃいませ~」

「いらっしゃいませ!」

 私に続いた突然の大声でお客さんがびくりとこちらを見る。私は苦笑して、緊張しすぎなくて良いよと声を掛けた。

「すみません……」

「大丈夫、その位声出るなら良いね。じゃあまずフロア回りから教えようか」

 私は空いているカップのお客様が居たらお代わりの無料アメリカンコーヒーが必要か訊いて回るんだよと言い、一つのポットを手渡した。

「よし、じゃあ、ファイト」

「あの何て言えば」

「ああ、そうだよね失念してた。空いているカップにアメリカンコーヒーいかがですか?で良いよ」

「分かりました」

 歩はそう言ってカウンターから出て、お客様の間を縫うように回って行く。お客様は今は結構です、とか、じゃあいただこうかしら、とか言いながら、彼女とコミュニケーションを取ってくれた。

 大体のお客様を回り終えて、歩はカウンターに戻って来る。

「も、戻りました」

「コミュ障なんて言ってたから声掛けるのも大変かなと思ったけど、行けたじゃないか。良かった良かった」

「ありがとうございます」

「どうする?今日はこの辺で止めておく?」

「いいえ、もう少し此処に居させてください」

「オーケー」

 時間は三時を回った所だ。私は彼女に大学の時間を聞いてから、その前に上がる様に声を掛けた。

「アメリカンコーヒーいかがですか?」

 カウンターにいる葵と蓮に歩は声を掛ける。葵はいただきます~と言って歩からコーヒーを貰った。蓮はドッピオ頂戴、と私に声を掛けて、カップを寄越した。

「店長さん」

 歩が私の横に立ってドッピオを淹れる所を眺め始める。

「あ、那瑠で良いよ。どうした?」

「那瑠さん、コーヒーの淹れ方とかも教えてもらえるんでしょうか」

「もちろん。その内ケーキの作り方とかも教えるよ」

「そんなに任せてもらえるんですか?」

「ああ、やる気がある子には、ね」

「なるほど」

 歩は私の手元をじっと見ている。

「私、一年前に店をオープンしたばかりでさ、バイトの子も雇うの初めてで、なんて教えればいいか分からない事も多いと思う」

「はい」

「だから分からない事はそのままにしないで、直ぐに聞いてくれると助かる」

「分かりました」

 私は出来上がったドッピオを蓮の前に置いてやって、歩の方を向いた。

「まあ、コーヒーに関しては教えられること多いと思う」

「楽しみにしてます」

「よし、じゃあそろそろ時間だね。シフト表事務所にあるから希望書いて行って~」

「はい」

 希望の書き方はシフト表に書いてあるので分かるだろう。そう思って私はカウンターに寄り掛かった。

「どうよ新人さんは」

「良い子だね。素直だし、コミュ障って言ってたけど、頑張れそうだし」

 蓮がドッピオを冷ましながら、そりゃなによりだと言った。

「綺麗なブルーアイだったね」

「多分ハーフなんだろうな」

 葵もそう言うので暫く歩の話で盛り上がる。

「お、お疲れ様です」

 歩が事務所から出て来た。前髪はすっかり元に戻ってしまっている。長年そうしてきたであろうことは容易に想像できたので私はあまり気にしなかった。

「お疲れ様、どうだった?」

「久々に楽しいと思えました」

「そりゃ良かった。シフト、メールで送るから次からもよろしくね」

「はい、こちらこそよろしくお願いします!」

 歩はペコリとお辞儀をして外へ出て行く。私達はそれを見送って、各々コーヒーを一口飲んだ。


 夜になった。ここからはバイトの子を抱えて居酒屋として立ち回らなければならない。葵は歩が帰ったタイミングで子供の迎えがあるからと帰って行った。蓮はカウンターでパソコンを開き、どうやら仕事をしているらしい。

「いらっしゃいませ!おはようございます!」

 元気な声が店内に響く。最近雇った子の一人、逢坂稜おうさかりょうだ。

「おはよう稜。昨日のメモは持って来たか?」

「ばっちり読み込んできました!」

「良し」

「いらっしゃいませ。おはようございます」

 もう一人のバイトの子、麻木光里あさきひかりも丁度やって来た。

「おはよう光里。メモは持って来たか?」

「はい!読んで覚えてきました!」

「良し、二人ともいい感じ、今日もよろしく!」

「はい!」

 二人の声が重なる。稜はフライヤーを温め始めて、光里はビールサーバーの準備を始める。オーダーが出れば、私の指示通りに料理を作り、お客様の元へと運んで行った。パスタやオムライスなど、凝った料理は私が作って二人に運んでもらう。お酒の作り方もマニュアル化してあったので、二人はあれこれ言いながら、そのマニュアルを見ながらお酒を作った。

「那瑠さんトマトジュースにビールって合うんすか?」

 稜がレッドアイを作りながら私に訊いて来る。私は好みによる、とだけ答えて苦笑した。

「気になるなら上がった後賄と一緒に出してやろうか?」

「え!いいんすか~?」

「いいよ」

「それを糧に今日乗り切ります!」

「ファイト」

 稜は元気にはい!と言ってレッドアイを持って行く。一方光里は空いた皿を食洗器に突っ込んで稼働させ始めた。あらかたオーダーも落ち着き、私は二人を交互に交代せてから、蓮の傍に寄る。

「仕事は終わったかい」

「まあまあかな。那瑠、俺にジンライムとカルパッチョ頂戴」

「はいよ」

 私は言われるがまま用意をして蓮の前に出してやった。

「うわ~蓮さんまた強い酒飲んでる」

 稜がフライヤーに唐揚げを入れてから私達の方を見る。稜はタイマーをセットしてから、蓮のパソコンを覗き込んだ。

「うげ、プログラム書いてんすか」

「そうだよ」

「むずかしそ~」

「覚えりゃ簡単さ」

 私は苦笑して蓮に声を掛ける。

「蓮飲みながら書いて変なプログラム作るなよ」

「分かってるよ」

 クイと酒を飲みながら蓮はパソコンのキーボードをカタカタと鳴らした。

「稜は聖北大の学部は何処なんだ?」

「工学部ですよ、でもプログラミングはやらないっす」

 稜はケラケラ笑ってそう言う。丁度タイマーが鳴った。稜はフライヤーから唐揚げを取り出し、皿に盛りつけてお客様の元へと運んでいく。


 時間はゆっくりと流れて行った。二人の就業時間になったので賄に余った食材でパスタを作り、カウンターに置いておく。

「お疲れ様です」

「お疲れっした~」

「二人ともお疲れ、二日目にしては動けてたじゃん」

「良かった」

 光里が安堵の表情を見せる。稜はワクワクした顔で私を見ていた。

「レッドアイ、飲ませてやるよ。今日は徒歩だな?」

「徒歩です!」

「え、稜くんレッドアイ飲むの?」

「そうそう、気になっちゃって」

「いいなあ」

「光里も何か飲む?」

 私は羨ましそうにしている光里にそう問いかける。光里はじゃあホットバニラ・ラテで!と頼んできた。

「酒じゃなくて良いのか?」

「私昼間の雰囲気味わった事無いんでコーヒー飲みたいです」

「なるほどね、良いよ」

 私は光里と稜にそれぞれドリンクを作って渡してやる。冷めない内にパスタ食べな、と言うと二人して腹を鳴らした。どうやら腹が減っていたらしい。そりゃそうだよな、だって夜中の十二時だもん。

「いただきます!」

「いただきます」

「はいどうぞ」

 二人は蓮の隣で舌鼓を打ちながらパスタと飲み物を楽しんでくれた。

「レッドアイ美味いっす!」

「稜の舌には合ったか。良かったな、また一つ酒を覚えたぞ」

「やったー!」

「私も早く飲めるようになりたいです」

 光里は今年大学二年生で、今度誕生日が来たら二十歳になる。そう言う稜も二年生だが、誕生日が四月で、飲みに行くことも多いらしい。

「いろんな酒、此処にはあるからじっくり覚えればいいさ」

「そうですね。そう言えば……」

 光里が何か思いだしたように言葉を紡ぐ。

「あゆむ?あゆみ?さんって方、新しく入ったんですね。さっきシフト表見ました」

「あゆみだよ。今後会う事もあるだろうから仲良くしてやって」

「聖北大一年すか?」

「そう。夜間で入ったらしい」

「だから昼間か~」

 稜はぐびぐびとレッドアイを飲み干して、グラスをコトンと置いた。

「歓迎会とかしたいっすね!」

「お前は飲みたいだけだろう」

「げ、バレてる」

「今度の土曜日とか、夜だけ店閉めて歓迎会やろう」

「やったー!」

「飲みすぎ注意な」

「分かってますよ」

 その後暫く談笑してから二人を帰すと、蓮が大きな欠伸をしながらジンライムをせびって来た。

「よく飲むね蓮は」

「那瑠には言われたくないね」

「ふっ」

 私もジンライムを作って、二人が綺麗に掃除してくれたカウンターに座る。

「じゃ、乾杯」

「うん、今日もお疲れ様」

 こつんとグラスを合わせてから一口。ライムの爽やかな香りが抜けて行った。

「俺また暫くアメリカだからさ」

「うん」

「待っててくれな」

「分かってるよ」

 蓮は私の頭をポンポンと撫でて酒を呷る。

「しっかし、賑やかになったな」

「店?」

「そう、バイトも雇うの初めてっしょ。よく一年間一人で店回したな」

「流石にね、人気出て来たのか一人じゃ忙しくなってきたからな」

「人に頼る事を覚えて貰えて何よりだ」

「ははっ、私は昔から人に頼って生きてるよ」

「そうだったか?」

「ああ、そうだよ」

 私は残りのジンライムを一口で飲み切り、新しくジントニックを作った。流石に空きっ腹だから何か食べるか、と思ってカウンター内で炊飯器を覗く。少しご飯が残っているのでお茶漬けにする事にした。

「お茶漬け?」

「そう、蓮も食べる?」

「うん、あるなら貰おうかな」

「オッケー」

 私は二人分のお茶漬けを用意してカウンターに腰掛ける。

「じゃあ、いただきます」

「いただきます」

 熱いそれを飲み込めば胃が温かくなってホッとした。

 そして食べ終わって、さて寝るか、と二人で声を揃えてしまって、私達は顔を見合わせて笑った。

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