抹茶ミルクと立ち待ち月
「おい、何で此処に居るんだ」
大学とバイトからの帰りで、私はアパートの部屋の前で腰を下ろし酒を飲んでいる蓮にそう言った。
「いいだろ、鍵、貰ってないんだし」
「あげる気は更々無いけどな。来るならメール位しろよ」
私は部屋の鍵を空けながら溜息を吐く。何処で飲んだのかは知らないが相当飲んだ事が窺える蓮の顔色。赤くなって何処かぽやっとしている。
「電話したのに出なかった」
「当たり前だ。バイト中って知ってただろう」
「メール打つの億劫だった」
「ほら、鍵開けたからそんな所に座り込んでないで入りな」
「サンキュ」
私は寒くなって来た季節を憂いながら暖房のスイッチを入れた。
「蓮、入れるならシャワー浴びてきな」
「今は無理、ひっくり返りそう。あとで入る」
「どんだけ飲んできたんだよ」
最後の私の言葉は蓮には届かず、蓮はキッチンに立つ私をニコニコと眺めている。
「どうした?」
私はその視線を受け流して、適当に作った肴とジンライムを持って座卓に着いた。
「あ、俺にも」
「まだ飲むの」
「今日は那瑠と飲みたい気分だったのに邪魔されたから」
「ふーん」
蓮の言葉に適当な相槌を打って蓮の為にジンライムを入れる。
「零すなよ」
「乾杯しようぜ」
「はいはい」
「乾杯!」
「かんぱーい」
大学とバイト後の酒は体に沁みて美味い。しかしこの酔った事が無いという事で知られている蓮がここまで酔わされるとは、一体何処のどいつやら。
「蓮、何処で飲んできたんだ?」
「合コンの数合わせ」
「それだけ?」
「その後一人でバーで飲んできた」
「どんだけ飲んだの」
私は呆れてそう言う。蓮はしかめっ面をしてグラスを置くと深く溜息を吐いた。
「同期の馬鹿が、蓮はどんだけ飲んでも酔いませんとか言うからテキーラショットで何杯も飲まされた。その後バーでカクテルとかバーボンとか」
「バーボンで追い打ち掛けたのか、馬鹿だなあ」
「いや、俺も馬鹿だと思う。でも飲まないとやってらんなくてさ」
「何か嫌な事でもあったの」
「別に。那瑠には言いたくない」
「あっそ」
私には言いたくない事があるのは分かったが、そう言われると聞きたくなるのがサガである。
「何で言いたくないの」
「これは俺の問題だから放って置いて」
「ふーん」
まあいいかと思って私は一気にグラスを呷った。空になったグラスを持って立ち上がり、今度は抹茶ミルクを作る。
「珍しいね」
「たまには飲んでやんないとね」
私は所狭しと並んでいる酒瓶に目をやった。大学に入って三年経ったが、その戸棚には沢山の銘柄の酒が入っている。
蓮が私の作ったマグロ漬けを食べた。美味いと言うので作って良かったと笑みを零す。
「那瑠、襟足にゴミ付いてる」
「あ、ありがとう」
蓮の温かい手がそっと私の首元を撫でた。
「くすぐったいよ蓮」
「ん、ああ、ごめん」
ごめんと言いながら私の首元を触るのを止めない蓮。何かあるなと思いつつ、私は何も言わないでおく。
「なあ、好きだよ、那瑠」
「ん?ありがとう」
「おう」
蓮は満足したのか私の体を触るのを止めて、グラスに手を付けた。私はホッとして溜息を吐く。あまり人に体を触られるのには慣れていない。
「やっぱ、シャワー浴びて来るわ。タオル使っていい?」
蓮が立ち上がってそう言うので私は頷いた。
「いつもの所にあるよ」
「サンキュ」
蓮が風呂場に行って一人になり、私はベランダへと向かった。ポケットから煙草とジッポライターを取り出して火を点ける。少し肌寒くて上着でも羽織ればよかったと後悔するがもう火を点けてしまった煙草をどうする事も出来なくて、私は仕方なくそのまま煙草を吸う事にした。
「蓮、何か悩んでんのかな」
いつもなら一人で深酒なんてしないのになと思いながら煙草の煙が消えるのと月を眺める。ぼーっと煙草を吸っていたら寒い事なんか忘れていた。気が付けば三本も煙草を吸っていて、窓をコンコンと叩かれて蓮がシャワーを浴び終わったことが分かった。
「早かったね」
「体冷えてんじゃん、温まって」
「酒飲めば温まるよ」
「そう言う問題じゃない。ほらタオルケット」
蓮は上裸のまま私のベッドからタオルケットを引っ張り出して私の肩に掛ける。
「服着なよ」
「洗濯機に放り込んじまった」
「着替え、前泊まった時のあるから」
私はもぞもぞとタオルケットを羽織ったまま引き出しから蓮の着る物を出した。蓮はサンキュと言って服を着る。
「蓮」
「ん?」
私はジンライムを二杯作って机に置いた。
「何か悩んでる事あるなら話聞くけど」
「悩み、か」
ありそうな雰囲気ではあるが、なかなか次の言葉が出てこない。
「まあ、無理して聞きたい訳じゃないんだ。話したくなったら話して」
「ん。サンキュ」
ちょっとホッとした顔をした蓮を見て何だか距離を感じた。少し寂しくなって、私は蓮の横に座って肩を寄せて酒を飲む。
「どうした?」
蓮がそう言うので私はむすくれた顔で何でもないと言った。
「何でもない顔してない」
「蓮ほどじゃない」
「俺の事は良いよ」
「良くない」
「……」
私はグラスを空けて立ち上がる。
「今晩は飲む」
「お、おい」
「何だよ」
「あんま飲みすぎないで」
「蓮には言われたくないね」
蓮はぐっと言葉に詰まって溜息を吐いた。
「悪かったって」
「別に怒ってない。距離感じて寂しくなっただけ」
「……」
私はキッチンでジンをストレートでグラス一杯飲んでからジンライムを作ってまた蓮の横に座る。暫く沈黙が流れた。きっと蓮は気不味いだろう。
「なあ」
蓮が口を開いた。私は煙草を吸いたくなって立ち上がる。今度はちゃんと上着を羽織った。
「煙草吸うけど、蓮は」
「貰う」
蓮と二人でこのベランダに出るのもだいぶ慣れてきた頃である。蓮は私にジッポライターを返しながら溜息を吐いた。
「ワンナイトラブだったんだ」
「はぁ?」
突然の言葉に私は驚く。しかし私に言いたくない事とはこの事だったのかと思うと何だか可笑しかった。
「それがどうした」
「好きでもない女抱くのって結構キツイのな」
「そりゃそうだ」
私はケラケラと笑って煙草の煙を吐き出す。
「笑い事じゃないよ、好きな女目の前に居んのに抱けない俺の気持ちにもなって」
「無理」
私は蓮の言葉をバッサリと切って笑った。
「早く好い女見つけな」
私は寂しくなりながらもそう言う。
「那瑠の他に好い女なんて見つかんないよ」
少しだけ嬉しい気持ちになりながらも、私は自身の生い立ちに引け目があったので、なかなか素直になれないでいた。
「蓮は眩しすぎる。私は蓮の影になりたい」
「そんな事言うなよ」
蓮は少し怒った顔をしてそう言う。
「でも事実さ」
私の言葉で蓮は悲しそうな顔になった。しかし、私は誰とも付き合う気は無かったし、ましてや蓮を束縛するような事はしたくなかったのだ。
「那瑠、俺と付き合って欲しい」
何度目かの告白。その度に私は断っていた。
「付き合って何になる?」
「俺は那瑠が誰かに取られるのが嫌」
「誰とも付き合わないって言ってるのに」
私は煙草の火を消して、また新しい煙草に火を点けながら言う。
「私は誰とも付き合わないし、蓮も誰とも付き合わない、それで良いじゃん」
「まあ、良いか」
蓮があっさりと引き下がってくれたので、この話は此処でお終いになった。私達は暫くそのまま煙草を吸いながら他愛のない話をする。最近の講義の話とか、レポートの進捗はどうだとか。
「なあ、那瑠」
「ん?」
私達は寒くなって来たのでまたタオルケットを二人で半分こしながら酒を飲んでいた。
「今晩、押しかけてきて悪かった」
「何を今更。慣れてるよ」
「そうか」
「そうさ」
「いきなり来ても追い返したりしないからさ、また来てよ」
「サンキュ」
二人で顔を見合わせて笑う。その時呼び鈴が鳴った。
「今開けまーす!」
私は立ち上がりながらそう言い玄関へと向かう。こんな夜中の十二時を回った頃に誰だろうと思いながら玄関へと向かったが、蓮が私を追い越して玄関へと出た。
「変質者だと困る」
「あ。ああ、ありがとう」
蓮の背中を見守りながら、その先に誰がいるか気になる私がいる。
「那瑠~今晩泊めて~」
誰かと思えば泣いてはいるが葵の声だ。蓮は呆れた顔をして葵を部屋に招き入れた。
「どうした急に」
机の前に落ち着いて、私は葵にホットミルクを渡しながら訊く。葵は鼻をかんでから赤くなった鼻を掻きながら口を開いた。
「逹と喧嘩しちゃった」
「珍しいな、何で喧嘩したんだ?」
「もう言い合ってたら何で喧嘩したか忘れちゃって……」
「なるほど」
私も昔逹と喧嘩した時には何で喧嘩したかよく忘れたものである。
「言い合ってるうちに論点が段々ずれるんだよな。わかるよ。まあとにかく泣き止め」
私はティッシュの箱を葵の前に置いてやった。葵はありがとうと言ってティッシュを手に取る。
「親には泊まるって言ってあるのか?」
「今日本当は逹の家に泊まる予定だったから大丈夫」
「うちの母さん居なかったか?」
「居たけどバタバタ出てきちゃったから今度ちゃんと謝りに行く」
「じゃあ大丈夫だ。逹はしっかり母さんに怒られてる筈だから」
「何で分かるの?」
「うちの母さんは女を泣かせるなんて男の風上にも置けない!ってたまに言ってたから」
私の言葉に葵がクスリと笑った。葵はマグカップを手で包むようにして持ちながらホットミルクを飲む。
「そう言えば、蓮は何で那瑠の所に?」
葵は顔を上げて蓮を見た。蓮は気まずそうに頬を掻きながら口を開く。
「那瑠と飲みたい気分だったから」
「邪魔してごめんねえ」
葵がまたぐずぐずと泣き出した。蓮と私は焦る。
「大丈夫さ、邪魔だなんて思ってないから」
「そうだよ、葵が来てくれてラッキーだよ」
「本当?」
本当。と私と蓮の声が被った。
「それなら良いんだけど」
「大丈夫、蓮なんて気にすんな」
「気にするよ~、だってどこからどう見てもお似合いのカップルじゃん、喧嘩もしないし、お互いの事よく分かってるし」
「幼馴染だからだよ」
「まあ、否定はしない」
「良いなあ、私も那瑠達と幼馴染が良かった」
「これからでも遅くないさ」
「そう?」
「そうさ」
私の言葉に葵はホッとした様に笑う。そしてありがとうと言ってマグカップを傾けた。
そうして暫く私達は談笑していた。そこに葵の携帯電話が鳴る。
「逹からだ」
「出てみな」
「うん」
葵は深呼吸をしてスマホの画面をタップし、スピーカーにした。
「もしもし葵?」
「はい」
「良かった、出てくれないかと思った」
私と蓮は息を潜めて二人の会話に耳を傾ける。
「要件は?」
葵がそう言ったので、まだちょっと怒ってるなと思いながら逹の言葉を待った。
「仲直り、したくて」
「うん」
「ついカッとなって怒鳴ったりしてごめん。今母さんに叱られて気付いたよ。やっぱり彼女泣かせたら彼氏として失格だよなって。だから仲直りしたい。本当にごめん」
「うん、許す」
私と蓮はホッと溜息を吐いて安堵する。
「今何処にいる?もしあれだったら迎えに行くけど」
「今日は那瑠の所泊まる」
「え!那瑠の所に居るの?俺も行きたい」
「だって、那瑠、どうする?」
「良いよ、来な」
「聞いてたの?恥ずかしいなあ、まあ行くよ、すぐ着くから待ってて」
「はーい」
葵と逹はそれから二言、三言話をして電話を切った。
「仲直り出来たあ」
「良かったな」
私はジンライムを飲みながらそう言う。そして葵が期待に満ちた顔で私に向き直った。
「抹茶ミルクください!」
「飲むの?」
「飲む!」
「どうせなら逹が来てからにしな」
「はあい」
言い方が妙に子供っぽくて私と蓮は笑う。蓮は空いた皿をキッチンに持って行き、ジンライムを作って持って返って来た。
「私も蓮くらいお酒強かったらなあ」
「強かったらどうするんだ?」
蓮がグラスを傾けながら訊く。
「那瑠と飲み比べする」
私はふっと笑ってしまった。私と飲み比べが出来るのは確かに蓮くらいしか思い浮かばない。桜もそこそこ飲むがカクテル等のアルコール度数が低い物ばかりだ。璃音に至っては桜よりも飲めない。
「何で笑うのよ~」
「いや、蓮とか私くらい飲めたら、酔えなくて大変だぞ」
「え、それは嫌」
「嫌なんかい」
蓮が葵の言葉に笑った。もちろん私も笑った。
「はー、泣いて走って来たからお腹空いちゃった」
「何か作るよ」
「買って来ようか?」
「いや、丁度卵の期限切れが近いんだ。玉子丼でも作るよ」
「ありがとう~」
「いえいえ」
私はそう言って袖を捲り調理をし始める。玉ねぎを切って少し水から煮て、みりんと醤油を加え、ミルクポーションを入れた卵を掻き混ぜる。玉ねぎに火が通っている事を確認して卵を流しいれた。
「好い匂いだな」
「そうだろう?」
「俺も食いたい」
「ご飯レンチンして」
「はいよ」
蓮がキッチンに入って来ると途端に狭くなる。まあワンルームで対面式キッチンという訳の分からない仕様なのがいけないのだが。
「っとごめん」
冷凍庫を屈んで開けた蓮の腰とぶつかる。
「大丈夫、もう出来上がる」
「オッケー、冷凍ご飯何分?」
「三分半くらい」
「オッケー」
そんな私達を見て葵がクスリと笑った。
「どうした?」
「何か夫婦みたいだなと」
「悪くないねえ!」
蓮が少し大きめの声で言ったのを私は非難する。
「何がだ、五月蠅い」
落ち込む蓮を尻目に炊飯器に残っていたご飯で玉子丼にして葵に渡してやった。葵は嬉しそうに私の手からどんぶりを受け取って感嘆の声を漏らす。
「わあ、美味しそう」
「口に合うと良いけど」
「食べて良い?」
「良いよ」
「いただきます!」
レンゲで一口。熱い熱いと言いながら食べていくうちに葵の顔が笑顔になった。
「美味しいよ~!」
「そりゃ良かった」
「本当に那瑠は何でも出来ちゃうね」
「そんな事ないよ」
「そうかなあ」
「そうさ」
その時呼び鈴が鳴る。葵が逹だ!と言ったのに蓮が反応して、俺が見て来る、と言ってキッチンから移動する。そんなに心配しなくても自衛出来るのになと思いながら、ありがたく頼る事にした。
「蓮!何で此処に!」
「良いだろう別に」
「良いけどさ!お邪魔しまーす」
逹がわちゃわちゃとやって来る。私と葵は微笑んで逹を出迎えた。
「好い匂い!」
「那瑠が玉子丼作ってくれたの」
「良いなあ」
「飯食ってこなかったの?」
私は逹に問いかける。逹はケラケラと笑って食べてきた!と言った。蓮はレンチンが終わったご飯をどんぶりに移している所である。
「あ、蓮ずるい」
「ずるくはないだろ」
「訂正する、羨ましい」
「分けてやるよ」
「やった」
逹は葵の隣に座って蓮が来るのをじっと待った。蓮が此方に来てレンゲとどんぶりを逹に渡す。逹は熱そうにどんぶりを持ちながら、レンゲで一口分掬って冷まして口に運んだ。逹は猫舌である。
「美味い!」
目を輝かせて玉子丼を食す姿を見て、また、作って良かったなと思うのであった。
「俺の分残しといてよ」
蓮がそう言うので逹ははっとして頷く。ごめんごめんと言いながらレンゲを運ぶ手は止まらない。
「ちょ、逹!蓮の分でしょ!」
「はーい」
葵の制止の声で渋々逹は蓮にどんぶりを返す。
「半分持ってかれたわ」
蓮がしょんぼりとした顔でそう言うので、また作ってやるよと私は言った。
「良いなあ!蓮はいっつも那瑠の手料理食べられて!」
「いつもじゃないよ」
蓮はそう言ったが逹は疑惑の目を向ける
「そうだ、那瑠。逹が来たから、抹茶ミルク良いでしょ?」
「ああ、そうだったな。逹も飲むか?」
「飲む!」
逹の切り替えの早さはいつもの事かと心の中で笑いながら、私はキッチンに立って肴と抹茶ミルクを作った。タコとサーモンのカルパッチョとチーズの生ハム巻きにオリーブオイル。それを机に並べると、葵も逹も目を輝かせる。好きに食べなと言うと、二人は嬉々として箸と酒を進めた。
「美味い!」
「美味しい」
「そりゃ良かった」
ジンライムを飲み干してまた酒を作りにキッチンへと向かう。蓮が俺にもと言ってグラスを渡してきたので受け取った。二人分のジンライムを作りながら部屋にいる皆を眺める。こうして集まるのも久し振りで、遅い時間でなかったら桜と璃音も呼びたい所だ。
「那瑠、俺にもお酒頂戴」
逹が立ち上がってこちらにグラスを差し出してくる。私は抹茶ミルクで良いか確認をしてお酒を作った。私が机に皆の分のお酒を用意すると、皆ありがとうと言ってグラスを手に取る。何だか皆の母親になった気分がした。
「逹、酒のペース早いんじゃないか?大丈夫か?」
蓮がそう言うので逹の顔色を窺うと既に赤くなっている。私は苦笑して水を持って来た。
「零すなよ」
「はあい」
逹に水を手渡して、煙草が吸いたくなってきたので外に出る。蓮もついて来たので、煙草の箱とジッポライターを渡した。
「もうすっかり冬直前だな」
「そうだなあ」
「俺たちも四年生か」
「早いもんだ」
煙草の煙を吐き出して苦笑する。部屋にいる二人を眺めながら煙草を吸っていると、二人は仲良さげにお酒を飲んでいるのでほっとした。
「二人は卒業できるかな」
「意地でも卒業するんじゃないか?」
「だと良いけど」
「俺たち六人揃って卒業するさ」
「楽観的だな」
「大丈夫だって。心配すんな」
「まあ、大丈夫か」
蓮がにかっと笑ったのが眩しくて目を逸らす。
「最近俺の事見てくんないよね、何で?」
ちょっと怒った感じの声が頭上から振って来て私は溜息を吐いた。
「蓮は眩しいんだよ。影で生きてきた私にとっては」
「今は違うじゃん」
「今はね、でも根に張ったもんはそうそう抜けないのさ」
「もっと俺の事見てよ」
「分かったから近付かないで。逹が見てるよ」
「見せつけてやれば良いさ」
「やめて」
「はいはい」
蓮はチッと舌打ちをして逹を見ると溜息を吐く。溜息を吐きたいのは此方の方だ。二人でもう一本煙草に火を点ける。今度はちょっとした夜景を見ながら煙を吐き出した。
「三年、あっという間だったな」
私がそう言うと蓮は頷いて口を開く。
「ホントにな、就活する時期になっちまったな」
「私は智弘さんの所に就職するって決まっちゃったから就活しないけど、蓮は何処に行きたいとかあるの」
「一応あるけど、今ん所まだふわっとした状態」
「そうなんだ」
「決まったら教える」
「よろしく」
私の就職先は今のバイト先であるア・ラ・カルトになってしまったのだが、その経緯もおかしなもので、智弘さんが私の事を大層気に言ってくれて就活するならウチに就職して頂戴!と言って聞かなかったのだ。就活する気満々だった私にとっては少し残念な気持ちもあるが、智弘さんの店は居心地が良いし自分で店を開きたかった私にとっては経営のノウハウを叩きこんで貰うのにとても良かったのである。
「皆何処に行くんだろうな」
私は煙草を吸い殻入れに放り込みながらそう言った。
「収まるところに収まるさ」
「そうだな」
「ところで那瑠、もうあいつら飲み潰れてるけどどうする?」
蓮が苦笑しながら部屋の中を指差す。そこには机に突っ伏している葵と腹を出して横たわる逹の姿が。
「あーあ、まあ、吐かなかっただけマシ」
「そうだな、あー移動させんのだるいなあ」
「逹は任せた」
「どこに寝かす?」
「葵は私のベッドで、逹はソファ倒すかな」
「オーケー」
私達は部屋に戻り、私は葵を起こしてベッドに誘導させて、蓮は逹を担いでソファへと横たえさせた。
「よし、飲むか」
私はグラスを持ってキッチンへと向かう。蓮がグラスをこちらへと寄越した。
「ジンライムで良い?」
「良いよ」
私は二人分のジンライムを作りながら、鼻歌なんかを歌ってみる。
「ご機嫌だね」
「まあね」
私達はそうして色んな事を語らいながら、朝が来るまで飲み明かすのだった。
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