第66話 ⊿…

 

 

「シルファみっけ!」

 

 私の名を呼ぶ声が響きました。

 祭りの賑わいの声でも私の耳に届く、真っすぐな疾風の様な声。

 その声の主を私は知っています。

 だから、名を呼び返しながら振り向こうとするけど

 それよりも早く、声の主は私の前へと飛び出して来ました。

 本当に、ぴょんっと音がしそうな勢いで。

 

「こんな所に居たんだねー…へふぅ」

 声の主は葦の葉の耳をぴこぴこと揺らし私に顔をぐっと近づける。

 近い、近いです。

「あ…う、うん」

 だから、返事もつい引き気味になってしまう。

 

 私を呼んだ彼女は森妖精の少女コロネでした。しかし……

 肩を上下に揺らし、息を切らしている様に見えるけど。

 私を探していたのでしょうか?

 だとしたら、少し申し訳ない事をしてしまったかもしれません。

 

「あれ?」

 私がぼんやり考えていると、コロネは私の姿をじっと見た後

 一歩下がりくいっと小さく首を傾げました。

 揺れていた葦の葉の耳はツンっと立ち、何か警戒している様にも見える。

 

 私の顔に何かおかしなところでもあるのでしょうか?

 短く考えるも、思い当たる事がありません。

 頬に手を触れてみるけど、食べ物の残りかすが付いていると言う事もありません。

 そうなると、なんでしょうか?

 だから「何?」と尋ねようとしたら、コロネの方から先に答えが来ました。

 それは、思いも寄らぬ問い掛けとして。

 

「んー…?なんで手を繋いでるの…?」

 

「「え?」」

 コロネの言葉で二つの声が重なり上がる。

 どちらも驚きの声。私…シルファの声とライラの声。

 最初、コロネの言葉の意味がわからなかった。

 それほどに自分達の今の状態を自然な物と捉えていたから。

 しかしそれは一瞬で反転する。

 

「「あ?」」

 私とライラの声が再び重なり上がった。

 自分達の状態を思い出し、気付いてしまったから。

 繋ぎ握り合っていた手と手が離れる。

 行き場を失った私の右手とライラの左手が宙を彷徨う。

 

 勢いのままに歩き出したけど

 ここまでずっと、私とライラは手を握ったままだった事に気付いてしまった。

 足に任せようと歩き始めてからずっと、この状態です。

 コロネに会うまでずっと、私はライラの手を握ったまま。

 空き教室を出て、静かな廊下から賑やかな廊下へ。

 そしてそれは、屋台村をぐるりと巡る間、ずっとでした。

 

 ここまで意識してなかったのに妙に恥ずかしい。

 互いの手を握り歩き回る私達を、皆はどんな風に見ていたのか……

 それを想像すると、顔がかぁっと熱くなってきます。

  

「むぅ……」

 う?見ています。コロネが唸りながら私を見ています。

 普段はくるくると玉の様に動く緑光の瞳が、じっと私を睨み見ています。

 眉も寄り唇も尖り。これはもしかして……

 コロネさん怒っていますか?多分違う、これは拗ねている?

 

 もしかして……

 セレーネお姉さまとではなくライラと一緒に居たから?

 確かに、コロネを放置する事にはなってしまったけど。

 コロネとはお姉さまの次くらいに過ごす時間が多いはず。

 それに、彼女は私の後ろの席。

 日常的にはお姉さまよりも多いかもしれません。

 だったら、少しくらい……

 ううん、今日は特別な日だから?

 その気持ちを想像すると申し訳ない気持ちになって来る。

 

「むむぅ……」

 ああ、コロネがまだ見ています。何か言わないと、でも何を?

 でもまずは、場所を変えるのが良いかも?

 ここは屋台村の通りのど真ん中、目立つと同時に迷惑です。

 ほら、通り過ぎる生徒や来訪者達も微妙な表情で私達を見ています。

 …近くにニース先輩が居なくて良かった。

 とりあず、二人に場所を変える事を提案しましょう。

 

「では! こうしましょう!」

 

「え?」「ふぇ?」

 私が提案するよりも先に、右耳を声が通り抜けました。

 凜とした澄んだ声。これはライラの声です。

 一瞬の驚きの後に「何?」と振り向けば

 ライラは笑顔と共に、パンッと手を打ち合わせました。

 祭りのざわめきの中にあって響く音。

 もしかして、私が反応するのを待っていたのでしょうか?

 私の顔を見てニコニコとしています。あるいは続きを聞いてと言う顔?

 …聞く事にしましょう。

 

「ここからは三人で!それが良いですわ!」

 私が小さく首を傾げると、ライラは笑みを強くしながらそう言いました。

 そして、手を打ち合わせた姿勢のまま、私とコロネの顔を順に見る。

「三人でって…つまり、私…コロネ…ライラの三人で?」

「私も!?」

 今度は私が言いながら、自分を指差し。続け、コロネライラの順に指で差す。

 指差されてコロネは驚き。

 

「ええ、その通りですわ。行きますわよ!」

 ライラはもう一度ぱんっと手を叩くと、私とコロネの手と強引に手を繋ぐ。

 これだけでも驚きの行動。先程は私も勢い任せでライラの手を握ってしまったけど

 彼女の行動はここで終わらない。

 

「さぁ!三人で屋台村を制覇しますわ!」

「え…わー!?」

 私とコロネが言葉に反応するよりも先にライラは高らかに宣言し、駆け出した。

 

「限られた時間を最大限い生かしますわよ!」

「ちょっと……」

 待ってと言おうとするもライラの勢いは止まらない。

 駆ける烈火の如く。彼女を止める事は私には無理そうです。

「よーし!私もとことん付き合うよー!」

「え…コロネ!?」

 コロネまで乗り気ですよ?

 炎魔法の使い手のライラと風魔法の使い手コロネ、相性が良いのかもしれません。

 

 もうどうとでもしてください。

 でも、この後に、私とライラは巡礼の義がある事を忘れないでほしい。

 食べ過ぎない様にしないと……

 

 

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